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野球少年 中学編_本編  作者: 神瀬尋行
9/12

第十一章 鬼柴田 2

*すみません!投稿直後にお読みいただいた方々にお詫びします。

サブタイトルを間違えていました。



いつもありがとうございます。


「鬼」などと物騒なサブタイトルですが、今回は野球中心ながらも、青春の夏らしいエピソードです。


どうぞお楽しみください!

第一章  桜の花のあと

第二章  絶対王者

第三章  グランドスラム

第四章  阿部先輩

第五章  三日月の夜

第六章  死闘ふたたび

第七章  奇跡の硬球ふたたび

第八章  クロスファイアー

第九章  酔いどれ記者

第十章  夏の日々

第十一章 鬼柴田(今回はここの一部です)

第十二章 全面戦争

第十三章 池のほとりで

第十四章 決勝へ

第十五章 決 勝

第十六章 まだまだ




 それから、全員が課題を終えると、僕らは一緒にホテルへ戻り、手早く夕食と入浴をすませ、慌ただしくミーティング会場であるホテルの会議室に向かった。既に柴田先生は来ていて、六家先生と談笑していた。やがて三々五々みんながやって来た。「ごめんなさーい」と言いながら小島先生が来た時は、既に予定時間を十五分越えていた。

「遅い!」

 たぶんそう言って柴田先生は怒るのだろうと思っていたら、意外と何も言わなかった。女には甘いのか、コイツは。


 さてミーティングだ。

 柴田先生は、総評から始め、次に各個人(グランド組)の長所と短所を的確に指摘していった。確かに納得できる事も多く、やはり柴田先生はただ者じゃない。何でこの先生が本来部外者なのに、あの奇天烈女先生が部長で、ヨッパライが監督なのだろう。だから僕はミーティング終了直前に、思わず聞いた。

「先生は、何故野球部の監督をしないのですか?」

 すると先生は大笑いしながら答えた。

「俺が本気で監督やったら、みんな死ぬぞ。今日みたいな目に毎日あうからな」

 確かにその通りだと、砂浜組の何人かが言っていた。でも、鬼監督に鍛えられた僕らには、この先生こそ必要だ。旧東原の何人かは僕と同じ気持ちのようで憮然としていた。

「それにな、谷山。昼にも言ったと思うが、あの監督は有名な闘将なんだ。大丈夫だ」

 え~!と僕も思ったし、周りもざわついた。プライドのかけらもないあのヨッパライが?う~む。どうだろう・・・そう言えば時々勝ちにこだわるシーンはあったような・・・

「みんな良く聞け。あの監督をヨッパライなんて陰口きくやつもいるが、ヨッパライにさせたのは、今までの野球部があまりにもお粗末だったからだ。しかし、これからは違う。お前らは、今、はるかな高みに駆け上がりつつある。監督を信じて進むんだ。いいな」

う~む。この柴田先生にそこまで言わせるか?あのヨッパライ。


 合宿の公式行事から解放された時は、既に9時を越えていた。

 僕ら有志組は303号室に集合がかかっていて、具体的には旧東原の数人と吉岡、内村、上田、佐藤先輩に横川先輩に吉永なのだが、例のスコアブック検討会を行うことになっていた。

 はるちゃんが春期大会の決勝戦を1回から説明した。当時のエースはふうちゃんで、僕は1塁手だった。控え投手としては練習していたが、まさかふうちゃんが転校するなんて思わなかったし、何て僕はのんきに構えていたんだろうなんて、そんな思いもちらつく中、それでも当時の熱戦を今ありありと思い浮かべる事ができる。

「このふうちゃんって子も、いい投手だったんだね」

 横川先輩がそう言うと、まっちゃんが返した。

「そりゃ、そうさ。それにふうちゃんってあだ名は、藤井って名前もあるけどあんな“ふう”になりたいっていうみんなの希望でもあったんだ」

 確かに。それは旧東原のみんなの思いだった。藤井亮。その名前とあの透き通るような笑顔は、たぶん一生忘れないだろう。

「そうそう、氷山先輩って何となくふうちゃんに似ていないか?」

 田中がいきなり切り出すと、旧東原のメンバーはほとんどが賛成した。

「そうなの?あんないい男だったの?」

 横川先輩が聞いた。

「イイ男だったね。でも顔の系統はちょっと違うな。氷山先輩はちょっと情熱的な顔だけど、ふうちゃんは目いっぱい優男だし。でも雰囲気がそっくりなんだよな」

「長髪も一緒だし。あ!」

「何だよ」

「そう言えば谷山君も既に坊主じゃないね」

「って言うかボサボサ?どうしたの」

 いきなり僕の方に話題がきて驚いた。何で今頃?とっくに気づいていなかったのか?特に積極的に伸ばそうと思ったわけじゃない。バリカンを使ってくれていた父さんが身重の母さんの代わりに掃除洗濯なんかで忙しくしているし、僕も忙しいし、めんどうだから何もしなかっただけなんだ。

