第九章 酔いどれ記者 第十章 夏の日々 1
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は胡散臭い新聞記者が登場する人間模様の第9章と、第10章の一部をお届けします!
(第10章は長いためです)
では、お楽しみください。
第一章 桜の花のあと
第二章 絶対王者
第三章 グランドスラム
第四章 阿部先輩
第五章 三日月の夜
第六章 死闘ふたたび
第七章 奇跡の硬球ふたたび
第八章 クロスファイアー
第九章 酔いどれ記者 (今回はここと、)
第十章 夏の日々(ここの一部です)
第十一章 鬼柴田
第十二章 全面戦争
第十三章 池のほとりで
第十四章 決勝へ
第十五章 決 勝
第十六章 まだまだ
第九章 酔いどれ記者
試合を終えて学校に戻り、クールダウンのような軽めの練習中、久しぶりに阿部先輩がやってきた。
「今日も勝ったようね。おつかれ~」
外野の隅でランニングしていた僕らピッチャーグループのところに来て、先輩はそう言った。ちょうど僕らがひと休みしていた時だ。
「久々の登場ですね」
僕がそう言うと、先輩は僕の隣にしゃがみこんで「はぁ~」と大きなため息をついた。
「どうしたんですか?先輩」
「まあ、受験生だし、お年頃だし、いろいろあるのよ」
「珍しくへこんでますね」
「そんな時もあるのよ。まあ君には関係ないけど。で、試合の流れはどうだったの?」
先輩がそう言った時、僕は横川先輩に呼ばれた。見ると横川先輩の隣に何やらどうしょうもなく胡散臭いおじさんが立っていた。
「谷山く~ん、お客さんよ!記者さんだって」
何それ?異次元世界の人?まためんどうにならなきゃいいけど。僕はそう思って、思わず阿部先輩と顔を見合わせた。
その記者は西村と言い、あきらかに酒臭いおやじだった。何故かくっついてきた阿部先輩のもと、僕は取材を受けることになった。今日の試合や、珍しい左右投げについていくつか世間話程度に質問された後、記者は切り出した。
「おまえさんの右のフォームは、昔見た記憶があるんだが、それがどうにも思い出せない。一体誰に習ったのか、教えてくれないか」
「別に。独習ですよ」
「いや、違う。どうにも違うんだよ。中一のフォームじゃないんだよ。君のは」
「西村さん、私からいいですか?」
「ああ。記者の卵のお嬢さんか。何か知っているのかい?」
「卵じゃありません。私は記者です。その証拠に西村さんの問いにど真ん中で答えます」
「ほう」
「ちゃんと取材して調べているんですからね」
「そりゃ、すごいな」
先輩は照れ笑いを見せながら、一呼吸置いて言った。
「答えは。じゃ~ん!伝説のピッチャー、城内高校、白石龍治です!」
酒臭い記者は、一瞬言葉につまった。
やがて「まさか」とだけ言った。
「詳しくは、私の記事に書いていますから。ちょっと待っていてください。今、持ってきます」
そう言って先輩は校舎の方に走って行った。酒臭い記者は、黙ったまま僕に背中を見せていた。肩を落とし、わずかに涙を拭う様な仕草が見えた。何か、白石の親父さんと関係のある人なのかも知れない。亡くなった事も知っているんだ。それで感極まって、そんな仕草を見せているんだろう。僕はそっとしておいた方がいいのかなと思って、阿部先輩が戻ってくるまで何も話しかけなかった。
やがて先輩が今までの校内新聞を持ってくると、酒臭い記者は適当な外階段まで行って腰を下ろし、むさぼるように読んでいた。僕は練習に戻っていたのだが、読み終わったのか、再び呼ばれた。
「お嬢さん、この記事は良く書けているじゃないか。よくわかったよ」
先輩はニコニコしていた。対象的に酒臭い記者の目は真っ赤だった。
「思い出したよ。確かにあいつのフォームに似ている。あいつは俺の後輩で、くそ生意気な奴だったが、野球にかける情熱は誰にも負けていなかった。毎日毎日、そう。みんながあきれるくらい一所懸命で、がむしゃらで、誰よりも遅くまで一人で練習していた。弱小だった野球部を、俺たちの夢を、たった一人で背負って戦ったんだ。あと、ほんの一歩で甲子園に行けそうだったんだ」
