魔石と魔法
「鑑定が終わったぞ」
そう短く言われたシルヴィアは、防具屋の店主のいるカウンターへ向かう。
「どれから説明しようか。そうだな、まずはドレスだな。ドレスは大体二十万ギルってとこだな。嬢ちゃん用に仕立てられているってのが、あってイマイチな価格だ」
「そうか……」
シルヴィアはイマイチと言われ、少し残念そうに自身の夜会デビュー用のドレスを眺めるが、グランツの話には、まだ続きがあった。
「だが、装飾品は高価な宝石や貴金属をバラして売れば、いい金額になるな。そうだな、全部買い取りだとドレスも込みで、三百万ギルってとこだ」
シルヴィアには正直言って、ドレスや装飾品にどれ程の価値があるのかも、三百万ギルが大金なのか小金なのかも全くわからなかった。
だが、人を疑った事のないシルヴィアは母親には申し訳ない気持ちもあったが、売れただけ良かったなと思い安堵して一息ついた。
だが店主の話は、それだけではなかったようで、店主は何ともいえない表情をしながら話し始める。
「あー、後な、嬢ちゃんが持ってきた、この指輪だがな、こいつは買い取れねぇ。っていうか嬢ちゃん、聞いちゃいけねぇ事はわかるんだが、これは、どこで手に入れたんだ?」
そう言ってコトッと小さな指輪をカウンターテーブルに置く。
(唯の指輪にしか見えないが、この指輪が何なのだろうか……?)
「いや、普通の指輪だと思ったんだか、何か違うのか?」
シルヴィアが疑問を疑問で返すので、店主は声色を小さくして話しだした。
「こいつは魔障壁の指輪って奴だ。魔道具の一つで、魔障壁の盾ってのがあるんだが、それの小型の魔道具だ。こいつは小型だけではなく、赤色の魔石を動力源にしている」
店主の話を要約すると、魔物や魔獣、魔人の類のモンスターには魔力という人間にはない不思議な力を持っている。
魔力は奴らにとって血液のようなものであり、魔石は魔力を産み出す動力源であり、モンスターにとって心臓のようなものであるという。そして魔物が死んだ時点で、魔石も活動を停止する。
しかし摘出された魔石には魔力が宿っており、近年、帝国の魔石研究により、その魔石を利用した道具を開発した。
それが魔道具であり、適正な古代象形文字を道具に刻み魔石を組み込む事で、怪物と同様の不思議な力を行使できるという革新的な技術が誕生した。
しかし魔石の質によって行使できる力に違いがあり、古代象形文字も全てが解読されている訳ではなく未知の部分が多いという。
店主がわかっている事は魔石の色による質の違いである。赤色、青色、黄色、緑色、橙色、紫色の大きく分けて六種類の魔石が存在しており、赤色が最も高品質の魔力を保有しており、紫色の品質が最も粗悪であった。
最終的には魔力を使い果たした魔石は黒色に変色し砕けて消滅するとの事だった。
「この魔障壁の指輪には、最も魔力の質が高い赤色の魔石を使っている。それも俺も見たことのねぇ澄んだ赤色をしてやがる。想像もできない程、強力なモンスターの魔石だろう。滅多に見ない品質の魔石の指輪だ。だからコイツは買い取れねぇし、余り見せびらかしてもダメだ。たかが指輪で命は落としたくないだろう」
様々な人間が混在している職人冒険者によってはタチの悪い連中もいる。
モンスターを狩らずに他の職人冒険者を襲撃して金になりそうな、金品や魔道具を奪っていく盗賊紛いの連中もいると言う。
店主から一通り説明を聞いた後、シルヴィアは気になっている疑問を投げかけた。
「指輪の価値はよくわかった、大事にしよう。ところで魔障壁の指輪と言うのだから、何かの魔法を使えるのか?」
店主は少し驚いた顔をしたが、すぐに真面目な顔に戻り話し始めた。
「魔障壁を知らんのか……まぁ知らんか……説明するより、やった方が早い。嬢ちゃん、指輪を着けて手を前に翳せ」
シルヴィアは言われた通り、指輪を指に着けて、手を前に翳す。
すると、掌の前に赤色の古代象形文字だと思われる文字列が円形に回転している。
一眼見て、これは魔法だという事がわかる光景が、眼前に広がっている。
「おお! これは凄い! これが魔障壁という魔法なのか!」
シルヴィアは思わず初めて玩具を与えられた子供のように燥いだ声を出す。
「そうだぜ、この魔法陣が盾になって、剣撃や魔法を防いでくれる。職人冒険者なら一番最初に買うのは、やっぱり魔障壁の盾だな」
嬉しそうなシルヴィアを見て、店主は少し懐かしむような表情で言った。
「店主、感謝する。オーダーメイドの服の方はどうだろうか? 料金は足りなければ、この指輪も渡す事も構わない」
指輪を見ながら、少し残念そうな表情のシルヴィアを見て、店主は豪快に笑いながら話しかける。
「ガッハッハ! 大丈夫だよ! 取ったりしねぇよ! さっき買い取りした三百万ギルの内、二百万ギルを支払いに回せば作ってやるよ! なんせ古代象形文字が入った軍服を防具にするのには、良質な素材や道具が必要なんだ。そうだな、一週間で完成させてやるよ。この軍服に合う靴もサービスで見繕ってやるよ!」
店主は、そう言うとカウンター裏の部屋に入り、出てきたときには札束を持ってきてシルヴィアに渡した。
「店主、重ねて感謝する。早速だが、このお金で、すぐに買える防具を買いたいのだが、お願いできないだろうか? それとハサミと余っている布とフード付きの装備も欲しい」
店主は些細な疑問もあったが、深く言及しない方が良いと考えると満面の笑みで応える。
「いいぜ! 丁度、初心者用の職人冒険者の装備が、あったはずだ。サイズはピッタリとは、いかねぇから近いものを選んでやるよ。ハサミやら何やらはサービスだ。それと一週間後に取りに来る時に俺が居なかった際に困るから、嬢ちゃんの名前を教えてくれないか?」
店主にそう聞かれ、シルヴィアは少しの間を置いて応えた。
「シルヴァ、唯のシルヴァだ」
店主は目の前にいる商談上手な貴族令嬢を、今一度、見直して笑顔で応じる。
「いつまでもウチの客に対して嬢ちゃんってのはな! シルヴァか、覚えとくぜ! 俺の名はグランツだ! 何か防具や買い取って欲しいものがあったら俺を訪ねな!」
「グランツありがとう、私もグランツの名前は覚えた。一週間後に、また取りに来る」
シルヴィアはグランツにお礼を言った後、用意して貰った初心者用防具を鞄に詰め込むと一礼して防具屋を後にした。
何時の間にか日も暮れて暗くなった商業区を進み、宿屋に人目を避けて入り、自分の部屋のベッドに横になり一息つく。
先の事はある程度考えている。
そう自らに言い聞かせて、決意するように頷くとハサミを手に取り鏡の前に立ち、その刃を振り下ろした。