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 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。暗闇の中を緊張しながら歩き続けて結局あの獣以外とは遭遇もせずに山道を進んできた。


「紅矢、ここからはちょっとやっかいな…」

隆吉が急に話すのをやめ周囲を見廻した。


「?りゅ…」

「しっ」

紅矢が話そうとするのを片眉を上げて止めてきた。


「うーん。すでに囲まれちまってるか…。ちと気付くのが遅かったな」


紅矢も辺りを窺うと確かに何かにすでに包囲されていた。


「っ!!」

「大丈夫や。下手に動いたらあかん」


カサッと葉の揺れる音がしたかと思ったら、目の前に面のような物をつけた男が立っていた。



「……この山に害を与える気は無い。ちと通して欲しいだけや」


「…お前は人ならざるモノか?」


面の男は紅矢を見つめて話しかけてきた。


「人…ならざるモノ…?」


どういう事か分からず男を見つめ返すと、隆吉が視界を塞ぐように前に立った。


「…オレらは人や」


「…人とも魔とも違う匂いがする。お前は人ならざるモノか?」


ふぅ、と溜息をついて困ったなぁと隆吉が呟いた。


紅矢は隆吉の羽織の袖を無意識にギュッと握りしめていた。


「人ならざるモノならば、去れ。もしくは排除するのみ」

ザッと周りから殺気が生まれる。


「オッ、オレは人間だっ!」

紅矢は隆吉の後ろで大声を上げた。


「オレが、人間じゃなかったら…一体何なんだよ!」


村を襲われてからの全ての怒りが込み上げてきた。

八つ当たりのように怒鳴りつける。


自分が何をしたのだと言うのだ。

こんなに腹が立ったのは初めてだ。

残虐的な程に全てを目茶苦茶にしてやりたいという気持ちが込み上げる。


その時急に激しく風が吹き木々が大きく騒めいた。


「…紅矢。落ち着け…」


隆吉がフワリと紅矢の頭に手を乗せ、フワフワの髪を優しく撫でた。


「っっ…」


「山の。すまんなコイツの村が襲われて焼かれたばかりや。ちと興奮しとるから」



「……」


風が止み木々の騒めきが止まると面の男は腕を組み何かを思案しているようだ。


「…お前等は生き残りか?」


「オレは違うがコイツはそうや」


「…。襲ってきた奴らを見たか?」


「…見たけど、ほんの少し…」

紅矢がおずおずと答える。


「…少し話が聞きたい。が、夜ももう空ける。朝まで村で休め」


フイッと面の男は去って行く。

すると、音もなく他の面の男達がそばに来て

「ついて来い」と歩くのを促してくる。


「しゃーないわ。紅矢、行くぞ」

と隆吉は頭をボリボリ掻きながら男達について歩き始めた。


紅矢は隆吉について行くしかないので、黙って後を追った。




またどれだけの時間歩いたのだろう。真っ暗なのに紅矢以外の人は皆サクサクと歩いている。

紅矢は夜の山に入るのも初めてで戸惑いながら歩く分他の人より遅れがちになってしまう。


「わっっ!!」

木の根に足を取られ転びそうになった。


グイッと腕を掴んで転ぶ前に支えてくれたのは、始めに話していたであろう面の男だった。


「…気を付けろ」


「あ…ありがとうございます…」


ホッと息を吐きながら、アレ?この人先頭歩いてなかったっけ?と面の男を見上げた。


「………」

男は無言で紅矢を見下ろし腕を離す。


あと、どれくらい歩けばいいのだろうか…と考えていると


「…着いたぞ」

と面の男が話しかけてきた。


着いたのは小さな集落だった。

まだ夜中なのでシンと静まりかえっている。

一つの大きな家を指差しあそこに行けと言われる。


「紅矢、こっちや」


隆吉に呼ばれ家の中に入ると豪華な作りの部屋に通された。


「一応、布団使かわしてもらってもええらしいわ」

よっと、と布団を敷き腰のモノを外すとゴロリと寝転がった。


紅矢は腰から刀を下ろすとギュッと握りしめて部屋の隅に座り込んだ。


「紅矢、布団で寝ぇ。これから先いつゆっくり寝られるかわからんぞ」


「っ!で、でも!ここが安全だとは限らない!」


隆吉が横向きになり紅矢に視線を送る。


「ここは長の家や…なのに刃物を取り上げられんかった。少なからず信頼して貰えた証拠や。絶対にとは言わんが安心してええよ。オレもおる」


確かに、刀も持ち物も全て持ったままだ。

普通なら取り上げられただろう。


そう思ったら少し気が抜けた。


「ホレ」

ポンポン、と布団を叩いてコッチおいで、と隆吉が呼ぶ。


おずおずと布団に近寄り刀を枕元に置き荷物を下ろすと力の入っていた身体全体から力が抜けた。


ふぅ…と息をついて布団の上に正座をする。


「隆吉さん…」

隆吉を見ると、グゴーといびきをかいて寝ている。


え?一瞬で…とフフッと笑いが込み上げた。

もう一度ふぅ…と息をはいて、自分もゴロリと布団に横になった。


怒涛の一日だった。

