第四章 阿部先輩 第五章 三日月の夜
いつも読んでくださる方に感謝です!
今回から少しずつ恋愛模様、人間模様が展開していきます。
「豪華すぎる女性陣」トップバッターは阿部先輩です。
お楽しみください!
第一章 桜の花のあと
第二章 絶対王者
第三章 グランドスラム
第四章 阿部先輩 (今回はここと、)
第五章 三日月の夜 (ここです)
第六章 死闘ふたたび
第七章 奇跡の硬球ふたたび
第八章 クロスファイアー
第九章 酔いどれ記者
第十章 夏の日々
第十一章 鬼柴田
第十二章 全面戦争
第十三章 池のほとりで
第十四章 決勝へ
第十五章 決 勝
第十六章 まだまだ
第四章 阿部先輩
夜。
父さんが思い出したかのように「練習試合はどうなった?」と聞いたから、僕は勝ったよと答えた。すると父さんは「硬式か?」と意味不明なことを聞いてきたから僕らは軟式だよと答えた。
「ああ、それなら2軍だな」
「何?それ」
目を丸くしている僕に父さんは教えてくれた。
「中島の1軍は硬式だ。だからよほどの事がないかぎり地元の軟式大会には出ない。県大会でもな。それより東京あたりの硬式チームと試合しているはずだ」
なるほどと思える部分が確かにあった。あれでは甲子園予備軍とは思えなかった。
「中島は、お金持ちの学校だからな。スケールが違うんだよ」
父さんは笑っていた。
実は秋季大会のあと、中島のスカウトがうちにやってきた。特待生でとのことだったが、僕は東原のみんなと野球がしたかったから、一も二もなく断った。
その後、お母さんと父さんがヒソヒソ話しているのを偶然にも聞いてしまった。
要約すると、悪い話ではないが、お金持ちにまじるのは気後れするから、勇太が断ってくれて正直ほっとしたというものだった。うちはそんなに裕福じゃない。それは僕にもわかっていた。だから僕は身の丈にあった生活を送ればいい。ただ、その身の丈を自分で伸ばすんだと思った。これも鬼監督の教えのひとつだった。できもしないプレイをしないで、できるプレイを増やすこと。うん。これでいいんだと思っていた。
それにしても、中島の1軍といい、中学校の県大会といい、世の中は僕の知らないことばかりだ。中学校でも県大会があるのなら、岩松兄弟との再戦も、近いかも知れない。
月曜日。
掲示板に校内新聞が貼り出されていて、『ご自由にお取りください』と書かれた紙の貼ってある机の上には、おそらくその新聞が置いてあったのだろうが既になくなっていた。
1面にはでかでかと「ミラクル野球部!中島中を撃破」と威勢のいい見出しが躍り、本文には氷山先輩の活躍が誉めたたえられていた。そして隅っこに期待の新星「0点男」と僕の紹介が載っていた。
ばかやろう。
褒めているのか、喧嘩売っているのかどっちだ。何もそんな紹介をしなくてもいいじゃないか。おそらく僕は真っ赤な顔をしていた。そんな僕を見つけた橋本がニヤニヤしながら近づいてきたから僕はダッシュして逃げた。新聞部と購買部は小学校にはなかった。だから僕もちょっと大人になったような気がして愛着を感じていたが、もう校内新聞なんて読まないぞ。
その日の夕方。
部の練習で恵比須顔のキャプテンが、僕らにタイヤ引き全力三十本を命じた。
このキャプテンはやっぱりおかしい。いじめじゃないかと疑ったが、キャプテンはこう言った。
「お前らは十分基礎ができているから、今はとにかく体力をつけるんだ」
まあ、いまさらながらの感じはあるが間違いじゃないから僕らは従うことにした。
「あ、言い忘れた。この前、試合に出なかった者は草むしりとボール磨きをやってからタイヤ引きをやれ。タイヤの数も少ないし、交代交代だ」
キャプテンはニカッと笑った。
あ、やっぱりちょっとはいじめだ!
思ったよりタイヤ全力三十本はこたえた。僕はタイヤ引きのあと、グランドに座り込んで一休みしていた。すると後ろから「ちょっと、君」という女の人の声がした。左右を見たが誰もいないので僕のことなんだろう。そう思って振り返ると、見慣れない女子生徒が立っていた。背丈は小柄。細身でショートカット。色白で整った顔立ち。意思の強そうな黒い瞳が印象的だった。たぶん上級生だ。
「どなたですか?」と僕はたずねた。
その女子生徒は微笑みながら言った。
「あら、思ったよりあどけないのね」
何?それ。だから何?
