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3分の罠

作者: 炬燵猫

文章書きたかったんです。




 ドア越しに微かに聞こえる楽しそうな笑い声を背に、俺は冷や汗を浮かべて立ちすくんだ。


 目の前には散乱した衣類に、如何いかがわしい雑誌類。座卓の上にはスナック菓子の残骸と何時の物かも分からない飲みかけの缶ジュースが乱立している。


 この惨状を3分でどうにかしろと?





 何故こんな危機的状況に追いやられているのかを説明するには我が家を知ってもらわねばならない。


 愛知県の片隅のクソ田舎に建つ築21年の一軒家。如何にも実家の隣に建ててみましたと云う様な、趣のある日本家屋と隣合う空気を読まない洋風住宅。それが我が家。


 両隣、裏共に畑で正面は水路越しに田圃たんぼという立地上、どれだけ熱唱しようが近所から苦情が来ることは無い。


 近くの(徒歩2時間ちょい、チャリ45分、車15分)カラオケにゃんにゃんはジジババと10代に大人気な稀有な施設で、機種で棲み分けに成功している。

 フリータイムの枠は昼までには埋まってしまう程で、ロビーはお目当ての部屋を狙う人々で溢れている。

 そんな所に平然と居られるはずもない繊細なハートの持ち主、俺達は我が家のスイッチでJOYカラを楽しむのがらいだった。なけなしの小遣いをはたいて千円ずつ出し合い、無線と有線のマイクまで完備している。課金用のカードは俺持ち(3時間300円)お菓子と清涼飲料は客持ちと云うのが我が家のルールだ。



 ちなみに、延々田圃が並んでいるだけだった1本隣の県道48号には開発の波が押し寄せているらしくコンビニ、ドラッグストア、ガソリンスタンド、ファミレス、コンビニ、ドラッグストア、スーパー、ラーメン店、牛丼屋、突然スタバ、ドラッグストアと雨の後のたけのこのようにドラッグストアが建てられている。

 そろそろカラオケがと期待する度、ドラッグストアが建つのだ。団塊世代の高齢化による需要を見越すにも程があるのではないだろうか。


 にしても、あの辺に土地を持っていた人はウハウハだったらしい。

 3件隣の酒井さんも急に羽振りが良くなり引退したうちのじーちゃんを雇って丸太小屋ログハウスとロフトと窯を増築し、生ハムとプロシュートとルッコラのピッッツア(本人言)をビールと共に近所に配りまくっている。これがまたそこらの宅配ピザより余程美味しいのだ。耳まで美味しい所に石窯の力を感じざるを得ない。



 激しく脱線した。


 要はカラオケしか娯楽施設のない村の、畑の中に建つ家に良い匂いのする女子が群れでやって来たのだ。


 群れを率いているのは小学校から同じ川辺第2分団の霧島さくら。小学校までは車で10分も無いのに歩くと50分かかるので分団の奴らと過ごした時間は中々のものだ。

 さくらは中学は勿論、高校に上がってからも度々家に突撃して来たのだが、暫くするとやれ汚いだのなんだのかんだのけがらわしいだの言い始めたので出禁にしたのだ。


 が、普通にリビングで宿題をしていたり家族と夕食を食べていたりする。解せぬ。

 どうやら俺が権限を振るえるのは自室のみらしかった。


 俺は工業高校、さくらは普通の県立高校に通うことになったので、中学を卒業した時にはしみじみと別れを噛み締めた。

 のだが、週1·2のペースでおかずの差し入れを持って食卓にやって来るので、噛み締めた物の味が思い出せなくなってしまった。


 そんなこんなで高校に入ってからのさくらとの関係は微妙なものだった。


 JOY仲間の渡辺 義隆ともたかと酒向 ゆうは第2分団仲間だが、高校の友達も居る。工業高校なのでクラスに女子は2·3人。皆、ピュアでナィーブなジェノメェンなのだ。


 何故か母親が「たまにはさくらちゃんもカラオケに入れてあげなさいよ。小さい時はあんなに仲良かったのに突然可哀想じゃないの」っと言ってくるのだが、中年の(突然)のスパンの長さに愕然とする。


