四話 流種の砦
視点変わります。
ーー流種の砦の教会では、その日2匹の流種が語り合っていた。
流種とは、醜い人の形をした獣のことで、その顔面は痩せこけた狼に近い。
つまりは獣人だ。
そんな流種達は人も何ら変わりのない知能で、砦を[囚徒の樹林ベル]の比較的浅い場所に建てていた。
その砦の中で、最も重要な施設が砦の教会だ。砦の教会の中では、度々流種の上種達の会議が行われてるのだ。
「ーー食料問題と設備に穴あり、か。まあこの砦は滅多に同種や人間が立ち寄らないからな。オイ、ゾルゴル聴いているのか」
そう言い放つのは青灰色をした細身の流種で、その痩せこけた狼のような顔からは確かに知性が感じ取れた。
「オウ、多分聴いてたぜ。それでよお、オレ達はいつまでこの砦に残ればいいんだ?んなつまんねえところさっさと出たいんだが。だってよ、オレは強えヤツと戦えるって聴いてここにきたんだぞ?ーーそれがなんだ?…この砦はよくわかんねえ森を監視するだけで敵もクソもねえじゃねえかよ。オメーも実は退屈なんだろ、ゲムブ」
そう答えたのは、小指で耳をほじっている流種で、会話の中でゲムブと呼ばれた青灰色の流種よりも一回りも二回りも大きく、少し知能の低そうな印象の流種のゾルゴルだ。
「確かにゾルゴル、お前の言いたいこともよくわかる。だがな、ここは禁足地に最も近い場所で、俺たち上種じゃ無いと勝てないようなモノが出てくるじゃないか。ほら、例えば結構前に…デカイ熊なんか出てきただろ?あんなものが祖国を襲ったら…まあ祖国には真種様がおられるからあんな熊などなんの痛痒もないな」
ゲムブは自分の話でうんざりして肩を落とす。それは、最強と自分を重ねて、自分の弱さを痛感したからだ。
そんなこともお構いなしに、筋肉質な流種が口を開く。
「グリズリーはオレの手に余る。オレはオレと対等に渡り合える相手と戦いたいんだよ。あとな、オメエも上種なんだ。…んだ、そう気を落とすこたねえよ。な、仕事すっぞ」
そう言ってゾルゴルは自分の背中に背負っていたクレイモアを抜き、手入れを始めた。
それに対し、ゲムブは何も驚かない。これもいつもの光景なのだ。
「言ってることは二転三転、仕事の態度もコレときた。部下達がこれを見たら泣くだろうな…。オレも上種である事を誇りには思っているさ。さて…食料問題はまた祖国に嘆願書を送っておくとして、設備の穴とはたとえばどういうことだ…?ゾルゴルは何か思うところがあるか?」
途中で「おう。ああ」と適当に相槌を打っていたゾルゴルはいきなり話を振られ困惑し、数秒の硬直のあと、口を開いた。
「んーー訓練所の剣が脆い、とかか?」
その大きな口から出たのは、全く関係のないと言ってもいい設備の弱点だった。
「はぁ…まあお前に質問したのがバカだったな」
ゾルゴルが「バカとはなんだ!」と叫んでいるが気にせず思考に耽る。
(これは近々、全体会議を開くべきだな。こんなつまらんことで混乱を招いたり謀反を起こされたりでもしたらたまったものではない)
「まあ、今度全体会議でも開いて一人一人話を聞いてみよう。祖国から遠い分、設備は確かに良くない。改善案を募集して、自分たちでできるところはやってみよう」
「おう。任せたぜ」
ゲムブの発案にゾルゴルは肯定でも否定でもなく、興味なさげに全てゲムブに委ねた。
それを見たゲムブは深くため息を吐き、教会の窓から外を見る。
ーー西の暗い空には決して動くことのないこの世界の"普通の太陽"が、暗い光を湛えていた。
「もうこんな時間なっていたのか。ゾルゴル、お前と話し始めたのは陽がまだ明るいうちだったよな?まったく、オレも歳をとったな。時が過ぎるのがこんなにも早く感じるなんてな」
フフフっとゲムブは笑う。
しかし、ゾルゴルは顔を下に向けたまま、完全に硬直していた。
(急に腹でも痛くなったか?あのゾルゴルが珍しいこともあるもんだ)
「オイ、ゾルゴル。行くぞ今から飯をーー」
ゾルゴルが小さく声を漏らす。
「ーーゲムブ…戦だ。やべえのがきてる。あのグリズリー、いや北西に住むって言われてる竜と同等かもしれねえ…」
「ーーは?」
ゲムブは困惑した。それは、竜と同等となれば、この砦の全戦力を投資しても勝てるかわからないからだ。
ーーゾルゴルは普段嘘をつかない。なんなら嘘など絶対につけないような性格をしている。そして、ゾルゴルは人一倍、強者の気配を感じるのが得意だった。
それはゾルゴル自身がそれなりの強者に他ならないからである。
ーーそんなゾルゴルが全身の毛を栗立てて怯えている?
ゲムブは思わず生唾を飲む。
そして、早急に対策を取るために行動を開始する。
「ゾルゴル、今すぐ戦いの準備を始めてくれ。オレは部下達を連れて向かう。それで場所はーー」
その時、ゲムブも確かに感じた力。
まだ見ぬ強者のそのオーラだけで、ゲムブの毛は一本残らず栗立った。
「…東だな」
「おう…。東に2匹?だな…」
「お、オレは先に行って部下を。ゾルゴル、お前はどうする?」
「…オレは先に行くさ」
そう言うゾルゴルはいまだに俯いたままだ。
そんなゾルゴルの姿は、ゲムブから見て、ひどく小さく、そして弱く見えた。
しかし、そんな事は言わず、ゲムブは教会から出て砦中央まで駆け抜け警鐘を鳴らす。
なんだなんだと飯を食べていた流種達がその警鐘を耳に入れ集まってくる。
「聞け!今この砦には、強大な者が進行してきている!」
ゲムブの言葉を聞いた流種達はそのほとんどが兵士然とした顔立ちになる。
その様変わりを見届けたのち、ゲムブは言葉を続けた。
「まだ、その全容は認識できていないが…ゾルゴルが、あの闘鬼ゾルゴルが怯えていたほどだ。もしかしたらこの砦を破られるかもしれない」
それを聞いた部下の1人が声を上げる。
「それなら、話せそうだったら交渉とかじゃあダメなんですかい? 正直言って、闘鬼殿が怯えるほどの相手と敵対したくはないのですが」
その言葉にゲムブは声を荒げる。
「我々の任務はこの[囚徒の樹林ベル]から出ようとする咎人をここで食い止める事だ!ならば問答無用![囚徒の樹林ベル]から出ようとしたことを後悔させてやれ!咎人は咎人らしく地を這いずり回っていればいい!さあ行くぞ誇り高き流種達よ!この砦の流種の力、しかと思い知らせてやるのだ!!」
それを聞いた流種達は一斉に鎧を装着し、各自自分に見合った武器を手に取る。
ゲムブの語りにやって士気は最高潮に達している。
そんな雰囲気の中、黒い影が逃げるように西へと駆けて行ったことに気づくものはいなかった。
動物を愛でたい人生だった。