三話 神の器は悪魔を召喚する
少女は深い苔の上を歩きながら考える。
(昨日遭遇した、あれはなんだったんですかね…)
もちろん夜の豚のことではなく、最初に遭遇した山のように巨大な生物のことだ。
過去、何度か巨大生物と戦ってきた。
そして、そのどれもが化け物と呼ぶに相応しい力と体力を持っていた。しかしーー
(ーーあれだけ大きいって、どれほど強いんでしょう…)
その場で逃げ出したことは果たして賢明な判断だったのだろうか。もし、あの場をもう少し探索していれば元の世界に戻る手段。ないしはその手がかりを見つけられたかもしれない。
しかし、そんなこと考えていても後の祭りだ。割り切るほかないだろう。
「はぁ…さてと」
ため息を吐きながら樹に登る。
もう既に日が翳り、樹の葉や枝を紅葉しているかのように紅く染め上げた。
「今夜も、何事もなく過ごせますように…」
不安そうな顔で、少女は言葉を発したのだった。
動かない太陽とは反対側から、優しく光が差し始めた。
既に空は薄白く、その配色は海を幻想させる。
少女は夜に何もなかったことに安心し樹の枝から飛び降りる。
足元の苔が潰れる音がした。
「環状の太陽に向かって、歩きますか」
その日から、ただの繰り返しだった。
陽が落ちれば気に登り、この世界について思想に耽る。
陽が登れば環状の太陽のようなものに向かって陽が落ちるまでひたすら歩いた。
10日目の夜、少女は樹の枝で座っているとちょうど葉と枝の隙間から遠くで光る灯りを見つけた。
ーー人工物かもしれない。
少女は迷う。その場を見に行くべきかを。
いまだに現地の者の強さが計り知れないからだ。しかし、いつまで経っても逃げてばかりだと、本当にピンチの時、誤った判断を下すかもしれない。
ーー腹を括ろう。
少女は目につきづらい夜に行動することを選んだ。
まず、近寄るにあたって見つかったとき相手が敵対した場合は、即座に撤退できるように魔術を使う。
「えっと、高域魔術ーー<ブリムゲーツ>発動先は…この樹の枝でっ」
一度だけ転位がノンスペルで使える便利魔術だ。さらに、万が一死んだ時に復活できる神秘もかけておく。
「神域神秘ーー<不死王の丁子>。…MPの消費が多かったかもしれないですね…」
<不死王の丁子>は最高位の神秘ゆえMPをかなり消費するために、少女にとって大きな負担となった。
このように強力な、高域や神域などの魔術や神秘にはクールタイムが存在し、多様はできない。
それでも高域や神域の術を使うのは、少女のこの世界に対する最大限の警戒があるからだろう。
不安げな顔を浮かべる少女は、まだ満足いかないとさらに杖を構え、スキルで現状に適した召喚物を考える。
「ん…。スキルーー<堕天地の門・デモン=ルーセントイビル>」
空中に赤い魔法陣が描かれ、5層に重なり門の形を模する。
その門は5メートルほどもあり、門の奥にはただ、赤黒い空間が広がっている。
そこから這い出すように、半透明で、顔が能面、細身で背中に特徴的な翼のある"悪魔"と形容するしかない、そんな化け物が出てきた。
少女はその化け物に怖気付く様子もなく、いつもと変わりなく話しかける。
「あ、貴方には今から…えっと、視察の手伝いをしてもらいます。そこで、私が危なくなった時に、盾として、死んでください」
門から這い出た悪魔ーールーセントイビルは言葉なく了承の意を示した。
ルーセントイビルは90レベルの悪魔で、少女が簡単に召喚できる悪魔の中でも高レベルだ。
少女がルーセントイビルを召喚したのには二つの意図がある。
一つ目は、ルーセントイビルの素早さが高いこと。半霊体の悪魔で、空中を滑るように移動することができ、いざという時に目の前にすぐ移動させることができる。
二つ目が、物理耐性と魔術耐性が高いこと。物理は半霊体なのでもちろん効き辛いのだが、この悪魔は魔術耐性までもが高いのだ。
その代わりある一部の魔術や神秘によわく、星と光、特に聖属性に対して最大級の脆弱さをもつ。
しかし、この上記の魔術などを行使できるものがこんなところにいるはずがないと思い、ルーセントイビルを召喚した。
ルーセントイビルを目の横に据えた少女は再び両手で杖を構え、スキルを行使する。
次の召喚物は先ほど既に決めていた。少女はスラスラと形式に沿った言葉を連ねる。
「スキルーー<堕天地の門・デモン=インスペクター>」
先ほどと同様、赤い魔法陣が重なり門を形取る。
その深淵の中から次に姿を現したのは人の頭ほどもあるーー目玉だった。
目玉は糸のようなもので上から吊るされており、その糸は10センチほどのところから透明になっている。
インスペクターはその見た目通り視覚に優れた悪魔だ。少女はその中でも、相手のレベルを見破る能力を買っている。
そんなインスペクター自身のレベルは70だ。
「インスペクター、えっと、今から行く先に生物がいた場合、その生物のレベルを私に教えて下さい。もし、見破れないようならーー私の壁となって死んでください」
少女の言葉を聴いたーー耳などはないがーーインスペクターはその大きな目を一度閉じることで、了承の意を示した。
悪魔2匹の召喚が終わるのを待っていたと言わんばかりに、日が完全に落ち、空には星とーー環状の太陽が静かに佇んでいた。
「そ、それじゃあ…お願いしますね」
こうして、悪魔2匹とそれを従える少女という異様としか言いようのないパーティは夜闇を駆けた。
花粉症がきちぃです。