記録四:緑の遺跡内部にて
緑の遺跡の扉の前で、メールとグリモアは棒立ちになっていました。
正確には、グリモアはメールの腰のホルダーにぶら下がっていましたが。
「キノクニさん…追わないと…!」
「ちょい待ち!…ほんまに大丈夫か?正直あの触手、オレも知らん奴やったで。鑑定したんやけど、触手だけでレベルが3もあった。バケモンや。ほんまもんのな。」
「レベルって…なに?」
「ああ、そうか。知らんよな…レベルっちゅうんは生物や道具なんか、あらゆるもん全ての総合力を表す数値や。1から10まであるんやけど、あの触手は3。昨日までただの村娘やったメールちゃんに、敵う相手とちゃう。ここは大人しく村に帰った方が…」
「…ダメよ。キノクニさんが言っていたもの…"目的を果たせ"って…」
メールは引きずり込まれる直前、キノクニが放った言葉を思い出していました。そして同時に、この遺跡までの道中でキノクニから教わった数々のことも思い出していました。
メールは今やただの村娘では無く、戦士だったのです。キノクニには及ばない、卵の状態ではありますが。
「………大丈夫よ。いける。見つからなければ良いの。グリモアさんは暗闇でも鑑定できる?」
「ああ…そらできるけど…」
「夜目が利く…なら大丈夫…見つからずに移動できるわ。」
「本気か?!…かぁ~!キノクニに悪影響受けとるがな!!…分かった。危なかったらオレが逐一知らせたる。でも、本気で死ぬ思たらちゃんと逃げえよ。ええな?」
こうして、メールとグリモアは意を決し、遺跡に入って行きました。果たして、あの触手はなんなのでしょうか。薬草は見つかるのでしょうか。
キノクニは無事なのでしょうか。
様々な思惑を胸に、1人と1冊は前に進みました。
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遺跡の中はそこら中を草木が埋め尽くし、息苦しいほどでした。
窓も無く、所々にある燭台にも、火が灯っているはずも無く、メールが思った通りの真っ暗闇です。
しかし、時々光る果実を付けた木々のお陰で、それほど暗いわけでもありませんでした。
「…その先十字路やで。気いつけや。触手が右の道の先に待ち受けとる。避けるんや。」
「うん。」
メールはグリモアの忠告を受けつつ、部屋や道をしらみつぶしにして行きました。
しかし、進めど進めど、薬草もキノクニも見つかりません。
「薬草の反応はあるんやけどな…おかしいなぁ…」
グリモアも、ない首を傾げている始末です。
探索も行き詰まり、休憩することにしました。
安全そうな小部屋を見つけ、腰を下ろします。
「…ねえ。グリモアさん。聞いてもいい?」
「おう。ええで。なんでも聞きや。」
「キノクニさんとグリモアさんは、何を探してるの?」
「…そうか。気になるか。オレはな、他のグリモアを探してんねん。」
「他のグリモア…?…グリモアさんはグリモアさんでしょ?」
「それがちゃうねんなー。オレ末っ子やねん。"グリモア10号"やて。けったくそ悪いやろ?誰が好き好んで10号になるっちゅうねん!最悪や!」
「そうなんだ…でも、それと他のグリモアと、何が関係あるの?」
「オレは"唯一のグリモア"になりたいねん。その為には他のグリモアを吸収せなあかん。そうすればオレは今よりもっと強く、知的で、ナウくて、イケメンなグリモアになれるんや!…くぅ~!考えただけでワクワクすんで~!」
「…兄弟を、殺すの?」
「殺すんとちゃうよ。吸収するんや。まぁ、そのグリモアの自我は消えるけどな。」
「それ…キノクニさんは知ってるの?」
「知っとんで!最初に言うたさかい。まぁ、聞いてたかどうかは知らんけどな!オレはアイツの目的を果たす手伝いをする代わりに、手伝ってもろとんねん!まぁ…オレが自分で動けるようになるまでやけどな。」
「ふぅん…で、キノクニさんは?」
「アイツか。アイツはアレで不憫なやっちゃで。アイツは自分の故郷を探しとんねん。…何せアイツには記憶が全く無いからなぁ。」
「記憶が無い…?…どう言う事?」
「アイツは気づいた時には、とある都の路地裏に泥まみれで倒れとったんや。起きたらビックリ、記憶も無ければ顔も無い。のっぺらぼうが水溜りに映っとった。そっからはもう、悲惨やで。他人に恐れられ、誰にすがる事も出来ず、石を投げられ兵に追われ、時には血塗れ糞まみれ。奴隷商に捕まって、闘技場で殺し合いをしとったこともあるらしい。ま、"グリモアの力"で調べただけで、直接聞いたわけちゃうけどな。」
「え…いいの?それ…」
「ええねんええねん!アイツは知らんし、仮にも持ち主である男の事は、ようけ知っとかんとグリモア失格やからな!…ほんで奴は四六時中、それこそ寝る時や食事の時でさえ、顔も無いのに顔を隠して生きて来た。様々な修羅場を潜り抜け、強く、しかして孤独になりながらな。…そんなある日や。アイツが冒険者ギルドの日銭稼ぎをしに、ここより遥か遠くの土地で護衛をしとった時、運命の出会いを果たすんや。」
「それが…グリモアさん?」
「そや。アイツは自分の素性、記憶、故郷…それらを求め、可能性のある情報を片っ端から集めとった。もちろん、グリモアについての言い伝えもな。」
