三十六話 神の器は安渡する
日が落ち始めた頃合、長く続いた雑談は終わり、メレストフェリスたちは狩人の集いを出て流種たちの行き交う街道を歩く。
「…フェルベール。人間の国って、どんなのなんでしょうか」
もちろんフェルベールが知るはずもない。故に返事はなかった。
「いろいろ、進路変更ですね…。また慌ただしく、なるんですかね…」
この地域の生命体の強さ、魔術形態、言語形態、種族、街並み、気候、文化、お金など、メレストフェリスがこの世界に来てからこの辺りで得たことはたくさんある。しかし、やっと慣れたことでも外に出てしまえばまた一から情報収集のやり直しなのだ。
メレストフェリスは知っている。
豊かな緑の栄えた街の、壁一枚挟んだ向こうには酸の雨が際限なく振り続ける、全てが絶え果てた地が広がっていることも、山を少し登り、柵を越えた先にはそれまでとは比にならない強さの魔物や敵が猖獗を極めていたことも。
メレストフェリスは経験してきているのだ。
だからこその戸惑い、不安。
やはり無知とは何よりも咎なのだ。
しかし、主人との約束を果たすためにはいずれこのアウトメコンから旅立たねばならないし、何よりもゴルゴーラの存在が恐ろしい。
無策は愚かであるが、この場に滞在することのほうがもっと愚かだとメレストフェリスは考えたのだ。
「…大丈夫です。今までやってこられたんです…。だから、大丈夫なんです」
そう言い聞かせ歩くメレストフェリスはいつになく暗い顔をしていたのだろう。召喚者のそんな顔をフェルベールは黙って見つめていた。
「…メレストフェリス様。私、フェルベールは貴女に付き従います」
「…ありがとうございます、フェルベール…」
その姿は、傍目で見れば本物の親子のようだった。
メレストフェリスたちが泊まっている宿はアウトメコンの西門付近にある“ラグの宿”だ。若い流種の夫婦とその祖父母が切り盛りする、広い部屋と宿場街へのアクセスの良さが人気を集める旅人御用達の宿屋である。
メレストフェリス達がそんな場所で贅沢しているのにはエイレンからの強い推奨あってのことと、エイレンが金銭面の負担を申し出たおかげなのだが、メレストフェリスはあまり納得していなかった。
「…通りがうるさすぎます…」
そう言って個室で1人、ベッドの上で仰向けになりながら本を読むメレストフェリス。
両手でしっかりと掴まれた本には“簡単にできるフリムの増やし方”と書かれた文字。フリムとはこの世界の交渉の際に使われる、いわゆる金である。
「…まさか、馬車に乗るのに、お金が必要だなんて…。はぁ…」
めんどくさいー。だるいー。とベッドの上で転がっていると、扉が開く気配がした。
あぁ、もうこんな時間でしたか、とメレストフェリスは扉の方を向く。
半開きになった扉からは背中にまで伸びる金色の髪を首の後ろあたりで束ねた、金色の瞳をした少女が入ってきた。
年は人間にして18歳程度だろうか。丈の長い灰色のローブに身を包んでいるが、すらっとした四肢が見てわかる。ローブの隙間から見える肌は少し浅黒く、エルフとダークエルフの混血を思わせる。しかし、耳は尖っていないため、人間だと判断されるだろう。
知性を思わせる顔立ちに疑問符を浮かべながらドアノブを回す手の逆に、眩い金色でできた蛇の巻きついた杖をもつ少女は部屋に入るなりベッドの上にいるメレストフェリスに向かって跪いた。
「メレストフェリス様、本日の資材収集のご報告です。本日はマヨ・メコンのスラムにて、計17の流種を殺害しました」
「えっと、今回も、誰にもバレずに遂行できたんですよね?」
「もちろんです。高域神秘<大海の瞳>を使用して範囲感知を常に行いながら警戒、諜報、殺害を行いました」
「さすがはーー“アミュラ“です」
跪く少女ーーアミュラは全身から喜びの色を発していた。
アミュラは以前、メレストフェリスがマヨメコンの地下室で、モラクスの拷問をするために生贄召喚で呼び出した悪魔“アミメット”である。死者を喰らい力を得ると言われる恐ろしき悪魔で、現在の姿はメレストフェリスが持っていた化粧箱で見た目を変えた姿だ。
アミュラはとても従属的で、己を召喚したメレストフェリスをよく慕っている。
そんな彼女の得意分野が魔術、神秘、呪詛だ。レベルは350で多数の高域術と、少数の超域術が行使できる、万能型の術者なのだが、HPが非常に低く、打たれ弱いため前衛に貼ることはまず無いと言った立ち位置だろう。
「じゃあ、死体の管理も引き続いて、アミュラに任せますね」
「はい。承知しました」
普段ならここでアミュラが失礼しました。と言って部屋から出ていくはずなのだが、今日はどうやら様子が違うようだった。
「それであの…。メレストフェリス様、本日行ったマヨ・メコンなのですが今日はやけに騒がしく…。大きく分けて2つほどの噂がされていました」
「えっと、私に関係、ありそうですか」
「関係があるかどうかはわかりかねますが、まず“流種の砦が何かによって壊滅した”というものです…。騎士団と名乗るもの達があわてた様子でマヨ・メコンに来て、元々は他言無用の情報だったらしいのですが、どこかから話が漏れ、マヨ・メコン全体に広がったものと思われます。いずれこのアウトメコンにも話が届くこと間違いないでしょう。…? どうされました?メレストフェリス様」
流種の砦。
それはメレストフェリスがこの世界に来て最初に常識を学んだいわば学舎である。
インスペクターとルーセントイビルを使った十分な蹂躙と、破壊。蹂躙が産んだ死体の山を生贄召喚に使いフェルベールーーベルフェゴルを呼び出した。最も成功した作戦だったこと間違いない。
しかし、そんな崩壊した砦はとうとう流種に見つかってしまったのだ。
「…私がこの世界にきて、初めて堕とした砦が、その“流種の砦”です…。噂になるとは思っていましたが、こんなに早いとは、思いませんでした」
「メレストフェリス様ってすごいことしますよね…。聞いた感じでは、強大な悪魔に堕とされた。とか巨大な竜が尾を振った。とか根も葉もないことばかりが囁かれていて、メレストフェリス様の話は一切無かったです」
ほぅ…っとメレストフェリスは小さくため息をついた。
それは安堵のため息。
あの場に何一つとして証拠となるものは残していないので簡単にはバレないと思うがメレストフェリスのまだ知らない魔術的なものがあるかもしれない。一応警戒はしておくべきだろう。
「えっと、もう一つは…」
「はい。もう一つは“謎の人攫い再び”と言われていますね…。どうやら、スラムを中心に大規模の人攫いが発生しているようでして…」
「…それ、アミュラの行いが、バレているんじゃ…」
アミュラは え?と驚いた表情を浮かべるも、思い返せばそういう節があるのか、すぐに納得した。
「確かに、1日で20匹弱の流種を絶えず乱獲しているんですもんね。バレないはずがありませんでした…」
「…アミュラって、少しポンコツなところが、ありますよね」
あははっと笑うアミュラをベッドの上から眺めるメレストフェリスには少し引っかかる部分があった。
「そういえば、再びって言うことは、前例があったと言うことなのでしょうか…」
「どうやら、そう見たいです。怖いですよね…」
そう言って悩むそぶりを見せる2人。真実には気づけないものの、どこか楽しそうな雰囲気がそこにはあった。
めちゃんこ遅くなりましたぁ…。夏休み楽しかったです。ありがとうございました。(*´ー`*人)