その目から、涙がひとつぶこぼれた。
泣き上戸か、こいつは。僕は冷やかし半分でそう思ったが、記者の姿は真剣そのもののように見えた。
「白石の息子もこのチームにいるんだね」
「いますよ。今日、決勝点をあげたヤツです。呼びましょうか」
「そうか。いや、今はいい。谷山君、君たちに俺たちの夢を託してもいいのかい?」
僕は考えをまとめ、言葉を選んだ。
「親父さんのために。そう思うこともあります。でも、僕も白石も、僕らの夢に向かって走ります」
記者は相好をくずして言った。
「わかった。がんばれ。はいあがってこい。甲子園で待っているからな。俺にトップ記事を書かせろよ」
「はい」
「お嬢さん。今日はありがとう。おかげで、夢に向かって突き進んだ、あの熱かった夏の日々を思い出したよ」
「いいえ。どういたしまして」
「ひとついいかな?」
「どうぞ」
「記者たるもの、自分のネタを軽々しく披露してはいかんな。何か交換条件がないとな」
先輩はムッとするような、気づかされたような微妙な表情をしていた。記者はウィンクをした。
「かわりに、いつかお嬢さんが本当に記者を目指すなら、俺が力になろう。大新聞社の系列だからな。いろいろとツテはある。あてにしてていいぞ」
先輩はパッと明るい表情を見せた。
「ありがとうございます!がんばります」
「それから、谷山君。来年から軟式中学も全国大会が始まるぞ。まあ。甲子園の前哨戦のようなものだ。全国には猛者も多いが、がんばれよ」
え?そうなの?中学の軟式で全国?そんなの誰も教えてくれなかった。というより、たぶん誰も知らなかったはずだ。さすがは全国紙の記者だ。
「あ~。今日は休暇ついでに、たまたま故郷の大会をのぞいてみたんだが、君たちに出会えて良かった。ダイヤの原石をふたつもいっぺんに見つけたような気分だ。ふたりとも、はいあがってこい」
第一印象は、どうしようもなく胡散臭いおやじだった西村記者は、そう言ってさわやかに笑った。
西村記者を見送ったあと。
阿部先輩はぽつりと言った。
「不思議だね」
僕は先輩の横顔を見つめて聞いた。
「何が、ですか?」
先輩はうつむきながら答えた。
「君のことよ」
「僕のどこが?」
先輩は僕をみつめた。
「君はね、人をぐんぐん惹きつけるの。そして目いっぱい振り回すのよ」
僕には意味が分からなかった。というか、その人並み外れた行動力で人を振り回すのは先輩の方じゃないかと思った。
「でも悪い意味じゃないわ。君のおかげで、みんながやる気になるの。そんな不思議な力が君にはあるのよ。実際に田所君も氷山君もそうだし、西村記者もたぶん、その一人」
「意味がわかりません」
先輩は笑った。
「今は分からなくてもいいわ。君は君でいればいいの。そうね。君が君であるように、私は私でいたいって思うから、それでいいのよ」
ますます僕には分からなかった。混乱してすっかり隙だらけだった僕のほほに、阿部先輩はいきなりチューをした。
「あー!」
僕は思わずほほを押さえ、叫び声をあげた。先輩はケラケラ笑いながら言った。
「そんなに驚いた?約束だったでしょう。ベスト五十に入ったらって」
「そんなの冗談だと思っていましたよ」
「あら。うん、そうね。冗談だったような本当のような。本当になっちゃったけどね。じゃあ次は、ど真ん中にチューしてあげるね」
そう言って、先輩は笑った。
「からかわないでください」
僕は辺りを慌てて見回した。よかった。人気のない外階段で。誰も見ていないようだった。でも、初めて人からチューされた僕は、恥ずかしさのあまり真っ赤になっていた。
「じゃあね。私、帰るから。明日の決勝、がんばってね」
「はい」
「君が野球で頑張る分、私も新聞で頑張ろうって思うわけよ。ま、そういうことよ」
僕はいよいよ訳が分からずきょとんとしていた。
「私の場合はもうひとつ、受験もあるけどね。そうそう。夏の大会が終わったら、私は受験に専念するから、取材の方は新聞部の期待の新星に引き継ぐからね」
「誰ですか、それ」
「知っているかなあ?1年8組の田原さんよ」
「知りません」