「練習の邪魔だと思っている?」
「いや、それはないけど」
「じゃあ、私の質問に答えてくれる?」
「いやだ」
「あら、はっきり言うのね」
「先ずは名乗ってください」
「ああ、そうね。ごめんね。私は阿部涼子。新聞部部長よ」
げ、新聞部だって。「0点男」呼ばわりした新聞部の、しかも親玉か。
「嫌そうな顔をするのね。わかりやすいわ。でも不思議ね。マウンドではあんなにクールで堂々としていたのに」
「それは、勝つためですから」
「あなた本当に1年生?どこでそんなこと学んだの?」
「先輩の質問の目的がわからなければ、これ以上は答えません」
阿部先輩は笑った。
「君は頭も良さそうね。でも警戒しすぎじゃない?」
余計なお世話だと思いつつ、僕は無言でいた。
「私はね、君を買っているの。あの試合、君がいなければ勝つことはできなかったでしょうね。氷山君じゃないのよ。ヒーローは」
そこまで言って、急に先輩は目を丸くした。そして、急にぷーっと噴き出した。え?何?そう思っていると先輩はかがんで僕の目線に降り、僕の肩を叩きながら言った。
「氷山君中心の記事だったから、あなたひょっとしてスネているの?」
「ちがいますよ」
「ごめんね。あなたが勝つためにクールなように、私も多くの人に新聞を読んでもらいたいの。だから、有名な氷山君中心にしたのよ」
「氷山先輩は、やっぱり有名なんですか?」
「そうよ。親衛隊だってあるのよ」
先輩は、急に優しい表情になり、僕の顔を覗き込んだ。僕はドキッとした。年上の女の人とこんな至近距離なんて初めてだ。ふと、いいにおいがした。
「氷山君は、君にとってどんな先輩?」
僕は気恥ずかしくなり横を向いて答えた。
「先輩は、目標かな」
「ふ~ん。さすがにもう分かっているんだね。やっぱり君も一流だわ」
僕は何て言えばいいのか分らず押し黙った。阿部先輩は急に立ち上がり、笑顔を見せた。
「今日は、まあ、ごあいさつね。取材はまた改めて。向こうで田所君がにらんでいるから。またね」
そう言うと阿部先輩は去って行った。
入れ替わりに藤岡出身の長尾がキャプテンの命令を伝えにきた。
内容はこうだ。
「俺の取材にこいと伝えろ」
ダメだ。キャプテンは。やっぱりどこかがおかしい。そんなの自分で言ってくれ。おまけに伝令なんて使うな。そんな事ぐらいで。
でも、そうは言っても新聞の力は大きかった。僕が校内を歩いていると、周りの人がなにやらヒソヒソ話をしている。知らない先生までもが、「お前が0点男か」と笑顔で話しかけてくる。あの、そこ違います。僕は谷山です。と言いたくなるが、せっかくの戦勝ムードなので黙っていた。
そんなある日の昼休み。
クラスメイトたちと雑談していると、「谷山君お客さんよ」とクラスの女の子が教えてくれた。入口を見ると笑顔で手を振る阿部先輩が立っていた。先輩は目鼻立ちの整った美人だ。クラス中がざわめきだした。
「ごめんね。急に。ちょっといいかな」
そう言って先輩が手招きするから、僕は誘われるままついて行った。校舎をつなぐ渡り廊下で、先輩は言った。
「聞いたわよ。あなた、すごい努力家なんですって?」
「誰に聞いたんですか?そんなこと」
「白石君。幼馴染なんでしょう?」
「そうですけど」
「いいわね。感動の物語になるわ。血のにじむような努力の末に中島を倒したなんて。まるで熱血まんがね」
雲の上か何か別世界に行ってないか。先輩は。
「それに、白石君の亡くなったお父さんと約束したんでしょう?甲子園。いい話よね、泣けるわ」
だから何ですかと思っていると、先輩は唐突なことを言った。
「というわけで、しばらく密着取材するから、よろしく!」
あらら、そうきたか。一方的に言うだけ言って、先輩は去って行った。何か台風のような人だな。先輩は。どっちにしても僕の練習には簡単にはついてこれないだろうな。
しかし翌朝6時前。
先輩はジャージ姿で自転車に乗って僕の家の前にいた。笑顔で「おはよー」と言った。準備万端って感じだった。今の季節は既に明るいとはいえ、女子生徒一人で大丈夫か?
「へぇー、そんな気も使えるの。中一で」
先輩はおかしな感心をしていた。
「でも心配しないで。夜討朝駆けは取材の基本だから。そんなことくらいでへこたれていたら、記者はつとまらないわ」
いや、その。記者うんぬん言う前に中学生ではないですか。僕らは・・・
「そんなことより出発よ」
そんな調子でその日一日、阿部先輩は僕を観察していた。
夜。
僕は壁当てしようと家を出た。また先輩が自転車で家の前にいた。何で壁当てまで知っているのだろう?