「なんだ。へんな答えだな。色気づいたのかと思ったぜ」

 やまちゃんがそう言うと、吉永の表情が一瞬曇った。

「谷山には高浜がいるしな。いまさら色気づいたりしないだろ」

 吉永が妙に落ち着いたトーンで聞いた。

「二人は小学校の頃から仲良しだったんだ」

「こいつらは有名だよ。いっつもベタベタだったし」

 やまちゃん。それ以上言ったら殺す。僕がそう思っていると横川先輩が話を元に戻してくれた。しばらく、またスコアブックの話が弾んだ。

「面白いよ。君たちは。ふ~ん。今強いのも当たり前か」

「そうだろう?俺たちは当時から中学生と試合したって勝てるって言われていたんだぜ」

「でもね。中学からは各校とも格段に厳しい練習をするのよ。高校はその上ね。だからボヤボヤしているとすぐに追い越されるよ。私達は、よってたかってマークされる立場に一気に立っちゃったんだからね」

「そんなの、昔からそうだったさ。俺らはそいつらをまとめてなぎ倒してきたんだ。これからもそうさ」

「山村君、話聞いてる?私らの普段の練習なんて、他校の半分くらいよ」

「半分・・・」

 新田が絶句した。

「たぶんね、君たちが昔、こんなに成績を残せたのは、他校より相当練習したからよ。それが今じゃ逆ってこと」

 横川先輩の言うことも、あながち嘘じゃない。僕は特別ノックを受けたりしたけど、ほかのメンバーは通り一遍の練習だ。それも鬼監督時代よりレベルが低いし、適切な見本もアドバイスもない。繰り返すが、僕ら以上のレベルの先輩はいない。キャプテンもだ。いや一人だけ氷山先輩はいるが、普段の練習にはあまり来ていない。そう考えるとオンボロ野球部の本質は何も変わっていないのかも知れない。

「だって監督がアレなんだぜ」

 まっちゃんが言い、田中が言葉を継いだ。

「確かに、アレより今日の鬼柴田の方がよっぽどましだな」

 まっちゃんが笑った。

「鬼って、まあ、そんな感じ」

「でもあのヨッパライは闘将だって」

 新田がそう言うと、やまちゃんが笑いながら返した。

「んなわきゃねーだろ。昔はそうだったかも知れないが、終わっているぜ、アレは」

 みんな特に異論はないようで、何も言わなかった。まあヨッパライは置いといても、確かに練習の質の向上はなんとかしないといけない課題だ。どうする?僕らは敷かれた布団の上でうつ伏せになり顔をつき合わせていたが誰にも名案がなく、答えもなかった。例えばガンちゃんの大根切りも、やまちゃんの軸回転打法も、もともと鬼監督が授けた秘策だ。今の野球部で、どこをどう見回してもそんな指導者は見当たらない。僕らは過去の貯金や現在の手持ちの武器だけで、どんどん進歩してくるだろう(特に中島)相手と戦わないといけない。

 ふぅ。やっぱりオンボロはオンボロなのかな。より高みを目指すには中島のような所に行かないと無理なのか。


 翌朝の朝食時。

 先輩たちは「足が痛い」だの「肩が痛い」だの言っていた。新田や長尾も言っていたが、レギュラー選手にそんな人はいなかった。まあ僕もそうだが、レギュラー陣はみな隠れた努力をしているから、あれくらいの練習で筋肉痛になったりしない。

 それはそうと、鬼柴田が今日の練習メニューを発表した。今日は打撃中心にするそうだ。先ずグランド組の打撃を砂浜組がサポートする。それが終われば次に砂浜組の打撃練習。バッティングピッチャーは本田先輩と吉岡が指名された。主軸には吉岡が。他は本田先輩が。僕は自分の打順がくるまで投球練習しろと言われた。


