三十二話 赤髪は真実を知る
故英雄が成そうとしたこと。
それは表面上、大悪魔を退けた英雄譚として語られる。
エイレンが見つけたのは一つの手記。
名も無き賢者が書き記したボロボロの実録だった。
そこにはこう綴られていた。
ーー現世に眩んだ英雄、神を討たんと暗躍し、常世の力で穢れに塗れた。
そんな言葉が永遠と並んでいた。
その一冊の、誰が書いたかすらもはやよくわからない、なんの信憑性もない薄汚れた手記。
しかし、焦りから前の見えていないエイレンは手記を信じ絶望した。
憧れであった故英雄の持つ力は常世の力であり、決して誉れ謳われるべき存在ではなかったのだ。
その日の夜。
「…お父様。お話ししたいことが」
父レオドールの書斎の扉越しに声をかけると、中から以前と同じ声で「入りたまえ」と聞こえた。
「失礼しますお父様。そしてお久しぶりです」
「あぁ、エイレン。久しぶりだね。最近鍛錬に励んでいるようだし親として心配ではあるけど嬉しいよ」
「ッーー」
唐突にエイレンの尊敬する父から述べられた賛美に自分のやっていることは無駄ではなかったと思い、ついニヤけそうになる。
「私など、まだまだです」
父にやっていることを認めてもらえたのは非常に嬉しいが、今日の本題は違う。
しかし、どのようにあの話を切り出したら良いのか、今のエイレンには分からなかった。
そんなエイレンに手を差し伸べるのはいつも父の役目だ。
「それで、話とはなんなのかな。流種の狩人との組み手がしてみたい、とかなのかい?」
「いえ…。話というのは、故英雄の成そうとしたことと、その力のことです」
レオドールは故英雄の成そうとしたことという単語に少し硬直したが、エイレンには分からなかった。
「私は本を…大書庫でとある手記を見つけました。そこにはーー」
常世の力。
それすなわち、堕天地に住まう者たちの力である。
悪魔狩りの故英雄は神を殺すために悪魔の力を受ける儀式を行い、失敗した。
その後再び儀式を行った結果、故英雄達は強大な堕天地の力を手に入れた。
しかしそれは呪いだ。
二度目の儀式。成功の代償は多くの魂だった。
約300人の人間を生贄の供物とし、堕天地の門を開扉した。
そして大悪魔から、その力の一端を"呪い"と言う形でその身に受けたのだった。
その後大悪魔を帰還させようと儀式を終えようとした時、大悪魔が暴走した。
いや、悪魔とは狡猾なもので、常にずる賢い。最初から現世に顕現することを目論んでいたのだろう。
こうして故英雄と大悪魔の苛烈極まる戦いは幕を開けたのだ。
故英雄。その力は恐ろしく強い悪魔の力であり、そのありようは呪いそのものだ。
ゆえにその力、末代まで継承されるであろうーー
「ーーとありました。故英雄が振るった力も、その系譜であるお父様が持つ力も…。全ては悪魔の力なのですね…?」
エイレンはただまっすぐ見つめそう言った。
しかしその言葉の端々には疑いからくる揺らぎが垣間見え、否定してほしいと言っているかのようだった。
レオドールは一度ゆっくりと目を閉じ、何かを考える素振りを見せ、目を開き、口を開いた。
「…あぁ。これは末代まで続く呪いだ…。すまなかった…。本当に。エイレン…お前が英雄に憧れていたのは知っている…。しかし、英雄とは汚れ、穢れ、爛れきった道化にすぎないのだよ…。私はそれを、英雄を目指すエイレンを否定できなかった…おまえに呪いを宿すなどッ…」
そう言ってレオドールは徐々に言葉を詰まらせ、涙を流し始めた。
「お父様…」
エイレンは知った。
あの常に冷静で、誰よりも人のことを考えて行動する父レオドールは誰よりも自らに怯え、その呪いと己を蔑視していたと。
そんな父をエイレンは見たことがない。いや、こんな父など父ではない。
父から呪いが抜ければ父の心は晴れるだろうか。
「お父様…私に、その力をください」
「駄目だッ!何を言っている!?お前はあの手記を…お前もかつての私と同じようにあの手記を見たのだろう!? …エイレン…?何をしている…!」
レオドールが怒鳴りつける中、エイレンは腰にぶら下げた剣を抜き、胸の前に構えていた。
「…だからこそです…。お父様が呪いから解放されるのであれば私など…。私などどうなっても構いません!」
エイレンは床を蹴り、移動する中、その切先をレオドールに向けた。
高速の突き。
日々鍛錬に励むエイレンの力は有象無象とは一線を画する力を持っていた。
もはやその辺りの流種とは比べ物にならないほどの。しかしーー
「この程度では容易く避けられますか…」
レオドールは紙一重でその剣筋を見切り、体を逸らすことで避けていた。
しかしエイレンはそれを想定済みとさらに踏み込み、次は横なぎの斬撃を実父であるレオドールの首目掛けて振るっていた。
吸い込まれるように首目掛けて走る剣は硬い感触と共にその場で停止した。
「エイレン…」