「そうね。彼女、泉川出身だから」
「へー、吉岡と同じだ」
「そうよ。彼女は、吉岡君は知っているそうよ」
「ふ~ん」
「彼女は、言語感覚に優れていて、理路整然としているから、私の後釜にぴったりなのよ。でもねえ・・・」
「でもって何です?」
「う~ん、理路整然としすぎっていうか。まあ、いいわ。同級生のよしみで仲良くしてあげてね。決勝大会から取材に連れて行くから」
そう言うと、先輩は帰って行った。
そうか。先輩は引退なんだと思うと、ちょっとさみしい気もしたが、受験もあるし仕方ない。それよりも、明日の予選決勝だと思って、僕は練習に戻った。
練習後のミーティングで、明日は氷山先輩が来るから、僕はライトに入れと指示があった。左の怪我もあるし、ちょうどいいかもな。でも相手は中島中なのだから緊急登板もあるかも知れず、念のため明日は左右のグラブを持っていこう。
第十章 夏の日々
翌日。
予選決勝は10時開始だ。
僕らは学校に集合すると、六家先生に引率され、路面電車と路線バスに乗って市民球場へ向かった。
決勝とはいえ、みんな緊張している様子はない。今日はちゃんと氷山先輩も来ているし、僕の左手も悪くなっていなかったし、問題はない。ただ、ちょっとした不安はある。常勝伝説というものが、小学校時代の三連覇のようにプレッシャーとなっていた。一度の負けも許されないというのは誰だってきついだろう。ましてや、僕らは1年中心のメンバーだから経験、体力共に足りないのは事実だ。でも逆を言えばこういうぎりぎりの環境がなければ、心理的な修練も浅いものになるかも知れず、そう言った意味では、僕らにとってはいいことなのかも知れない。とにかく。試合前は何となく相手が強そうに見え、不安を感じるものなんだ。不思議なもので試合が始まってしまえば何てことはないのだが。そうした気持ちのムラを僕は均一にならしていかなければならない。
「谷山君は落ち着いているわね。たいしたもんだわ、決勝なのに」
横川先輩が、いきなりそう言ってきた。え?内心はいろいろあるのに、そうは見えないのか?やまちゃんが口をはさんだ。
「だから、先輩は俺らの激闘の数々を知らねぇだろうって言っただろう。これくらいで俺らはビビッたりしねぇ」
ごめん。正直言って試合前、ちょっとこわい。僕はそう思いながら思わず笑みがこぼれた。
「そうか。谷山君だけでなく、東原軍団はみんな大丈夫なのね」
「あたりまえだ。今度、先輩にはさしで詳しく教えてやるよ。おい、春木、当時のスコアブックあるだろう?」
はるちゃんは、ちょっと離れていたが、話は聞こえたらしかった。
「ああ。田村がつけていたやつがあるよ」
「今度貸してくれ、先輩に見せるから」
吉永も話に加わってきた。
「え~、三連覇した時の?私も見たいな」
横川先輩が言った。
「みんなで見るのも面白いかもね。勉強になるし」
吉永が、急に思いつたかのように言った。
「そうだ!夏の大会が終わったら、みんなで合宿しませんか?みんなでスコアブック見て、勉強して、練習して」
白石が話に入ってきた。
「面白そうだな。俺は賛成だ」
新田も賛成した。
「賛成!海の方にうちの支店のようなホテルがあるから、そこに行こうよ」
まっちゃんも賛成だ。
「小学校の時だってあったしな。同じ釜の飯を食って連帯意識を高めるって」
横川先輩が六家先生に聞いた。
「せんせい?聞いてましたよね。みんなすっかり盛り上がっているんですけど」
六家先生は、ちょっと難しそうな顔をしていた。横川先輩が念を押した。
「せんせい?いいですよね」
先生は難しい顔のまま答えた。
「そうは言ってもなあ。いきなりだろう?手続きやら、職員会議やら、校長の決裁やら大変なんだぞ」
お調子者の上田がいつのまにか来ていてごまをするように言った。
「先生、お願いしますよ。そこを何とか」
「第一、お前らの保護者が何て言うか」
やまちゃんが言った。
「ごちゃごちゃ言うやつは来なくていい」
「そうは言ってもなあ」
横川先輩が思いつきのように言った。
