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引き抜けない剣

 “選定の丘”でミコトの説明を聞いていた新米の職人冒険者達が困惑と混乱から一時的に騒然となる。


「えぇ……!?」

「嘘だろ……!?」

「そんなバカな!」

「引き抜けないなんて、そんな訳ないだろ!」


 そう叫んだ少年が走り出すと、近くに刺さる剣を握りしめ全身全霊で引き抜こうとする。

 しかし、少年の顔が怒れるミノタウルスのように紅潮(こうちょう)するが、どんなに力を入れても剣は微動だにしない。

 他の者達も同様に周囲の剣を引き抜こうとするが、剣が引き抜ける猛者は一人もいない。

 つまりはシルヴァを含めた新人職人冒険者は無数にある剣の山から己のみが引き抜けるという、唯一無二(ゆいつむに)の剣を発見しなければならないのだ。

 シルヴァも足元に突き刺さる命ある剣(ライフソード)に手を掛けるが、まるで剣は大岩に刺さっているかのように重く寸分とも動かない。

 一同、表情が絶望的な表情に変容する最中(さなか)、最初に駆け出した少年は俄然(がぜん)やる気を出していた。


「うおおォォ!! 俺だけの唯一無二(ゆいつむに)の剣! カッコいいぜ! やるぞおおォォ!! 俺の相棒はどこだああァァ!!」


 そう鼓舞(こぶ)するように叫んだ少年は剣を片っ端から引き抜こうとしながら丘の遥か先へ駆けていく。


「待ちなさいよー!」


 爆走する少年を慌てて少女が追いかけて行くのを、良くある光景であるかのように見届けながら、ミコトは周囲の新人職人冒険者達に告げる。


「皆様、この選定に制限時間はございません。街までの往復の馬車は毎日定期的に出ておりますので、安心して探索してください。皆様に女神様の御加護があらんことをお祈り申し上げます」


 そう告げると一礼しミコトは馬車の中に戻っていく。

シルヴァは溜息をついた後、同じく馬車に戻ると苦笑しながら荷台に腰掛ける彼女に話しかける。


「最初から、とんでもない無理難題だな」

「まぁね、でも女神様は平等よ。私も昔引き抜いたし、どんな人間にも必ず引き抜ける剣があるわ。それにライフソードは生命ある(つるぎ)、最初の見た目は普通のショートソードだけど、生きているように成長するの。成長すると見た目も性能も段違いに変わるわ」


 シルヴァは性能や形状が変化する剣などと言う話は、昔、読んだ子供が好む空想話にしか聞いた事が無い


「剣が成長するのは凄いな……しかし、その剣を二千本も用意するのは(いささ)か女神様は意地悪すぎやしないか?」


 彼女はシルヴァの意外な反応が可笑しかったのか、微笑すると話しを続ける。


「そこは意地悪と言わないで太っ腹って言いなさいよ。上手く立ち回れば人生が変わるような恩恵を享受(きょうじゅ)できるわ。極論を言えば、剣一本で英雄と称賛(しょうさん)される力を手に入れる可能性もあるのよ。でも、平等故に悪い人間が力を手にする事もあるから、貴方なら大丈夫そうだけど、道を踏み外さないようにね」


 そう言うとミコトは少し悲しそうな表情をしたが、すぐに笑顔に戻る。


「シルヴァは探しに行かないの? それとも帰る? (しばら)く帰りの便は無いけど明日から探しても大丈夫よ」


 シルヴァはどうするか考える為に馬車に戻っては来たが、やはり他の新人と同様に地道に引き抜く作業をやるしかないと決意して馬車を出ようとする。

 すると、今まで気が付かなかったが、馬車の奥で誰かの(すす)り泣く声がしていたので、気に掛かり側まで行くと少女が大粒の涙を(こぼ)しながら震えている。


「君、どうしたんだ? もし、具合が悪いのであれば、急ぎ馬車を街まで動かすようにお願いしてみよう」


 シルヴァが、そっと近づき話しかけると少女はポツリポツリと涙声で話し出す。


「……ありがと……ございます……でも……でも……違う、違うんです。私、怖くて……これから……剣を手にして怪物を殺して……でも、私弱くて……何も持ってなくて……きっと、すぐに死んじゃって……ほん……はこんな事、私、できない……そう思ったら……足……うごか……なくて……」


 シルヴァは震えながら語る少女を改めて見る。

 少女はシルヴァと同じ十五歳位の年齢に見えるが、その服装はボロボロで所々汚れており、髪もボサボサで身体も少し(すす)けている。

 恐らく下流階層区の貧民街(スラム)出身の子供なのだろう。

 スラムの子供達は真当(まっとう)な手段でお金を稼ぐ事が出来ない者が殆どで、病気になれば、そのまま死ぬ事も多い。

 そんな、劣悪(れつあく)な環境下では悪事にでも手を染めなくては金を稼ぐ事が出来きず、それが出来ない者は餓死してしまう。

 どうしようもない状況に陥った時、最終的に行き着くのが、職人冒険者になる事であった。

 目の前の涙を(こぼ)す少女を見て、幼き日に騎士を目指すと決めた自身の懐かしき情景を想い起こすと自然と語りかける。


「実を言うと私もとても怖がりだったんだ。そんな怖がりな私を助けてくれる人がいた。だが、今もモンスターは怖いし、自分が強いのか弱いのかさえわからない。それに死ぬのも、もちろん怖い。だが、どうしようもない恐怖に屈して前に進めなくなった時、本当に必要なのは差し伸べる手なのだと私は思う。もし、まだ君にほんの少しでも立ち向かう勇気があるなら私のこの手を取ってくれないか?」


 強い意志を感じる銀眼の少年は少女に問いかけ、静かに優しく手を差し伸べ彼女の答えを待っていた。

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