悪役令嬢の壊れた夢
私には夢があるの。
彼女は恥ずかしそうに笑ってそう言った。
私達貴族は政略結婚がほとんどだけれど。
でも……政略結婚が不幸とは限らない。
そうでしょ。
政略結婚でも信頼関係があれば。
或いはお互いが民の幸せを目指していれば。
同じ志を目指す同志として歩いて行ける。
そう思わない?
可愛い子供を産んで、旦那様を支えて。
ああ……いい人生だったと大往生するのが私の夢なの。
でも……彼女の夢は壊れてしまった。
花嫁のベールに鈴蘭の花を刺繡して。
私鈴蘭が大好きなの。
そこで彼女はクスリと笑い。
鈴蘭って毒があるって知ってた?
あんなに可愛い花なのにね。
鈴蘭は女神ゾイナスの花でもある。
鈴蘭の花言葉は【幸運の再来】【純枠】【純潔】【謙遜】【愛らしさ】よ。
知ってた?
彼女は再び針を動かしてベールの上に可愛らしい鈴蘭を散りばめる。
ああ……
彼女は彼女が好きな花のような令嬢だった。
愛らしくって純粋で。
少女らしい夢を見る。
花嫁になる日を指折り数えていた。
でも……
彼女は花嫁になる事はなかった。
彼女は守り導くと決めた民に石を投げられ。
みすぼらしい荷馬車に乗せられ灰色の囚人服を着せられ、処刑台に連れていかれた。
とても一国の王家の血を引く公爵令嬢の扱いではない。
彼女が結婚式で被るはずだった、鈴蘭の刺繡をほどこされたベールを被せられ。
ベールは民が投げる石によって彼女の血で赤く染まりボロボロになっていた。
なぜ? なぜ? なぜ?
彼女には理解できなかった。
あんなに優しかった王太子。
自分の国と王太子の国の平和の橋渡しをするはずだったのに。
なぜこんなことに?
彼女の事が好きだと言ってくれたのに。
潰れた片目から血の涙を流す。
今、彼の横には聖女が笑っている。
見知らぬ女だ。
人々は彼女を責めた。
嫉妬に狂い、聖女に仇なしたと。
王に毒を盛り殺したと。
彼女には意味がわからなかった。
拷問によって彼女の舌は切り取られて。
彼女は抗議の声を上げる事さえできない。
襤褸を纏った体は拷問で醜く焼け爛れている。
そして逃げ出さないように足の腱を切られて歩く事さえ出来ず。
兵士に引きずられて処刑台に上げられる。
首切り役人の斧が振り上げられ彼女の細い首が切り落とされた。
民衆は拍手喝采。
音楽が流され人々は踊り狂う。
お祭りだ‼
お祭りだ‼
聖女に仇為す魔女は死んだ。
国王を殺した女が死んだ。
さあ、彼女の国を滅ぼそう。
聖女を害そうとした女の国を。
人々は戦の準備を進める。
僕は彼女の体から魂を拾い上げる。
彼女の美しい魂は泣いていた。
泣かないで。
泣かないで。
鈴蘭のように愛らしかった君。
人々は僕に気づき動きを止める。
背の翼を広げて彼女の魂を抱きしめる僕は人々には異形に見えたことだろう。
僕は王都の空に巨大な魔方陣を出現させる。
ここに居る者は誰一人許さない。
人々から聖女と呼ばれた女は興奮して僕に駆け寄る。
ああ……天使様、魔女は滅ぼしました。
どうか私に褒美をください。
僕は頷き。
僕は彼女を化け物に変えた。
どろりと女の体が溶ける。
顔だけを残し、女はドロドロの化け物になる。
聖女と呼ばれた女は化け物に変わると悲鳴を上げた。
違う‼ 違う‼
誰が魔物に変えろと言った‼
美しかった女はその醜い心の通りの姿とだみ声で僕を罵る。
それを見て悲鳴を上げる群衆。
我先に逃げ惑う。
待って‼ 逃げないで‼ 助けて‼
ドロリとした女の体から触手が生えて人々を捕らえる。
悲鳴と共にドロドロの女の体に取り込まれる民衆。
女の体は取り込んだ人々の手足が生えて益々悍ましい姿となる。
殿下~~~~~~~~‼
王太子は魔物とかした聖女に縋りつかれる。
ええい‼ 放せ‼
王太子は聖女だった化け物を剣を振って遠ざける。
酷い‼ 私のことを愛しているって言ったじゃないの‼
黙れ化け物‼
王子の顔は醜く歪み。
剣で聖女だった化け物を切り刻む。
流石聖剣のスキル持ちだ。
女の体は血と汚物をまき散らす。
聖女を名乗っていた化け物は悲鳴を上げる。
何をぼさっとしてる‼
早くこの化け物を殺すんだ‼
王太子は兵に命令するが。
王太子の体もずるりと溶ける。
いや……王太子だけではない。
貴族が平民が兵士が姿を変え。
ドロドロに溶ける。
顔だけを残しドロドロの化け物と化した人々はそれでも人間としての意識はあった。
不幸なことに体を酸で焼く様な苦痛から逃れられない。
何でこんなことに?