 1塁側ベンチ横あたりで、僕は横川先輩を捕手にして投球練習をした。球の出所を隠すフォームのコツは昨日つかんだから、今日はその形を忘れないように反復練習し、体に叩き込むつもりだ。横川先輩は的確にアドバイスをしてくれ、僕の練習は順調だった。が、グランドの面々は鬼柴田からさんざん罵声を浴びせられ、特にお粗末な先輩には容赦なく竹刀がうなり、おかしなフォームや状況判断などを徹底的に矯正されていた。それでもダメな人は、ダッシュ十本とか、二十本とか命令され、悲鳴やらため息やらの入り交じった修羅場と化していた。まあ、レギュラー陣はそれほど矯正されることもなく、状況判断のコツや、わずかな悪い癖を指摘された程度だった。そんな先生の言葉を、吉永は一生懸命メモしていたし、小島先生は麦茶の準備とかしてくれていた。僕らは、鬼柴田を中心に、いつも以上に効果的な練習ができたように思う。


 やがて、夕方となり全員集合の声がかかった。今日の練習の終わりだ。みんなが集合すると鬼柴田が講評を始めた。

「みんな、ごくろうだった。まあわかっていたことだが、このチームはレギュラーと補欠のレベル差が激しい。その差が縮まってこそ、本当の強いチームとなる。それぞれが自覚し、精進するように。特に補欠は、今日俺が言ったことはもちろんだが、レギュラーがどの場面で、どうしているのか、ただ傍観するだけでなく、自分に置き換えて考え、その技を自分で盗め。全員で常勝伝説をつくりあげるつもりでかかれ。俺のしごきに耐えたお前らだ。きっとできると思え。いいな」

「はい!」

「よし。では今日は3点セット三十本ずつにまけてやろう。あと五周な。終わった者からあがれ。それから、今夜の座学はない。そして、明日は午前中に紅白戦をやって合宿のシメにする。以上」

 キャプテンが号令をかけた。

「柴田先生、小島先生に、礼!」

「あ~したッ!」

 みんな帽子をとって深々とお辞儀した。ふふん、と鼻で笑いながら柴田先生は引き上げていった。その後ろ姿が小さくなった時、みんな安心したのか、崩れるように倒れた。

「死ぬかと思ったぜ」

 名前も知らない先輩がそう言うと、そこかしこから同調の笑いが起こり、小島先生は苦笑いしていた。

「でも、良くがんばったね。みんな」

 吉永がそう言うと、先輩たちは苦しさでひきつりながらもニヤけるような複雑な表情を見せた。

「吉永ァ」

 足を投げ出し、後ろ手で体を支えて座り込んでいたキャプテンが言った。

「今日の先生の言葉をメモっていただろう?それを清書してくれ。そして各人に配ってくれ。昨日のもだ。みんなはそれを参考に今後の練習に生かしてくれ」

「うぃっス」

 そんな力ない返答がちらほらあがる中、白石が言った。

「キャプテン、吉永一人じゃ大変だから、俺も手伝います」

「そうか。じゃあ、白石と新田。お前ら二人で手伝え。あ、それから俺と春木と横川には全員分をくれ」

 キャプテンはやはり意外とこまかい。

「さぁ、それじゃ、もう一踏ん張りだ。ビリっけつは五周プラスだ。かかれ!」

みんな慌てて腕立てやら腹筋やらと、始めた。

みんなやけくそだったのか、それとも半分だったからなのか、分からないがともかくみんな凄い勢いで昨日よりはるかに早くあがることができた。

 

 汗まみれだったから、ホテルに着くなり僕らは真っ先に風呂へ飛び込んだ。

 ここは温泉ではないが大浴場があったので、みんなで入れる大きさがある。ザブンと飛び込んでくる者、お湯をかけあってはしゃぐ者、湯船で泳ぐ者。中学生になってもやることは小学生時代とあまり変わらないな。僕は、はるちゃん、やまちゃんと洗い場にいた。

「この合宿が終わったら、野球部は2~3日休みなんだろ?」

体を洗いながら、やまちゃんがはるちゃんに尋ねていた。

「そう聞いているよ。それがどうかしたのかい?」

「休みなら、美樹を映画にでも連れて行こうかと思ってな」

「ああ、バスケ部の早川さん?」

 僕はそう聞き返した。ふ~ん、今も続いているんだ。

「ああ。結局夏休みたって野球漬けだったからな。それくらいしてやらないと」

「やっぱり、そんなものなのかな。女の子って」

 やまちゃんは笑った。

「当たり前じゃねぇか。むしろそのくらいで済めば御の字だ」

 ふ~ん。確かに小学生の頃からやまちゃんは女の子には気を遣う。僕は先日の事もあり、確かにそうだと思った。じゃあ、帰ったら電話してみよう。どこに行こうか。ちょっとは考えておかないといけないな。


 昨日と違い、今日の夕食は大広間に準備されていた。二日目は最後の夜だから、このような宴会のかたちになったようだ。さてさて、またも小島先生が十五分遅れて来て、夕食が始まった。

