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四十五話 神の器は死を招くⅤ

「麻痺の吐息に、微睡の爪…。厄介なものばかり兼ね備えてますなぁ」


 敵の行動と味方の状態、そしてこれまでの経験から即座に敵の特性を打ち出す様は、まさにアウトメコン騎士団を長年勤めてきた者と言えるだろう。


「どんな意図があって、こんなところにアンデッドがいるのか見当もつきませんなぁ」


 そう言って剣を構え直すモロフ。

 彼はベッゼのように体力があるわけでも、ガウレッドのように剛腕を持っているわけでもないが、それでもなお、ベッゼとガウレッドを相手にしても勝利することができると自負している。

 モロフの得意分野は速度だ。


 肉体的な身軽さと頭の回転の速さ。それがモロフの武器であり強みであった。

 

「いくら強力とはいえ、アンデッドはアンデッド。所詮単調な木偶人形にすぎませんな」


 最初こそ、その身に宿す邪気に驚いたものの、前の2者の戦いを見て、アンデッドが単調な動きしかしていないことにモロフは気がついていた。そして、動き自体も緩慢ーーあくまでモロフ基準ーーで、俊敏に長けるモロフなら避けられるだろうと考えていた。

 

 ヒットアンドアウェイの戦略で少しづつ削っていけばこのアンデッドは攻略できる。

 それがモロフの答えだった。


「ーー骨が硬いなら、狙うはーー関節」


 いきなりモロフは急加速し、シュプレヒコールの膝目掛けて斬撃を繰り出す。

 そしてモロフの刃はシュプレヒコールの膝関節へと吸い込まれーー


「ぐぅッ!?」


ーーモロフは腕から地面に叩きつけられた。


 そして眼前に広がる絶望の光景。


 先から今まで、常に握っていた剣は、白い細枝のようなシュプレヒコールの足下にあり、硬い金属でできた刃はひしゃげていた。


「は、はぁ?」


 思わず情けない声が漏れるモロフ。情けない声と共に、背中の凍るような恐怖がモロフを支配し出した。


 モロフの剣がアンデッドの膝に当たるその寸前までモロフは刃先を見ていた。

 その刃先を見ながら、もし弾かれたらというのを考えていたが、現実は想像をはるかに凌駕し、気がつけばアンデッドの足下にあるという状況だった。つまり、あのアンデッドがモロフの動体視力を超えた速度で足を一度上にあげ、踏みつけたということになる。


 その考えに即座に至ったために、モロフは恐怖を感じたのだ。


 モロフはうつ伏せのまま白い細枝の樹上ーーアンデットの頭部を見る。


 そこには腐り果て、眼窩に深淵を宿した顔があった。


「あ…あぁ…」


 恐怖によって息を吸い込んだモロフは全身が痺れ、その場で身体の自由は無くなった。



ーーこれが長年中級騎士を裏から補助していた有能騎士の末路だった。

 デルグリは3度目の絶望を味わっていた。

 モロフといえば中級騎士の中でも便利屋と呼ばれ、なんでもできるということで有名な、年の上の流種だ。

 また、その強さは上級騎士にも引けを取らないと謳われることすらあった。

 

 そんな流種が、得意である速さ比べに負け、他の2匹と同じように地に伏した。

 眼前に広がるありえない光景にデルグリはなすすべなく、ただ絶望する他ない。


 そして絶望はさらなる絶望を呼び起こす種だ。

 気がつけばデルグリから遠く離れた場所にいたはずのアンデッドが、デルグリの方へと歩いて来ているのがわかった。


「ヒッ……るな…こっちに…くるな…」


 青白い顔に存在する眼窩に瞳はないが、確かにデルグリを視認していた。


「あ…おい…、モロフ…起きろ…」


 掠れた声で呼ぶも、モロフは返事どころかなんの反応も示さない。


「…がう…れッド、守…れ」


 しかし、ガウレッドもまるで死んだように眠っており、一向に起きる気配はなかった。


「べ、ベッゼ…助けて…」


 当然ベッゼもうつ伏せのまま一切の反応がない。


 徐々に迫り来る恐怖の対象にデルグリの心は音を立てて壊れていく。


「なんで、守れって…いった、だろ…」


 恐怖から逃げたいが体が動かない。

 その結果、恐怖は別の方法で紛らわせることとなる。


「…無能ども…が、役立たずの…ゴミがッ!」


 恐怖は仲間への罵りにより還元されていく。

 そしてデルグリは気付いた。


 麻痺の効能が切れかけていることに。


「私は…違う、ここで死んでいい、器じゃない…。フンッ!」 


 徐々に迫る死の手の恐怖を反発力とし、ついにデルグリは限界を超えた。

 立ち上がり、シュプレヒコールや仲間に背を向けて走り出した。


 世界とは無常なもので、クズとゴミほど長く生きてしまうものなのだ。


「はぁ…。はぁ…」


 麻痺の残る体で側道をひたすら走る。足はおぼつかず、何度も転びそうになるが、生への渇望が揺らぐ身体の軸を正す。


「追って来ていない! 逃げ切れる…! これを、団長に報告すれば、報酬がーー」


 痺れの終わりも、この側道の出口も近づいてくる。濃密な生を実感し始めたその時。


 ゴン、という鈍い音と共にその足は動きを止めた。


「ってぇ…、なんだ! なんなんだ!」


 一見何もない空間、よく見れば何か空気の壁のようなものが張っているのがデルグリには見えた。


「ーー壁か!? クソ、クソが! 何がどうなってるんだ!」


 ガンガンと拳で空気の“壁”を殴り、破壊できないかと試みるデルグリだが、先に手が折れるのが先だろうと悟る。それほどまでにこの“壁”は堅かったのだ。


 近くに道はなく、分かれ道があるのは先ほど走った道まで引き返さなければならない。しかし、あのアンデッドが追ってきているかもしれない、と考えると、確実に引き返すことは賢いとはいえないとデルグリは考えた。


 焦りに身を任せて壁の抜け穴を探すデルグリはひどく汗をかいており、自慢の毛も濡れ、体が幾分か縮んだように見える。


「誰か! 助けてくれ! この壁をなんとかしろ! おい…?」


 壁の向こうに大声で助けを求める。騎士としてあるまじき行為であるが、そんな騎士道などすでにデルグリの頭にはない。


 そしてヒタ…ヒタ…。という足音とともに現れる4度目の絶望。


 一歩、また一歩と歩み寄るアンデッドを前にデルグリは恐怖に言葉も忘れ、汗に濡れて重たい毛をこれでもかと逆立てた。


「やめ…。くるな…来るなぁあああッ!!!!ヒィャアアああああ!!」


ーーデルグリが意識を失う寸前、最後に聞いたのは、この世の物とは思えない、狂気を孕んだ絶叫だったという。


明日から平日。頑張りましょう(*´ー`*人)

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