記録ニ:娘との問答
ここはセンジュの樹海の奥地です。魔物や獣の住処の真っ只中に、焚き火を囲む男と娘と本が一冊。何やら問答を繰り広げていました。
「村へ戻れ。小娘。」
「だから…わたしの頼みを聞いてください!お礼は必ずしますから!」
「なあ。聞いたりーや。なあ。ええやん別に。頼みの1つや2つぐらい。なあ。なあて。なあ。」
「やかましい…黙れ…」
男はうんざりした様子で本にマントをかぶせます。
「無駄や無駄や!オレの声はお前の頭に直接響くんやで!オレを黙らしたいなら、燃料にでもするんやな!まぁ、でけへんやろうけど!…おい、嘘やろ。やめろや。なあ。おい!冗談…わちゃちゃちゃちゃちゃ!!ごめん!ごめんなさい!もう言いません!やめてぇえ!!」
男は無言で松明を本に近づけます。本はたまらず、悲鳴をあげ、謝罪をしますが、男は構わず近づけ続けます。
「わかった!黙る!黙るからやめて!……はあ、はあ、はあ…は~。これ焦げたんとちゃう?なあ、嬢ちゃん。焦げてへん?」
「え?あの…そう言われてみれば少し黒くなっているような…」
「やっぱりやー!なあ!嬢ちゃん、フーッてして!フーッて!」
「えっ?…ふ、ふぅー。」
「あー!ええわ!むっちゃええ!癒されるわ~!どっかのブ男とは大違いやで!」
「黙るのでは無かったか?」
松明責めをやめていた男でしたが、再び松明を手に取ります。
「分かった分かったて!…でもほんまに、聞くだけ聞いてもええのんちゃう?村までまぁまぁ離れてるし、こんまま突き放すわけにもいかんやろ?」
「私は知らん…」
「お願いします!どうか…話だけでも…」
「………」
「ええでええで!嬢ちゃん、心行くまで話したり!オレ、嬢ちゃんの声聞いてるだけでも癒されるわー!むさ苦しい男2人旅に吹く、一陣の清風やでー!」
「は…はい。…お2人が言う村とは、わたしの故郷、キコリ村のことですよね?」
「せやで!」
「…」
「わたしはキコリ村の村長の孫娘なんです…」
「ほえー!道理で育ちがええ訳や!村長令嬢やった訳かー!…あれ?でも、そんな令嬢がなんで1人でこんな森におんねん?」
「…わたしには両親がいません。わたしを産んですぐ、母は死に、父も森でゴブリンに殺されました。わたしにはおじいちゃんしかいません…でも、そのおじいちゃんが…病気に……」
「病気やて…どんな病気や…?」
「……ゴブリン熱という病気です。ゴブリンの糞尿や、爪、唾液に含まれる菌から感染する魔物病…」
「知っとるで!皮膚がだんだん緑になって、ブツブツができ、だんだん体が縮んで熱を発する。最終的に高熱と共に死に至る病気や。確か薬で治るはずやけど…」
「はい。その薬が緑の遺跡にあるのです。」
「成る程なあ…それで嬢ちゃんはたった1人樹海の奥に…」
「どうか…どうかお願いします!薬を取りに行くお手伝いを…いえ、せめて遺跡まで一緒に…邪魔はしません!自分の身は自分で…」
その時、男は剣を抜き振りました。
娘の首目掛けて。
「ひっ…!」
剣は首を斬るほんの数㎜手前で止まっていました。
「今のが見えたか。」
「い…いいえ…」
「ならばどうやって自分の身を守る。」
「そ……それ…は…」
「今のはゴブリンの剣捌きと同程度だ。それも並の。どう守る。」
「そ…そんな…だって急に…」
「魔物はいつも急に現れる。気を抜けばすぐさま襲われ、奴隷よりひどい扱いを受ける。お前はそれを身を持って体験した筈だ。違うか。」
「…」
男は剣をしまい、焚き火をつつき火を調節します。
娘の体は先程のゴブリン達を思い出し、震えていました。
「でも……おじいちゃんを…」
「確実に救いたいのならば、何故1人で来た。何故誰にも頼まなかった。」
「だって…村の人達は全員おじいちゃんを見放して…!…」
「ならば何故お前はそうしない。」
パシッ…!
