第二章 絶対王者、 第三章 グランドスラム
がんばって読んでくださる方がおられるから、私もがんばれます!
なんか、ONE TEAMな感じですね。
さて今回は、私立の名門学校との練習試合です。
小学編では、その名門に3タテをくらわして3連覇した様子を描いていますが、復讐に燃える名門校相手に我が泉川中は2~3年生のオンボロチームが先発するという始末。
結果はむろんお粗末で、壊れかかったゲームを颯爽と登場した氷山先輩が立て直し、「絶対王者」と謳われた「旧東原」中心のチームが大逆転!
まさに「スポ根」(古!)ものの王道をいく展開です。
野球モノですから状況把握が大変かもしれませんが、グランドスラムよろしく、スカッとお楽しみください。
第一章 桜の花のあと
第二章 絶対王者 (今回はここと、)
第三章 グランドスラム (ここです)
第四章 阿部先輩
第五章 三日月の夜
第六章 死闘ふたたび
第七章 奇跡の硬球ふたたび
第八章 クロスファイアー
第九章 酔いどれ記者
第十章 夏の日々
第十一章 鬼柴田
第十二章 全面戦争
第十三章 池のほとりで
第十四章 決勝へ
第十五章 決 勝
第十六章 まだまだ
第二章 絶対王者
練習試合の日。
先輩たちは落ち着かない様子だった。前の日にキャプテンが2・3年メンバーで先発すると決めたからだ。
「こんなチャンスはめったにない。胸を借りるつもりで」
そうは言っても、そんなに甘くはないけどなあと思ったが、一応キャプテンの指示は絶対らしい。おまけに何時になっても頼りの氷山先輩が来ていない。もう一人いる2年生ピッチャーの顔色が悪かった。中島中といえば、甲子園予備軍なのだ。無理もない。
シート打撃をしている時、「全員集合」という声がかかった。まだ途中なのに何故だろうと思いながらベンチ前に行ってみると、小柄で細いヨレヨレのおじさんがいた。ジャージ姿に野球帽。真っ赤な顔に垣間見える胸板は見事な焼酎焼け。近所のヨッパライが紛れ込んだのかと思っていると、キャプテンが号令した。
「監督に、礼!」
そう。そのおじさんこそが噂のヨッパライ監督だったのだ。
まさに吃驚仰天。
どう見てもただのヨッパライだ。僕は海より深い失望を隠しつつ、監督の言葉に耳を傾けた。
「オーダーは、いつもの通り。まあ、がんばれ」
???たったそれだけ?この野球部には本当に驚かされる。そんな事で勝てると思っているのか。緊張のあまりおどおどしている先発の先輩たちの横で旧東原のメンバーは一様に苦々しい顔をしていた。せめてピッチャーだけでも・・・。
やがてやって来た中島のメンバーには、当然のように、あの不敵なキャプテンも、番長もいた。でもたった二人だけで他は知らないメンバーだ。たぶん、その多くは昨年県大会で優勝したメンバーなんだろう。中島は本気だ。さぐりなんてもんじゃない。本気で僕ら(旧東原)をつぶしに来ていると思った。
なのに何故、うちは生徒BからJの先輩が先発なのだろう。
「氷山の姿が見えませんな」と、中島の監督がうちのヨッパライに言った。
「ああ。来ておらんようですな。いつものことです」
中島は氷山先輩もマークしていたのか。確かに先輩ならマークされても不思議ではなかったが、こんな弱小野球部までも調べているなんて。僕はその時、中島の底力に驚いたものだが、あとで事情を知った。つまり氷山先輩は元々中島小のエースだった。家庭の事情で中学からは公立である我が泉川中に入ったのだ。加えて僕ら東原のメンバーが泉川に入ったものだから、中島は泉川を徹底マークすることに決めた。そんな事など露知らず、せめて野球らしくなってくれと、今は頼りない先輩たちを応援するばかりだった。
氷山先輩がマウンドにあがらないことを知って落胆したのは中島中ばかりではなかった。
いつの間にか増殖していた女子生徒の一団からもためいきが漏れていた。
そんな中でマウンドにあがった本田先輩は気の毒だ。ためいき通りの実力で、中島中に連打を浴び、1回だけで4点とられた。でも4点でおさまったのは奇跡と言っていい。田所キャプテンの体をはったプレイのおかげだった。
その裏。案の定三者凡退で、2回表。早々と2点をとられた。