「そうだ!例えば夏の大会に優勝したらって条件はどうかしら。そう言えば、親だって子供に頑張らせようと思うだろうし、ごほうびって気持ちもあるだろうし、決勝大会まではじゅうぶん時間もあるし、いいんじゃない?」
新田が付け加えた。
「それに部員のうち、東原のみんなは毎年合宿やっていたから、親だって免疫あるし」
先生はあきれたような顔で言った。
「お前ら、よくもまあそんなにいろいろと思いつくな。そんなに合宿したいのか?」
その話の輪にいたみんなはもちろん、生徒BやらCやらの先輩たちも一緒に声を合わせて笑顔で答えた。
「はい!」
先生はドキッとしたようで、しばらく僕らを見つめていた。
「わかった。お前らが真剣にそう言うなら、いろいろとかけあって見よう。お前らの頑張りは先生も知っているし、校長だって知っている。ただし、優勝が条件だぞ」
「よ~し!」
何人か(主に生徒BからG)が歓声をあげた。
「さすが、ロッカー先生、ロックのハートだ!」
あまり記憶にない生徒Eの先輩が、そう言って喜んでいた。ひょんな事から、合宿の話になってしまった。言いだしっぺの吉永が楽しそうに笑っているから、これはこれでいいという気もするが、決勝前、せっかくの緊張感が台無しだと思って僕は苦笑いした。
球場に着いた僕らは、ランニングやら体操やらでアップして、中島中の練習が終わるのを待っていた。さっきまでのお祭り気分はなくなり、みんな試合へ集中し始めていた。この前勝ったと言っても、そこは勝負だ。やってみないとわからない。
10時前には両校とも予定通り試合前の練習を終え、ベンチで待機していた。中島ベンチを見ると、詳しくは憶えていないが、大体前回練習試合をやった2軍メンバーだ。中島小だったメンツは、不敵なキャプテンと番長だけ。他のあれだけ優秀な連中が、ベンチ入りすらできていない。つまり、選手の層が厚いということで、旧東原メンバー主体の一枚看板しかない泉川中とはえらい違いだ。延長や、特に怪我には注意しないといけないな。
主審から集合の号令がかかった。
試合開始だ。円陣を組んでいた僕らは、はるちゃんの音頭で恒例の声だしをやった。
「いずみかわー!」
「ファイ!よおし!」
勢いつけてホームまでダッシュし整列すると、不敵なキャプテンが、いつものように声をかけてきた。
「今日こそは、王者の地位から降りてもらいますよ」
やまちゃんが言い返した。
「ふん、万年2位のくせに」
「何だと、コラ、あ?」
番長がスゴむのも見慣れた光景だ。しかし、この品のないゴツイ番長も、金持ちのお坊ちゃんなんだろうなあ。想像できん。
「両校、静かに!」
僕らの言い合いを主審がさえぎり、そして号令した。
「これより、泉川中対中島中の試合を始める。両校、礼!」
さあ始まった。今日は一体どんなゲームになるのか。
僕らは後攻だった。
この前の練習試合と同じだから縁起がいい。またサヨナラでも打ってやろうか。そう思いつつ、僕はライトに入り、持ってきたボールを神崎先輩へ投げた。先輩はガンちゃんへ。ガンちゃんから僕へ。僕はまた神崎先輩へ。外野組では、小さな事ではあるが、僕の遠投練習のため、長い距離を僕が投げる事になっていた。野手の時、僕は右投げだ。ヨッパライもさすがにそこまでは注文しなかった。
1回表。
立ち上がりの良くない氷山先輩の、隙をつかれたようなかたちになった。先頭打者がいきなり出塁すると、2番打者が送りバント。1アウトはとったものの、中島の思惑通りだ。そして3番には、何とあの番長が入っている。彼は僕の豪速球ですら打てる男だ。
さて、氷山先輩とはるちゃんはどう攻めるのか。などと思う間もなくレフト前へ弾き返された。レフトの神崎先輩が猛ダッシュしてボールを抑えたから、2塁ランナーは3塁止まりだったのがせめてもの救いだ。しかしこのままずるずる行くわけにはいかない。1点覚悟でアウトを取りにいくのか、それとも1点もやらない構えか。ベンチからの指示はなく、代わりにと言っていいのかどうかは分からないが、はるちゃんが前進守備の指示を出した。つまり、1点もやらないということだ。と、言うことは外角低め主体で攻めるということだから、僕はややライト線に寄った。
