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十九話 愚物は己を愚と気づく

 前話にて登場しました、流種の店主目線の話となります。






ーー仰天。

 まさにその一言に尽きる。そうとしか言えない現実を突きつけられたのは、マヨメコンの大通りにあるバザールに露店を構え、錬金、魔化された道具を扱う流種の店主だ。


 最初にその異質に気がついたのはほんの偶然だ。

 マヨメコンに流種とは違う小さな影がうろちょろしていると、なんとなく目で追っていた。

 そして、小さな影はその行動からどうやら、バザールの物を物色しているのが推測できた。

 

 しかし、どの店にも長い時間留まらず、すぐに横の店へと流れて行く。

 時期にこの店主が営む特殊な道具屋に来るのは容易に想像がつく。

 自分の露店の横に並び立つ果物屋の前にその小さな影が立った時、ようやく人間だと分かった。

 ようやく、というのも分からなかったのにはその者が露出の少ない装衣をしていたためである。


 薄紫のローブの上に、地味な灰色のフード付きのケープマントを羽織り、そのフードの中からは深い紺色の髪の毛が垣間見えた。


 その人間は果物屋を面白くなさそうに去り、この特殊な道具屋の前にやってきた。


(はたして人間にこの店の素晴らしさが分かるものかね…)


 いや、この店の商品は正直言ってあまりその価値を周知されていない。

 それは売っているものを見ると、一見ただの道具屋にしか見えないからだ。いや、並の道具屋の方がまだまともな品を売っていると言ってもいい。


 ただの石ころを削って作った雑な作りのアクセサリー。


 安い鉄の胸当て。刃の付いていないブロードソード。


 極め付けはボロ布をつなぎ合わせてかろうじて服として着れる物まで。


 見た目で言えばこの店の横に陣取る衣服屋の方が圧倒的に見栄えが良く"良い商品"に見えるだろう。


 しかしこの店で扱う物は全てが錬金によって魔化された、別の意味で"良い商品"なのだ。

 値段も外見で判断すると明らかに高いが、その錬金効果を加味すれば相応の額になることは想像に難くない。


 そんな、価値に気がつく者には"賢者"素通り、もしくは嘲笑を向ける者には"愚者"と勝手に通行人に価値をつけるのがその店主は好きだった。


 そんな、愚と賢を見分ける勘は人一倍養われていた。

 その勘が異様にこの人間は日常を壊してくれると勘が言う。


 


 一歩、また一歩と人間は店に近づき、足を止めた。


 丁寧に陳列した武具にアクセサリー。

 そのどれもに視線が向けられているのが店主には分かった。

 ひとしきり眺めた後、人間は言葉を話す。

 店主はその瞬間が楽しみで仕方なかった。


「えっと、その、それって錬金の乗った、マジックアイテム、ですよね?」


 陳列された商品を指差しながら確かに人間はそう言った。声からして幼いのが分かる。

 しかし、この幼き人間は賢者だ。


 店主は素直な気持ちを言葉にする。


「人間にも分かる者が居たんだな」


 やはり己の勘は正しいと強く自分を肯定する。

 そして気になる。

 この人間がどんな人間なのかと。


 今まで下を向いて対応していたがようやく目の前を見る。

 それは決して店主が人の目を見て離せないからといった理由ではなく、店主の持つスキルをむやみやたらに観衆に晒さないためであった。


 店主は自身の持つスキルによって幾度も争いに発展したことがあった。だから隠すのだ。この≪鑑定活眼≫を。


 店主はその日、いや、何日振りかにスキルの発動している目を前に向ける。

 この瞳は悪い事を招き寄せるが良い事も招く。


 例えば以前、アウトメコンからこの街に偶然やってきた上種ゲムブ・ルロムイはこの瞳を見て「面白いスキルを待っているな」と話しかけ、さらには店主では付与することのできない土魔術耐性の付与された茶色のフード付きケープを授けてくださった。

 それは自分が持っているのは恥ずかしいと思い、店に売りに出している。


 そんな、さまざまな事を見せてくれる≪鑑定活眼≫はその人間を映す。





ーーそこにあったのは他ならない傑物であった。


「ーーはぁ?」


 思わず小さく声が出る。

 その人間のケープマントは鑑定不可。

 ローブも同じく鑑定が不可能だった。

 

