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不思議な世界に迷い込んだ少女と、そこにいた絵描きの少年の不思議な物語(読み切り、3608文字)

作者: 意気衝天

 右手に持った鉛筆を目の高さまで持ってきて、背景とのバランスを見る。

 反対側の岸の、さらに向こう側の広い土地には高層ビルがところせましと立ち並んでいる。

 物理法則に反して太陽の光はビルを突き抜けてその下のコンクリートまで届き街全体を明るく照らしていた。


 この街には、影がない。


 少年はスケッチブックに鉛筆で描いていくことにした。

街の中央にそびえたつ、二本の巨大な、白色のビルが二つ。群を抜いて高いそのビル二つはどこからでも目に入ることができる。


 彼はまず、その大きな二つのビルの裏側の、一番下にある小さなドアノブから描いた。

 少年のいるところからはそんなものは見えないが、この街はそもそもがおかしい。

 少年にははっきりと、扉の上の隙間にたまるわずかなほこりでさえも見ることができた。


 キャンバスのページをめくり、まず初めに鍵穴の中のアンチピッキングピンといわれる小さな鉄の棒から描こうとしたとき、男が話しかけてきた。


「すこしいいかね、君、ここらへんで小切手が落ちているのを見なかったかな」

「見ていませんね。ところで、出世しそうですか?」


 少年は振り向かずに、鉄の棒を書きながら答えた。


「なぜそのことを。ふん、まぁいいか。このままいけば部長の道もなくはないさ。どんな犠牲を払っても私はのし上がってやるさ。

 それよりも本当に見ていないかね、小切手。ここら辺で落としたと思うんだ。あれがないと本当に困るんだよ、私の出世にかかわるんだ。

 もう一度思い出し直してほしい。ここら辺で、こう、このくらいのサイズだ。落ちていなかったかね。それらしき紙切れを見たとかでもいいんだ」


 男は手で小切手のサイズを表しながら少年に話したが、少年はそれすらも見なかった。


「いや、見てませんね」

「そうか、そうなんだな、、」


 男は河川敷をきた方向とは逆に歩いていった。川の流れとは反対方向だ。


「おぅい、もし見つけたりしたら持っていてくれよ。また来るから!」


 やはり少年は振り向かなかった。


 今少年の大きなキャンバスはほとんどが空白で埋め尽くされていた。そして真ん中に小さな、小さなドアノブがあるだけだ。それ以外は本当に何も無い。


 男が消えた方向からこっちへ、老婆が歩いてきた。


 老婆は少年の後ろで止まり、最初はそのキャンバスを眺めていたが、やがて思い出したかのように口を開いた。


「そこのボク、少しいいかな」

「はい、どうぞ」


 少年はニッコリと笑顔で笑い、振り向いた。しかし手は止めずノールックで絵を描いていた。


「どうしたらあの人のもとへ行けるのか知りたいのだけれども、ご存知?」

「ここを下って行けば、すぐに会えますよ。真っすぐ」


 そういって少年は左手で前方向に指をさした。右手は相変わらずドアノブを描いている。


「どうも御親切に有難う」

「いえ、ところで未練はありませんか?今ならまだ引き返せますよ」


 老婆はニッコリと少年をにほほ笑み、少年が座っている坂を下って行った。


 少年は勿論老婆を描いた。しかし老婆の靴が濡れたのを描いたところで、止めてしまい、再びドアノブを描いた。



 少年の後ろには少女が立っていた。はじめ少年は少女に気付かず絵を描いていたが、やっと少女が口を開いたところで少女の存在に気が付いた。


「こんにちは」


 少年は返していいのか悪いのかわからず、無視した。


「ねぇ、私わからないの」


 少女は少年に話し続けた


「これって私の夢?それとも貴方の夢?ほっぺたつねってもいたくないし、こんなところ来たことないし知りもしないから夢だと思うんだけど、、」


 少年はやはり無視した


「だってあの街だっておかしいじゃない。ほら、あの街影がないわ。まるで下手な子が書いた絵みたいね」


 少年は 絵みたいね という言葉に意識に中では反応したが、表に出さないでいた。


「あなたそれ何の絵描いてるの?小っちゃくてよくわからない」


 少年は直感的に ああ、この人とは合わないな と感じた。無視で正解だったのだ。


「ああもうこの夢ホントわかんない!もっと楽しくてザ・夢!って感じのが見たいのあたしは!」


 少年はすべてのアンチピッキングピンを描き終えた。そして蝶番を書き始めるために頭を上げた。

 蝶番を止めるためのねじの穴までをも詳しく見続ける。しかし右手は止まらない。見ながら既に書き始めているのだ。


 しかしどうやら少女のほうは我慢が限界に来たようだ。


「あぁもうあったまきた!夢なら何でもありよ!」


 そういって彼女は街を指さし、大声で叫んだ


「消し飛べ!」


 真後ろでいきなり大声で叫ばれたわけだが、ここにきて我慢の限界のあまり叫ぶ人が少ないわけではない。しかしそれでも少年は驚いた。何故なら少女の夢が叶わなかったからだ。


