記録八:遺跡吹き抜け部屋〜死闘
キノクニ達は緑の遺跡の中を、上へ上へと登っていました。
行きは触手によるショートカットを利用できましたが、帰りでは触手達は、何故か元気がありません。ピクリとも動かないのです。
最悪、出られないかも知れない…
そんな考えがグリモアの頭をよぎり、キノクニが天井をぶち抜いてでも脱出しようと画策する中、グリモアの鑑定眼が上に繋がる螺旋階段を発見したのです。
「きちんと所有者を定めたから、オレの力が安定したんや!"万物鑑定"に"永久記録"!今やオレはこの遺跡を鑑定したことにより、この遺跡の内部構造は隅々まで分かるで!しかもそれを忘れる事もない!便利やろ?!オレ便利やろ?!」
「わかったから黙っていろ。」
「今、わかった言うたな?!お前が珍しくわかったやて?!たはー!やっぱオレって便利なんやー!嬉しいなー!所有物最高ー!わしゃしゃしゃしゃ!」
グリモアは大はしゃぎです。道中では使えそうな薬草や、毒草なども採取しつつ、上へ上へ、また上へ。サクサクと登っていきます。
途中、道が途切れている場所もありました。
「通路の床が抜けとる…こら飛び越えられへんで…」
「私だけならともかく、今は娘がいる。…ふむ。」
キノクニはおもむろに、純白の自在斧コアトルを構え、天井に向かって狙いを定めました。
「……ふんっ!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン…
ザキンッ!
斧は天井に刺さり、そこに蔓延っていた大木の根を下垂らせました。
キノクニはそれを掴み、思い切り体重をかけますが、根はビクともしません。
「…いける。」
「は?まさかお前…いやいや待て待て。この溝めっちゃ深いで?落ちたらお前だけやなしに…」
「はあっ!」
キノクニはまるでターザンのごとく、根に掴まり溝の上にぶら下がります。
「あーあああああああああ!!嫌や嫌や嫌や嫌やオレまだ死にたくない…」
スタンッ!
溝は終わり、キノクニ達は無事に渡り切っていました。
「良し。先を急ぐ。」
「わ……な…何やもう!びっくりさせんなや!!あー!お前の所有物になっても、お前の行動にはどうしたって慣れへんわ!!」
「知ったことか…」
「冷たっ!眼差しも態度も冷たいわー!!」
キノクニは斧を手元に戻すと、構えたまま歩き出します。
どうやら何かの気配を感じたようです。
「…何かいる…」
「え?何や……確かに禍々しい雰囲気やな……この階段の上か…どうやら吹き抜けの大部屋になっとるようやが…」
「どういうことだ。」
「螺旋階段の始まりの場所や。本来ならこの上の部屋から降りていくのが正しい順番やったんやろうな。かなり大きいで。」
「何が居るか分かるか。」
「すまん…そこまでは分からんわ…」
「そうか…何にせよその部屋を通らねば地上に戻れん。行くぞ。」
「お、おう!いっちょ、かましたれ!」
「……喚かぬのか。」
「ばっ…馬鹿言うなや!…だ、大丈夫や……お前もおるしな……!!」
「そうか。」
「そうかて!ほんま反応薄いな!!」
グリモアとキノクニは声を落とし、気配を薄めつつ慎重に階段を登っていきます。
しかし、相手は明らかにキノクニ達を待ち受けています。気配を薄めようが、無駄だということは、キノクニにも分かっていました。
ついに部屋が見えてきました。
ゆっくりと登っていきます。
ゆっくり、
ゆっくり、
ゆっくりと…
ズブシュッ………!!!!
キノクニはかろうじてメールを放り出し、グリモアを投げ放っていました。
「ああああ…そんな……嘘や…嘘やあああ!!!!」
グリモアが宙をひるがえりながら見たのは、キノクニの腹が、幾重にも重なった触手に貫かれる光景でした。
「ガバァッ……!!」
キノクニの顔の無い顔は血の気を失い、腕はだらりと垂れ下がっています。足は床に着いておらず、少しだけ持ち上げられています。
口からは大量の血が噴き出し、床が真っ赤に染まります。
『クカカカカカ…!!!いい気味だなクソ野郎!!!』
グリモアが声のする方を見ると、そこにはあの忌々しい色白男を中央から生やした真っ赤な食虫花が、吹き抜けから顔を覗かせ、触手をくねらせていました。
「なっ……まだ生きとったんか……おのれはぁ!!!」
ズブシュッ!