妖?獣?魔のモノ…に襲われて村は無くなり、大切な人達も皆死んでしまった。


この手で皆を埋めた…。

もう帰ることのないあの日々を思い返して涙が出そうになる。

グッと奥歯を噛み締めきつく目をつぶって

「オレが仇を取る」と呟いた。


目を瞑ると暗闇の中でもがいているような感覚に陥り、あの村での情景が蘇ってきてグッと吐き気が込み上げてきた。


誰の事も助けられなかった…

自分一人が生き残ってしまった。


オレの事を知っている人はもうこの世にいない。


あの優しかったじぃさま、ばぁさまにもう会えない。

オレは一人だ…


暗い…一人は寂しい…


…ふとグゴー、グゴーという隆吉のいびきが聞こえてきた。


「…一人じゃない」


再び目を瞑るとスッと眠りにつく事ができた。




フッと意識が浮上して、ガバッと起き上がる。

外は明るく鳥がチュンチュン鳴いていた。


キョロキョロと見回すが部屋に隆吉の気配は無い。

今までのは夢?いや、そんな訳がない。

この手で皆を土に還した。


そっと立ち上がり襖へと向かう。


その瞬間襖が開き、紅矢は驚いて尻餅を着きそうになり後ろに倒れた。


「わっっ!!」

「…朝から鈍臭い奴だな」


男が紅矢の腕を握って転ぶのを止めてくれた。


「あ、ありがとうございます…」


顔を見上げると面は付けていないが昨日の男のようだった。


「あれ?思ってたよりも若い…?」


ジロリと見下ろされて

「お前は小さいな」

とニヤリと笑われた。


「っ!小さくない!もう13だっ!」


「ハハッ。オレは15だ。チビ」


「〜っ!15にしてはじじいみたい!!オレは2年後にはもっと大きくなる!」


「それは楽しみだな」

クククッと笑って廊下に促される。


「長が部屋で待っている」

こっちだ、と廊下を歩く。 


「っめずらし〜。コタが笑ってるじゃん」

廊下ですれ違う人達が声を掛けてきた。


「うるせぇ!」


「?…コタさんって言うの?」

「…琥太郎。コタで良い。お前は?」


「紅矢」

「紅矢。ね」


「コタ…は、獣人?」

「…そうだ」


獣人は殆どが人間と同じだが体の一部に獣の姿が残っている。それは、耳や尻尾、爪や牙といった感じだ。


獣人の先祖返りと呼ばれるモノは獣の姿になれるそうだ。


この村にいる人達は全員が耳や尻尾があった。

琥太郎は尻尾はあるが耳は無かった。


「コタ!長が呼んでる!早く来い!」

離れた所から声が飛んできた。


「すぐ行く」

そう言った琥太郎の尻尾はふわふわと動いていた。


長の部屋に着くと隆吉が既に長の前に座っており、和やかに話をしているようだった。


長は身体も大きくたっぷりとした髭を蓄えた威厳のある獣人だった。

人としては大きめの隆吉が、小さく見えるような錯覚さえ覚える程だ。


「失礼します。長、連れて参りました」


琥太郎が紅矢を長の前に座れと促す。


「っ!はっ初にお目にかかります。紅矢と申します」

正座をして頭を下げると重低音の腹に響く声が聞こえた。


「うむ。楽に。お主がかの村の生き残りだな?」


「…はい」

思い出したくない光景が浮かんでくる。


「さて…聞いてもいいか?」


「…はい」


「お主らの村を襲った奴らは、魔のモノだったか?」


「…それは分かりません。人の姿をしていたから…」


「ふむ。人ならざるモノだったか?」


「…それは、どうでしょうか。瞳は紅で髪は黒でした。ただ、何かを被っていたようなのでツノや耳は見えませんでした。武器は刃物か爪のような物だと思いますが…。尻尾は…無かったと思います。牙は見ていません」


酷く曖昧な答えになってしまって不安になる。


「ふむ。妖かなにかか…」


「人型で紅目黒髪っちゅうたら高位の妖鬼や。ツノや牙は見とらんと言うてるから何とも言えんがな」


隆吉が会話に加わって長と話をする。


「…他には何かあるか?」


「すみません。他には…」


「そうか、では牙狼ではなかったか?」


「牙狼…?」


「牙狼は狼の妖みたいなもんや。頭は狼で身体は人と同じや。普通の狼とは違ってより凶暴で残虐や。だが人のような知恵は持っとらん」


「…そうですね。何か話していたような気もしますし。顔は人型だったと思うので牙狼では無いと思います」


「そうか…なら良い。お主は山を越えてどこへ行くつもりだ?」

長が茶色の瞳で紅矢をじっとみつめてくる。



「…オレは、村を襲ったヤツを許せない。…でも今のオレはただの弱いガキです。仇を取るために隆吉さんに鍛えて貰って強くなって復讐したい。でも今は隆吉さんについて行くだけで精一杯です。自分の足でしっかり立っていけるようになりたいんです」


思いの丈を叫ぶように伝えると外の木々が騒めいた。


「…ふむ。分かった。山越えを許そう。準備ができたら声をかけろ。案内役をつける。では」



長はそういうと、サッと席を立ち部屋を出て行った。




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