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【短編】アメノチキミ


   *



 彼女はよく外を眺めている。



 初め、退屈な授業に嫌気が差した僕は何となく窓の外に目を移した。


 そしたら窓際の彼女の顔も外を向いていた。


 その日は授業中一度も前を向かずに、ずっと外を眺めていた。


 そんなに景色を見るのが好きなのかと思っていたら、別の日にはちゃんと授業を受けている。


 何度か見かけるうちに気が付いた。


 校庭とか町並みとかを見ている訳じゃない。彼女はいつも、空を見上げているんだ。


 それもどんより曇った日や、大雨で視界の悪い日に限って。



     *



 6月に入ったばかりの頃、まるで台風のような嵐が来た。


 先週までのからりと乾いた汗ばむ程の陽気から一転して冷たさが身に染みる。


 大粒の雨が教室の窓を叩き、梅雨入りの予感と共に僕を憂鬱にさせた。




 そんな中彼女は、




 一層熱心に空を見つめていた。




 まさに上の空と言うやつだ。


 いったい何が楽しいんだ。彼女には何か見えているのか。何でそんなに夢中で見てるんだ。




 ――おい。こっちを向いてみろよ。




 何となく頭に念じてみる。それが彼女には届かないと判ってはいるけれど。


 それ以来、僕はそれが日課になった。


 周りに気付かれないように注意を払いながら目だけをそっと彼女に向ける。授業中クラスの女子を見ていることが周りに知れたら大変だ。


 だから、今日も僕はそっと彼女を見て念じる。




 ――おい。こっちを向いてみろ。




 そのとたん、彼女がいきなり動いた。


 見ていたのがばれたかと焦ったが、違った。



「先生、雷が鳴っているので失礼します」



 席を立った彼女の凛とした声が教室に染み渡る。


 僕は忍ぶのも忘れてただただ彼女を見つめてしまった。何も問題はなかったけど。クラス中の誰もが呆気に取られた顔で彼女を見つめていたのだから。




 今、何を言ったんだ?




 言葉の意味が判らない。




 皆がぼうっとしている間に彼女は教室を出ていってしまった。


 先生もぼうっとしていたからそれを止めなかった。



     *



 お昼休みになっても彼女は帰ってこなかった。


 普段はあまり喋らなくて、大声を出すところも見た事はないのに。


 先程の声に僕はまだ動揺していた。彼女はあんな声も出せるのか、あんなにはっきりと発言できたのか。


 彼女の行き先にまでやっと頭が向いたのは、五時限目が始まる頃。



 彼女は雷が鳴っているから出ていったのか?




 どうして?



 どこに?



 一体何をしにいったんだ?




 僕は、四時限目のノートが広げられたままの彼女の席越しに、空を眺めた。


 雨粒がより一層強く窓を叩きつけ、風がごうごうと音を立てている。


 春の嵐とは聞くけれど、梅雨の熱帯性低気圧には何か呼び方があるんだろうか。今日はじっとりと蒸し暑い。



 ……雷が鳴ってる。



 気が付いた瞬間、落雷の音が耳につく。


 暗雲の間を稲妻が駆け抜けている。



 彼女は外に出ていったんだろうか?



 この天気の中を。



 何となく、そんな気がした。




 放課後になったら嵐はどこかへ行った。まだ風は強いけど雨は小降りだし、雷雲もどこかに流れたみたいだ。


 皆それぞれ部活に行ったり帰ったりしたけど――僕はまた教室に戻ってきた。


 電気を点けない教室は薄暗い。


 僕はそのまま彼女の机の側まで行ってみる。


 鞄は置かれたまま。ノートはさっき彼女の友達が机の端に綺麗にまとめていた。まだ帰ってきてないんだ。



 ガラリと後ろのドアが開く音がして、振り返ってみると、彼女がいた。


 セミロングの髪から制服まで全身ずぶ濡れだ。


 やっぱり。彼女は外に居たんだ。



 僕は彼女と喋ったことがない。


 そもそも彼女は友達といてもあまり自分を主張しない地味で目立たない子だ。彼女が男子と喋っているところなんて見たことがない。


 僕と彼女はただのクラスメイト。


 だから当然今日も彼女は僕を通りすぎて机に向かおうとした。


 そこに僕は、努めて平静を装いながら声を掛けた。




「何しに行ってたの?」




 驚いたように彼女が振り返る。


 ひらめくジャンパースカートは水を吸って重そうだ。


 濡れた髪の隙間からブラウスの下の肌色がちらついて、僕は少しだけ動揺した。


 彼女は普段通りの小さく静かな声で答えた。




「……雷、見に行ってたの」




 ああ、やっぱり。



 答えが返ってきたことに何故だかほっとした。




「どうして?」




 流された雨雲の切れ間から、教室にきらりと光が差し込む。


 彼女の肌もキラキラと反射する。


 彼女の輪郭が眩しく映え、思わず目を細めた。



 風雨に曝されながら、何が彼女をそうまでさせるのか。


 ブラウスの衿や袖はペトリと肌に纏わり付き、うっすらと下の色を見せている。


 そっと腕をさする手はこんなに滑らかで透明感があっただろうか。


 真っ黒な髪が貼り付く首もとは、こんなにも白かっただろうか。



 熱を帯びた瞳が潤んでいる。


 興奮の余韻に頬が赤い。


 睫毛に小さな光の粒が散りばめられている。


 瞬く度にそれが小さく跳ねる。


 唇も塗れて艶めいている。


 朝露に濡れた蕾のような唇。


 桃色の唇。



 蕾がそっと花開き、吐息のように言葉を紡ぎ出す。




「……好き、だから」




 僕はまた、動揺していた。




     *



 翌日は薄い雲が空を覆っていて、彼女は職員室に呼び出されたけど空を眺めるのは止めていなかった。



 最近彼女を見ると動揺する。



 雨を見ると高揚してしまう。



 だから、雨の日に彼女を見るとどうしようもなくドキドキしてしまう。




 困ったことに、僕は雨の日だけ彼女に恋をしてしまったようだ。




 自分でもどうすればいいか判らないから、今日も僕は、彼女の向こうに暗澹と広がる雨雲に答えを問いただしている。




     *



 (アメノチキミ・完)

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