娘は思わず立ち上がり、男に向かって平手打ちを放っていました。
しかし、男は微動だにせず、娘の手を受け止めていました。
「できる訳ないでしょう?!おじいちゃんを見放すなんて!!おじいちゃんしかいないの!!わたしには…!!」
「だから森に入ったのか。弱く無力な癖に。」
娘は腕を振りほどき、座り込みます。肩から掛けられていた毛布を外して。
「分かってる……無力なことなんて…あなたに渡せるお礼があるなら…とっくに冒険者ギルドに頼んでる…でもお金がないの!!…あなたもどうせわたしの体目当てで助けたんでしょう?!村の下品な男達と同じで!!」
「違う。」
「じゃあなんで助けたのよ!!」
「…ごめんなぁ…嬢ちゃん…オレが頼んだんや…オレやと嬢ちゃんに毛布掛けたることもできん…せやから落ち着いて…毛布をかぶって…なあ?」
「……ううっ…」
娘は払った毛布をかぶり、嗚咽を漏らし始めます。男は構わず、火をつついています。
「分かってる…おじいちゃんが死ねば、次の村長は別の人…わたしは若くて村長には向かない…だから誰かが毒を混ぜたんだ……逃げようとしたわよ…でも、おじいちゃんは聞かなかった。村の長の責任があるからって…」
「…嬢ちゃん…」
「お前は子供だな。」
「…」
「祖父は分かっていた。誰かがその座を狙っていることを。それでも逃げなかったのは、お前を守る為。お前は村から出ればすぐに死ぬだろう。もちろんお前の祖父も。どちらも弱い存在だからだ。」
「な…」
「おい!いくらなんでも言い過ぎと…」
「だから祖父は死を覚悟してでも村に居続けたのだろう。自分が死んでも、孫娘である貴様を守れるように。お前はまだ若く見た目も良い。祖父が死ねば引く手数多だろう。それを見越していたのだ。」
「…」
「お前の祖父は戦士だ。戦場にこそ出ぬが、立派なな。それに比べてお前は子供だ。…服の切れ端を見た。碌な装備も無しに、武器も短剣のみ。己が無力を知っていると言ったな。では何故あのような軽装で来た?金がない?ふざけるな。祖父を救いたいならば、体を売ってでも救いを求めろ。お前には余りに覚悟がない。祖父を救う資格もない。」
「…体を…売れって言うの…いいわ…やってやる!」
娘は毛布もろとも男に掴みかかり、そのフードを取りました。唇を交わらせるために。
男は抵抗できたにも関わらず、抵抗しませんでした。娘の体が目的だったからでしょうか?
「ひっ!…顔が…無い…?!」
「これが私の正体だ。ゴブリンと同じ異形の姿。これを見て尚、私に体を売れるのか。尚、私を頼るのか。」
「……う…売ってやるわよ…それが…それが覚悟なんでしょう!?」
娘は顔を男に近づけ、唇を交わそうとします。
しかし、顔はまんじりとも動きませんでした。
男が娘の頭を押さえていたからです。
「…分かった。」
「…え…?」
「いざとなれば己が身も構わぬ。何より祖父を救う為…それがお前の武器だ。覚悟だ。娘。」
「え?…え?…」
「遺跡には薬があるのか?本よ。」
「…ああ。ある!薬そのものや無しに、薬草やけどな!ぎょうさんあるはずや!ありゃ食べても美味いで~!」
男は体に乗っていた娘を抱え、そっと地面に降ろし、毛布をかぶせます。
男は娘の覚悟を試したのです。
「え…なんで…わたし…まだ何もしてない……」
「覚悟が分かった。覚悟が無い者に借す手など、私には無い。だが覚悟がある者には…戦士、我が同胞にならば…私も手を借す。お前は私に覚悟を示した。方法はどうあれな。」
「それじゃ…手伝って…くれるの…?」
「薬を探すのはお前の仕事だ。私は私の目的を果たす。お前が私について来る来ないは勝手だがな。道中の援護ぐらいならば引き受けよう。もちろん、村に帰れば報酬も貰う。」
「あ……は…ひっ…ひいいぃぃん…」
娘は泣いてしまいました。悲しいからではありません。安心したからです。
この#男__ひと__#について行けばきっと大丈夫…そう思ったからです。
「なーんやもー!けったくそ悪いなー!最初から手伝うて言うたれやー!素直や無いんやからもー!泣いてしもてなー!可愛そうにー!」
文句を言いつつ、本の声は喜色に満ちていました。ひどいとは思いつつも、男の言うことは正しいと思っていたからです。また、そんな正しい男に、無自覚な誇りを抱いていたからです。
本はいつにも増して饒舌でした。
「そうと決まれば自己紹介や!オレの名前は"グリモア"!好きに呼んでくれな!そしてコイツが"キノクニ"!なんや変てこりんな名前やけど覚えたってな!…おい!松明を降ろせ!冗談やて!…ほんまシャレの分からんやっちゃで…ほらほら落ち着き!飴ちゃんやろか?飴ちゃん。おい!飴ちゃん出したれや!…せやから松明降ろせって!」
「ひっう…ひっく…キノクニはん…にぃ…グリモア…はん…よろひく…おねがい……しまっ…すぅ…ひっく…ぶえぇ…っく…」
「これは軽鎧だ。胸当てと前当て、それと籠手だ。短剣は腰ベルトのホルスターに刺しておけ。取りやすい位置にな。髪は束ねて丸めておけ。戦闘に邪魔だ。済んだら食べて寝ろ。明日の朝、日の出と共に出発する。」
「は…はいぃ…」
娘は泣きつつ装備を整え、干し肉と乾パンを食べると、すぐに寝入ってしまいました。
目的は成し遂げていないと言うのに、安らかな寝顔でした。
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「なあ。ほんまは最初から、助ける気やったんちゃうん?」
「…」
時刻は夜更け。
男…キノクニは大木の木の枝をナイフで削っていました。
弓矢を作るためです。娘の手を握った時に、弓矢を使う者独特のたこがあるのを、キノクニは見逃していませんでした。
「それ、嬢ちゃんのためのヤツやろ?ほんま隅に置けませんなー!」
「…」
「しかしボスゴブリンに素手で殴りかかる言うた時は、アホかコイツ思たけど、まさかあんな技があったとはなー。お前、マジで無敵なんちゃう?」
「…無敵ではない。」
「いやいやいや!このグリモア様が見込んだ男やさかいなー!無敵やで!向かう所敵なしやでー!なあ!わしゃしゃしゃしゃ!」
「やかましい…もう黙れ…」
こうして、キノクニの木工の音と、一向に黙らないグリモアの喋り声が響く中、樹海の夜更けは過ぎていきました。
続きは次回のお楽しみです。