氷山先輩目当ての女子生徒はあらかた帰り、試合はもう壊れかかっていた。
せめて僕ら旧東原にやらせてくれたら、こんな結果にはなっていない。1・2回の攻撃を見て分った。僕らでも十分に戦える。そんな時、中島中の監督が提案した。
「失礼ですが、彼らでは試合になりません。せめて東原だった新1年のメンバーと総入れ替えしていただけませんか」
こっちから見ると、あまりにも横柄な物言いだ。田所キャプテンも唇を噛んで、睨みつけていた。並みのプライドがあるのなら、そんな申し入れなど一蹴すべきで、監督は当然断るだろうと思った。ところが「ああいいよ」と、軽く引き受けてしまった。ダメだ。この監督は。いや監督のプライドすらない「ただのヨッパライ」だと、僕は決めつけた。僕が怒りのあまり周りが見えていない時。みんながざわめいていた。その中心に氷山先輩がいた。女子生徒の悲鳴のような歓声で、やっと僕も気づいた。
「監督。僕にまかせてもらえませんか。彼らにはまだ荷が重いです。せめてあと何回か見せてやらないと」
「ああ。きたか、氷山。お前がそう言うのなら、そうしよう」
ヨッパライはまたも軽く請け合った。まったく、このヨッパライは本当に信用できない。中島の監督も、氷山が投げるならと、ひとまず了承した。
「1年、集まれ」
僕らは氷山先輩に言われるまま集まり、先輩を中心に円陣を組んだ。
「いいか、みんな。俺があと3回は抑える。それまでに、それぞれ良く見て対策を考えておけ。6回からまかせる。おまえたちなら、十分に戦える。勝てる。絶対あきらめず、気持ちを切るな」
まっちゃんが言った。
「声出しだ。気合を入れようぜ。はるちゃん、頼む」
まだ慣れない中学名に照れ笑いを見せながら、はるちゃんは掛け声をかけた。
「いずみかわー!」
「ファイ!よーし!」
僕らは大きな声を出し、氷山先輩をマウンドに送った。
氷山先輩の投球は鮮やかだった。体重移動、腕の振り、どこにも欠点が見当たらず、そのしなやかな長身から投げおろされるストレートは驚くばかりのキレの良さだ。僕は気づいた。先日対戦した時、先輩は革靴のままだったから投げにくかったのだ。今日のような調子なら僕はホームランなんて打てない。
やっぱり、氷山先輩はすごい。
中島中の選手は、引っかけたり打ちあげたり打たされたりと、あっけなく凡退した。
6対0のまま、5回の表が終わった。氷山先輩は肩で息をしながらマウンドを降りてきた。やはり、中島を抑えるのは大変なのだろう。丁寧に組み立て球数が増えていた。
僕とはるちゃんはキャプテンに呼ばれた。
「いいか。氷山の言う通り、次からおまえらを投入する。ただし俺は1塁、氷山はレフト、吉岡をライトに使う。わかったな」
「はい!」
「準備はできているな?」
「はい!」
「よし。じゃあベンチ横でキャッチボールでもしてろ」
そこでキャプテンは急に笑顔を見せた。
「実はな。俺もお前らがどこまで通用するか見てみたかった」
このキャプテンは、悪者じゃあないんだな。
でもちょっと待て、それなら僕らを先発で使え。
危うく笑顔でだまされるところだった。
味方の攻撃があっけなく終わり、僕がマウンドに向かうと、中島ベンチからどよめきが、泉川の女子生徒からはブーイングが起こった。ヨッパライが中島ベンチに選手総入れ替えの申し入れに行った。むろん中島には異論なく受け入れられた。中島の想定するライバル校のかたちなのだ。しかも中島の監督は「今までの流れに関係なくベストの人選、ベストのポジション、ベストの打順を特別に組んでください」と要望してきた。本気で僕らをマークしているのだ。
投球練習が終わり、主審から「プレイ」の号令がかかった。おかしなかたちの練習試合とは言え、僕の、いや僕らの中学デビュー戦だ。僕は胸の高鳴りを感じつつ天を見上げ、深呼吸した。
初球のサインは豪速球ど真ん中。僕は大きく振りかぶって、第1球を、投げた。ボールは、空気を切り裂きながら飛び、快音を発してはるちゃんのミットに収まった。
場の空気が一瞬静まった。
やがて中島ベンチがどよめき出した。
小学時代よりさらに速くなっている。あの不敵なキャプテンの驚いた顔が、その証拠だ。
半年間、父さんの勧めるまま、徹底的に走り込みやウェイトをやった結果なんだ。