「ぎっ……ああああああ!!」
触手がグリモアの表紙を貫きます。間一髪、宝石は逸れていました。
『すまんすまん!!!どうやらまだこの体に慣れてなくてね!!!狙いがうまく付かないんだよ!!!…ほらぁ!!!』
ズブシュッ!
「ぎゃあああああ!!」
『クカカカカカ…!!!いい声だ…!!!このまま痛ぶって殺してやろう!!!…の前に…貴様は何を寝ている?!!』
ビシュルルルルル!!!
触手が一斉にメールに向かって襲いかかります。
実のところ、色白男…今は花魔人ですが…は完璧に触手を操っていました。寸分の狂いもなく、メールの頭に向かって行きます。
「がっ…またオレは何も……メールちゃん!!」
ズパンッ!!!
しかし、触手は届きませんでした。
キノクニの手斧です。キノクニが投げた手斧が、触手を全て斬ったのです。
「キノクニッ!!」
『…ほお……まだそんな力が残っていたのか…』
花魔人の注意がキノクニに逸れます。
触手を引き寄せ、キノクニの苦悶の顔を見ようとした花魔人は悲鳴を上げることになりました。
『きゃあああああ!!なんだこれは…穢らわしい…顔無しの部族とは!!』
触手をブンブンと振り回し、花魔人はキノクニの体を揺さぶります。
その度に触手が、しっかりと食い込んでいきました。血もドバドバと溢れ出します。
「やめえ!!それ以上痛ぶって何になるんや!!やるんならオレからやれえ!!」
『…クカカカカカ…!!!そんなにこの男が大事か…!!!汚らしいグリモアと、穢らわしい顔無しの友情とは…!!!その友情に免じて、離してやろう!!!』
花魔人はグリモアの真上にキノクニを持ってくると、ズブリと鈍い音を立て、触手を引き抜き落とします。
「しっかりせえ!!キノクニ!!オレが受け止めたるから…」
ズバァッ!!
「なっ……」
グリモアに大量の血が降り注ぎます。まだこんなに残っていたのかと言うほど、大量の血です。
「き……きさまはあああああ!!どこまでやれば気がすむんやあああああ!!!」
『クカカカ!!!最後までだよバァアアアカ!!!』
キノクニは再度貫かれ、グッタリと体全体から力を失っています。
あれ程力強く、無双だった男が、見る影もありません。
『さあ!!!貴様の魂が尽きる前にその体から引き剥がし!!!僕の糧としてやろう!!!誇れ、顔無し!!!』
花魔人がキノクニの魂を引き抜くため、ググッと顔を寄せた時でした。
ガシッ!!
キノクニの手が花魔人の顔に伸び、しっかりと捕まえたのです。
『なっ……なんだと?!?なんだこの力…ぐっ…引き剥がせんっ…!!!』
キノクニはゆらりと顔を上げ、目だと思しき場所で花魔人を睨みつけます。
「蘇って尚、やかましい声だ…舌だけは達者に回るようだが…言ったはずだ。戦闘中にしゃべくるなど、愚の骨頂と。」
『ぼっ…僕の声を馬鹿にするなぁぁあ!!!それにおまえこそしゃべってるじゃねぇかあああ!!!』
花魔人はじたばたともがきますが、ビクともしません。
「それは、もう戦闘が終わったからだ。」
『何ぃ?!!なにを言っ…』
「ふんんんんぬああああああああ!!!!」
メリメリメリメリメリメリメリメリメリメリィ…!!!!
キノクニは花魔人の顔を思い切り引っ張ります。力の限り、力のままに。
『ひぎゃあああああああ!!!ああああああああ!!!きゃああああああああああああ!!!』
顔は元あった場所からグニャリと伸びきり、今にも剥がれてしまいそうです。
メキッ…メキキッ……メキャッ…!!
ベリィッ…!!!!
『あっ…かっ……かかっ…か…お…』
「顔は存在の証明。それを奪われた貴様に、存在する価値は既に無い。」
花魔人の顔はついに剥がれ、今度こそ体は崩れ出しました。食虫花と共に。
__僕はワイズリー・ブォイス!!!魔王様!!!何故僕を捨てたのですか!!!__
そして剥がれた顔から、花魔人…ワイズリーの魂が這い出し、語り始めます。
彼の過去を。
__魔王様は僕を音魔法のマイスターとしてお造りになった!!!
音魔法を使う幹部となるはずだった!!!