 刺身に天ぷらにハンバーグに。僕らにはどれもご馳走だった。おかずの奪い合いとか、そんな小学生時代と変わらない風景の中、疲れもどこかへ行ってしまったように、にぎやかだった。

 今夜はスコアブック研究会もなく、夕食後、僕はひまだったのでホテルの土産売り場で物色していた。え~と、お母さんに父さんに、恵ちゃんに美咲ちゃん?それくらいでいいのかなあ。阿部先輩は一緒に来ているし。あれ、そう言えば今回先輩たちはあまりこっちには来なかったな。まな板がどうこう言っていたが。初日に砂浜へ行っていたり、神崎先輩と話していたりしていたようだけど。

「ここにいたんだ。谷山くん」

 吉永の声が聞こえたので、その方を見ると、吉永が手を振っていて、周辺には数名と小島先生がいた。

「俺達、これから花火をやるからお前も来いよ」

 上田がそう言って僕を誘い、何故か白石がムッとしていた。

「ああ、いいよ」

「先生もいるし、心配ないよ」

 吉永が笑っていた。

「やっぱ、夏の夜なら花火でしょう。俺が持ってきたんだ」

 どうやらスポンサーは長尾のようだ。


 僕らは砂浜まで行って花火を始めた。

 二十連発やら、吹き上げやら、線香花火やら、思い思いの花火をあげ、みんな楽しそうにしていた。まっちゃんが、僕にロケット花火を発射したので、僕も連発花火で応戦したつもりが風に流されて上田の鼻先をかすめたりした。吹き付ける海辺の風が強く、思わぬ方向に行ったのだ。当の上田は悲鳴のような叫びをあげた。そうすると今度は弱り目の者をからかう輩が現れて上田は集中的に狙われた。

「あぶないから、人には向けないでね」

 先生がそう言っても誰もやめなかった。やがて上田がキレて、ロケット花火を束にして反撃し、どこそこで笑いやら悲鳴やらがあがった。

 僕は笑いすぎて腹が痛くなったので、適当に離れて腰をおろし、阿鼻叫喚の巷を見学することにした。上田は調子に乗って小島先生も狙ったので、周りから総攻撃を食らっていた。僕の隣に吉永が腰を降ろした。

「ひとやすみ?」

 そう言う僕の問いには答えず、遠くを見つめていた吉永は、全く別の事を言った。

「わたし、あきらめないからね」

 へ?何それ?野球のことなら、それはそうだけど・・・

 僕は、意味がよく分からないような顔つきで、吉永の表情をのぞき込んだ。吉永はややうつむき、顔をあからめていた。しばらくもじもじしていた吉永は、やがてぱっと立ち上がって僕に照れ笑いをして見せ、みんなの方へ駆けていった。何だろう?上田退治か?それなら、あいつは小島先生を襲った大罪人だから遠慮なくやってくれ。


 さて翌日。

 鬼柴田いわく合宿のシメとなる紅白戦が行われた。レギュラー組対補欠組。そのままでは勝敗があまりにはっきりしすぎなので、僕が補欠組の投手となり、横川先輩が捕手を務める。レギュラー組は吉岡とはるちゃんのバッテリーだ。ちなみに白石はレギュラー組のライト。新田は補欠組のセンター。上田は補欠組のショートで、長尾は同じくレフトに入った。あとの補欠組は生徒BからGの雑魚キャラ先輩なので説明は省く。


 試合前、鬼柴田は言った。

「とくにサインプレーはいらない。今回だけはそれぞれ楽しくやってくれ」

 ふ~ん。何か拍子抜けしないでもないな。まあ、いいけど。

「新田、ボロ負けしても泣くなよ」

 まっちゃんが笑いながらそう言うと新田も言い返していた。

「どうかな。意外性も野球だよ」


 プレイがかかった。主審は鬼柴田だ。

「みんながんばれ~」

 小島先生の応援の声が聞こえ、後攻のため守備についていた先輩達が鼻の下を伸ばす間もなく、僕はガンちゃんへ渾身のクロスを決めた。

「思った以上だな」

 ガンちゃんは一度打席を外して素振りをしながらそう言った。

「谷山君、今の腕の位置いいよ。忘れないでね」

 横川先輩がそう言いながら僕に返球した。球の出所の話だ。これが決まると、あれ?という間に球がくるらしく、打者にはタイミングがとりづらいはずだという。2球目はカーブ。それも外角低めいっぱいだ。さすがのガンちゃんも手が出ず、左手で鼻の頭をこすりつつ、つぶやいていた。

