二十話 流種は感じる。本能的な恐怖を
大通りはいつにも増して流種だかりができていた。
その渦の中心にいるのは一匹の流種の騎士ーー狼顔の毛深い人間のような姿の生き物で、狼の紋様が掘られたロングソードを腰に下げているーーと、人間だと思われる一人の騎士ーーくすんだ薔薇の騎士ーーが対峙している。
薔薇の騎士が言う。
「…すまないが、この鎧を譲ることはできない。これは大切な品だ。いくらこの国の騎士団の頼みといえど、譲歩できないと言っておく」
そうキッパリと言い切る薔薇の騎士の姿に、周りの反応は賛否両論だ。のどよめきを起こす。
それものそのはずでアウトメコン騎士団といえば、真種にその力と功績を認められた者が就くことができる、誇り高き職種だ。
騎士団が道を通れば平民の流種はその誰しもが騎士団に羨望の眼差しを向ける。
もはやこの国に騎士団よりも権力を持つものなど、一部の上種と真種意外にはいないほどだ。
騎士団が寝泊まりするなら無償で場所を用意し、騎士団が食事をするのであれば無償で満腹になるまで提供する。
いわば、アウトメコン騎士団とは絶対なのだ。
だからこそ人間の騎士がそんな絶対の要求を断ったことを不愉快に思うものや、肝が据わっていると感じた者がいたのだ。
「何か勘違いしておられるようですが、これは任意ではなく、国法にやる強制徴収なんですよ。そもそも魔法の全身鎧など下種である人間には不釣り合いだと気づけなかったのかな?トロルの棍棒は、トロルが握ってこそ真価を発揮するものだ。つまり、その鎧にも適任者がいるということ。ーーさあ渡して貰おうか? 金はもうやらんぞ。無礼にも最初の交渉を断ったのだからな!」
「…私はそもそもこの国の者ではない。他国の者に権力を行使するのは間違っていると思うのだが」
流種の騎士の苛立ちや挑発を存分に含んだもはやーー暴言。に薔薇の騎士は平坦な声でそう答えた。
「肝がすわっているな。そうだな、キミの国で他国の者が犯罪を犯した場合、他国の者の犯行だからという理由で罰しない。なんて事はあるのかね?」
「…知らん」
「まぁそう、しらを切るな。もうキミは罪人だーー大人しく罪を受け入れ、平伏せよ」
流種の騎士から出たそれは脅迫だ。
めちゃくちゃな言いがかりをつけて薔薇の騎士から全身鎧を搾取しようとしている。それは、誰の目から見ても一目瞭然だった。
「…質の悪い追い剥ぎか」
薔薇の騎士が小さくそう呟くのを、流種の騎士は聞き逃さなかった。
流種の騎士が薔薇の騎士に接近し、鎧の首あたりにある装飾の一部を掴んだ。
「…追い剥ぎだと? 高貴なる騎士の行いに対してそう言ったな? あろうことか醜く汚い賊と同じだと!」
「…あぁ。そうだ」
「こんなことがッ! 許されるとおもっているのかぁあ!? これは立派な侮辱罪だッ!!」
その時、流石にその騒ぎを聞きつけた他の流種の騎士が野次馬をかき分けて渦の中心へとやってくる。
「おい! 一体なんの騒ぎだ! デルグリ! 何があった!」
新たに現れた流種の騎士は先ほどまで喚き散らかしていた流種のことをデルグリと言った。多分それが喚いていた彼の名なのだろう。
新たに現れた流種の騎士はデリグリの横で足を止めた。
「あぁ! ババシム副団長! ここに騎士団を侮辱する吐く不届者がおります。私はその罪を、その身に纏う鎧を差し出せば許すと提案してあげたのですが、いかんせん聞き分けが悪く、罪を認めようとすらしないのです」
デルグリが先ほどと一変して、騎士然とした態度でババシム副団長とやらに語りかける。
しかし、ババシム副団長はやれやれと言った顔で首を横に振った。
「デルグリ、お前には必要物資の調達を命じたはずだが」
「はい! ですので、この人間の鎧は我々騎士団に必要な物かと思い、徴収しようとしていたまでです」
