第12章:高橋哲哉教授談(3)
「・・・アイヒマンは、1961年12月15日に死刑判決を受け、控訴審を経て、翌年、5月31日に絞首刑に処せられました。
裁判では、アイヒマン自身の『罪の自覚』が、一貫して問われましたが・・・その有無にかかわらす、強制移送の責任者として、『ユダヤ人絶滅に加担した』・・・その行為の責任によって、裁かれたわけです。
この裁判は、当時の世界、そして、その後の世界に大きな影響を及ぼしました。
西ドイツ(= 当時)では、ふたたび、ナチス戦犯の追及が活発化し、フランスなど、他の欧米諸国をふくめて、『人道に対する罪』は、時効なしに追求しつづける・・・という考え方が、一般化しました。
ドイツは今日までに、十万件を超える、ナチス戦犯の容疑を捜査し、六千件を超える有罪判決を下した、といわれています。
『人道に対する罪』の追求は、最近では(= 当時)、旧ユーゴやルワンダのように、国連が設置した法廷で行なわれるようになってきています。
チリの『ピノチェト元大統領』の訴追を、スペインの司法当局が行ない、イギリス当局が逮捕・拘留した事件が象徴しておりますように、国家主権を越えて、『人道に対する罪』の追求が行なわれてきているわけです。
・・・最近では、常設の『国際刑事裁判所設立条約』も、調印されました。
ただし、注意したいのは、『人道に対する罪』の追求が、どんな政治的効果を持つのか、という点です。
アイヒマン裁判は、イスラエル政治の『文脈』の中で、『建国物語』の正当化や、国民統合の強化といった、ナショナリスティックな目的に利用された面がありました。
昨年(= 当時)、ユーゴスラビアの『コソボ紛争』で、NATО軍が、『人道に対する罪をふせぐ』という名目のもとに空爆を行ない、多数の市民が死傷するという、倒錯した事態になったことは、ご記憶の通りです。
現代世界は、非人道的な殺戮をふせぐ、あるいは裁く、という、いわば『正義の追求』と、それを現実化する『手段』や『方法』との間で、きわめて危険な落とし穴を抱えこんでいる様に思われます。」




