肉兎の森の死闘
シルヴァはエマと再び“肉兎の森”を訪れていた。今回の依頼はゴブリン五匹の討伐である。
朝から取り掛かっているが、二匹は別々の場所で発見し各個撃破したが、残りは見当たらず適当に探索を続けていた。用心の為、二人は森で遭難しないように樹木に目印を付けて油断せずに慎重に行動している。
先日ギルドから購入したグリーンポーションも、ライラの武器屋で購入した魔石用剥ぎ取りナイフもタクティカルベルトに装着して万全の体制だ。
周囲の警戒を行っていると、突然森の奥から無数の鳥が飛び立つのが見えた。
続いて何かが此方に叫びながら走っている。それと同時に鼻を劈くような酷い悪臭が辺りに立ち込める。
――グギャヤ! グギャ、グギャーヤ――
その正体は、ゴブリンであり、何かを喋りながら此方に向かって走ってくる。
シルヴァはゴブリンの前に立ちはだかり、頭に命ある剣を振り下ろす。
まるで西瓜みたいな赤い飛沫をあげてゴブリンはその場で倒れる。
「これで……三匹目……」
「シルヴァちゃん!」
シルヴァがエマに返事をしようと振り返るが、いつの間にか彼女が隣に来ていた。どうしたんだ? と問おうとした瞬間、彼女の姿が視界から消える。
彼女は凄まじい衝撃音と共に吹き飛ばされ、遥か先の大木に身体を叩きつけられ、ピクリとも動かない。
「エマっ!」
叫んだが、自分には何が起こったのか、わからない。
とにかくエマを救護しようと駆け出そうとするが、動けなかった。目の前に酷い悪臭を漂わせながら、彼女を吹き飛ばしたソレが現れた。
シルヴァの二倍もあろうかという巨体。醜く肥えた体はまるで神に見捨てられたかのような醜悪さを体現している。
頭は豚の首をそのまま乗せたようで、目は卑猥に細めており、その口は下卑た笑みを浮かべている。
昔、兄から聞いた事があるオークの特徴に酷似している。シルヴァの足元にはオークが投擲したと思われる棍棒が落ちていた。
――ゲヒャ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ――
エマに起きた事象を理解したシルヴァは怒りを抑えきれず、眼前の醜悪な怪物を殺す為に駆け出した。
無我夢中でオークの腹に目掛けて剣を振り上げる。剣は見事にオークの腹を切り裂く。
だが、その腹部から吐瀉物が飛び出す事は無かった。
(これは……! オークの脂肪か……!)
オークが邪悪な笑みでシルヴァに微笑み掛ける。
次の瞬間オークの拳がシルヴァを横殴りにし、その小柄な身体を球技の球のように爽快に吹き飛ばす。
「ぐぅ! があッ!!」
樹木に叩きつけられたシルヴァは全身に激痛が走り、口内から血が溢れ出す。
頭部も裂傷したようで左側の視界が血塗られていく。左腕は骨が折れているみたいで動かないが、幸いにも剣を持つ利き腕は動くようだ。
視界がボヤけるが、奴はどうやら余裕な態度で自分の棍棒を取りに向かっているらしい。
シルヴァはグリーンポーションを一気に飲む。ポーションの効果による鎮痛効果もあり、左腕も辛うじて動くようになり、右腕も脚もまだ動く。――奴は私が殺す。
オークが棍棒を取り、シルヴァの息の根を止めようと見ると彼女の姿は忽然と消えていた。
オークは慌てて木の下まで来て辺りを見回すが、何処にもいない。
遊んでた肉玩具に逃走されたと考えた醜悪な怪物の怒りが頂点に達しようした時、その怒りの感情の源である小さい脳味噌に異物が挿入される。
オークが必死に頭上を見上げると、剥ぎ取りナイフで足場を急造し、樹上へと登ったシルヴァが強襲し、剣を深々と突き立てていた。
オークは混乱と恐怖を交えながら断末魔の叫びをあげる。
しかし、オークの生命力は並ではなく雄叫びをあげると彼女の脚を無理やり掴み地面に叩きつける。
――グオオオオオオォォォォォ!!――
咄嗟に受身をとったが、気を失いそうな程の衝撃であった。
(ここで気絶すれば間違いなく死ぬ……!)
オークが棍棒を最期の渾身の力を込めて振り下ろす。
シルヴァが左手をかざすと赤色の円形の魔法陣が出現しオークの渾身の一撃を寸前のところで受け止める。
オークは自身の一撃を受け止められたのが、ショックだったのか、単純に限界が訪れたのか、プツリと糸が切れた人形のように倒れ込み生命活動を完全に停止させた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
呼吸を整え落ち着かせるが、最後は本当に賭けだった。
もし魔障壁の指輪にオークの攻撃を防ぐだけの力が無ければ、あそこに倒れていたのは自分であった。
それよりもエマの無事を確認し助けなければ。朦朧とした意識ではあるが、エマが吹き飛ばされた場所に向かおうとした時、ガサリと茂みから凄まじい悪臭を伴って気配が此方に向かって来た。
オークが更に二体茂みから出てきたのだ。しかも一体は鎧を着込み両手には大鉈を握っている。
精神も肉体も悲鳴をあげているが、ここで逃げ出せばエマは否応なく蹂躙される。
そう思考した直後に雄叫びを上げたオークの強靭な両腕の大鉈が同時に振り下ろされる。
シルヴァは右側の大鉈は命ある剣、左側は魔障壁で受け止めようとするが、全く受け止めきれず、後方に吹き飛ばされる。
命ある剣を見ると剣身にヒビが入っている。これ以上起き上がれない身体と今にも折れそうな剣、迫り来る強大な怪物にシルヴァは避けようのない死を感じていたが、限界を迎えた彼女の意識が、そこで途切れる方が先であった……