「同じフォームでカーブかよ」

 そう。それが僕の持ち味だ。同じフォームで投げ分けできる。それは左になってもできていた。何故?と聞かれても、僕にも分からない。不思議と昔から苦もなくできていた。そして3球目。落ちる大きなカーブのとんでもないボール球だが、まんまとガンちゃんは引っかかり三振となった。

そんなこんなで、僕は何人か単打や四球で走者を出したものの、要所はおさえ、6回まで点を与えなかった。まあそれは補欠組の攻撃も一緒で、僕と上田は出塁したが、後はお話にならず、0対0のまま終盤に入った。

 7回の表が終わり、ベンチに引き上げると、本田先輩に声をかけられた。

「やっぱ谷山はすげぇな。お前がいると負ける気がしない」

 そう言われて悪い気はしなかったが、僕はネクストバッターズサークルに行かないといけないので、軽く会釈だけしてバットをとり、急いで向かった。この補欠チームでは新田が3番。僕が4番。上田が5番だ。

 新田は打席で懸命に粘っていた。もともと旧東原のレギュラーだ。そんなプライドやら意地やらを感じる。そして7球目。ついにセンター前へヒットを放った。よし。ここだ。後は任せろ。僕はそう思いながら打席に入った。吉岡がマウンドで気合いを入れているのを感じた。

 僕には打たれたくないのだろう。渾身の1球が内角を襲った。僕は腕をたたんでコンパクトに振り抜いたがややタイミングが遅れてファールになった。

「吉岡もやるな」

 僕は思わずつぶやいていて、2球目は手が出ない外角低めボールだった。あわよくば引っかけさせようという球で、そんな誘いに僕は乗らない。僕にも気合いが入ってきた。それから3球。フルカウントになった。野球って本当に不思議なところがあって、投手と打者の気迫が同じなら、大体打者の勝ちとなる。この場合も例外ではなく、6球目をフェンスの向こうに叩き込んだ。「あ~」と悔しがる吉岡や、驚きの表情を見せるレギュラー陣、歓声をあげる吉永と阿部先輩。それに無表情な田原。そういうみんなのいろんな表情が見えた。そしてダイヤモンドを一周してベンチに向かうと、補欠組のガッツポーズや拍手に迎えられ、ついでにボコボコにされた。


「勝てるぞ、レギュラーに!」


 誰かがそう叫び、そして結局僕は無失点のままで、その通りになった。

 0点男なんてあだ名は嫌いだが、それを返上する気もないんでね。


 補欠組の興奮が冷めない中、鬼柴田の講評があった。要約するとこうだ。

「谷山のワンマンショーのようなゲームだったが、収穫もあった。先ずは吉岡のフォームが格段に良くなった。新田の粘りも流れを引き寄せた。お前は補欠らしいが、それなりの才能はある。これからのお前次第だな。そして山村の捕球動作も柔らかくいい感じになっていた。それぞれがこの2日でコツをつかんでくれたように思う。これからも頑張れ。そして谷山や氷山に頼らなくてもいいようにチームの底力をアップすること。そのためには部活以外にも個人練習をまじめにやっておくように」

 キャプテンが号令した。

「柴田先生と小島先生に、礼!」

 みんなで声を合わせた。

「あ~したッ!!」

 僕らは深々とお辞儀をし、長いようで短くて、そして充実した合宿を終えた。

 それから昼食まで自由時間があった。

 部屋の浴室でシャワーを使い、小一時間ほどの間、僕はロビーのソファーに腰をおろし、することもなくぼんやりと新聞や雑誌を読んで暇つぶししていた。

「あ、谷山君」

 そう言って阿部先輩が僕の後ろから声をかけてきた。

「取材はうまくいきましたか?」

「そうね。切り口は田原さんに任せていたんだけど、彼女は、どうも君のようなモンスターには興味がないらしくって、もっぱら補欠選手を追っていたわ」

 先輩はそう言いながら僕の後ろで、ソファーの背もたれに両肘をついてかがんだ。

「モンスターって」

「あ、ごめんね。悪い意味じゃないのよ」

 まあいいけど。別に。

 そこへ、田中とガンちゃんがやってきた。

「谷山、ちょっといいか」

「何?」

「あのな、もう何人かには声かけしたけど、今から六家先生に頼んでみようと思うんだ」

「だから、何?」

「鬼柴田を監督にしてくれっていうことをさ」

 それは確かに魅力があった。僕らにとっては鬼監督以来の手応えある先生だった。

「いいよ。あれだろ?みんなの総意ってことだろ?賛成するよ」

「じゃ、そういうことで」

 二人は、他の者に声をかけるべく、離れて行った。


「へぇ~、あの柴田くんをね」

「くん、って」

 先輩は吹き出した。

「あら、知らないの?あの先生サングラスを外すと、とってもおちゃめな目をしているのよ。だからみんなそんな風に呼んでいるの。ちゃんづけの人もいるし。鬼っていう方が違和感あるわ」

