四十四話 神の器は死を招くⅣ
濃厚な邪気を孕んでいながらも即座に4匹を襲わないシュプレヒコールは、4匹からすれば得体の知れなさにさらに拍車をかけることとなった。
「…クソ、睨み合ってても埒が開かない。デルグリ様を後陣へ、ベッゼとモロフ殿は俺と共に来てくだせえ。あいつを叩きますぜ」
「あ、あぁ」
「承知した」
3匹は一斉に剣を抜き、鋭い眼光で目の前の敵を睨みつける。
しかし、そんな一触即発の空気を破壊する者がいた。
「お、おい、私も騎士だ。戦えるぞ」
そう言って慣れない動作で剣を抜こうとするデルグリ。
その動作に洗練された美しさなどは一切存在せず、まるで生まれたての子鹿のような弱々しさと未熟さがただあるだけだった。
「それに、わ、私の剣は特注のミスリル製の物だぞ。戦力として申し分ないだろう?」
武器が良いから自分は役に立てる。デルグリはそう言ったが、言い換えるならば、自分は武器に頼ることしかできない弱者とも言える。
ガウレッドはデルグリが弱いと知っているので、後ろに下がるように言ったのだが、当の本人は役にたてると意気込み、その意思を決して曲げないという様子だ。
「…デルグリ様含めた我らで、ひとまず奴を囲うように移動しますぜーーって、デルグリ様!」
ガウレッドの作戦も聞かずに我も我もと先陣を切って飛び出すデルグリ。
駆け足で距離を詰めていき、上段に構えたミスリル製の獲物をアンデッド目掛けて振り下ろす。
「フッ!」
これでもデルグリは騎士団として研鑽を積んでいる。
通常の流種であれば決して見切ることのできない域まで達しているデルグリの一閃はーー硬い音と共に弾かれた。
ガウレッドが叫ぶ。
「ーー爪で防いだ…!? デルグリ様、早く離脱してください! モロフ殿、ベッゼ、行きますぜ」
「へい」
「承知」
ガウレッド達は走る。
まだアンデッドは未だデルグリの刃を細腕の先にある爪で防いでいる状態なのだが、それは片手で防いでおり、もう片手は空いているのだ。
つまりは反撃の余地は十分にあると言うことで、今すぐにでもデルグリを引き剥がさないとデルグリが危ないのだ。
それに気がついていないデルグリは未だその剣に力を入れ続けている。まるで硬直しているかのように。
「ーーぐぉぉぉおおお!」
いや、デルグリはとある状態異常に侵され硬直していた。
それは麻痺。
シュプレヒコールの吐息は常に麻痺気を帯びており、その効能はシュプレヒコールの呼気を微量に吸い込むだけで、即座に全身の自由を奪われるほどに高い。
「…ま…お前た…るな…」
デルグリの救助に駆けつける3匹に心が温かくなるも、そんな彼らに同じ目に遭うことを望まないデルグリはなんとか声を出そうとするが、その声が3匹に届くことはついになく、麻痺の吐息の範囲内に足を踏み入れた。
「デルグリ様! ご容赦くださいっす」
ベッゼのそんな声を聞いた矢先、デルグリは自身が宙を舞っていることに気がついた。
長く短い対空時間を体験して、のちに訪れる地面との衝突。
その痛みを持ってしてようやく、デルグリはベッゼに背中を掴まれ、後ろへと投げられたことに気がついた。
感覚の戻らない身体でもかろうじて動かすことのできる瞳。その端に勇敢な騎士達が命を賭して強敵に挑む姿が望めた。
ーー凶悪な麻痺気を帯びたブレスを真正面から喰らい、蝕まれ地に伏すベッゼ。
ベッゼは薄水色の毛が自慢の、社交性のある流種でだった。
体力も多く、どんな状況になろうと、この丈夫な身体は横たわることがないと豪語していたのをデルグリはよく覚えている。
そんな彼は今ーー石畳に顔を埋めていた。それは全く、デルグリの想像できないことだった。
「ッ! よくもベッゼを! うぉおおおお、戦技ーー<清浄の寸断>」
伏したベッゼを一瞥し、激情に駆られたガウレッドは哮りながらの聖気を宿した横なぎの一閃をシュプレヒコールに叩き込もうとする。
雄叫びによってシュプレヒコールの周囲に蔓延する麻痺気の帯びた呼気を吸うことなく超至近距離で放たれた、神秘由来の神聖属性の斬撃。
もはやシュプレヒコールの回避は不可能と思われた。
ゴッという音と共にシュプレヒコールの腰で弧を描くのをやめる刃。
その光景に思わずガウレッドは唖然とした。
硬い音の正体は硬質の骨だった。ガウレッドの一撃は運悪く、シュプレヒコールの腰骨に当たり、その威力を吸収されたのだった。
「…アンデット特攻の聖属性攻撃だぞッ!? …こんな、かったい骨が、あっていいのかよ…」
そのショックがガウレッドの思考と身体を停止させた。
「ガウレッド、離脱を! 早く!」
必死に叫ぶモロフの声にハッとしたガウレッドだが時すでに遅し。
鋭い爪が心臓に向かって来ているのが眼にははっきりと映った。
「ふぅぐッ!!」
アウトメコン騎士団の中でも肉付きがよく、さまざまな分野に長けていたガウレッドはその死へと誘う爪を、身体を逸らすことで急所への一撃を避けてみせた。
「ぐっーーー…」
しかし、心臓から逸れた爪はガウレッドの左肩を揚々と貫き、ガウレッドは一瞬苦痛に塗れた顔をした。
そしてーー
ーーガウレッドは力が抜けるように地へと伏した。眠りにつくかのような光景だった。
「…あ…あぁ…ガウレ…ド」
デルグリは絶望した。あの力自慢のガウレッドがアンデッドに深傷を負わせることなく眠りについてしまったからだ。
強面だが心優しい彼はデルグリが入団したての頃によく手合わせし、一度も勝てたことはなかった。
そんな男がただの一撃ーーそれも急所の逸れた一撃で床に付すのが、デルグリは信じることができなかった。
布団から出られない時間が増えました(*´ー`*人)