またか、と言わんばかりの態度でババシム副団長はデルグリを一瞥し、薔薇の騎士の方を向き、深々と頭を下げて謝罪した。
頭を下げたままババシム副団長は動かない。
「部下が飛んだ無礼を働いた…。私からの謝罪、立場上これ以上は求められ無い。しかし、だからこそ部下に再教育を施し再発防止に努めると誓う。どうか許してほしい」
「…あぁ」
その謝罪に対し薔薇の騎士はさも無関心を貫き通すかのようにその謝罪を受け入れた。
そうしてやっと、ババシム副団長の頭が上がった。
本来であるならば、加害者謝罪とそれを被害者が受け入れた場合その話は終わりとなる。しかし、そんな過去の遺跡を掘り起こす愚か者はいた。
「…なぜ。ーーなぜこの国の力である俺がこんな人間風情に悪役にされなければならないんですか!」
「デルグリ! くどい! これ以上副団長であるこの私に汚泥を掬えというか!ーーおい、何をしている」
デリグリはその腰にぶら下げたロングソードに手をかけーー抜いた。
「おとなしくその鎧を渡せばよかったんだ! 呪うなら過去の自分の愚かな行動を呪うんだなーー」
「まて!」
ババシム副団長は必死に真横にいるデルグリの暴走を止めようよするーー間に合わない。
そのデルグリの持つロングソードは空を裂く鋭い線撃となって薔薇の騎士の喉元にわずかに存在する、冑と首鎧の隙間を寸分の狂いなく突き抜くーーかに見えた。
「あのっ、やめて、いただけますか」
その場に不釣り合いなおどおどとした幼い声が響く。
誰しもがその声の主を探して横ーー背後ーー足元と視線を動かした。
ーー薔薇の騎士の前、薔薇の騎士の脛当て部分を隠すようにおどおどと立ちすくんでいる。
「どこからッ!? いや、小さくて見落としたかーーは?」
デルグリは気がついた。それは剣の先に伝わる硬い感覚。
剣の先に硬質な感覚を伝えるそれーー黒く腐った朽木、いや杖だった。
「えっと、これーーお父様を、害するの、やめてほしいなって、思うんです」
小さき人間の言葉の端々から感じる違和感の数々。しかし、違和感を持ってもそれがなんなのかわからない。
「それじゃ、行きますよ」
そう言って小さな人間と薔薇の騎士はこちらに背を向け、歩き出す。
「待てッ!」
鋼の声でババシム副団長が去ろうとする二名を呼び止める。
「…なんですか? 私たちは、やることが、あるんですけど」
そう言って立ち止まりこちらに目を向ける小さな人間に、ババシム副団長は恐怖を覚えた。まるで深海のように深く、暗い黄色い瞳に。
その証拠に副団長の毛が栗立つ。
「っ…。すまない。なんでもない」
自分よりも小さな人間から目を逸らし、ボソリと呟くのが精一杯だった。
ーーあれはこちらを煩わしいとしか思っていない目だ。それはまさに、たかるコバエを見るが如く。
「はぁ…。では」
そう言って再び小さな人間と薔薇の騎士は踵を返し歩き出した。
ババシム副団長の側でデルグリが震えている。それは恐怖によるものか、はたまた怒りによるものなのかはわからないが、何も言葉を発さないあたりから前者なのだろう。とババシム副団長は考える。
「…ッ。 あれはなんだったんだ…? 人間のとはあんなにも強い種族だったのか…?」
もうすでに小さな人間と薔薇の騎士の姿はこの場にない。
「…デルグリ…あの人間と遭遇したことは忘れろ…。この状況だ。国をさらなる混乱に陥れかねん。他言は厳禁だ…わかったなッ!」
「は…はい!」
流種の騎士達は、傾いた日を前に、そんな言葉を交わしたのだった。
次話がいい感じに思いつきません…。ストックとかなしに毎日書きたいように書いていた末路ですかね…これが俗にいう、ネタ切れというやつなのでしょうか…?
とりあえず今日は寝れませんね!ヽ(´∇`)ノ