 そうなんだ。アレでソレなら結構笑える。

「今想像していたでしょう」

「わかります?」

「もちろん。とても面白いから、いつか見てみるといいわ。さてっと。じゃあ、私たちもそろそろ引きあげるから、また、学校でね」

 僕もお別れを言おうと、先輩の方を振り向いた時。


 それは、あまりに唐突だった。

 先輩は僕の唇に、その唇を重ねた。


 これって、キスってこと?

 それはわずかな時間でしかなかったが、僕は動揺し、どぎまぎし、頭が真っ白になった。

 生まれて初めての経験だった。


 そして、やわらかい感触の冷めぬ間に、去っていく先輩の方へ振り向くと、先輩は振り返りもせず、左手をさよならの合図のように掲げていた。僕は動揺したまま、その後ろ姿を見送った。そして、周りに知り合いが誰もいないことを確認するのが精一杯だった。


 先輩は僕よりはるかに大人びている。

 正直言って憧れてもいるが、それは氷山先輩というかっこいい先輩に対するものと同列のものであって、異性として憧れていた訳ではなかった。いや、そもそも僕は恵ちゃんでさえ異性としてはっきり認識していたのだろうか。そんなこと、あまり考えたことはなかった。でも先日の恵ちゃんといい、吉永といい、阿部先輩といい、そんなことがいくつもあると、やはり僕は男であることを自覚した方がいいのかも知れない。まだ十二歳と考えるか、もう中学生なんだと考えるのか。やはり後者なのだろう。大人の階段を昇っているのだから、そろそろ、そんなことをはっきり意識しておかないと周りの人に迷惑をかけそうだ。野球ばっかりやっていて、試合に勝ってほめられて、よろこぶだけの単純時代はもう過ぎ去ったのだ。マウンド上で勝負に責任を持つように、僕もそろそろ人として男として、責任というものを自覚しなければならない。そういえば先生の誰かが授業で言っていた「自我の覚醒」というのは、こんな事を言うのかな。


 そんなことをぼんやりと考えているうちに、帰りのバスが学校に着いた。最後に六家先生の短い話があって合宿は解散。僕はダッシュで体育館に様子を見に行った。案の定バスケ部はまだ練習していたから、僕は恵ちゃんの帰りを待つことにした。まだ時間がありそうだったので、暇つぶしに野球部室に行くと、そこには吉永がいた。例の鬼柴田指導メモを清書しているようだ。

吉永は僕の顔を見ると、ぱっと明るい笑顔を見せた。

「あ、谷山くん。もう帰ったのかと思ってた」

 笑顔を見せられ、僕はどういう表情を返せばいいのか迷ったが、ここは笑顔を返すのが一番無難だと思った。でも言葉は思いつかず、しどろもどろに答えた。

「あ、いや。ちょっとな」

「ね、今、忙しい?」

「いや、まあそんなに」

「じゃあ、ちょっと手伝ってくれるとうれしいな」

 そう言って笑う吉永は、異性として改めて意識してみるとなかなかの美少女なんじゃないかと思った。さらっとしたストレートの長い髪。色が白く整った顔立ち。未完成な美人と思っていたが、先輩たちの人気を集めるだけはある。

「ちょっとなら、いいよ」

「ごめんね。これから投げ込みとかするんでしょうけど」

 吉永も校内新聞で、僕の夜の個人練習メニューを知っている。

「まだ夕方にもなっていないし、明日から部の練習は休みだし、かまわないよ」

「ありがとう。実はね、白石君と新田君には休み明けから手伝ってねって話をしていたけど、やっぱりこういうのは早いほうがいいかなと思って、それで私一人でも始めようと思って」

 見ると、机の上にはたくさんのノートがあり、開いているページにはよほど急いでメモしたような走り書き文字がびっしり書き込まれている。これだけのものを一人でやろうとしていたのか。しかも人数分?吉永は吉永で、チームのために頑張っていることが一目で分かった。

