運命の呼声
「な、なるほど。ミコトの言う事は最もだな。それで、そのコツとは何なんだ?」
「わ、私も知りたいです!」
シルヴァとエマは彼女のご機嫌を取る為、学ぼうとする姿勢で彼女に質問した。
「そうね、まずは最初に私が言った事を思い出して」
「そうだな……ようこそ! 職人冒険者ギルドへ! だったな」
「ちがう、そこじゃないわ」
「命ある剣を選ぶのではなく、選ばれるという所よ。例えばシルヴァが選ぶ立場であれば、伝説の聖剣や魔剣でも引き抜けるわ」
ミコトは二人を見つめながら軽く溜息を吐くと視線を丘に戻すと尚も話を続ける。
「けれど選ぶ立場にない私達は、何もしないと剣は気付かないの。剣と余程、相性が良くない限り引き抜けもしないわ。まるで社交界の紳士と淑女みたいね」
恋の駆け引きを全く知らない、悲しき二人にミコトは更に噛み砕いて説明する。
「剣は冒険の相棒よ。文字通りどんな時も一心同体で苦楽を共にするし、職人冒険者の生涯の伴侶は剣よ。今も職人冒険者達は、自身の相棒を最高の剣にする為に、どんな冒険にだって挑戦してる。でも貴方達にとっての今は相棒との出会いの場で、社交界のパーティーの様なものよ。まだ見ぬ運命の相棒との出会いを自ら引き寄せる力が必要なの」
そう言うと彼女は姿勢を正し腹下で手を結び目を瞑り呼吸を整えて瞑想の様な体勢に入る。
「心から剣に呼びかけるの、私はここにいますと……でも今更だけど、このやり方が必ずしも正解ではないと思うわ。このやり方も古い友人の受け売りだしね」
ミコトはそう言って昔の事を懐かしむ様に、少し寂しそうな表情で話した。
「わかった、とりあえずやってみる。エマも一緒にやってみよう」
エマは頷くとシルヴァの隣で姿勢を正し目を瞑り呼吸を整える。
暫く二人は無言になり深層意識で語りかけるように試行したが、残念ながら何も起きずに、一旦、諦めてソードミッドの宿に帰った。
エマも宿を決めていなかったので、同じ宿の空いていた別の部屋に泊まった。
――翌日、“選定の丘”行きの朝一の馬車に乗り、エマと相談して昨日ミコトに言われたやり方で試行する事にした。
数日間、試行しても効果がないようであれば、片っ端から剣を引き抜いていく作業を始めようと話していた。
“選定の丘”に到着すると朝一の馬車に乗っていたと思っていたが、先客がいる。
注視して見ると昨日の騒がしい少年と少女だ。
「今日も引き抜くぞおおおォォ!! 待ってろ! 俺の相棒おおおォォ!!」
「ちょッと! 大根じゃないんだから! それに流石に、ここに野宿するのはやめましょうよ!」
野営に少し驚いたが、あの二人は中々根性のある新人職人冒険者だ。
「私達も少し散策してみないか?」
「そうだね! ミコトさんも後で来ると思うし、気分転換になればいいね!」
先日と比較すると見違える程に上機嫌になったエマはそう言いながら、スキップしながら丘を歩いていく。
元々明るい性格なのだろうと安心したシルヴァもそれに続く。
暫く二人で歩いていると、ふと緩やかな風に混ざって何かが聞こえる。
『…………』
『………………』
「何か聞こえないか?」
シルヴァはそう問うが、エマは首を横に振る。
だが、耳を澄ますと確かに聞こえるような気がする。
シルヴァは立ち止まり呼吸を整えて目を瞑ると余計な音を排除するように意識を精神の奥底に鎮めていく。
(……私はここにいる)
そう深く念じながら更に集中力を高める。
『…………ぇた』
確かにそう聞こえた。
今度は何となくではあるが、声のする方向もわかった。
シルヴァは目を開けて、声の聞こえた方向に駆け出した。先程までの感覚を忘れない様にシルヴァは無我夢中で走る。
『………けた』
声がさっきより近くに感じた。
(近いな……それに何となくではあるが、声の主は私を呼んでいる様な気がする……)
シルヴァは走りながら、本当に何故だか急に自分でもわからないが足を止める。
ふと歩を止めた足元を見ると一本の命ある剣が眼前の地に深く鎮座している。
そして声の主の声がハッキリと聞こえた。
『――見つけた』
「――見つけた」
思わず言葉にしてしまった。
客観的に見れば、その剣は他の剣と変わらない唯のショートソードなのだが、シルヴァは何か特別な力を感じていた。
この剣で何でも成し遂げられるような、そんな未来への予感や万能感を感じる。古の英雄達は、こんな神の加護のような感覚に包まれていたのだろうか。
この感覚は自身の抱く妄想や幻想なのかもしれないが、運命だと信じ剣に手を掛けて一気に引き抜く。
剣は地に深く埋まっていたのにも関わらず、驚く程すんなり剣身が顕になる。
シルヴァはその引き抜いた命ある剣を改めて見る。
自身の腕より少し長く剣身は綺麗な白鋼色、少し緩やかなエッジの切先である。
柄全体は見た感じ銅製であるが、握りの表面は木製の様で握りやすい。華奢な彼女にとっては全体的に少し重いが、癖がなく振りやすい剣だ。
シルヴァが命ある剣を眺めたり振り回していると、エマが息を切らせてやってきた。
「ハァ……ハァ……は、速いよ、シルヴァちゃん……いったい何が……――ってええ!?」
命ある剣を持ってるシルヴァを見てエマが驚いた表情で見てきたが、シルヴァは剣を自身に馴染ませるように素振りを始めている。
「エマ急に走り出してすまない。どうやら私の相棒は、この剣のようだ。正直言って凄く嬉しい。今、名前を付けてみたんだが、ゴージャスエリザーベート三世なんていうのは、どうだろうか?」
「どうかな……! 今の所、名前はなくても大丈夫だと思うよ!」
「そうか……!」
そう小さく呟いたシルヴァは、特に気にする事なく素振りを続ける。
エマはシルヴァのネーミングセンスに驚愕したが、本当に嬉しそうなシルヴァを見て自身の事の様に喜び、でき得る限りの祝福の言葉を告げた。
その後、二人で来た道を戻る様に歩いていると、遠くから見覚えのある人影が見えた。
ミコトはシルヴァの剣に見ると驚愕した表情で固まっている。
シルヴァは、そのミコトが何故驚いているのか、わからなかったが、特に気にせず歩み寄っていった。