「グリモアの言い伝え?」
「"それを手にすれば古今東西あらゆる知識を手にし、賢者にも魔王にも英雄にもなれる魔法の書。それを人はこう呼ぶ…グリモアと__"……キノクニは最初の、"あらゆる知識"を求めたんやね。自分しかいない、のっぺらぼうについて調べる為に。」
「そうなんだ…」
「しかし、苦労して見つけたグリモアはなんと、末っ子で役立たずのすかんぴん。あらゆる知識など得られるはずも無い。…せやからオレは提案したんや。"他のグリモアを探して吸収させてくれれば、お前の望むことはいくらでも教えてやるわ"ってな。」
「悪魔の取り引き…」
「悪魔ちゃう!魔法書や!…ま、そんな訳で、オレのようなナイスガイが、あんな無愛想無双バケモン男と旅しとるっちゅうこっちゃ。以上、グリモアちゃんの、素敵な昔話でした!」
「わたしより…よっぽど大変な人生を送って来たんだ…キノクニさん…」
「んなもん比べたらあかん!辛さの尺度は人それぞれや!オレに言わせれば記憶がある分、メールちゃんの方が何倍も辛い!キノクニはええねん!何やかんやで生きとるんやさかい。」
「…グリモアさんは優しいね。キノクニさんとは違う優しさ。分かりやすくてあったかい。」
「…キノクニが優しい言うんか?」
「うん。グリモアさんと違って分かりにくいし、冷たいけど、強すぎる日差しの中の木影みたい。わたしを気にかけてくれるし、目を配ってくれる…キノクニさんも優しいよ。」
「そうかぁ?アイツむっつりやねん。絶対スケべやで。スケベ。」
「でも…わたしには興味無いってさ…」
「はぁ?!あのアホなんちゅう失礼な…てか待って、いつの間にそんな話したん?え、メールちゃんアイツに惚れてんの?」
「…分かんない。」
「ええええ!それ惚れてるやん!絶対惚れてるて!いやいやいや!なんでなん?!アイツ顔無いねんで?!つるっ禿げやで?!無愛想やし、なぁーんの面白味も無いむっつりスケベやで?!惚れるならオレにしとき!おもろいしイケメンやで!?なあ!」
「だから…分かんないよ。…昨日会ったばかりだし…最初は恋なのかなって思ったけど…もう。グリモアさんうるさい。少し黙って。」
「かっ…!メ…メールちゃんまでそんな扱い……?!」
「…ふふっ。冗談よ。まんまと引っかかったでー。…使い方合ってる?」
「………もう!なんやそれ!可愛い過ぎやろ!いけずやなあ!!」
メールはキノクニの過去を知り、昨日まで悲劇のヒロインの如く生きて来た自分を恥ずかしく思っていました。また、キノクニのことをよく知れて、良かったとも思ったのです。
話を終え、そろそろ探索を開始しようかという時、グリモアが何者かの気配を察知しました。
「気いつけや。これは…キノクニでも触手でも無い……こりゃ…魔族か?…」
カツカツと音を立て歩くその者は、メール達が潜む小部屋に入って来ました。
「…バレたの……?」
「しっ!黙っときぃ!…まだ分からん…」
カツン、カツン…音は部屋の中をくまなく探し回ります。
しつこく、丁寧に。
カツン、カツ、カツカツカツ…
音はやがて遠退き、聞こえなくなりました。
「………行った?良かった…」
「見つけたあ!!!!」
「きゃあああ!!」
遠退いたのは音だけでした。足首から先が無い、痩せた色白の男が影から飛び出し、メールの腕を掴みます。
「止めて…離して!!」
「どうやって入った!?!泥棒猫め…それはグリモアか?!?なんとおぞましい負の遺産!!!それの入れ知恵か!!」
「誰が負の遺産やねん!叡智の結晶やイカ男!」
「しかも話すタイプ…!!!汚らしい言葉だ!!!燃やしてしまおう!!!」
「汚らしい…?!お、お前言うてはならん事を言ったな……食らえ!"グリモア砲"!!!」
ギィィィイイイイン!!!!
グリモアは他者の頭に直接語りかける魔法の書です。それを利用し、色白の男に大音量の超音波を流し込んだのです。
「がっ……!!!」
ドサッ!!
色白の男は、たまらず倒れてしまいました。
「ふんっ!見たか聞いたか!オレの力を!これがグリモア様の実力やー!さ!メールちゃん!今のうちにに逃げよ!!」
「………」
「メールちゃん?….あ!しまった!メールちゃん!メールちゃん!」
ドサッ!!
メールもまた、倒れてしまいました。超音波を頭に流し込まれたからです。犯人は他でもありません。グリモアです。
「おい!おい!メールちゃん!ちょっ、コントやないんやから!ごめん!ほんまごめん!アカン、ツボりそうやけど申し訳無さ過ぎて笑われへん!気持ち悪い!なんや気持ち悪い感じや!」
「………やってくれるなぁ…!!!…グリモア如きがぁ…!!!」
「お前は起きるんかい!!」
色白の男はいち早く目覚め、頭をさすりつつメールを抱え上げます。
「このっ…!離せや!必殺…」
「"クワイン"」
「むぐっ…」
色白の男は、グリモアに魔法をかけました。沈黙の魔法です。
メールとグリモアは、とうとう捕まってしまいました。
一体どうなってしまうのでしょう?
グリモアも黙り、沈黙が戻った遺跡内には、触手のうごめく音と、カツカツという足音が、ただただ響くのみでした。
続きは次回のお楽しみです。