 悠は確実にさくら狙いだ。トイレに行って帰ってこないと思ったらリビングで母親と姉、さくらとお茶していたりする。対人スキル高杉くんだ。しかも歌が上手い。ギターも引けるので弾き語りもできる。そして歌が滅茶上手い。


 義隆は小·中と野球部で、丸刈りなのにモテていた硬派な男だ。何人かに告白されて付き合うも、手も握れず終いには振られるという悲しい過去を持つ男でもある。高校に入ってから髪を伸ばしたら、剛毛の直毛で校則ギリギリまで伸ばしても立ち上がるという気合いの入った毛を持つ、丸坊主の方がイケメンだったと噂される残念な男だ。そして声は良いのに歌は上手くない。だが声は良い。


 高校からの友達の内、今日来る予定なのは永瀬 太晟たいせいだ。チャリで7分のところに住む太晟は、クラスで断トツのかわい子ちゃんと名高い。

 制服を取り替えてあげたいと女子に大人気で昼飯も女子に混ざってテーブルを囲む、心が強いのか弱いのかよく分からない乙女系男子。ボカロ好きで早口は勿論、超高音からセリフまで完璧なフォロワー1万人を達成したnana民の両声類。それが太ちゃんだ。

 声を作りすぎて違和感はあるが歌は上手い。しかも、ハモれる上にピアノが弾けてハモリも自作できる神だ。


 今日ははこんな4人で24時間チケット(500円)を購入しカラオケ耐久レースをする予定だったのだ。


 に、しても300円=3時間 500円=24時間ってなんかいやらしくないか?


 200円で+21時間のお得感よりも-200円で-21時間の損してる感。それに見事にしてやられた俺は、実際は歌えても3、4時間なのに500円払う事5回目、やっと無駄だと気づき企画イベントでも無い限り500円を課金することも無くなった。


 皆が来るのは飯を持ち込みでの10時。何時もの様に太晟が早く来て文句を言いながらも掃除を手伝ってくれると楽観していた俺は、8時には起きていたのにやったことと言えばゴミ袋を下から持ってきたことぐらいという体たらく。しかし、部屋の壁には3世代前のダイ○ンが掛かっているので装備は十分、準備は万端とも言える。


 龍生、さくらちゃんが可愛いお友達を連れて遊びに来てくれたわよ~っと脳天気にのたまう母に心の中で何重ものツッコミを入れつつ階段から覗いたのがさっき、玄関には女物の靴×4が綺麗に揃えて置かれていた。


 混乱する俺にリビングから顔を出したさくらが告げた。


「龍お早う、今日はよろしくね、久しぶりのカラオケ楽しみ。あ、今お茶飲んでるから3分で部屋片付けてね」


 脳裏に悠の顔が浮かんだ。

 わざわざちゃんと掃除しろよとLINEして来た悠。突然小洒落た座椅子を持ち込み、芳香剤を置いていった悠。ギャレットポップコーンとマカロンを名駅まで買いに行くのだと嬉しそうに語っていた悠。

 振り返れば思い当たることが多々ある。

 俺は奴にしてやられたのだ。


 呆然と部屋に戻り、ドアの前で自失する事数秒。悠への怒りを胸に、俺は動き出した。


 口に出して悠を罵りながら中身の入った空き缶を回収。目をそむけて洗面台に流した後、コンビニ袋に纏めてクローゼットに詰め込む。1階に捨てに行くとか無理だから。

 そこら中に落ちているタオルと服を洗濯カゴに、漫画と雑誌を段ボールに詰め込んだ。点在するゴミをゴミ袋に放り込み、クッションと座椅子を叩きながらベッド上に避難させる。

