四十話 砦のその後と騎士団の錬金付与師
騎士団と砦のお話と、それだけだとちょっと短かったので、かつて出てきた優秀な錬金付与師の話を書きました。
アウトメコン騎士団の調査隊がその瓦礫の山についたのは本拠であるアウトメコンから離れて約14日目の昼だった。
アウトメコンから出てすぐの頃の緊張感はマヨ・メコンに到着する頃にはかなり薄れ、この場に着くその前日まではほとんどが緊張感のかけらも持っていないような雰囲気だった。
しかし、今この場でそんな場違いな空気を纏ったものは誰1人としていない。
それほどまでにこの瓦礫は騎士団を緊張させたのだ。
「ふ、副団長…。全体を調べた結果、この砦後には血痕が見つかるだけで生存者も死者すらも…なにも、見当たりませんでした…」
「ック…本当に…本当にこれが流種の砦の成れの果てだというのか…。賢者と闘鬼がいて、こんなことがあって良いわけがない…」
「さ、更に、教会や、他の部屋に点在していたはずの書物類がごっそりと姿を眩ませたようです…」
「…証人の手記も、国からの書類も、全てか?」
「…大変残念ながら、そう、なりますね…」
「…そうか」
副団長ーーババシムの目の前には瓦礫となり高々と積まれた“流種の砦だったもの”があった。
流種の砦は[囚徒の森ベル]と呼ばれる魔境から国を守る盾のような役割を持った、防衛ラインの最前線だ。
[囚徒の森ベル]は光の届かない過酷な環境で、その環境で独自の進化を遂げた強大な魔物が無数に生息しており、中にはドラゴンや大魔獣といったお伽話にも登場するような魔物もいる。
そんな者どもを森から出さないために設置されたこの砦の戦力は半端な者ではない。
賢者と呼ばれ、数多の功績を残してきた上種、ゲムブ・ルロムイ。
あまりの強さから闘鬼と呼ばれたゾルゴル。
そんなアウトメコンでも有数の強者がいたのにも関わらずこの砦は瓦礫へと姿を変えたのだ。
「…まさか本当にゾルゴルの言っていた通り、砦が陥落しているとはな…。なぜすぐに信じてやれなかったのだろうか…」
「…闘鬼様に悪いことをしましたね」
「あぁ…。さて、周辺監視の者以外、一度教会跡に集まるよう伝達を頼む」
「ハッ!」
1匹になった上種、ババシムは瓦礫に向かってつぶやく。
「…何なんだ…本当に、何なんだよ…」
もはやこの現状から読み取れることなど、蹂躙劇があった以外に何もない。
それが故意によるものか、災害レベルの魔物がたまたまここを潰したのかすら、ババシムにはわからなかった。
丸二日間の調査を終え、騎士団の一部を砦跡に残し、報告と再建の技術者を徴収するために副団長ババシム達は帰還することとなった。
ーー流種の街マヨ・メコン。
バザールの賑わう商業都市であるマヨ・メコンにはさまざまな商品が並んでいるが、その中で最も目立たない、まるで人っ気のない出店があった。
その出店にはよく言えば雑貨、悪く言えば使い所のないゴミのようなものが無造作に置かれている。
店主もその店に似合った堅物そうな見た目をしており、よりいっそう客足を遠ざける原因となっていた。
そんな雑貨屋にて、その店主に話しかける上種の姿があった。
「失礼、貴殿を“錬金付与師ジンク“とお見受けする。もしそうなのであれば少しばかり話を聞きたい」
そういうと堅物そうな店主は目を合わせずに「何の用だ」と答えた。
「以前、賢者ゲムブにこの店は腕ききの店主がいると聞いてな。…取り込み中だったか?」
「…なんだ、よく見れば騎士団の者か…それで? 賢者様はいないのか? なにやら流種の砦が大変だって聞いたが」
ババシムの「賢者」という言葉に反応した無愛想な店主ーー錬金付与師ジンクは初めて顔をこちら見向けた。
「あぁ…。賢者は今行方不明だ…」
「そうなのか…。まぁ、あの賢者様ならどこでも生きていけそうだがな。それで話とはなんだ? 俺は見ての通り忙しいんだ」
そう言って作りかけのタリスマンを見せる錬金付与師ジンク。
「本題なのだが、貴殿の作るマジックアイテムは良品で、他の錬金付与師とは一銭をかくすと聞いている。どうか、騎士団専属の錬金付与師になってくれないだろうか」