次も豪速球でと思っていると、はるちゃんのサインは意外なものだった。「外角低め、遅い球」面白くないなと思いながらも、サイン通りに投げた。すると面白いように引っかけてくれた。待ちきれず当たりそこなったかのようなボテボテの打球を猛ダッシュしてきたやまちゃんが捕球し、アウトをとった。
内野でボールを回すみんなも活き活きとしていて、言葉は悪いが、さっきまでまるでお粗末だったチームとは、まるで別のチームだ。
そう。僕らは「絶対王者」と言われたチームなんだ。
第三章 グランドスラム
僕の持ち球は、小学校時代と変わらない。
「遅い(ゆるい)球」「速球」「豪速球」の3つだ。
カーブを覚えようかとも思ったが、元高校球児を自慢する父さんに「まだ早い」と言われた。
「プロじゃないんだから、力で押し切れるはずだ。ストレートだけでいけるところまで行ってみろ」
鬼監督も同じようなことを言っていたから、僕は変化球を持っていない。その代わりと言っていいのかは分らないが、緩急と左右高低の投げ分けがきちんとできるように練習してきた。しかも敵に悟られないよう同じフォームで投げ分けた。正確に言うと豪速球だけはちょっと力が入るが、それもこの半年でかなり修正してきたつもりだ。小学校時代の後輩ピッチャー吉田は何で同じフォームでと不思議がっていたが、それが僕の持ち味なんだ。小学校時代、強敵たちを倒してきた、その持ち味は今この試合でも発揮されている。甲子園予備軍と言われる中島中を相手に、きちんと3者凡退をとった。
その裏。
僕らは中島中監督の言葉に甘えて基本的には東原時代の打順に組み変えた。
もちろん氷山先輩は3番、キャプテンは4番、僕が5番にやまちゃんが6番、吉岡は8番だからけっこう変わっているとも言えるが、現時点ではベストだ。
打席にはガンちゃんが入った。
当然ガンちゃんの情報を中島は持っていて、バントしにくい内角の高低を攻められていた。
ガンちゃんは大根切りもあるから、2遊間は中間守備だ。さて、ガンちゃんはどうするのかと思っていると、粘って1番バッターの務めを果たそうとしているようで、フルカウントになってもカットして粘っている。
おかげで見ている僕らもだいたいのタイミングはつかめた。
7球目。
やや真ん中に来た低めの速球をガンちゃんはすくい上げるように見事にセンター前に持っていった。
それはニヤついた男のフォームに似ていた。ガンちゃんも、この半年間で成長していた。得意のセーフティバントに大根切りアンドローボールヒッターとなれば、ますます死角のない選手になる。
その1年生の鮮やかなヒットに、ギャラリーが沸いた。氷山先輩目当ての女子生徒も再び増えていた。
まっちゃんは送りバントを決めた。ワンアウト2塁。
ここまでは、まずまずだ。
氷山先輩、頼みます。
中島中は、その小学部と違い、先発、中継ぎ、抑えの役割分担はないようだ。一人のピッチャーがここまで投げている。多彩な球種を持つピッチャーで、ここまでカーブやシュートで泉川は翻弄されていた。それは氷山先輩も同じで、なかなか仕留められずファウルで粘っていた。しかし既に6回だから、ワンアウト2塁のこのチャンスは重要だ。1点とって、反撃の足掛かりにしたい。
「1点づつ取り返せ」
そう言っていた鬼監督の顔が思い出される。氷山先輩は鬼監督の教えを受けたわけではないが、野球をする者なら誰だってわかることだ。あきらめずに1点づつ取って、流れをこっちに引き寄せるんだ。
7球粘った末、先輩の打球は1・2塁間を破った。
ガンちゃんは3塁を蹴ってホームを狙ったが、ランナーコーチの新田が必死になって止めた。それほどライトの守備が良かった。あのままなら、チーム最高速のガンちゃんとて分らなかった。
3塁上のガンちゃんは、さかんにホームスティールの真似をしてピッチャーにプレッシャーをかけていた。それはパスボールの危険性がある変化球を封印し、速球ストレートを投げさせることになり、キャプテンに狙い球を絞らせる効果はあったが、同時に氷山先輩の盗塁は難しくなる。が、
そのわずかな隙をついて氷山先輩は走った。
絶妙なスタートで、まるでピッチャーのクセを読み切ったかのようだった。
