2話 二回目の高校受験
秋も終わりごろ、俺は入学試験の手続きを済ませた。
試験でかかる金額は驚きの三桁代である。
羽田の入学時はどこの高校も、いわゆる定員割れの状態で"試験を受ける=合格"といった状況だったそうだ。
しかし、去年とは違い今年は定員超え。
受験者数も多いらしく、落ちる可能性もある。
落ちてしまったら来年に再チャレンジということになるが、17歳になる年齢で入学しなければ羽田と学校生活を送る期間が少なくなってしまう。
また、高校は四年制となっているが、自分の努力次第では三年で卒業も可能との内容が入学要項に記載されていた。
羽田は体調を崩しやすいこともあり、四年間コースで卒業をする予定らしく、俺が頑張れば羽田と同じ年齢で卒業ができる。
そして、定時制高校を基準とした場合に社会人デビューするタイミングが中学から入学した同級生たちと変わらないという点を知り、前向きな気分になれた。
それから試験勉強とアルバイトの日々が続き、試験日当日。
朝食を済ませた俺は玄関へ向かった。
「がんばってこいよ」
大学が休みの兄貴がわざわざ見送りにきてくれた。
「うん、いってきます」
試験会場は入学を希望している高校で行われる。
高校は通称"西高"と呼ばれていて自宅からは自転車で20分ほどの場所にある。
試験勉強の追い込みによる寝不足で鈍っている体に鞭を打ち、自転車を漕ぎだした。
西高の校門前に到着すると、いかにも体育教師といった見た目の職員が立っていた。
「おはようございます、ここからは自転車押して入ってね。中に入ったら案内看板あるから、それに従って進んでいってください。」
「あ、おはようございます。わかりました。」
自転車を降り、門を抜けるとテストを受ける部屋に行く道が記載された案内看板が置かれていた。
案内に従い進んでいくと職員用の出入り口があり、隣に駐輪スペースがあった。
自転車を止めて中に入ると40代くらいで身長が低い女性の職員が近づいてきた。
「おはようございます。試験に受けにきた人ですね。お名前よろしいですか?あ、靴は脱いで袋に入れて持ち歩いてください」
「おはようございます。名前は宮下友則です。すみません、袋が必要と知らなくて持ってきてませんでした」
「そうなんですね。案内とかに書いてないですもんね。こちらこそ失礼しました。これ使ってください」
女性職員は近所にあると思われるスーパーのロゴが入ったビニール袋を渡してきた。
「すみません、ありがとうございます」
「使い終わったらどこでもいいので捨てちゃってください」
俺が靴をビニール袋にいれている間、女性職員は脇に挟んでいたバインダーを手に取り、名簿の確認を始めた。
名簿の確認が終わると座席の記載された紙を取り出して話し始めた。
「宮下さんですね。確認できました。これ持って突き当りの階段を上がってください。二階の二年一組の部屋が試験会場です」
「わかりました。ありがとうございます」
校舎内は古く廊下や階段はところどころにヒビが入っていた。
階段を上がり、テストを受ける部屋の扉を開けた。
一つの教室に30人分の学校机と椅子が並べられていて、既に受験生が大勢座っている。
(うわ…、こえーな)
着席している9割は学ランを着ていて中学生と判断がついた。
年下であることは理解しているが、見た目がやんちゃしてそうな人が多く正直怖い。
人を見た目で判断してはいけないと言うが、基本的には引きこもりで会話に慣れてない俺からすると進んで会話しようとは思わないし、話しかけてほしくなかった。
(席はー…。ここか…)
座席は前・左右・後ろと、俺を囲むように目立っていたグループの生徒に囲まれていた。
俺を挟んで会話を始める。
「なぁ、勉強した?おれ全然なんだけど」
「いやー、俺もあんまりって感じ。てか定時制とか名前書いとけば受かるんじゃね?」
グループ生徒の会話を存在を消しながら聞いていると、20代の若い男性職員が入室してきた。
「今から試験の説明するから、静かにしてくださーい」
軽い口調で試験の説明が行われ、間もなくして試験が始まった。
全日制の高校での受験経験があったことと、試験勉強に励んでいたこともあり、特別難しいと感じることはなかった。
まずまずの出来だろう。
昼休憩に入り、廊下に出た途端に肩をたたかれた。
体感としては少し強めな力である。
「君、何歳?」
声をかけられた方を振り向くと私服の同年代くらいの男が立っている。
(うわ、ヤンキーじゃん)
目はつり目で髪はロング、眉毛は細く整えられていた。
