九話 神の器は流種を蹂躙する
今回4000字と、少し長いかもです。
インスペクターの情報では、lv47の流種ということだ。
その情報を信じ、意を決して教会の入り口に立った。
石とはまた別の素材でできた灰色の教会の中には、1匹の、神官といった風貌の流種がいた。
流種は一瞬驚いたような目をメレストフェリスに向け、二度三度見てから口を開いた。
「人間…?が流種の砦に訪れているなど聞いた記憶がないのですが…」
その声は男のもので、困惑の色が見てとれた。
メレストフェリスは、相手がまだ何か言いたそうな雰囲気を感じ取り黙る。
「…してここには何用で?今は難敵が押し寄せているため、ここに賢者殿と闘鬼殿はおられない。ほら、大悪魔が出たんだとか。それとも、私ーーローメンに用があったのかな?」
得体の知れぬ者に、流種ーーローメンは疑問と警戒を含みつつも話しかけてきた。
なんと返すのが正解か分からず、つい考えていた言葉がそのまま出てしまう。
「えっとその、貴方にも他の方にも用はなくて、様々な情報が、欲しいなって。あと、アレは大悪魔なんて、たいそうなものではなく、なんというか…えーっと」
その言葉を聞いたローメンは露骨に敵意を剥き出しにした。
「ーーやはり賊の類か。君はあの大悪魔の仲間なのかな?」
「そ、その、賊っていう言い方はあまり好ましくないというか、あと、仲間というより召喚者と、召喚物の関係、です」
それを、どう捉えたか知らないが、ローメンはいきなりスティックをこちらに向けた。急いでインスペクターに壁になるよう思念を送る。
「なるほど、貴様は悪魔の召喚物か。通りでそんな毛の色な訳だ。低域魔術ーー<ジャリム>!!」
ローメンの構えたスティックの先から強い光と共に高速で雷がとぶ。しかし、その雷はメレストフェリスの前で浮遊しているインスペクターに当たり、掻き消えた。
「…ダメージは私の知る低域魔術と大差ないですね」
メレストフェリスは小声で今得た情報を唱え、頭に入れる。メレストフェリスはその情報が手に入ったことで上機嫌だが、相手は違う。
「なにが起きた!?私の魔術が目の前でかき消えたのか!?貴様…何をした!」
ーー魔術が急に掻き消えた。
相手がそう思うのも無理はない。インスペクターは透明化しており、それを認識できていないのだから。
「あの、そろそろ、時間もないので、いきます」
「は?」
状況の理解が追いつかないローメンを横目に、メレストフェリスは杖を構える。相手の体力を知るために決して一撃で殺さないよう注意をして、魔術を行使する。
「えっと、中域魔術ーー<フランマージュ>」
力なく詠唱された、流種の身体をすっぽりと覆い尽くすほどの大きさの炎は杖の先からローメンに向かって一直線に飛んでいった。
「はーーー」
ーー悲鳴を上げる間もなく炎に包まれたローメンは、跡形もなく蒸発していた。
「あれ?」
メレストフェリスはあたりを見渡し、ローメンの行方を探す。インスペクターと共に。
しかし、どこにもローメンの姿はみつからない。
「に、逃しちゃったんですかね…?でも、魔術が効いた感じはありましたし……まさか、死んだんでしょうか?」
メレストフェリスは思い返す。
前いた世界ではレベル30もあれば中域魔術一回で死ぬことなどなかった。
しかし、それは魔法武具を装備していた場合の話だ。
(そういえば、さっきの流種の服、見た感じただの布だった気がする…?まぁ、いなくなったのなら、いっか)
今回の目的は探索だ。また似たような状況になった時、魔術に関することを確かめれば良い。
メレストフェリスはインスペクターと共に教会の本棚に保管してある本ーー約150を片っ端からインベントリに入れる。
メレストフェリスのインベントリは無限だ。
側から見れば、少女が手で触れた本が急に消えるといった超常現象的光景になっているが、それを突っ込めるものはこの場にいなかった。
とりあえず撤退しようと、教会から出る。
その際、ルーセントイビルに東の者達を殺せるなら殺してこちらと合流してほしいとメレストフェリスは命令を飛ばす。
そして教会から出てーー
『オイ。そこで何をしている…人間』
ーー油断した。あっちに戦力が集中していると思い込み、インスペクターの探知も怠り、流種に見つかった。
急いでインスペクターにレベルを確認させる。
(lvは57…もしかして、最初に塁壁で見た、リーダー格の流種?教会のが襲われていることに気がついた、とか…?
もし、教会の戦いを見て、勝てると判断したから姿を現したとすると?レベルは偽っているのかも…強いのかなぁ…嫌だなぁ…)
メレストフェリスは思考に思考を重ね、遂にかなり見当違いな結論をだす。
(それだけ強い存在は…内に主人を宿す者くらいしか…ということはあの流種も器?)