「えらいな。吉永」

 僕は思わず、そう漏らした。吉永は僕を見上げ、目を丸くしていた。

「え?何?私?」

 そう言って、吉永は笑った。

「だってみんな頑張っているから、私も頑張るよ。これくらいしかできなし」

 これくらいなんて言うなよ。お前はいつも笑顔でみんなの間を駆けまわっているじゃないか。確かに野球は素人で、そそっかしいところもあるけれど、みんなお前の笑顔に救われているんだぜ。僕はそう思ったけど、言葉には出さなかった。出してしまったら、僕は吉永を抱きしめていたかも知れない。今の僕にそれはできない。やっちゃいけないことなんだ。とにかく、僕は吉永を手伝って、ひと区切りつく頃にはもう7時をこえていた。


「今日はこれくらいかな。谷山くん、ありがとう」


 吉永はそう言って笑った。

 しかし僕はほとんど投げ込みしていたから気づかなかったけど、他のメンバーは鬼柴田にいろいろと教えてもらっていたんだな。このメモを見ていると良くわかる。例えばはるちゃんの場合。盗塁阻止の送球フォームがまだまだ甘いという。もちろん鬼監督にコンパクトに投げろと指導されていて阻止率も高いのだが、鬼柴田の目には隙だらけに映るらしい。先ずは足の位置、それからもっと頭の後ろにコンパクトに構えろ、そこから押し出すように振り抜けとメモしてあった。当然他のレギュラー陣にもこまかな指導があって、そのひとつひとつが思い当たるので、先生はやはりただ者ではない。ガンちゃんや田中が走り回って頼み込もうとしていたのも、当然か。僕は部室の電球を見上げながら、そうつぶやいていた。

「え?何か言った?」

 吉永が聞き返したので、僕はほほえんで答えた。

「いや、何でもない」

「そう。じゃあ今日はもう帰ろ。そう言えば谷山くんは何か用事があったんじゃないの?」

 いけない。忘れてた。吉永メモの向こうにある先生の指導につい見とれて、恵ちゃんの事をすっかり忘れていた。

「あ、いや。じゃあ俺、もう帰るから」

「うん。ありがとう。私はちょっとかたづけて帰るから。じゃあまたね」


 僕は慌てて部室を飛び出し、体育館に向かった。既に体育館は静かになっていて灯りも消えていた。ダッシュで追えば追いつくかな。僕はそう思って通学路へ走った。たぶん、暗い公園ルートじゃなくって、明るい町ルートのはずだ。追いついたらどんな話をしようかな。合宿の話?どっか行こうっていう話?それとも、お茶目な目玉の鬼柴田かな。そんな想像を膨らませながら夕闇のせまる町並みを僕は走っていた。

 せわしく行き交うヘッドランプやテールランプの流れの向こうに、やがて我が校の生徒らしき制服を見かけた。思った通り、ラッキーだ。なんて思って近づくと人影はふたつだった。あれ?外れ?でも、そのうち一人は間違いなく恵ちゃんの後ろ姿だ。隣には、見たこともない男子生徒がいて、楽しそうに談笑している。


僕の足は、ぱたりと止まった。


 状況が分からなかった。

 恵ちゃんの背中がやたら遠くに見えた。

 それからどうやって帰ったか、僕は憶えていない。決勝の時のあの思いを、また繰り返していた。でも、あんなに楽しそうな笑顔は、小学校の時、二人で無邪気に笑って以来のように思う。正直言って最近僕と一緒の恵ちゃんはあまり楽しそうではなかった。僕がいないことで、あんな笑顔になれるのなら、僕はもう、ひっこんだ方がいいのかも知れないな。でも、僕はそれで納得できるのか。そんなジレンマに悶々としていた。


 その日は、部活のない日の昼さがり。

 僕は、いつぞやのようにベッドへもぐりこんで、うじうじしていた。阿部先輩から例えモンスターと言われても、本来感情の起伏が激しい僕は傷つきやすい心をしている。気がつくと、ため息ばかり漏らしていた。

 そんな時。恵ちゃんから電話があったんだ。

 僕はすっとんで電話に出た。内容はこうだ。

「去年と同じ縁日が明日の夜にあるから一緒に行こうね」

 恵ちゃんの声は普通で、特にどうこう言う感じではなかった。僕が気にしすぎなのかな。たまたまバスケ部の男と帰りが一緒になっただけかも知れないし。そう思うことでいくぶん心が軽くなった。よし。もういいや。なるようにしかならないし、明日会っても男の話はしないでおこう。それがたぶん幸せなんだ。そう思うとなんだかまた眠くなった。意外と僕は疲れていたのかも知れない。いろんな意味で。一日くらい、いいか。今日は休もう。