「あ、今年16歳です」
「マジ?同級生じゃん。昼飯一緒に食べようぜ」
俺は、スポーツはして来なかったが、自主トレの影響あってか筋肉質で身体が大きい。
顔つきは父親譲りで目つきが少し悪いので波長が合うと思われたらしい。
(やべー、断れない…)
昼休憩の一時間、目の前にいるヤンキーと過ごす覚悟を決めた。
「昼飯?いいよ。てか同級生なんだ。ちょっとホッとしたよ」
「まー心細くってさ。私服だし年齢近いかなって思って話しかけてみたんだよ。名前なんていうの?」
「宮下。下の名前は友則」
「オッケー、友則ね。俺は村山隆。よろしく」
(うわ、友則って…。いきなり下の名前で呼ぶ系の人か。見た目もそうだけど苦手なタイプな予感…)
そう考えている間、村山はカバンから何かを探している。
だが見つからない様子だ。
「あ、村山君って弁当?俺コンビニで昼飯買わないといけないんだけど」
「俺もコンビニだよ。てか同い年なんだから"さん"付けしなくていいんじゃね?」
「ごめん、結構会話苦手でさ。慣れるまでうまく話せないタイプだから…。村山って呼ぶようにするよ」
「ふーん。まぁ慣れたら隆って呼んでくれていいから。とりあえずコンビニいこうぜ」
並んで歩き始めた俺たちは、外へ向かった。
校門を出てすぐあたりで村山が立ち止まった。
「やっと見つけたわ。ちょ、メアド交換しようぜ」
村山は初対面の俺にメールアドレスの交換を申し込んできた。
ネトゲであれば拒否している段階であるが、断れない。
「ああ、えっと。ちょっと待って」
試験中は携帯の電源を切ってカバンにいれるようにと指示が出ていた。
「赤外線するから準備できたら教えてなー」
「ああ、わかった」
校門の向かい側にコンビニがあり、今は信号待ちをしている。
カバンから携帯を取り出し電源を入れた。
「準備できたよ」
俺と村山はメールアドレスの交換を行い、他愛もない会話をしながら昼飯を購入して学校へ戻った。
教室の扉を開けると、俺の席には目立つグループの一人が座っていて占領されている。
別の教室で受験を受けていたやつらも集まっている様子で空いてる席は見当たらない。
「村山、俺の席あの子たちに座られちゃってるわー…。どこも席あいてないみたいだな」
「ほんとだな。じゃあ、廊下で食うかー」
廊下に座り昼飯を食べ始めた。
村山は紙パックのジュースを買っていて、飲めるように準備をしながら話し始めた。
「俺さ、実はいま保護観察ついてたんだよ。万引きしてつかまっちゃってさ」
「え?まじ?」
ジュースにストローを差し込む村山を見ながら、メールアドレスを交換したことを少し後悔した。
「もともと高校通ってたんだけど、退学になってムカついてやっちゃったんだよね。今ではすごく反省してるし真面目に頑張らないとって思ってさ。それで受験してるってわけ」
「そうなんだ。ちょっと怖いやつかと思ってビビったわ。イキって言ってるならメアド交換しなきゃよかったなんて思っちゃったよ」
「やっぱ、びびるよな。いきなりごめん。友則はなんで受験したの?」
「俺も全日制の高校に通ってたんだけど途中でめんどくさくなっちゃって。というか中学校とか全然通ってなかったし通い慣れていなかったのが原因なのかな」
「それって、この学校入学してもやめそうよな」
「うーん。ちょっときっかけがあってさ。いまは自分の意思で入学しようと思ってきてるし、学費も自分の働いたお金だし。今までとは気持ちが違うっていうか」
「そっかそっか。きっかけって気になるけど、なんとなく聞かないでおくよ」
「いや、言えない話でもないんだけど…」
そして、村山に親父が自殺したこと話したくらいで、昼休みが終わった。
村山という知り合いができ、受験の緊張感が解れた。
長かった試験は無事に終わり、教室から出た。
「友則、お互受かってるといいな」
村山は試験がうまくいかなかったのか、少し不安そうな顔をしていた。
「そうだな。次は入学式で」
「おう、なんかあったら連絡いれるから。じゃあな」
それから数日が経ち、郵便で試験結果が届いた。
全日制高校の試験結果は学校で直接確認する形式だったが、定時制高校では郵便で結果が届くということに新鮮さを感じた。
試験も順調だったこともあり、不安はなかった。
封を切って中身を確認する。
結果は合格だった。
さっそく羽田にメールしようと携帯を開いたとき、村山からのメールが来ていたことに気づいた。
村山からのメールは無事合格した報告だった。
次の春から俺は高校生になることが決まった。