騎士団からの誘い。騎士団に所属できるのは力を持った一部の流種と上種だけであるために、この誘いはこの国において最大に近い名誉なことである。
現に、横で聞き耳を立てている衣服屋の店主は目を丸くして驚き、羨望の眼差しをむけていた。
誰しもがその返事を待つ。しかし、ジンクから出たのは拒否の一言だった。
「騎士団直々の誘い、光栄だが断らせてくれ」
「地位を交渉に持ち出すのはあまり好きではないんだが、このアウトメコン騎士団、副団長であるババシムの言葉でも断るのかね?」
「あぁ。いくら副団長様の誘いといえど、その要件は受け入れられない」
上種であり、騎士副団長であるババシムが名前まで出したのにも関わらず入団を拒むジンク。
この光景を隣に店を構える衣服屋の店主は、気でも狂ったのか。と哀れみの視線を向けていた。
「ふむ…。何か理由があるのかね?」
「俺はもう錬金付与はしないと決めた…。ここにある商品を捌き切ったらこの業界から足を洗うつもりだ」
「…有名な錬金付与師であるジンクがなぜ…?」
ババシムの追求にジンクはもの寂しげに答え始めた。
「…俺は昔、己を賢者だと思っていたんだ。なぜならいかに難解な錬金もこなすことができたからな。そして俺は愚者を笑っていたんだ。この才能に気づけないのだから。
だがな…。俺は知ったんだ…俺自身が愚者だったんだと…。アレを見た日から俺の錬金の腕前などカスほどにも及ばないとわかっちまった…。だからもう錬金はしないんだよ…。
…このタリスマンも、今解体している最中だしな」
話す途中からどこか怯えまじりに口を開くその姿は、とても名の知れた錬金付与師とは思えなかった。
「一体なにがそんなに貴殿のプライドに傷をつけたんだ…?」
聞いて良いかわからないラインだが、ババシムはある種の好奇心に押し負け、つい口を開いてしまった。
「…に…んだ」
ジンクの言葉は思った以上に小さく、ババシムはほとんど聞き取れなかった。
だが、そんな中聞き取ることのできた言葉の一部にあの恐怖を連想させるような単語が含まれているような気がして仕方がなかった。
「すまない、もう一度聞いても良いか…?」
「…小さな、人間だ…。奴が着ていたローブも上に羽織っていたケープも鑑定の効かない代物で、唯一鑑定できたブローチは超が着くほどの一級品だ…。アレに比べたら俺の錬金なんてお遊びにすぎないんだよ…」
「人間…」
ババシムには思い当たる節があった。
それはこの町で部下であるデルグリが人間と思わしき、死んだ薔薇のような鎧を纏った騎士ともめあいになった際、仲裁に入った人間の子供。
感情のない瞳にババシムは強い恐怖を感じたことを今でも覚えている。
「その人間は、薄紫のローブに、灰色のフード付きケープを身に纏っていたか…?」
「あぁ…。騎士様も知っているのか?」
「一度だけ…。一度だけの遭遇だったが、部下が喧嘩していた相手がその人間の父親で、何というかどこか恐ろしいものを感じさせる人間の子だった…」
そういえば、あの時は騎士団が町にやってきていたもんな、とジンクは言った。
「貴殿は、あの親子の居場所を知らないか?」
「…知らん。しかし、どこであんなモノを手に入れたのか、聞いてみたいものだな」
そう言って遠くを見つめるジンク。
ババシムはあることを閃いていた。
「ならば、アウトメコン騎士団で、かの親子の行方を探すのに協力をしてくれないだろうか? 私としてももう一度あの親子に会ってみたいんだ」
「騎士団はいつの間に、私欲のために部外者の参入を許すような組織になったんだ?…だが、確かにもういちど、もう一度だけあのブローチを拝んでみたいものだな…」
ジンクは立ち上がる。そしてババシムに手を差し出した。
ババシムも差し出された手をカウンター越しにとり、共通の目的を持った2匹は硬い握手を交わす。
「騎士団に助力すること、騎士団副団長として感謝する」
「あぁ…俺…私こそ誘ってもらえて光栄だ」
この日、アウトメコン騎士団に新たに錬金付与師が同志として加わったという。
(*´ー`*人)今日は2本投稿です。みなさま寒い中お疲れ様です!




