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残虐な表現があります。
「…ここいらはもういいか」
懐紙で血を拭い刀をスッと鞘に納める。
隆吉は襲いかかって来る牙狼族を全て一振りで仕留めていた。
「長やコタは大丈夫かな…」
「…ちと行ってみるか」
歩き始める隆吉に少し遅れながら付いて行く。
村の中心部、長の家の付近に来ると戦闘が激しさを増していた。
あちらこちらで戦っている。
隆吉と紅矢は少し陰になった場所に隠れながら様子を伺っていた。
「紅矢…オレの側から離れたらあかんぞ」
「…はい……あ、あれ?」
紅矢の足がカタカタ震えている。
激しい戦闘は地面を赤く染めていた。
昨日の村の惨劇を思い出す…。
血溜まりが…
肉片が…
この…匂いが!!
「ーーっ紅矢?」
何かが身体の中で這いずり回り、中心の方から湧き出してくるような感覚が襲う。
塞がっているはずの昨日の傷が痛む。
「ーーっ!うわぁっーー!!」
腹を抱え込んでその場に蹲ってしまう。
「おいっ!紅矢!大丈夫かっ!?」
ガタガタ震える身体を押さえ込み何かが吹き出して来るのを力ずくで収める。
「ーーっ!っ大丈夫っ、ハァッハァッ」
「なんや…何が起きてんのや?」
突風が吹き荒れ、砂が巻き上がる。
その中で紅矢の全身から白のような黒のようなモヤが出ているのを見て隆吉は目を見張った。
モヤが紅矢の身体に纏わり付きその後吸収されたように消えた。
「術の発動…?いや…でも白と…黒…?」
「ハァッハァッ。ごめん隆吉さん、もう大丈夫」
「…ほんまか?」
「ハァッ。フゥッ。うん、大丈夫」
バキッと大きな音がして長の家の扉が吹っ飛んで来た。扉には牙狼が押し潰されて引っ付いていた。
「ーー!!」
家の周辺での戦いはお互いに五分五分の様相を呈していた。
長と壱岐、琥太郎が中心となって牙狼を倒していく。
村の更に奥の方へ走り抜けていく牙狼を壱岐が追って行った。奥の方には多分非戦闘員達が隠れている。
ガタッと近くで音がして、紅矢達が潜んでいた場所に牙狼が二体襲いかかってきた。手足を強化しているモノと、何か紫色のモヤを出して術を練っているモノだ。
「ーーっ」
隆吉は無言でスラリと刀を抜き構え牙狼に殺気を送る。
刀に赤いモヤ、気を纏わせた。
隆吉の殺気に怯んだ牙狼は一瞬動きを止める。
紅矢はゴクリと喉を鳴らして震える指で柄に手を掛けた。
隆吉に向かって術を練っていたモノが紫色の気をを放ち、その後ろからもう一体が走り込んで来て隆吉の頭目掛けて蹴りを繰り出しながら爪で顔を狙った。
隆吉は剣先を牙狼に合わせ気を放ちながら向かって来た紫色の気を振り払い、走り込んで来た牙狼の首をスッと切り落とす。
隆吉の赤い気が牙狼に纏わり付き燃え出した。
術を放ったほうの牙狼は、紅矢に狙いを定め紫の気を放ちながら走り込んで来る。
「紅矢っ!」
紅矢は先程の隆吉を思い返して心を落ち着ける。
スラリと刀を抜いて紫色の気を刀で振り払うように思い描きながら剣先を牙狼の動きに合わせた。
走り込んで来る牙狼の腹に向かって一振りする。
ーーーーっっ
何かが刀に乗った気がする。
切った牙狼は腹を裂かれ崩れ落ちた。
紫色の気は拡散していた。
「ーーやるやないか、ハハッ!」
「ハァッハァッ。しょ、正直、やられたと…」
「優秀、優秀!お前は育てがいがありそうや!」
ガハハッと笑って紅矢の頭をグシャッとかき混ぜた。
獣を切った昨日よりも数倍以上に疲弊している。
何故だろう、と膝に手をついて息を整えようとしていると隆吉が問いかけてきた。
「紅矢、お前身体の中から何かごっそり抜けたような感じあるか?」
「ハァッ、フゥッ、なんか、ハァッ、すごく疲れて…ハァッ」
「…無意識やろうけど、あの紫色がやばいって思ったんちゃうか?」
「ハァッ、なんか気持ち、悪い感じが、ハァッしたから」
「多分、気を乗せて刀振ったんやと思う。法術…使ったんや」
「ーー!オレがっ!?ハァッハァッ」
「無意識やから、出せる分乗せたんやろう。ごっそり気を持っていかれて相当しんどいと思うわ」
「法術…フゥッ、フゥッ」
