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残酷な描写があります。
あの日から3年。
何事もなくまた穏やかな日々が過ぎて行った。
紅矢は13になり、身長も伸び身体付きも男らしくなってきた。が、白い肌とふわふわした黄金の髪と切れ長の黄金の瞳は変わる事は無かった。
「紅矢!鍛錬行くぞ!」
「おう!陸多行こう!」
毎日のように2人で鍛錬を重ね、メキメキと力を付けていった。
「じぃさま、ばぁさま、ちょっと出てくるな」
「紅矢、気を付けて行くんだよ」
「紅矢、鍛錬中にお腹が空いたらこれをお食べ」
ばぁさまが握り飯を作ってくれた。
「ありがとう。では、行ってまいります」
大きく手を振り、陸多と走っていつもの鍛錬場所である山の中へ入っていった。
紅矢が育ったこの村は、前面に海が広がり漁港と村がある。そして背には大きな山。孤立した村だった。
他の町や村へは山を越えて行くか海を回るしか無い。山越えは非常に厳しく、この村を出るには遠くても海側から船に乗って回って行くのが通常だった。
山側には獣がいるくらいで害は無いが山の奥には魔のモノが巣食っているという噂があった。
…だが誰も見た事がなく噂の域を越えてはいなかった。
「…陸多。…何か、いつもと違う感じがしないか?」
「…確かに何かが違うな。なんだろう」
いつもの鍛錬場所の山の中に入って暫くすると、何かいつもと違う雰囲気があった。
「…鳥のさえずりも無いし、獣の呼吸音も無い」
周りを見廻しても山の中には特に何も無い。
「紅矢!あそこって村の漁港ら辺じゃないか?」
「煙が…!急いで戻ろう!」
2人は全速力で村に戻ろうと走った。
村の入り口付近まで来ると煙がそこら中から出ていて、ギャーッという叫び声も聞こえる。
「紅矢!お前は先におじいとおばあの所へ!」
「っ!でも!」
「おじいとおばあの無事が分かったらすぐ戻ってきてくれ!」
「…っ!分かった。急いで行く!」
走って、走って村の外れの家に急ぐ。
「じぃさま、ばぁさま、どうぞ無事でいてくれ!」
はぁはぁと息を切らせながら家の近くまで来ると、干していた魚がバラバラに散らばっていて、扉が外れて壊されていた。
「…じぃさま?…ばぁさま?どこにいますか?」
ジャリッと足を踏み鳴らし、扉のあった場所に手をかけ中を覗く。
「っっ!!じぃさま!!ばぁさま!!」
中に飛び込むと、血だらけで横たわって死んでいるばぁさまを庇うように覆いかぶさっている血だらけのじぃさまの骸があった。
「じぃさま!!ばぁさま!!イヤだ!なんでっ!!」
2人を抱きしめる。まだ暖かい。
イヤだ。イヤだ。
呼吸の確認をし、心臓の音を聞くが、2人はコトリとも動かずその優しかった瞳を開く事はなかった。
行かないで、置いて行かないで…。
グッと拳を握り締め、涙を堪える。
2人の骸を並べて上から布を被せた。
「…ごめん。後からまた戻ってくるから…待ってて」
一つ大きく深呼吸をして足にグッと力を込める。
急いで村に戻らなくては、何かが来ている。
3年前の魔獣なのか。
村は大丈夫なのだろうか。
また全速力で走り村へ向かった。
村に着くと煙がそこら中から出ていて、火がかけられている。
家々を覗くが、どこにも生きている人がいない。
皆血を流して倒れている。
「陸多は…どこ行った…。長は?補佐は?」
ふらつく足を叱咤して駆け出す。
村の中央付近の陸多の家の方で何か声が聞こえた気がした。
「陸多っ!!」
何かが陸多の首元に喰らい付いている。
「陸多っっ!!」
陸多に喰らい付いている何かを引き剥がそうと走り寄って両手で掴んで思い切り引っ張った。
「グッッ!!っっ!!」
その何かと目が合ったと思った瞬間に顔と腹に衝撃を受け吹っ飛ばされた。
顔を殴られて腹を鋭利な何かに切られたようだ。
意識が途切れる…
「り…く……」
陸多はドサリと放り出され転がされた。
ジャリジャリと近づいてくる足音。
遠くで何が何かを呼んでいるような声が聞こえる。
もう目は開けられない。
ここで…死ぬんだ…
じぃさま…ばぁさま…陸多…皆…
………
…………………
「っっ!!」
何かに揺らされて痛みが戻ってきて意識が浮上する感覚。
バシャッと頭から水をかけられた。
「っっ!!」
目を開くと見た事のない男が紅矢を覗き込んでいた。
