鉄鋼職人のシルヴァ
剣術をひたすら修練してきた自身にとって、ミコトが言葉にする命ある剣とは名称からして剣だからだろうか、不思議な魅力を感じていた。
それに、貴族としての地位を捨て、己の実力だけで騎士を目指す事もシンプルな目標で好ましかった。
たが、シルヴァは今まで育ててくれた両親や家と決別してしまうような喪失感も感じていた。
寂しさはあるが、騎士となる為に一人の力で生きて行く事を決意した彼女は孤独を振り払うように頬パンッと叩いた。
「内容は大体理解した。改めて新規の職人冒険者の登録をお願いする」
「畏まりました、では、この羊皮紙に名前をお書きください。一度、決めた名前は変更する事が出来ませんので、ご注意ください。また、仮登録後の職人冒険者は、鉄鋼職人の家名で固定されますので、ご了承くださいませ」
(鉄鋼職人? ギルドでの強さの指標のようなものか……?)
説明事項に抜けがないかの確認も含めて、シルヴァはミコトをジトっとした目で睨んでみたが、彼女は相変わらずニッコリ営業スマイルで微笑んでいる。
シルヴァは小さな溜息を吐くと羊皮紙に名前を書くと彼女は登録内容に目を通す。
「シルヴァ様ですね。職人冒険者の仮登録を完了致しました。今よりこの瞬間、シルヴァ様はシルヴァ=ブラックスミスです!」
そう名前を呼ばれた瞬間から何か暖かいものが、心身に宿ったような感覚に陥る。
それと同時にシルヴィア=シルヴァンスという貴族令嬢が心の奥深くで深い眠りへと誘われ目を瞑るイメージが脳裏に湧いた。
ハッとして我に帰ると、余りにも簡単に職人冒険者仮登録が完了したので少し拍子抜けして安堵からか一息吐くが彼女が微笑みながら告げる。
「シルヴァ様、新規の職人冒険者はギルド登録証とライフソードを一振り与えられます。ギルド登録証はお時間を少々頂けましたら、お待ち帰り頂けます」
シルヴァは返事をしようとするが、まだ彼女の話は途中である事に気づき続きを促す。
「仮登録のシルヴァ様には“選定の丘”に赴いて頂き自身のライフソードの取得を目指して貰います」
「え?」
(剣の取得を目指す……? 選定……丘に行くのか……?)
シルヴァは先程の彼女の話に困惑して自身でも間抜けだと思う反応をしてしまった。
やはり命ある剣は剣の類であるようで、職人冒険者になるとギルドから一本支給されるとの事だが、剣はギルドが管理しているわけではなく“選定の丘”という場所で、自ら命ある剣を入手しなくてはならないとの事であった。
「シルヴァ様、本日の“選定の丘”行きの馬車が数刻後にございますので、お乗りになりますか?」
「あ、ああ、お願いしよう。話が見えないんだが、一体そこで何をするんだ?」
「ふふ、ご説明するより、実際にご覧になった方が早いと思います」
そう言うとミコトは馬車の乗合所まで雑談を交えながら案内してくれた。
「本日は私も同行致しますので、馬車でもう暫くお待ちください」
そういったミコトが目の前に停留している大型の馬車に乗り込むのを見ると自分も馬車に乗る。
乗合の馬車には十数人の男女が話しながら、馬車の発車を待っている。
緊張した表情をした者、明るく話している者、自分と同様に困惑してる者、暗い表情をしてる者、雰囲気は様々ではあるが、全員が駆け出しの職人冒険者だという事がわかる。
シルヴァは馬車が発車した後も到着までミコトと雑談しながら過ごす。
雑談しているとソルミッド行きの馬車でも見た顔もおり、凡そ同年齢の少年と少女が以前と同様に騒がしく話していたが、ミコトとの雑談が予想以上に興味深く、彼等の騒音は耳には入ってこなかった。
彼女は帝国の東部出身で、かつては職人冒険者として剣を振るう時期もあったが、現在では引退して、ギルド受付嬢として新人の教育もしているそうだ。
因みに彼女の神官服に酷似した服装は東部では巫女服という女神に仕える者のみが着用を許される神聖な服装だそうだ。
「さぁ、もうすぐ“選定の丘”が見えるわよ」
雑談を交えるうちに、打ち解けた彼女が軽い口調で話す。
シルヴァが馬車から外を覗くと丘陵の眺めが続いているが、不思議と違和感がある。
(何故だろう……想像していた丘と何かが違うような気がする……)
更に馬車が接近すると芝生の丘陵に無数の白色の金属のような物体が生えている。
他の乗員達も外を見て騒ぎ出しているが、馬車から降りた時、全員がその正体に目を疑う。
((剣だ……))
丘の広大で美しい芝生に無数の剣が無骨に突き立てられている。
(これは……絵に見た事がある戦士達の墓標のようだ……)
あらゆる場所に間隔は空いてはいるが、無作法に突き刺さる剣の光景に乗員達の殆どが圧巻され立ち尽くしている。
ミコトは乗員達の表情を見ると満足気に笑みを浮かべながら、シルヴァに話し掛ける。
「ほら、説明するより来た方が早かったでしょ。この丘にあるライフソードを引き抜いて初めて職人冒険者の生活がスタートするのよ」
この“選定の丘”には現在は約二千本の命ある剣が存在しており、職人冒険者が引き抜いても剣が減少する事はなく、何時の間にか刺さってるらしい。
一説によると、時折、雨のように天空から降るらしいが、剣が空から落下してる場面や突き刺さる瞬間を目撃した者は誰一人として存在せず、信憑性は定かではない噂程度の話であった。
(パッと見、普通の片手剣にしか見えないが)
シルヴァは命ある剣を注意深く調査するが、形状は同じであり、長さや重さに差異があるようにも見えない。
(よく、わからないが、最初に片手剣を貰えると思えば凄くありがたいな!)
だが、ミコトが突然口を開き話を始めると、少し観光気分になってきたシルヴァ達を含めた周りの者達の表情が凍りつく。
「さぁ! 皆様、到着致しました。此処が“選定の丘”でございます。この地に鍛治の女神様より造られしライフソードがございます。皆様には、この丘で自分自身のライフソードを引き抜いて貰います!」
((え……!?))
「貴方達は残念ながら、ライフソードを選ぶ英雄ではなく、ライフソードに選ばれる奴隷なのです。自身に不相応な剣は絶対に引き抜けないので、皆様、頑張って探し出してください」
ギルド受付嬢からの唐突な激励は、その場にいる全員を困惑させるには充分であった。