 恐ろしい音のする型落ちダイ○ンをかけながら、手順を確認する。


 掃除機が終ったら勉強机とベットの下の危険物を捜索、回収。テレビ周りも気を付けよう。椅子とクッションを配置し、本棚には布を掛けるしかない。座卓を拭く工程までたどり着けるだろうか。

 いや、しかし俺は頑張った。

 こんなにテキパキと動いたことがあっただろうか。脳内麻薬の効果を実感する。


「お早よう、龍くん。女の子の靴が沢山あって、おばさんに挨拶せずに上がってきちゃったけど平気かな。今日何かあるの?」 


 おお、同士よ。お早よう、待ってたぞ。


 おずおずとドアの向こうから覗き込む太晟たいせいを招き入れ、掃除機をかけながら事情を説明する。


「悠がやらかした。一緒にカラオケする事になってるっぽい。どうしたらいい? 」


「マジか、突然だね。靴4足もあったんだけど。龍くんの部屋、広いけど8人って多いよね」


 実際、俺の部屋はかなりデカい。


 両親が見学に行ったハウジングセンターで当選し、モデルルームをそのまま移築した我が家には8畳の子供部屋が2つあった。姉が大学へ進学、一人暮らしを始めたのを期に壁を抜き16畳という田舎にしても大きな部屋を手に入れたのだ。


 掃除機をかけるのも時間がかかるが、収納も多いので助かっている。


「何も聞いてなかったけど、突然じゃないっぽい。悠が座椅子持ってきたり、芳香剤セットしたりしてただろ」


「計算ずくか~」


 ウエーブした猫っ毛を揺らしてウエットティッシュで座卓を拭く太晟。なんか余裕じゃないか?


「ちょっと掃除機変わってくれ、ヤバいの片付けたい」


「はいはい、了解」


 クスッと笑って掃除機を受け取る太晟に女子力を感じる。


 OK、テレビ周り、ベッドの下勉強机共に回収終了。出てきた物を再びクローゼットに詰め込む。


「あー、もう。後でちゃんと整理しなよ。崩壊寸前じゃん」


「後は大丈夫か? 太晟、チェックしててくれ。着替える」


 もうとっくにロスタイム入っている筈だ。俺の中では余所行きの、シャツとズボンに着替える。


「ちょ、部屋着。今すぐ洗面台に持って行って。どうせ顔も洗ってないでしょ」


「あー、洗ってくる」


 なんで彼奴はあんなに落ち着いてるんだ?


 だが助かった。1人で女子4人とご対面だったかもしれないと思うとゾッとする。


 顔を洗って戻ると、見違える様に綺麗になった部屋で太晟がクッションを整えていた。


「おー、ありがとう。助かった」


「それは良いけど、どういう予定なんだろうね。今9時半だけど、お客さんはもう来てるわけでしょ。当本人は何処にいるの?」


「それは俺が聞きたい」


「まぁ、そっか。換気して机片付けとくから、ちょっと下行って様子みて来たら? 」


 軽く言うなよ。顔だして寄ってこられたらどうする? 危険だ。


「悠にLINEしてみる」


「今更LINEしても意味なくない? 下にある現実を認めようよ。はい、行って」


 最近太晟が優しくない。


 太晟にケツを叩かれて1階に降りた俺は、リビングを避けて台所に顔を出した。暖簾を潜ると、母とさくらが料理をしていた。


 思わず文句を言おうと思っていたことも忘れて口を開く。


「朝の9時から人の家で何してるんだ」


 手を止めた母があっけらかんと言った。


「あら、もう掃除終わったの? 何時もは何時間もかかるのに、流石さくらちゃんね。何ってあんた、お昼ご飯のサンドイッチの具を作ってるのよ。食材、さくらちゃん達が全部持ってきてくれたんだから、食べる前にちゃんとお礼言いなさいよ」


楽しそうにまな板に向かっていた桜がいい笑顔で振り返った。


「龍は期限逆算しないと動かないから。焦ったでしょ? 時間の前に行ったりしないから安心してよ」


 全てはお前の手の中なのか?







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