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灰色の世界で

作者: 太田 葵

筆者は15歳高校生です。

遠く離れたものは美しく見える。


俺の中で何かが歪んで腐る。


梅雨らしい雲の下、背丈いっぱいの大きな露を抱えた若葉が風もないのに少し揺れた。


僅かな窓から見える景色はそれくらいだった。


外は不気味な灰色をしている。


少し風が強くなってきた。

かといって、特に何もすることはなく、狭い部屋の中を行ったり来たりした後、壁に寄りかかる。


腰骨のあたりの僅かながらに露出した皮膚から壁伝いにひんやりとしたものを感じた。


先月、芸人を始めてから20年が経った。


18才で始めてから38才になるまで、一度もテレビに出た事はない。


SNSやYoutubeで発信したネタを見てくれる人もいるが、せいぜい100人程だろう。


そんな生活を20年も続けているからか、何のために芸人をやっているのか分からなくなってきた。


無論、何度か手応えを感じた時もあった。


でも、テレビには呼ばれなかった。


劇場で顔見知りの人が少し増えたくらいで、大した効果はなかった。



「そろそろ潮時か…」

最近の口癖になりつつある。


明日で芸人を始めてからちょうど20年。


……辞めるか。


いつ買ったかもわからない100均の安物の封筒を取り出しつつ、辞表の内容を考える。



鉛筆を鼻の上に乗せながら、外の景色を覗く。


俺の心を見透かしたかのように灰色が濃くなった。



特に思いつく言葉もなく、惰性でテレビをつける。


有名な歌番組だった。


どこか聴いたことのある曲が歌われている。


それもそうだ、今大人気の歌手、工藤唯香だ。


なんとなく惰性で聴いていた僕にもその歌詞は心揺さぶるものがあった。


「何のために夢を追う」

「夢は夢のままでいい」

「笑ってくれる誰かがいるのなら」


歌い終えた後、工藤唯香はインタビューを受けていた。

「いやー、圧巻の演奏でしたね!」


「ありがとうございます」


「この曲はどんなメッセージを込めて作ったのでしょうか?」


「えっと、実は私自身もこの曲を出すまでは……

その、全然テレビに出れなくて、でも、私と似たような環境にいた人ががむしゃらに頑張ってるのをみて、勇気をもらって」


「私、もう、やめようかと思ってたんですけどその芸人さんのネタを見てすごい面白くて、なんだか、そんなこと考えてるのも馬鹿みたいに思えてきちゃって」


「そうなんですか?! いい話ですね〜笑」

「ちなみに、その芸人さんのお名前は…?」


「〇〇さんって言うんですけど、まだ、あんまりテレビとかには出てなくて、でも、Youtubeとかのネタがすごい面白くて!」


「あと、なんか、勇気づけられたんです。私と同じような環境の人がこんなに頑張ってるんだって。」


耳を疑った。いや、確かに俺の名前だ。


驚いた拍子に唇の上に乗せたペンが音を立てて落ちた。


梅雨の湿った空気の中でも、その音は強く響いた。


その音が自分を現実へと誘う。


あぁ、そうだ、この為にやってきたんだ……。

耐えきれず両手を目に当てる。


ボロボロのシャツの袖口は目から溢れ出る何かで濡らされ、目を抑える手は小刻みに震えている。


不意に窓辺を見つめる。


何年も前にもらった花が飾ってある。


今はもう、灰色に褪せているが、ドライフラワーだから枯れない。


その灰色に自分を重ねる。


まだ枯れるには早い。そうなのか。


その灰色は答えてくれない。


珍しく机に向かっていることに気づく。


書き途中の紙を見つめる。


この度は……所存であります。

………。



馬鹿馬鹿しい。


書き途中のそれを思いっきりくしゃくしゃにした。


諦めかけた自分を恥じた。


その一瞬だけ、視界の端で花が光った気がした。


その灰色は僅かながら、白に近づいて見えた。


梅雨雲の隙間から太陽光が差し込む。


その時、電話が鳴った。


マネージャーからだ。


感傷に浸る隨の出来事に少し苛つきながらも、少し期待する自分は電話を取る。


電話越しにマネージャーが号哭するのが聞こえる。

30分程の長電話を終え、久しぶりに疲れを感じた。




あぁ、今年は忙しくなりそうだ。



花は、まだ枯れない。





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