その結論に至るまでの沈黙を先に遮ったのは流種だった。
『その武具…魔法の武具だな?それをどこで手に入れた?』
メレストフェリスの思考を遮ったのは、そんなどうでも良い話だった。
「そ、その前にあなたはーーあなたも、し、主人から見放された方ですか…?」
もしかしたら、主人から見放された器が吹き溜まる世界なのかもしれない。という思考からそのような質問に出る。
主人から見放された。その言葉を口で唱えるだけで震えがはしる。
メレストフェリスの眼前には、その言葉を聞いて困惑の色を見せる流種の姿があった。
流種は数瞬の間を置いて口をひらく。
『まずーーそう。まず、オレには主人と呼べる者もいなければ、そんな存在に見放された
こともない』
メレストフェリスはその言葉を聞いた瞬間、落胆した。
(はぁ…思い返せば、この流種が器になるわけないですよね…)
メレストフェリスが気落ちしているとはつゆ知らず、流種が言葉を投げる。
『お前の質問には答えた。それでは、オレの質問にも答えてもらえないか..。時間がないんだ、早くしろ!』
メレストフェリスはそんなどうでも良すぎることに話の重点を置く流種が理解できなかった。
煩わしさから思わず正直に答えてしまう。
「こ、このローブは主人と共に買ったものです」
これ以上主人のことを思い出させるなという気持ちでメレストフェリスのこころは満ちていく。そんなことを全く気にかけず流種はまた言葉を飛ばそうとした時、大きな音と共に瓦礫が砕けちる音が聞こえた。
(ルーセントイビルがこちらに向かってきていますね…。それまでにコレの処理をしますか…)
その時、ぶつぶつ言いながらメレストフェリス近づき、あまつさえ、その汚い手で触れようと手を伸ばしてきた。
ーー杖で腕を払う。
ほぼ反射的に出た行為だった。
走っている最中、目の前に急に羽虫が現れた時、目を閉じるように。ごく自然な反射として杖を振るった。
振るった杖はその汚い腕を肉の粉へと変えた。もはや残滓すら見えないほどに。
流種が自分の腕がないと気付いたのはメレストフェリスが杖についている気がする血糊を払った後だった。
腕がなくなったことに気がついた流種は絶叫しながら後ずさる。かなり滑稽な姿ですこし笑いそうになったが、触れられかけた嫌悪感は拭えず、顔はかなり顰めっ面になっているだらう。
(気が変わりました。ルーセントイビルに、任せましょう)
流種は『腕が!』と叫んでいるが、そんなこと気にもせず、その心中を言葉で伝える。
「き、汚い手で触られるのは、ちょっとい、イヤです」
その時、ルーセントイビルが教会に来たことをインスペクターが教えてくれた。
メレストフェリスは小声で神秘を行使する。
「…中域神秘ーー<祈りの盾>」
それはルーセントイビルが次の行動を起こす合図のようなもので、次の瞬間、それを待っていたと言わんばかりにルーセントイビルが教会を粉々にした。使った魔術は高域魔術あたりだろう。
土煙はメレストフェリスを包むも、その身は汚れない。これこそが中域神秘ーー<祈りの盾>の効果で、低いレベルの地形による状態異常を無効化するというものだ。
そして、土煙の中から現れた悪魔にメレストフェリスは感謝を述べる。別にしなくても良いのだが、主人がやっていたのでその真似だ。
「..ご、ご苦労さまです。こっちも大抵終わりましたし、お、終わらせちゃってください」
感謝と共に命令を下し、最後の仕上げに移る。
頷いたルーセントイビルは右手をへたり込む流種に向けた。
そして「ーー高域魔術ーー<ゴデリオム>」が詠唱され、流種はこの世から姿を消した。
メレストフェリスは思わず息を吐く。
「ふぅ…。と、とりあえず、砦の制圧は完了ですかね。あとは、本を読んで、この世界のいろんなことを、知れたらいいなぁ…」
メレストフェリスは砦を問答無用で侵略することに何の違和感も抱かない。
なぜなら、それが前いた世界では当たり前だったからだ。
メレストフェリスがこの世界の常識を知るのは、まだ先の話である。
メレストフェリスは空を見上げ、主人との冒険を思い返す。
一筋の光りが流れるが、それがメレストフェリスの涙か、空を駆ける流れ星か、わかるのもはいなかった。
メレストフェリスはふと思い出す。
最後にあの流種が言っていたーー
「ーーゲムブ・バウザッドって、何なんですかね」
考えても分からないことは世の中にごまんとある。これもその一つなのだと考えると、次の瞬間にはメレストフェリスの頭から消えてなくなった。
まだ夜は長い。今夜は久しぶりに室内でゆっくりしたいと思ったのだった。
引っ越し準備で明日は更新できないかもしれません。
(*´ー`*人)ごめんなさい