 翌日。

 何の変哲もない朝がやってきて、僕は特別でもないランニングに出かけ、そして、いつものように東原小のグランドで軽いストレッチをしていた。何の変化もない日常の一コマに、ひとつだけ、珍しい客が割り込んできた。割り込むというと人聞きが悪いが、それほど唐突な印象だった。朝の早い時間なのに、小学校の後輩で現チームのエースであろう吉田が僕のところに訪ねてきたのだ。吉田は浮かぬ顔をしていた。


「久しぶりですね、先輩。朝か夜ならきっとここにいるだろうと思って」

 何やら言いたいことを言いにくいようで、もじもじしていた。

「何かあったのか?」

 吉田は黙ったままで、何も前に進まなかった。うすうす僕は感じていた。あの川上にこてんぱんにやられたのだ。吉田はやっと口を開いた。

「わかりますか」

「何となくな。川上はすごいヤツだから」

「春は準々決勝で、夏は決勝で。あいつは止められませんよ」

 吉田は真剣にそう言うが、僕には笑いがこみあげてきた。

「何がおかしいんですか?先輩」

「すまん。でもな、俺たちが戦った中島中の一軍はあんなもんじゃなかったぞ」

「中島一軍って何ですか?」

 吉田も中島のシステムを知らないようだから、教えた。七十名近い部員の中から選ばれたほんの一握りのエリートであり、全国の猛者たちと常に戦っている本当の甲子園予備軍だと。

「そんな連中に、先輩たちは勝ったんですか」

「一度はな。でも今度やったら、わからない」

「中島って、やっぱり凄いんですね」

「ああ。しかも選手は隣の県とか、各地からスカウトされて来ている本物ばかりだ」

「やっぱりそんな連中には勝てませんよね」

「いや、そうでもない。現に俺たちは勝ったんだし」

「先輩たちは特別ですよ」

 吉田はむきになってそう言った。

「そうさ。でもお前らも特別だよ。鬼監督の指導は小学校のレベルを超えている。中学に行って俺も良く分かったよ」

「でも、川上には通用しませんでした」

「う~ん、何って言うかなあ。そんな気持ちでいる間はたぶん勝てないよ」

「でも、実際に・・・」

「まあ、落ち着け。落ち着いて冷静に考えろ。どうすれば勝てるのかって」

「言うのは簡単じゃないですか」

「俺たちだって簡単に勝ってきた訳じゃない。その事はお前も見ていたから分かるだろう?常に試して失敗して考えて。そんなことを繰り返してきたんだ」

「そうですけど」

「先ずは、勝てないなんて思うな。そして心が緊張したり、くじけそうになったら、いいか。一回大きく深呼吸しろ。それから冷静に攻めるんだ」

 吉田は納得できないようで、憮然としていた。

「要は、あきらめないことだ」

「そうですね。それは分かります」

「考えて考えて、しつこく食い下がって粘って粘って、たとえ泥臭くっても決してあきらめないことだ」

 吉田はきょとんとしていた。そうか。言葉をいくら並べても今の吉田は納得しないだろう。それなら僕の投球を見せることが、彼に勇気を与えることになるのかも知れない。かつて、白石の親父さんが全力投球を見せてくれ、僕を大いに勇気づけてくれたように。僕は左のリストを鍛えるため、ウェイト代わりに持ってきていた奇跡の硬球をもちあげ、先ずは何球かウォーミングアップした。そして、頃合いを見て吉田に言った。


「中島一軍を黙らせた球を見せてやる。そこから何かを感じるか感じないかはお前次第だ。できるだけ盗めよ」


 僕は大きく振りかぶった。

 そしていつものように振り抜いた。

 しゅう。と、うなりをあげながら飛ぶ球を見て、吉田は目を輝かせていた。そんな後輩のために、僕は何球か全力で投げて見せた。


 その日は、それからもうひとつ。平凡な日常とはちょっと違うサプライズが夕方に起こった。縁日に行くため、僕は恵ちゃんを迎えに行ったのだが、出てきたのは一人ではなく、美咲ちゃんもいた。

「美咲がね、どうしても一緒に行きたいって」

 恵ちゃんは苦笑いしていた。

「ゆうちゃん、よろしくね」

 二人とも浴衣を着ていて、それがどうにも艶やかで良く似合っていた。美咲ちゃんって、本当に小学5年生?でも、こうして三人で話をしていると、昔の無邪気な時代に戻ったようで、昨日までのもやもやが吹き飛んだ。だから、これはこれで良かったのだと思う。二人っきりだと、どうしてもあの男へのわだかまりが、どういう形に変化するか僕にも想像できなかったし。


 そんなこんなで、僕の中一の夏は終わった。


完読御礼!

いつもありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。




*この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。

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