三十話 赤髪の人間エイレン・リスク
エイレンの一撃。その一撃を見ているだけでも鳥肌が立つ。そんな、粉砕力を多分に含んだ殴打だった。
モラクスが破壊力ならエイレンは粉砕力をと言ったところだろうか。
『ブオォ!!』
そんなエイレンの一撃はモラクスの頭部にあたり、モラクスはズドンという盛大な音と共に顎から地面に顔をつけた。
「っが!!」
それと同時にエイレンも苦痛に歪んだ顔をし、同じく苦痛に歪んだ声を発した。
これを傍観するもの達からはエイレンの優勢と思うだろう。
無傷のエイレンがモラクスに大打撃を与えたと。
しかし、この時のエイレンの状態は無傷などではなかった。
(ーーフン…こんなにも頭蓋が硬いとはな。当分腕は使い物にならんか)
そう。モラクスは自らそれを狙いに行っていたのだ。
モラクスの体の部位の中で最も硬いのが頭で、その硬さは鋼鉄をも凌ぐ。
それをモラクスは知っていたために、相手の攻撃をわざと頭で受け、さらに自ら反発する事でより多くの衝撃をエイレンに与えたのだった。
エイレンにかかった負担は高速で飛んでくる巨大な鋼鉄の球を槌で叩いた時とほぼ同じと言っても過言ではない。
モラクスはゆっくりと頭を上げ、エイレンに向かってひと吠えする。
『ブモォオオオオオオ!!!』
それは嘲笑だ。
愚かにも策に引っかかった人間に対する挑発的行為。
まるで、力比べはだけではなく、知恵でも勝っていると言わんばかりの咆哮。いや、実際にモラクスは二勝ゼロ敗だと言っているのだろう。
「フッ…悪魔風情が」
しかし、少しだけ、ほんの少しだけエイレンが追い詰められているのは覆し用のない事実だった。
「確かに、フェルベールとやらが言うとおり、かなりの強敵であることに違いないな」
相手の力を認めるような言葉を出すが、その顔に諦めや逃避などは一切感じられない。
むしろ、嬉々としてその事実を受け入れているかのようだった。
『ブフゥゥウウウーー』
その顔を見てどこか気に障ったのか、怒りを含んだ顔でモラクスが斧を構えて突っ込んできた。
先ほどよりも速く鋭い、絶命の一撃だ。
それをエイレンは避けるそぶりすら見せず、ただその場に立ち尽くしていた。
モラクスの斧がエイレンを頭から真二つに裂こうとした頃、エイレンの口から小さく何かを呟くような声が聞こえた。
「ーー戦技ーー<要撃>」
次の瞬間、エイレンは上半身を無理やり捻り、ありえない角度でモラクスの一撃を掻い潜った後、再びありえない速度で体制を戻し、手に持った槌でモラクスに反撃した。
モラクスの右肩にエイレンの槌があたり、モラクスが音を立てて吹き飛び『ブグゥウウ…』と呻き声を上げた。
「ははッ! 所詮は家畜!能無しの牛めが。貴様はあれだな、モノゴーストなんかには絶対に勝てない奴だな。まぁ、この言葉の意味も理解できていないだろうがな」
エイレンは愉快そうに笑い声を上げ、モラクスを見据える。
モラクスの右肩はその撃滅の一撃によってことごとく粉砕されていた。
しかし、モラクスはこの程度で終わる悪魔ではない。
まるで己を鼓舞するかのような大きな雄叫びをあげて左手でその巨大な斧を持って立ち上がった。
「ーーッ!」
まるで熱量すら感じる雄叫びは間近で聞いたエイレンのみならず、遠くで見守る流種達も怯ませた。
そしてエイレンは驚愕する。
「右腕が…治っただと?」
そう。
モラクスは右肩が粉砕され、もはや腕すら上げることができないはずだった。
しかし、モラクスの右腕はしっかりと動いていた。
エイレンの額から顎を伝って大粒の汗が落ちる。
それは焦りによるものと、もう一つの要因によるものだと気づくのにそう時間はかからなかった。
「…燃えている…?」
モラクスの持つ斧が赤い微光を湛えていた。
その気づきに反応してモラクスが斧を振る。
「火花、火属性の付与か…」
火属性は厄介だ。
ガードをしても、飛び散る火花で火傷を負い、避けるにしても火花が飛ぶので攻撃範囲が広がり避けづらい。
どうしようかと考えていると、その隙は与えないとモラクスがまた武器を構えてやってくる。
引き摺るように斧を構え、上に振り上げられる。
そこから始まる、息が詰まるような連撃。
一振りごとに空気が焼け、ボゥと音が鳴る。
その連撃をエイレンは大槌を盾のようにして防ぐ。
しかし、やはり火の手は槌の裏まで回り、少しづつだが、体力が削られる。
「ッ…。これだけ火の粉が飛んでッ明るいなら…フッ…夜の奇襲は悪手だったか」
幾度にもなる連撃はその衝撃と炎で辺りの大地を黒く焦がし、火の粉によって草が燃えた。
もはやエイレンには反撃の余力も隙もない。
しかし、やはり夜に戦うことは間違っていなかった。
もしも、日が出ていたならば見えてしまっただろう。
流種達の落胆、絶望する顔を。
そして訪れる限界。
ついにエイレンはモラクスの一撃を右の腕にくらってしまった。
「クッ…ッッ…」
周囲にジュウッという音と共に、人の肉が焼ける匂いが満ちる。
また、高温の金属と瑞々しい肉が衝突して発生した水蒸気や、連撃によって巻き上げられた土煙がエイレンを覆った。
そのある種、燻りのようなものの中から、トサッという何かが落ちる音が聞こえ、その光景を見る誰しもがエイレンの腕が焼き切れ、もげ落ちたことを連想した。
それはモラクスも同じで、もはや片腕のないエイレンなど敵ではないと言わんばかりに、次なる標的ーー呆然とする流種たちを見据えて、牛の顔に薄笑いを浮かべていた。
土曜日って時間があって幸せですね(*´ー`*人)