「白石君にも、春木君にもちゃんと聞いて調べているんだからね」
軽やかに笑う先輩。そんな笑顔を見ていると、もうどうだっていいや。
東原小のグランドで、僕はいつものように投げ込んだ。側でしゃがんで見ていた先輩は、不思議そうに聞いてきた。
「いくつか、聞いていい?じゃまにならなければだけど」
「いいですよ」
「最大の疑問。どうしてあなたのフォームはそんなにきれいなの?」
「え?そんなに意識はしてませんけど」
「いや、きれいよ。とても。流れるようだわ」
思い当たる事と言えば、あの重い奇跡の硬球を楽に投げようと努力した事。
でもあれは僕と恵ちゃんの秘密だ。あとは・・・。急にフラッシュバッグするイメージがあった。
そう。白石の親父さんだ。
僕も白石も小さかった頃、たまに見せてくれた全力投球のイメージ。
流れるようなフォームから繰り出される弾丸のようなボール。
そのしびれるような格好良さに僕は憧れた。
あれが、原点なのかも知れないな。
「なるほどねえ。ミラクルボーイの原点はそこにあった訳ね」
「だと思います」
「いい話ね。白石君のお父さんは亡くなったけど、今もあなたたち二人を導いてくれているのね」
僕は胸がつまった。
確かに、そうとも言える。僕は親父さんに憧れて、その背中を夢中で追いかけているのかもな。でも、もう決して追い越すことはできない。僕がついそう言うと、先輩は「そうね」と言った。
記者云々言ってはいても、先輩は慣れない朝練とかで疲れていたのだろう。そんな感傷的な雰囲気で、密着取材の初日が終わった。
翌朝。
学校で先輩は僕を見つけると「おはよー」と元気な声をかけてきた。
それからしばらく、さすがに朝と夜にはもう来なかったが、部の練習を中心に話を聞かれたり、観察されたりして密着取材が続いた。
いつの頃からか僕も先輩に打ちとけ、笑顔で手を振ったりしていた。
第五章 三日月の夜
新緑のいぶきを感じる頃。
中島との試合以来、姿を見せなかった監督が唐突にやってきた。
僕らはいじめのようなうさぎとびを中止し、監督の元に集まった。
「あー、みんなごくろう。今日は新しいナインを発表しようと思ってやってきた」
それも唐突だったので、みんな一様に驚いた。
横にいた東原出身の先輩に「いつもこんな感じですか」と聞くと「いや、いつもはオーダーなんてない。みんな好き勝手にやっている」と、それはそれで恐ろしいことを言った。だから今日の発表は、まだましなのだ。
「発表する。1番センター岩本。2番セカンド松村」
まあ、順当な滑り出しだ。
「3番ライト谷山、4番ピッチャー氷山、5番ファースト田所」
まあこれも順当か。僕は1年だし、控えなんだな。
「6番サード山村、7番ショート田中、8番レフト神崎(東原の先輩)、9番キャッチャー春木。控えピッチャー本田と吉岡。以上だ」
あれれ、控えに僕の名前がない。それに気づいたはるちゃんが聞いた。
「谷山は控えではないのですか?」
監督は何食わぬ顔で答えた。
「ああ。いらん。直球しかないピッチャーはな」
何?みな一様に驚いた。
「それに、右が4人もいらんだろう」
「でも、みんな谷山を頼りにしてます」
「直球だけなんて、中学以上では通用せんのだ」
「でも、この前は勝ちましたよ」
「1回は通用しても、2回目は通用せん」
さすがにキャプテンも言った。
「監督、谷山は本物です。なんとかなりませんか」
「ならんし、いらん」
そんな・・・。
僕は目の前が真っ暗になった。
「いらん」なんて、生まれて初めて言われた。心のショックが大きすぎた。
このヨッパライは一体何を言っているのだろう。
「じゃあ監督、変化球を覚えてもらったらどうですか」
「そうですよ。試しに投げたことは何度もあるし」
「谷山がいなかったら、僕らは不安です」
結局、後から分ったことだが、この時監督は、チームのみんなが僕を頼りにしすぎることを懸念していた。だからわざと憎まれ役になって突き放す言い方をしていたのだ。このままではチームは成長しないし僕もつぶれると思ったらしい。僕が大人になって初めて気づいた監督の親心のようなものだった。何故なら、と、いろいろあったが、それはまた別の機会に話すことにしよう。
しかし、この時の監督は辛らつだった。本気で憎まれ役を演じていた。
「ばかか。おまえらは。谷山は3番ライトなんじゃ。おらんわけじゃない。ワシは谷山のバットマンとしての才能を見込んでいるんじゃ。それは氷山以上だとわからんのか」