レオドールは左腕に接触しているエイレンの剣を無視してエイレンを見つめた。
「…ッお父様…そんな、そんなに悲哀に満ちた表情で私を見ないでください…。私はお父様をただ救いたいだけなんです…」
エイレンはレオドールが反撃を加えてこないことを察してさらに踏み込んでさまざまな角度から剣を振るうも、その斬撃はレオドールの腕に弾かれ、急所には一切届くことはなかった。
「エイレン…やめてくれ…お前にこの力を継承させる気はない…」
「でも、それだとお父様が一生苦しむことになります…!」
レオドールはひたすらにエイレンに力の伝承をさせまいと、さらには娘を傷付けまいと防御にまわっていたが、それももう限界であることに両者は気づいていた。
(そろそろ、故英雄の力を見せてください。お父様を縛り付け蝕む呪いを)
「はぁ…エイレン。お前は私に勝てないと察したら死ぬつもりだろう?」
唐突に問われた質問、もとい正解にエイレンの思考は一時停止する。
「それがお父様を救えるのであれば」
エイレンは常にそう考えている。
父はその代で呪いと言う歴史を終わらせようとしている。しかし、エイレンという後継がいるため、呪いの移行は半ば決定している。ならば後継となる者がいなければどうだろうか。
レオドールはその寿命を全うして死ぬだけだ。呪いが残る心配などしなくても良いのだ。
「そうか…残念だよ…」
そう言ってレオドールは空中から唐突に巨大な石槌を取り出した。
「エイレン。知れ。そして恐れよ。お前が一体何をしようとしているのかを。そして…拒絶してくれ…」
大槌を両手で持ち、肩に乗せ構えるその姿はまさに英雄。
故英雄の力、<デモンストーン・マレット>はそのこの世のものではない武器をいつでも取り出せると言う能力だ。
とてつもない威圧感にエイレンはただ立ち尽くすことしか出来なかった。
しかし、そんな絶望的な環境下でもエイレンの勘はレオドールが本気でエイレンに攻撃を仕掛けることはないといっていた。
それは父に寄せる信頼からくる、ただの希望にすぎない考えだったのかもしれないが、そんな思いはエイレンの足を再び動かす要として申し分なかった。
少し強張った身体を強い精神力で無理やり動かし、再び神速の突きを放つ。
(お父様を救済する方法とは…一体なんなのでしょう)
どうせこの突きも容易く止められ、もはや勝つことは叶わない。
ならばやはり、次は自己犠牲を払って敬愛すべく父を呪縛から解放するべきなのではないだろうか。
様々な葛藤や思いからか、その突きは最初の突きとは比べ物にならないほどに速度の落ちた突きとなっていた。
歩数にして約四歩。
一歩目にしてエイレンは父に勝てないことを悟った。
二歩目にはこの攻撃を持って最後とし、自害することを選択した。
三歩目。
三歩目でエイレンの優れた知覚能力が気づいてしまった。
後ろの扉から発せられる流種の気配とその扉が開扉されようとしていることを。
四歩目。
扉に目を向けた瞬間、持っていた剣が柔らかい感触に包まれる。
「ーーえ?」
扉に置いていた目をレオドールの元へと戻すと、その刃先から刀身は真っ直ぐレオドールの胸を貫いていた。
もはやその感触は覚えていない。いや、記憶にはあるが全身が拒否するのだ。
怯えた形相でエイレンを扉の隙間から覗く流種と、徐々に腕の中で冷たくなって行く父レオドール。
「エ…イレン…。ははっ。血は争えんなぁ…。まさかかつての私と同じ道を選択するとは……私たちはやはり親子なのだな…」
「いや!! いやぁぁああ!!! お父様!お父様っ…!!!」
「…感謝するよ、エイレン…。お前なら立派な英雄に…なれる。だから……」
その時、レオドールの全身から黒いモヤのようなものが剥離し、エイレンを包んだ。それを見たレオドールの顔は悲痛に塗れた、しかしどこか安心したような、そんな顔だった。
ーーだから、この呪いを終わらせてくれ。そして、狩人の集いを…。流種達に安住を約束してほしい…。
それがエイレンの聞いた、哀れで勇敢な父の最後の願いだった。
エイレンはレオドールの愛用していた深い茶色のウェスタンハットを被り、立ち上がった。
扉に手をかけると扉越しにいた流種が逃げ出したが、その時のエイレンにはそれは全く関係のないことだった。
赤い髪に闘志が燃える。
英雄の子孫、エイレンはその力を継承したのだった。
期間がかなり開いたこと、お詫び申し上げます。このエイレンというキャラをどんな立ち位置にしようかなーと迷いに迷い、そのままやる気が消失しておりました…。
大学は相変わらず忙し楽しいで充実させていただいております。
また物語を書こうと思っていますので、スパンはまばらかもしれませんが待っていていただけると幸いです。(あと、評価ありがとうございます。評価されたのを見てやる気がめちゃめちゃおきました!)
(*´ー`*人)感謝です