「君、どこから来たの?」


 少年は質問した


「やっと口開いた。でもさっきから言ってるとおりここがどこなのかも何なのかもわからい訳。

 夢なら気持ち悪いから早くさめて欲しいのだけれど」


 少年は振り向いた。勿論右手は止めずに。


「たまーに迷い込んでくる人がいると聞いたけど、まさか出勤初日からとは思わなかったよ」

「何の話?」

「川を見て。向かって左のずーっと向こう側から右に永遠に流れてるだろう。あれは人間の命と一緒だよ。そしてここは通過点」

「どういうこと?」

「そうだね、君たちの世界で例えるなら電車のターミナルみたいなもんだよ。

 決して終着点という意味ではないよ。多くの電車が集まるという意味でだ。一つ一つの線路、つまり人生には決まった流れがあり、人はその流れに乗って生きている。


 普通に歩めばその川の流れと同じ方向に行けるけども。

 もし自分を見失うと流れがわからなくなり、逆行したりレーンの外に出てしまったりする」

「事故るってこと?」

「そんなもん。そしたらその人の線路は廃線になってしまう。これが死。

 でも誰にだって道を間違えることはあるから、その間違いを少なくするために僕がいるんだ」

「へえ、いかにも夢って感じがする話ね。で、絵描いてどうなるの?」

「絵を描くことはさほど重要じゃないさ、ただの暇つぶし。

 大切なのはここに来た人間にもう一度選択のチャンスを与えることなんだ。

 

 もし変わらず間違った選択をしたものは川の流れに逆行して歩いていき、ほとんどは死ぬ。逆に正しい選択をできたものは川の流れと同じ方向に進み生きる。

 たまに自分から命を絶つ人もいるけど、そういう人にもちゃんと質問して、もう一度選択の機会を与える」

「でも、自殺を選んだ人も川の流れに逆行して歩くの?」

「ううん、その人たちはこの川に入ってそのまま三途行きさ。

 来た人は全員ここに来たことは忘れてしまうんだ。つまり誰も知らない駅なんだよ。ここは」

「よく考えたら普通にしゃべるじゃない。あなた」

「あなたは選択しなくていいようだから」

「なに、私やっぱり迷い込んだわけ?」

「あぁ、とってもレアだね。おや、あなたなら急いで此処を去る必要もないね。どうだろう、モデルとかやってみない?」

「やめとくわ、ここホントに何にもないただの河川敷だし。

 しかもあなただったら細胞一つ一つ書きそうだもの。そんなにじっとしてらんない」

「ははは、それもそうだね。ではまっすぐ帰るとしよう。この道をまっすぐ行くだけだよ」


 そういって少年は川の流れてくる方を指さした。

 「はいはーい。色々ありがとね」


 少年が手を振り返すと少女は道を歩き出したが、20メートルほど歩いたと思うと今度はダッシュで引き返してきた。


「あっぶな!あんた地味に私に選択させたんでしょ!」

「いやいや、つい試したくなって。でも引き返してきたといことはやっぱりただ単に迷い込んだだけなんだね。少し待ってて」


 そういうと少年はキャンバスから紙を一枚破いてしまった。

 そして次の瞬間には目にもとまらぬ速さで絵を描きあげたのだ。

 しかしあまりにもその絵は精巧で、写真といわれても疑う者はいないであろう出来であった。


「あんた、なんでいっつもそのスピードで描かないの」

「速いからいいというものではないんだ。これを手に」


 そういって渡された絵を見て少女は驚いた。


「これ、私の家のベッド?」

「あぁ、ここまできたならいっそ夢みたいにしてしまおうと思って。やり方はその絵に入るだけだよ」

「私たちの世界ってホントはあんたの絵なの?」

「いやいや、そんなことはないよ」

「戻ったら、忘れちゃうの?」

「うん、規則だし。あ、ここに残る?」

「いや、結構だわ。少し寂しい感じもするけど」

「ここはそういう場所だからね。それに…」


 少年はニコニコして言った


「またここに来るかもしれないし。もっとも、その時には此処のことは忘れているだろうけど」

「そうね、そのときはよろしく頼むわ」

「えこひいきは禁物ですので」

「ケチ。まぁいいわ、その絵がどれくらい完成してるか楽しみ」

「大作に仕上げてみせましょう」

「じゃあ、ありがとうね」


「えぇ、さようなら」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


目を開くと、暖かい毛布に包まれているのを感じた。



「あれ、私何の夢見てたっけ」


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― 新着の感想 ―
[一言]  読ませていただきました。  幻想的な雰囲気がいいですね。  生と死の狭間で、淡々と描き続ける少年、迷いこんだ少女とのやりとり面白かったです。  ありがとうございました。
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