驚いたのは相手バッテリーだけじゃない。田所キャプテンも驚いて、とんでもないボール球に援護の空振りをした。
氷山先輩の盗塁は成功し、女子生徒のボルテージはあがったが、キャプテンの三振という代償を払った。
2アウト2・3塁。不思議なもので、こんな時には僕にまわってくる。
いつもなら恵ちゃんの応援が聞こえるが、今日はバスケ部も練習試合に出ているので、ここには来ていない。ちょっと寂しくもあるが、仕方ない。
盗塁の心配もないから、多彩な変化球で攻められた。
確かに落差のあるカーブには舌をまいたが、決して打てない球ではない。
何球か粘った末、僕のバットはボールをセンター前に運んだ。
ガンちゃんが生還し、1点。氷山先輩は3塁へ。泉川サイドが沸いた。
中島中は甲子園予備軍だと思っていたが、手の届かない相手ではなさそうだ。
ニヤついた男や、川上との闘いが、よほどタフだった。
そんなことを頭の隅っこで考えていると、やまちゃんが、ライト前にヒットを打った。やまちゃんは、右方向へも打てるようになっていた。これで打率もあがるだろう。思うに中島中がどうこうではない。幾多の激戦をくぐり抜けた僕らがタフになったのだ。
田中はショートゴロに倒れ、3アウトに。2点を返して6対2。まだまだこれからだ。
7回表。
はるちゃんの巧みなリードのおかげで面白いように打たせてとれた。僕は妙に落ち着いている。昔みたいに感情を表に出してもいないはずだ。半年間、部の練習が無くなった分、筋トレなど、個人的な練習を増やしたおかげで、楽に投球できている。ちなみに、朝のランニングは1時間およそ十キロ。放課後は、帰宅早々宿題やら2時間程度の勉強をやっつけて腕立てと腹筋をそれぞれ二百回。夜はいつもの壁当て。うさぎとびで家まで帰って、それからバットの素振り。日曜日は父さんと遠投。そんな毎日を送ってきた。縦横の体つきも大きくなったし、いろんな意味で充実した半年間だった。
7回裏は吉岡からだったが、三者凡退。
そうそう簡単にはいかないか。
8回表。
僕も、中島を簡単に抑えた。
投手が攻撃のリズムをつくらないといけない。鬼監督の教えだ。
その裏。
曲者まっちゃんが、ガンちゃんばりのセーフティを決めた。
3塁手は球が切れると思ったようで、ボールを捕らなかったが、ぎりぎりフェアグランドで止まった。
さて、そろそろ反撃開始だ。
3番は氷山先輩。
まっちゃんがさかんにプレッシャーをかけるから、相手バッテリーは落ち着かない様子で、やがて失投と思われる甘い球が来た。見逃さず、レフトオーバーだ。応援の女子生徒たちは悲鳴のような歓声をあげた。
ノーアウト2・3塁。「よし!」と気合を入れてキャプテンが打席に入った。
しかし気合は空回りし、あえなく三振。
女生徒の歓声がため息に変わった。
僕が打席に入ると、さっきのヒットを覚えていたのか、ちらほらと歓声があがった。
こんな時、大事なのは一発狙いではなく、次につなぐこと。
これも鬼監督の教えだ。
キャプテンはそれが出来ていなくて、力み過ぎたのだ。僕のデータを持っている中島は、当然僕の苦手な内角をしつこく攻めてきた。バットの根元に当たったものの2塁上を越え、センター前に。よし追加点だ。無理をせず確実につなぐんだ。その意思は、当然やまちゃんにもある。小学校時代、力みすぎと言われたやまちゃんではない。楽に弾き返してライトフライ。捕球と同時に、氷山先輩が猛然とタッチアップ。
ここで中島はミスをした。
さっき、うまい守備を見せたライトを信頼していたのかも知れないが、バックホームの線上に、誰もいなかった。確かに好返球だったが、そもそも間に合うような距離ではない。
僕は誰もカットできないことを早々に見切って二塁へ走った。土埃をあげてスライディングを決めた先輩も僕もオールセーフだ。泉川のギャラリーから大きな歓声。その大半が氷山先輩に向けられたものだとしても、僕はいい気分だ。やっぱり野球って楽しい。鬼監督のおかげです。素直にそう思った。
僕らはやりたいことが普通にできている。
気落ちしたピッチャーは、田中に四球を与えたものの、気持ちをきっちり入れ替えて、続く吉岡をボテボテの内野ゴロに討ちとった。
得点は6-4。
いよいよ最終回。