私が何をしたと言うの?
ただ、聖女だと偽り隣の国から来た女に王殺しの罪を着せて殺しただけよ。
私は悪くない‼
私は悪くない‼
私は悪くない‼
痛い‼ 痛い‼ 痛い‼
正気を無くし狂った方が幸せだ。
だが、女は狂えなかった。
天使が狂うことを許さない。
王太子だったヘドロの塊は聖女を名乗る女のヘドロと融合する。
王太子は女のしでかしたことを知る。
お前のせいだ‼
お前のせいだ‼
王太子は女の顔に噛みついた。
女は悲鳴を上げて王太子から逃げようとするが王太子の歯は女の頬に食らいついて離さない。
何を言っているの?
あの女を嫌い、処刑したのはあんたじゃない‼
大国の姫ではなく公爵令嬢だからというだけで自分にはふさわしくないと。
小国の王太子だと、侮られていると。
何の罪もないと分かっていたのに殺したんじゃないの。
聖女に仇なしたと言いがかりをつけて戦争を仕掛けようとしたくせに。
私は悪くない‼
王太子だった者と聖女を名乗っていた者たちは互いに相手を罵る。
人々は融合したために互いの闇を見て攻撃し合う。
互いに互いを食らい合う。
僕は処刑台からヘドロの塊が醜く地獄を作り出していくのを、冷めた目で眺める。
ごめんね。
僕は彼女に謝る。
僕は神ではない。
だから君を過去に戻して人生をやり直させることもできない。
ごめんね。
僕は天使ではない。
だから君を転生させて幸せな暮らしを与える事も出来ない。
ごめんね。
僕は君が産まれた時に付けられた【呪い】なんだ。
君が非業の死を迎えた時にだけこの世に現れる事が出来る【破滅の運び手】。
それが僕。
君は幼い時から僕に語りかけてくれた。
聡明な君は何となく僕の存在に気付いていたんだろう。
君は僕のことを妖精かなんかと勘違いしていたみたいだけど。
ごめんね。
僕はそんな綺麗な者じゃないんだ。
でも……
僕は君に夢を見せる事が出来る。
だから……
おやすみ。
僕のお姫様。
『僕のお姫様』
私の婚約者は私のことをそう言う。
僕のお姫様と。
『あら? 確かに私のお母様は王様の妹だけど。私は公爵令嬢よ』
私の婚約者は優しく微笑むと。
『君は僕のお姫様だよ』
そう言ってくれる。
この世界で一番大切な人だと。
そう言ってくれる。
私は頬を染めると花嫁衣装のベールに目をやる。
薔薇の咲き乱れる東屋で私達は二人だけのお茶をする。
嫁ぐ日を指折り数えて、ベールに鈴蘭の刺繡をさす。
『ブーケは僕が用意するよ。君が好きな花(鈴蘭)を……』
私の婚約者は私の好きな花をよく知っている。
『ねぇ知っている? 鈴蘭の花言葉を……』
彼はクスリと笑い。
『勿論さ。【幸福の再来】だろ』
『ふふ……』
私の婚約者は幼かった私の他愛ないお喋りを覚えていてくれる。
こんな優しい彼に嫁ぐなんて、私は何て幸せなんだろう。
~ Fin ~
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2020/5/14 『小説家になろう』 どんC
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この話は【胡蝶の夢】もしくは【水槽の脳】がヒントになっています。
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