しかし魔王様は…!!!うるさいというただそれだけの理由で僕を捨てた!!!
………魔王様!!!僕は秘薬を作ります!!!声が永久に小さくなる秘薬を!!!
その為にはどんな下等生物とも話しましょう!!!
どんな苦難も耐えましょう!!!
お…音魔法すら…捨て…捨てましょう!!!
だから…捨てないで!!!魔王様ああああああ!!!__
「知ったことか。我らは皆、最後は1人で死んでいく。貴様は魔王などに縋らず、生きる理由を探すべきだった。」
ガバァッ…
キノクニの口が、これでもかと言うほどに開かれました。
そして、剥がした顔を丸呑みにし…
ゴクンッ。
呑み込んでしまいました。
この時完全に、ワイズリーの存在は消滅したのです。
音の魔法はわずかなカケラとなり、キノクニの物となりました。
「…ふうぅぅぬ……ぬぅうあぁ!!」
そしてキノクニは、触手が完全に消滅し、血が噴き出してしまう前に、穴が空いた腹に力を込め、メコメコと肉を盛り上がらせ、塞いでしまいました。
禿鷹男との戦闘の際、斧に斬り込まれた肩の回復といい、今の異常な回復といい、これもキノクニが、過去に食べた顔から手に入れた力のカケラでした。
「ふーーー……。」
「…ええええええ!?そんなんありなんかああああああああ!!!!」
グリモアはあまりの驚愕に声を荒げて叫びます。
「マジかまじかまじかまじかまじかマジかあああああああ!!!なんやお前!オレの心配と焦りを返せや!!てかなんなんさっきの?!?!のっぺらぼうってあんなんなん?!?!ちょっ、マジでお前1回鑑定させろ!!!頼むから!!なあ!!なああ!!!!」
「今の私は、私が1番分かっている。その必要は無い。私が知りたいのは私の過去のみだ。」
「なんやそれ!なんやそら!やったら所有契約結ぶん待てば良かったわ~!もうお前の言うことに逆らえへんやん!!なんやもう!めっちゃ気になる!気になるでぇ~!!!」
「やかましい。」
グリモアを貫いていた触手が消え、徐々に遺跡中の触手も溶けていきます。光が差し込み、視界が開けてくると、遺跡のなんと美しいことでしょう。
淡い緑の石材が、光を反射し、輝いています。
通路を塞いでいた触手も消え、吹き抜けの部屋と遺跡の入り口が一本道で繋がっていたことが分かりました。
これならもし再び薬草が必要になったとしても、苦労することは無くなるでしょう。
「村に戻るぞ。今日中にな。」
「ええっ?!もうお日さん昇っとるやん!!昨日の夕方に入ったから……12時間以上は経っとるで?!寝らんでええんか?!」
「問題無い。」
「どんだけハイスペックやねん!!」
キノクニはメールの側に落ちていた斧を拾ってしまい、メールの様子を軽く見ます。
どうやら傷も無く、無事なようです。
キノクニはそっとメールの額を撫で、おぶり直してしっかり結び付けます。
「…良し。」
「よしゃ!案内は任しとき!最短で村に帰らせたるわ!!わしゃしゃしゃしゃ!」
遺跡を出てすぐ、グリモアが口を開きます。
「…でもなぁ、捨てられたく無い言うてたあの男の断末魔…あの気持ちだけは、なんとなくわかる気ぃがしたわ…あいつは許せへんけどな。」
「…死者に、それも敵に対しくだらん感傷を抱くな。それはやがて重荷になり、薄っぺらい本などすぐに潰されるぞ。」
「だっ…誰が薄っぺらいんや!!潰されへんわ!!」
食虫花は白い花びらとなり、遺跡の中を舞い踊ります。
その花弁は永久に消えること無く、緑の遺跡を哀しげに、永遠に飾り続けるのです。
緑の遺跡は、白緑の神殿と呼ばれ、メールの村を含めて、薬草の名産地となるのですが、それはキノクニとは関係の無いお話です。
キノクニ達は歩きます。メールの村へ向かって、一歩ずつ、気を抜かずにゆっくりと確実に。
行く手には、昇る朝日しか見えませんでした。
夜が明け、明るい道しか。
続きは次回のお楽しみです。