僕は豪速球を連発し、三者凡退を狙った。さっきの回の攻撃リズムが消えないうちに、さっさと攻撃に入りたかった。流れはこっちにきつつある。僕がたぐり寄せてやる!一人、また一人、僕は三振を奪い、3人目にはヒット性のファーストライナーを打たれたものの、キャプテンがジャンプ一番、我武者羅にキャッチしてくれた。僕は思わずグラブを叩いて吼えていた。全力でベンチに戻って来るみんなも、気合が入っている。僕らは負けない。そんな気魄が漲っていた。
9回裏。
中島はピッチャーを変えた。
打順は、はるちゃんから。頭の良いはるちゃんのことだから粘って様子を見るのかと思っていたら、なんと初球をレフト前へ運んだ。
「かわりっぱなの初球を狙え」というのも、ある意味セオリーだ。そんなことを普通にできるだけの力が僕らにはある。
次のガンちゃんはバントの構えを見せるなどして球数を放らせていた。バッテリーは警戒しすぎたようで、ガンちゃんは四球をもぎ取った。
無死1・2塁。泉川サイドが俄然盛り上がった。生徒BからJの先輩たちも興奮している。「よっしゃー」と吼え、バットを2回振り回してまっちゃんが打席に入った。それは2球目送りバントの合図だ。
その2球目。何食わぬ顔をしていた中島の1塁手が投球と同時にダッシュしてきた。
まっちゃんはバント予告をしていただけに、その動作を止められず、そのままバント。それでもファールにしようという意志は見えたが1塁線を越える前にキャッチされ、足の遅いはるちゃんが刺された。ガンちゃんとまっちゃんの高速コンビからもうひとつのアウトつまりダブルプレイは取れなかったが、それでも盛り上がりに冷や水を浴びせられた。
さすがは中島だ。
おそらくバントの合図も、はるちゃんの鈍足もちゃんと知っている。
氷山先輩の打席入りで女生徒を中心にした歓声が再び起こった。
口元には笑みを浮かべる先輩もヘルメットの奥の目は笑っていなかった。
2球ファールの3球目。
外角低めに外してきた。ということは、次は内角に勝負球が来るはずだ。
案の定内角に切れ込んできた球は、僕らも小学校時代に苦しめられた、あの、当たりそうで、ぎりぎりストライクになる大きなカーブだ。どうも中島の伝家の宝刀らしい。
やられた!
そう思った。しかし、氷山先輩は落ち着いて腕をたたみ無理せず軽やかに弾き返した。
打球はセンター前にぽとりと落ちた。女生徒の悲鳴のような歓声があがった。
やっぱり氷山先輩はうまい。
これで1アウト満塁。
外野フライでも1点だ。
キャプテン頼みます!キャプテンは気魄で食らいつき、6球粘った。7球目。奇跡が起こったと僕は思った。2塁のわずかに右。ライナー性の打球は抜けて行くはずだった。しかし僕の想像は天国から地獄。2塁手がとびついて鮮やかにキャッチした。げっ、ゲッツー?僕はびっくりしたものの、2塁手はとびついた勢いのままボールをトスもできずに転がり、その間にランナーはみんな帰塁できた。泉川サイドから安堵のどよめきが起こった。
まるで、さっきキャプテンが見せたファインプレイの裏返しだ。
まあ、いい。
とにかく僕がつなげばいいんだ。
そう言えば、こんな状況は以前にも経験がある。
そうか。
岩松兄弟だ。
彼らが「9回に点を取るのがお前の仕事だ」と真顔で言ったあの試合。秋季大会の決勝戦。あの時も中島が相手だった。
僕はそんなことを漠然と考えながら、さかんにファールして粘っていた。粘っているうちにタイミングが合ってきた。
さすがに中学生の球は小学生より当然ながら球威がある。でも、何かのまちがいのような甘い球が来た。
8球目だった。
僕はバットを振り切った。
快音とともに、ボールはテニスコートまで飛んで行った。
僕が全力でダイヤモンドを1周してホームを踏んだ時、出迎えのチームメイトから揉みくちゃにされて、ボコボコに叩かれて、蹴りまで食らった。
逆転サヨナラのグランドスラムだった。
完読御礼!
ありがとうございました。
次章以降「オンボロ野球部には豪華すぎる女性陣」と主人公が語るキャラクターがぼちぼち登場し、恋愛模様が絡み始めます!
お楽しみに!
*この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。