「お?目ぇ覚めたか?」
「…ッツゥ…。あ…」
周りを見廻すと煙が上がって煤だらけの家々と、血溜まりだらけの道、並べられて布を被せた骸、血生臭い臭いが煙の匂いに混じって鼻についた。
「…だ、誰…?ッ…イッ…」
痛みに顔が歪むが目の前の男がこの惨状を起こした敵なのか何なのかを見極めないと、と痛みを堪える。
「もう喋れるんか、中々に気合い入っとんのお」
ガハハと笑う男に見覚えが無い。
胡乱な視線を送りつつも男を観察する。
薄汚れてはいるが高い身長にガッシリとした身体と節くれ立った硬い血塗れの手。意思の強そうな瞳と凛々しい顔立ち。
腰には刀が収められている。
「…ここに着いた時にはもうこの有様やった。間に合わんかった。すまんなぁ」
男は遠くを眺めて刀に置いた手をグッと握っていた。
「…あ、あなたは…?」
「あ?ああ、俺は 帆刈 隆吉。魔のモノの退治を生業としとる」
「ま…魔のモノ…」
「そうや。今回は山向こうの町で奴らが出たと聞いて急いで来てみたが、間に合わんかった。で、コッチ側はと思って来てみたが…」
ふぅ…と溜息をつき隆吉と名乗った男は立ち上がった。
「動けそうか?結構パックリ割れた傷やったと思うが…」
切られた腹に手を当てるとヌルッと血が付いたが、もう血は止まっているようだ。
「っ!陸多!!…ッ」
急に動こうとして流石に傷が痛んだ。
「おいおい、大丈夫か?ここいらで息があったのはお前だけやぞ」
腹に手を当て、グッと立ち上がる。痛みでふらつくが先ほどまでよりも痛みが減った。
血溜まりの中足を進め陸多の元へ行く。
そこには血塗れの塊の様な陸多の姿があった。
「陸多…」
グッと拳を握りしめて歯を食いしばる。
「…なんでっ!なんなんだ!アイツら何なんだよ!」
気付いたら涙が流れていた。
「…お前さんは、この町の人間か?毛色が随分と違うように見えるんやが…」
キッと男を睨みつける。
「おお、すまんすまん。事情は人それぞれやな。まぁ、この村で生きとるのはお前さんだけやった」
「……」
「魔のモノに襲われた町や村はこういう風にいつも全滅や。食い散らかして火を放つ」
紅矢は男をじっと見つめた。
「魔のモノ言うても山程種類がおる。ほぼ人間と変わらんような奴らから獣のような奴まで」
男も紅矢をじっと見つめ返してくる。
「人と変わらんような姿の奴らでもどこかに魔のモノの特徴があるんや。ツノ、耳、瞳、ツメ、尻尾…。魔のモノじゃあないが獣の姿が残っとる獣人ちゅうのもおる」
男は紅矢に近づいてきて顎をグイッと持ち上げた。
「珍しい瞳の色や。髪の色も同じ。肌の色も…。まぁええか。お前、親は?」
離して欲しかったが男の顎を掴む力が強く動かせない。
「…。オレは海でじぃさまに拾ってもらって、じぃさまとばぁさまに育ててもらった。親というのはよくわからない」
本当の事だ。じぃさまとばぁさまと血の繋がりが無いことなんて小さい頃から知っていた。
顎を掴む手が緩んで離れていった。
「お前さんも魔のモノの仲間かと思ったが…色が違うだけで形は同じやな。頭も…」
今度は頭をガシガシと乱暴に混ぜられる。
「特に問題なし。背中と尻は…」
背中と尻を上から下に撫でられた。
「っっ!触るな…!」
「おっと、悪いな。確認や。特に何もないな。お前さんは…」
ふと男の視線が腹に向いた。
「お前さん、腹の傷は痛むかい?」
「っっ!!」
紅矢は生まれつき傷の治りが早かった。切り傷はすぐに血が止まり暫くすると傷が塞がる。
陸多との鍛錬で足を骨折した時は2日で完治した。
自分はどこか人と違うと気付いてはいたが、じぃさまもばぁさまも村の皆も特に気にしなかったので、自分も気にしないようにしていた。
ベロリと羽織をめくられ傷に触れられる。
「…こりゃ、傷が塞がってんな」
隆吉が驚いた顔をした。
紅矢はバッと羽織を下ろして男から距離を取った。
「お前さんは…何なんや?殺気やら魔の匂いやらはなんもしん。不思議や」
「ッ…オ…オレだって自分が何なのかなんて知らない。オレにはじぃさまとばぁさましかいない…」
「…お前さん、いくつや?」
「…13」
「そうか…。これからどうするや?」
「……」
男は頭をガシガシ掻き腰に手を当てて何かを考えている。
「…とりあえず、仏さん埋めよか…」
紅矢は無言で頷き陸多の骸を見つめた。