 鑑定は、ある程度の情報なら見ることができ、鑑定不可能というのは店主の中で、最も不可解で奇妙な現象だった。


 そして、偶然、ケープマントの下から少し見えるブローチに目が留まる。


ーー聖属性耐性の高域錬金。


 それがその、店主の掌に収まる程度の大きさしかない、なんの変哲もない金属のブローチから唯一読み取れた情報だった。


 あまりにも常軌を逸した光景から店主は思わず顔を素早く下に向ける。


 これは夢だと何度も思い込み、その考えは目の前の存在によって何度も霧散する。

 そして、自分の中の常識が間違っていないか何度も復唱する。


 まず、錬金にはスロットと呼ばれる枠があり、枠の数だけ強い錬金を施すことができる仕組みになっている。

 枠はその物を構成する素材や過程、大きさによって変化する。

 研磨された石ころは錬金枠が一つ。

 英雄の装着するミスリルの胸当ては錬金枠が八つといった風にだ。


 そしてその枠につける錬金の域によって消費される枠の数が変わる。


 例えば、低域の錬金は一つの枠を消費するが、中域錬金にもなると消費される枠は六つにもなる。

 

 しかし、錬金の技能が高ければ消費枠の数は減る。

 名錬金術師にもなれば中域錬金を六つではなく、枠四つでつけられるのだ。

 

 それが店主の中にある常識だった。




ーーしかし、そのどれとも当てはまらない。

 ただの金属のブローチにしか見えないソレには高域錬金が施されていた。


 可能性としては見た目では想像もつかないような伝説の金属によって作られ、さらには高域錬金を行使できる名錬金術師が命をかけて作ると言ったところだろうか。


 もはやこの世のものとは思えない、傑物がその人間の胸にはあったのだ。


 店主は再び人間を見る。

 人間の表情は見えないが、少なくともこちらの内情を悟った様子はなかった。

 その人間の視線は店主に向くことはなく、最初の会話からずっと卓上のある一点に集中していた。


 平常を装い、震えないよう声を出す。


「それが気になるのか。全く良い目をしているのか、はたまた偶然なのかは知らんがな。それはな、アウトメコンで、ゲムブ・ルロムイっていう上種のお方に貰ったもんでな。俺では付与できない、中域錬金が施されているのさ。さすがは賢者様だな」


 それは偶然にも、いや、多分気がついていたのだろう。

 人間が見つめていた物は賢者ゲムブ・ルロムイから貰ったフード付きケープだ。

 生涯の中で唯一と言っていいほど少ない、己が尊敬する上種の顔を思い出しながら、半ば自虐のように人間にペラペラと言の葉を並べる。


 それに対して人間は興味がないといった様子で「はぁ」と短く相槌をうった。

 

 完全な沈黙。


 店主の頭は未だ困惑でいっぱいだった。


(何者なんだ…。まさか人族の英雄…? いや、そんな話は聞いた覚えがないな…)


 その時、大通りが少し騒がしくなった。

 思考を断絶し耳をすませば、騎士団が街にやってきたという話が耳に入った。


「…騎士団か。何やら、囚徒の森ベルで何か大変らしいな…。ゲムブ様は元気にしてるんだろうか…いや、愚問だな」


 半分、現実逃避気味にそう言葉を発す。

 つい尊敬する賢者の安否を気にかけるが、それは賢者の名を真種より賜ったゲムブ様なら大丈夫だろうと思う。

 

 そんな独り言じみた発言に人間は案外、食いついてきた。


「えっと、あの、騎士団って、つ、強いんですか?」


「ん?ああ。そうだな。人間にはわからんかもしれんが…強いぞ。だが俺にもそれがどれくらいかなんぞわからんがな」


 この時、店主は割り切っていた。

 もはや今の自分には関係ないことだと。

 世界は広い。それを深く知れただけ良かったと思おう。

 そういう考えにいつのまにか変わっていたのだ。


 人間はこの店に興味が失せたようで、早々に空虚を見つめている。


「えっと、私はそろそろ行きますね」


 その言葉は至極自然に発せられた。

 現実離れした物を持った存在がようやくやっと、現実からいなくなる。困惑の種を消し去れるのに、なぜか店主はこの運命をみすみすと流してはいけないと思ってしまった。


「ふん、結局冷やかしか。…ただ、いい目をしているな。ーーオイ、これをやるよ」

 

 そうやって商品棚とは別にある、自分で魔化した道具がしまってある袋ーー在庫袋ーーに手を入れ、ある物を取り出す。


 それは店主が今まで生きてきた中で、自身が作り出した最高傑作である、星の紋様が彫られた隕鉄のタリスマンだった。


「失敗作だ。持っていけ。ふんーーせいぜい達者でな」


 店主は試してみたくなったのだ。

 最高位のブローチを身に付けるものに自身の持つ最大限の力が、どの程度まで通用するのかを。


 店主からタリスマンを受け取った人間はそれを左手で掴み、店主と店に背中を向ける。


 その背中を見て店主は嗤う。


「ーーあぁ…。俺は賢者ではなく、愚者だったんだな」




ーー店主は広大な金の海に浮かぶ、一粒の糞を幻視した。



 昨日は結局投稿できなかったので、本日こそはと朝から書いておりました。

 3000字と少々長めなのは罪滅ぼしの意味もあったりなかったり…?

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