ただのヨッパライと思っていた監督の勢いにみんな呑まれてしまった。
「確かにこれから変化球も覚えられるだろう。しかしそのためにバットマンの才能を犠牲にすることはないし、ピッチャーは4人も必要ない。そこまでする必要のあるチームではなかろう」
「どういう意味ですか?それは」
「みんなも知っていると思うが、この前の中島は2軍じゃ。1軍の猛者達だったら、お前らなんかが勝てるもんか。身の程知らずが」
監督は喧嘩を売っているのか?みんなは納得できないと食い下がった。
それこそ一人を頼りにせず、みんなにやる気を持ってもらいたいという監督の思うツボであり、僕らはまんまとはめられた。みんなの熱意におれる形で、監督はある提案をした。
「わかった。ではこうしよう。お前たちの熱意を形にしてワシに見せろ。それなら谷山のピッチャー復帰を許そう」
「形ってなんですか」はるちゃんが聞いた。
「中島の1軍に勝つことだ」
驚きの声があがった。しかし相手は硬式で、地元の大会には出ないはずだ。
「今度は1軍で、きちんとした試合をと、中島が言ってきている。軟式でいいそうだ」
みんな驚きを超えてどよめいた。
中島先日の敗戦がよほどこたえたのだろう。
あれから僕もいろいろと聞いたのだが、中島の1軍は七十名を超える部員の中から選ばれた猛者中の猛者で、高等部と一緒に練習している。決して勝てないとは思わないが、途方もない目標であることも確かだ。
「とにかく勝てばいいんだな」と、やまちゃんが言った。
「そうだ。本気の中島に勝てるほどのチームであれば、ピッチャー4人は必要だろう。谷山の復帰を許す」
その日の夜。僕は力が抜けたような状態で、壁当てをしていた。まさかこんな事になるなんて想像すらしていなかった。心が重くて、体がだるくて、どうしてもボールに力が入らないから、僕はその辺に座り込んで一休みした。
ほどよく涼しい夜風にあたり、ふと見上げると今日の夜空は澄み渡っていた。
三日月はこうこうと輝いていた。
対象的に「いらん」と言われた僕の心は全くの曇り空。
僕の存在の全てを否定されたかのようで、心の中は、今にも土砂降りになりそうだった。
「よう、谷山」
白石の声が聞こえた。振り返ると白石が立っていて、ちょっとした敬礼のような手振りを見せた。
「心配するなよ。勝てばいいんだからな」
白石は僕の横に座った。すると今度は「そうだよ」という新田の声が聞こえた。
「谷山君。心配いらないよ。僕は補欠だけどできることをするから。親戚が何人か中島にいるから、手伝ってもらって色々と敵のデータを調べておくよ」
「それにな」と、今度はまっちゃんの声だ。
「確かに俺たちだっていいピッチャーが相手だとなかなか点は取れない。でも粘ることはできるし、いよいよになったら全員バントだって死球だって何でもするさ」
田中も来ていて「守備だって」と言った。
「データに合わせてきっちりポジションどりしていれば、いかに球足が速くても俺たちならきっとなんとかできる」
「もともと守備のチームだからな。俺たちは」とガンちゃん。
「だから気持ちを切らず、俺達を信じてくれ」とはるちゃん。
やまちゃんが吼えた。「俺らは負けねぇ!」。
気がつくと旧東原のメンバー全員がそこにいた。
「おもしろいね。君たちは」と、おまけに阿部先輩まで来ていた。
はるちゃんが言った。
「ちょうど1年くらい前かな。ふうちゃんがいなくなって、もう無理だって三連覇をあきらめかけた時、谷山が現れて夢をかなえてくれたんだ。だから今度は僕らが谷山の夢を守ろう。絶対勝とう。そして監督に認めさせよう。忘れるなよ、僕らは中島に絶対王者と言われたチームなんだ」
「なあ、はるちゃん。こうしてみんなが久々にこの東原のグランドに集まったんだ。あれ、やろうぜ」
まっちゃんが促すと、白石が聞いた。
「声出しか?」
「よし、やろう。気合を入れろ!」とはるちゃんが言い、僕らは円陣を組んだ。
「ひがしー!」
「ファイ!よーし!!」
僕らはひときわ大きな声を出し、みんなでハイタッチした。
三連覇を成し遂げたあの頃の強い気持ちが戻ってきたかのようだった。
翌朝。
掲示板には速報版の校内新聞が貼り出してあった。
見出しはこうだ。
「三日月の誓い。夢は現実を打ち破れるか?ミラクル野球部、中島1軍に挑む!」。
完読御礼!
ありがとうございました。
次回以降もよろしくお願いします!
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