幕間のミコト
「驚いたわ……もう、見つけたのね」
ミコトは大抵の事は顔に出さずに面倒事は丁寧な話術や得意の微笑みで何とかする。
それ故に彼女はギルド内でも優秀な評価をされており、仕事柄、予想の範疇外の出来事も頻繁に起きるが、彼女の中では予想の範疇であり、その対処にも慣れている。
また容姿も完璧と述べても過言ではなく、黒曜石のような気品ある瞳や蠱惑的な黒髪を靡かせて、勘違いさせる微笑みを向けられた男性職人冒険者が、その言葉通りに勘違いした挙句、幾度も玉砕させている。
そんな才色兼備なミコトも、たった二日でシルヴァが自身の剣を探し出すとは思っていなかったので驚きの余り硬直してしまった。
先日、確かに少々助言はしたが、その翌日に剣を引き抜いた職人冒険者を見たのは、ミコトは初めてだった。
過去に他の新人職人冒険者にも同様に教えた事もあったが、飲み込みが早い者でも一週間は掛かっていた。
それに例え類稀な才を持つ職人冒険者だとしても自身の剣を二日で見つけ出すのは極めて困難だろう。
シルヴァを初めて見た時から、感じていた彼女の直感は正しかった。
(きっと、この子には才能があり、師のような存在がいれば、急激に成長するかもしれない)
だが、シルヴァには職人冒険者の師はいない。
故にミコトはシルヴァに自身の知識の持ち得る限りを教えようと考えた。
もし成長してくれれば、他の職人冒険者にも良い刺激になり、遠い未来の話ではあるが、黄金職人、もしかしたら幻の白金職人の職人冒険者になるかもしれない。
ギルドとしても優秀な職人冒険者の輩出は増え続ける怪物に対抗できる存在が増えるので大歓迎だ。
そんな、ミコト流の新人教育はエマにも向けられる。
(……この子は余り剣の才能は無いかも知れない……けど、人や物を良く観察し学習する事ができる力があるわね)
それを証明するように、お世辞にも社交的とは言えないシルヴァとすぐに仲良くなっている。
きっと、お互いの足りない部分を埋め合わせるように二人は良い仲間になるだろう。
(ほんと……この子達といると飽きないわね……)
ミコトは楽しそうにエマに話しかける。
「この調子なら次の日にはエマが引き抜いてるかもね〜!」
「ミ、ミコトさん!? そんなの、無理ですよぉ」
エマは、かなり慌てた様子で応えている。
しかし、ミコトの軽口の予想は大きく外れ、実際にはエマが命ある剣を見つけるまでに十日掛かった。
その間、二人は教わった瞑想を自分なりの方法で試行したり、他の職人冒険者のやり方を観察したりして、試行錯誤しながら探索していた。
片っ端から引き抜かずに済んだが、選定が終えた日の二人からは、暫く野宿して過ごしていたのか、衣服からは異臭を発していた。
しかし、エマが引き抜いた時の二人の歓喜の表情で、そんな些末な事柄など吹き飛び、二人に祝福の言葉を送る。
ミコトはソルミッドの街中で二人と別れてギルドに戻る。
この所、“選定の丘”に入り浸っていた為、彼女の眼前には、書類の山が標高を益々高くして聳え立っている。
彼女の前には書類もあるが、クエスト完了届の提出や素材買取の受付を待つ職人冒険者が列を作り並び始めている。
彼女は、いつもの和やかな表情に戻ると淡々と仕事をこなしていく。時間忘れて業務を進捗していると、日もすっかり暮れて夜空に無数の星が輝く時間になっていた。
「何かいい事あった?」
一息ついたミコトにギルドの同僚が聞いてきて、心情を見透かされたような気がして、平静を装い質問で返す。
「そう? どうしてそう思うの?」
「だってミコトちゃん、わかりずらいけど最近凄く楽しそうだもん」
そう端的に応えると同僚は足早に自分の持ち場に戻っていく。
近隣の森でオークの集団が発見されたとの事で、ギルド内は夜だというのにバタバタしている。
(私もまだまだ甘いな……)
ミコトもかつては職人冒険者であり、お互いに気の許す仲間もいた。
共に戦い、共に笑い、共に涙し、時に喧嘩し、仲直りしてまた冒険に出発する。
そんな淡く儚い夢のような日常を送ってきた自身をふと振り返った。
(――あの二人が、嘗ての……仲間達と重なるのかもしれない……)
ミコトは、ふと同僚が落としたと思われる一枚の書類を拾い上げ目を向ける。
新人職人冒険者がオークの群れに遭遇し、三名死亡、一名重症と書いてある。
この世界は甘い夢から覚めた時の喪失感のように容赦なく残酷な現実を突きつけてくる。
昨日まで、ここで酒を飲み馬鹿騒ぎをしていた者が、翌日にはこの世から消え去っている。
そんな事が日常茶飯事に起こっていて、幾度となく見てきている。
仲間を死なせてしまったパーティーリーダー、戦いで腕ごと剣を失った新人職人冒険者、野盗に犯された女性職人冒険者、数えればキリがないが、彼等は等しく冷たく暗い影を落とし、このギルドを去っていく。
(あの二人には、そうなって欲しくない……)
ギルド受付嬢として贔屓するのは本来良くない事ではある。
ミコトは瞳から生気が無くなるように光が失われ、俯くと自嘲的な笑みを浮かべ思慮する。
(……私は過去を重ねている……二人に…… 自分自身の心の奥底に潜む冷たく暗い影に、一筋の光を求めて手を伸ばしたいのだ……)