「もうあとは山牙とオレに任せて休んどれ、な?」
もう一度頭に手をポンッと乗せられコクコクと頷き息が整わないままの紅矢はその場にへたり込んだ。
隆吉がザッと琥太郎達の元へ合流し、牙狼を殲滅していく。
赤い気を纏う隆吉は本当に強い。
「ハァッハァッ隆吉さんっ、あれ、で、本気じゃないんだろうな…」
隆吉の流れるような刀技の前に牙狼達は次々に倒れていく。
牙狼の頭と思わしき一際大きな牙狼が長と対峙した。長と牙狼がぶつかりギシリと手を組み合って睨み合っている。
長の手からポタポタと、血が流れ出していた。
「ーー!ハァッハァッ、爪っ、毒って!!」
グラリと膝をつく長。
琥太郎が長に走り寄ろうとするが、他の牙狼が邪魔をする。
牙狼の頭は長の腹を爪で切り裂いた。
琥太郎が対峙していた牙狼の首をへし折り長の元へ駆け付けた。
「ーー長っ!!長!っ親父っっ!!しっかりしろっ!!」
牙狼の頭が琥太郎に向かって爪を振り下ろす。
琥太郎が瞬時に腕で振り払い立ち上がりながら回し蹴りを繰り出した。
長の倒れている場所から少しずつ離れ激しい戦闘を繰り広げていく。
「ーー!」
今のうちに…と紅矢は息を切らしながら自分に何か少しでもやれる事はないか、と長の元に向かった。
ドクドクと腹から血が流れ、傷の周りが紫色に変色している。あの一瞬でこんなに壊死していくモノなのか。これが術の作用なのだろうか。
「ハァッハァッ。ヴッ、ハァッ」
眉間にシワを寄せながらどうしたら…と腹の傷の周りの血を拭おうと手を伸ばすと隆吉が牙狼を切り捨てて叫んだ。
「ーー!紅矢、あかん!触ったらあかん!」
急いで側に走って来た隆吉に肩を掴まれ止められた
「なっ!なんでっ!?」
「…毒と呪いも食らっとる」
「ーーえっ!?」
長の半分に割れた面から見える顔に痣のような模様が浮かび上がっていた。
酷く息が苦しそうで、面を外そうと手を伸ばす。
「ーーあかんゆうとるのに、お前は!」
「でも、苦しそうで!」
「毒や呪いの種類によっちゃ、触っただけで移る事もあるんや。簡単に手を出したらあかん」
そう言いながら隆吉が気を練って解術を放ち長の全身を明るい光が包んだ。
徐々に光が吸収されていき顔に浮かび上がっていた模様が消えていく。
「すごい…」
「紅矢、お前は何ともないか!?」
「だ、大丈夫!長はっ、大丈夫なの!?」
「解術で呪いは解けた。毒は毒消丸薬が必要や」
長が苦しそうに呻いている。額の汗が玉のように溢れ出している。
その間にも周囲で戦闘は続いていてまだ終息は見えない。
「毒消丸薬…どこにあるの!?」
「だ、大丈夫だっっ!っく」
長が腹を押さえながら腕に巻いていた布を外しグルリと腹に巻き付けギュッと結んだ。
痛みで顔を顰め、毒が回っているのか真っ青になって小刻みに震えている。
「…オレも今は切らしとる。この辺でどこか置いとる所はあるか?」
「ーー大…丈夫だ…。皆を守…っ」
ガハッと口から血を吐き、再び倒れ意識を失った。
顔色がどんどん悪くなっていき、腹に巻いた布は一瞬で真っ赤に染まっていく。
「隆吉さんっ。ハァッ。ど、うしようっ」
紅矢は長の傷の上に手を乗せ隆吉を見つめる。
「どっかに…」
「ーー!長っ!」
面を付けた女性が息を切らせ走り寄ってきた。
「あ、朝っの…?」
「あぁ、朝給仕させてもらってました。長っ!?毒が回ってる!」
急いで長の傷を見てバシャッと何かを振り掛けた。
「皆、毒喰らいすぎてて…毒消丸薬がもうないんです!酒で消毒するくらいしか!」
「どこかにないんか?」
「…丸薬の元になる毒消しの実が裏の山側の滝壺の近くにある木になっているんです!誰か取りに行ければ…」
「ーー!オレッ!行ってきますっ!」
「紅矢?お前はまだ回復しとらんやろ!…オレが行く」
「ハァッ、フーッ。隆吉さんはっ!戦力だからっ。ハァッ。村を!」
「…お願いできますか?実を3つ程取ってきていただければ何とかなります」
「ハァハァ。うん、任せて、下さい!」
「コレを噛み砕いて飲んでみて下さい。少しは回復するかも…」
女は小さな豆を紅矢に手渡した。
「ありがとうっ!では…」
口に放り込み噛み砕く。
「行って参ります!」
フゥッと息を吐いて走り出した。