どうしても先制点は与えたくない。でも、4番の打球は軽々と僕の頭上を越えて行った。
3ランホームランだ。
あれよあれよという間に3点とられた。
どうしても踏ん張らないといけない時に、どうしても踏ん張れないことはある。いくら天才の氷山先輩でも、そういう時はあるだろう。しかし中島相手に3点差は正直言って厳しい。喜びにわく中島ベンチが憎たらしく見えた。
ランナーがいなくなると、氷山先輩は立ち直ったかのように3アウトを取った。どうせなら、3ラン打たれる前に立ち直ってくれと僕の心の中の小さな悪魔がささやくこともある。いや、でもそれは違う。心得違いだ。
鬼監督は言った。
「4点取られたら、1点ずつ取り返せ!それが、チームワークだ」。
ならば、やってやる。僕は闘志を燃やしながらベンチに戻った。不思議と、確信があった。打てる。それは、言いようもない感覚的なものであったが、体の奥底から湧き上がるように感じていた。
1番ガンちゃんも2番まっちゃんも討ちとられ、練習試合の時より成長した中島2軍投手を前にしても、その衝動は抑えられなかった。そして、頭も冴えていた。
1球目。いける。外角低めだ。僕の読みは的中し、右足を踏み込み、逆らわずに芯で捉えることにだけ集中した。これまで体験したことのない夢の中のような気持ちの中から、「キン」という金属バットの甲高い音が聞こえた。「わぁっ」という歓声で僕がその「夢」から覚めると、打球がフェンスを越えていくのが見えた。ホームランだ。信じられないような不思議な表情で打球の行方を見ていた投手を横目にしながら、僕はバットを置いて走り始めた。僕にとっても不思議な体験だった。まるで神様が舞い降りてきて、僕に夢を見せてくれているような気がした。
ともあれ、1点は返した。反撃の足場となるだろう。すぐに返しておかないと焦りがプレッシャーとなり悪い循環になる。あと2点。具体的な目標をみんなが再確認した。4番のキャプテンは三振したが、とにかくあと2点だ。
2回表。
氷山先輩はランナーを出したものの無失点に抑えた。
「さあ、ここからだ」
はるちゃんが吼えた。僕もそう思う。試合は始まったばかりで、僕らはまだ負けていない。今回、氷山先輩はクリーンアップには入っていないが、それは少しでも負担を軽減させるためだと聞いている。だから5番先頭打者はやまちゃんだ。力みのない、いいフォームだ。やまちゃんもかなり進歩した。2−2のあと、差し込まれるような内角球に対して、脇をしっかりしめて弾き返した。センター前ヒットだ。1年前なら、無理矢理引っ張ろうとしてあえなく凡退していたところだ。それに、まだ2回なのだから大きいのを狙ってもいいところだが、先頭バッターとしての役割をも心得ていた。僕だけじゃない。みんなが着実にレベルアップしている。
6番田中は、冷静に送りバントを決めた。
7番は神崎先輩だ。先輩達の中で、4番目に信頼できる。しかし、そう簡単にはいかず、2−1のあとの外角球におよがされてしまった。
2アウト2塁。ここで、氷山先輩の登場。負担をかけないはずが、結局こんな場面に回ってくるなんて、先輩は何かそういうものを持っているのかも知れないな。というのも、真剣に勝負しなかったバッテリーの失投を見逃さずにホームランにしたからだ。相手は、ストライクを投げなかった。振ってくれたら、引っかけてくれたら、もうけものというようなボール球主体だったのに、外しきれない甘い球がきてしまったというか、きてくれたというか。やはりこんな時は、1塁は空いているし、はっきり外すべきだった。おかげで僕らは歓声をあげて先輩を出迎えた。
さあ同点だ。その後、中盤にかけて試合は落ち着き、8回に僕らが逆転した。中島1軍に比べれば、やはり2軍は僕らの敵ではなくなっていた。そして9回。僕は抑えとしてマウンドに上がった。見せる大きなカーブ、勝負のスライダー、クロスファイアーを使って、きっちりと3人で終わらせ、僕らは優勝した。
完読御礼!
いつもありがとうございます。
次回は第10章の残りの部分、決勝大会です。
どうぞよろしくお願いします!