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エマとシルヴァ

 その少女エマは、まさに今、人生のどん底を彷徨(さまよ)っていた。

 帝都の貧民街(スラム)に家族はいるが、実情は家族といっても血の繋がりはなく親に捨てられた子供達の集団であった。

 元々は彼女よりも年長者の家族が何人かいたが、職人冒険者になると言い残し貧民街(スラム)を跡にすると帰って来る者は誰一人いなかった。

 気が付くとエマは集団内でも最年長になり、家族を支えなければいけない立場になった。

 だが、身体を売ることも悪事に手を染める事も出来ない、半端者の自身が家族を支える責務を感じると、途方もない恐怖に襲われた。

 そんな彼女にも特技があり、貧民街(スラム)で自身を守る為に他人を観察する事を得意としていた。

 その長所の恩恵で、彼女は貧民街(スラム)の危険な商売や人物から距離を置き、現在まで危機を回避する事で生き延びてきた。

 その観察眼を自分自身にも客観的に行う事ができる彼女は、数少ない選択肢から、職人冒険者になる事を選んでしまった事を深く後悔していた。

 何故なら自身が、そう遠くない未来、あっさり野垂れ死ぬ結末になる事は、客観的に観察しなくても明白だったからである。


(……全てを投げ出して……逃げたい……でも……)


 そう考えたのは、一度や二度ではなく何度も考えたが、例え逃げ出しても自身の人生は好転せず似たような道を辿(たど)り同様の結末を迎えるだろう。

 それに自身が、貧民街(スラム)の家族から実の姉のように(した)われており、自分と一緒に育った家族を裏切るような行為は出来る気がしなかった。


(……怖い……死にたくない……職人冒険者なんてやりたくない……)


 少女は震える身体を抑える事が出来ずに馬車の奥で(うずくま)り、己の運命を悲嘆(ひたん)する事しか出来なかった。

 そんな、思い詰めていた矢先、見ず知らずの人が手を差し伸べてくれた。

 その人は瞳を銀色に輝かせ、フードの奥からは(つや)やかな銀色の髪が覗いてる。

 少女は目を奪われる程に優美(ゆうび)な少年の優しい声色から、今まで感じた事すらない母親の母性のようなものを感じていた。

 エマは手を差し伸ばすのを止めると、鼻をすすりながら、恐る恐る話し掛ける。


「いい……んですか、わたし……貴方に凄く迷惑かける……かもしれないです」

「構わない。私の方こそ偉そうな事を言っているが、君に迷惑を掛けるかもしれない。要はお互い様さ」


 そう即答した少年は少し照れ臭そうにして、ほんのりと顔を紅潮(こうちょう)させている。


(あれ……何だろ……これ……)


 エマの茶色の瞳から綺麗な(しずく)(こぼ)れ落ちると、雨雲から降り注ぐ雨のように(とど)まる事を知らず(あふ)れ出てくる。

 自分でも驚いたが、少年の手を(つか)むと、そのまま胸に飛び込み、今まで必死に抑えてきた不安や恐怖を吐き出すように泣いてしまった。

 子供のように、わんわん泣く少女を少年は黙って背中を優しく(さす)る。

 (しばら)くすると、泣き()らしたエマは落ち着きを取り戻し、少年に改めて話しかけた。


「お見苦しいところを見せて申し訳ございません。私はエマと言います。貴方のお名前をお聞かせください」

「エマか、覚えやすくて良い名前だ。私の名前はシルヴァという。エマさえ良ければ、この後も一緒に行動しないか? その方が、お互いに協力できて良いと思っているんだが」


 そう提案するとシルヴァはエマの手を引くと馬車を出る。

 エマの先程まで不安や恐怖に支配されていた表情は、太陽が照らした丘陵(きゅうりょう)を眺めると少しずつ期待や好奇心の表情に変わる。


(この方は何故、私を助けてくれるんだろう……それに、この声……男の子なの……かな?……)


 エマは思慮の浅い詮索(せんさく)を飲み込むと、自身が今できる精一杯の笑顔で深々と一礼し応えた。


「行きます! 行かせてください! 貴方のお役に立てるかわかりませんが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」

「良かった、エマ、改めてよろしく。私の事は好きなように呼んでくれて構わない。それに、私とエマは年齢も余り変わらないだろうから敬語はいらないよ」

「……いいんですか? では、お言葉に甘えてシルヴァちゃんって呼んでいいですか?」

「いや、()()()はちょっと色々とマズいかなぁ……これでも……ほら……男だから! もし、エマがそう呼びたいのなら、二人だけの時にそう呼んでくれ」


 歯切れの悪い言い回しのシルヴァを見て、エマはクスクス笑いながら頷くが、悪戯する子供のような表情で、ちゃん付けで連呼してくる。

 可愛らしい表情で揶揄(からか)うエマを見ていると怒る気になれず、了解したと強引に解釈し諦めたシルヴァは軽く溜息を吐きながら丘の命ある剣(ライフソード)に視線を戻す。


「ねぇ……二人とも忘れてるかもしれないけど、私もいるんだけど……」


 馬車から少し気まずそうにミコトが出て来ると、二人はパッと手を離して照れ臭そうに顔を見合わせて笑う。


「エマよろしくね、私はミコトよ。シルヴァ()()()も、こんな可愛い友達が出来て良かったわね」

「ああ……私にとっては()()()の可愛い友達かもしれん」

「ちょっと……! 初めて、可愛い!? 私は!?」

「か、可愛い……! そ、そんな事、初めて言われました。ミコトさん、よろしくお願いします!」


 すっかり元気になったエマは礼儀正しく一礼し、悲痛な叫びを華麗にスルーされたミコトとも打ち解けた。

 三人は歩きながら“選定の丘”の説明を交えて雑談していると見晴らしの良い位置まで辿(たど)り着く。

 (しばら)く眺めている(はる)か遠方にて先程の少年と少女が相変わらずドタバタしながら丘を駆け回っている。

 彼等以外にも沢山の職人冒険者が命ある剣(ライフソード)の周囲を徘徊する光景を眺めながら、シルヴァがミコトに、ふと思いついた疑問を投げかける。


「ミコト、何か自分の剣を見つける為のコツみたいなものはないのか?」

「あるわ」


((――えっ!? あるの!?))


 即答したミコトを見て二人は同じ事を思ったが、更に疑問が浮上すると動揺しながら、シルヴァは更に質問する。


「あ、あるなら何故、先程、皆に説明しなかったんだ?」

「それはね、誰もその質問をしなかったからよ。職人冒険者としての第一歩は情報収集よ。有益な情報の有無でクエストの成功率が格段に変わるの。それを唯、指を(くわ)えて待ってるだけで得る事は殆どできないわ。私は職人冒険者達に自主性を求めているの」


(……やはり、ミコトは少し意地悪なのではないのか?)


 ふふんと鼻を鳴らす得意顔のミコトを見て、シルヴァは自身の邪推(じゃすい)をそっと胸にしまう事にしておいた。

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