久野咲一陣試験前日9月1日夕方の話『少女の自己嫌悪と少年の呆れ』
お久しぶりです。
この回から大きく展開が変わるという事で、長く時間を掛けました。
やっとこさ投稿出来たことに感謝です、全ては三連休のお陰。
今日は9月1日、誉さんの事情聴取も終わり、日が暮れてきた、仁は寝たきりで2日も寝た事になる。
出ていった病室に戻ると仁は寝ていた…お医者さん曰く、精神的に疲れたのだろうと。ボクは病院の庭園で黄昏ていた、ここは鹿威しと光の差し込み方が丁度良くて幻想的な雰囲気だ。
病院の浴衣は素材がいいのか水気を含んだこの場所は滑らかな布に冷たい湿気で相性がいい。
浴衣は薄緑の生地に橙色の花の模様が印象的。
鹿威しを見て思わず溜息をつく自分に、何をここでのんびり涼んで楽になっているのだろう?少し嫌になる…大切な友人、自分を好きになってくれた友人。
頼りになる友人、ボクを守ってくれた友人。
「どうして、もっと上手いやり方があった筈なのに…キミは二手も用意してたのにね。」
今回の様に馬車に無理をさせて逃げるやり方、そして、あのえげつない札の二つ、キミは、本当に頼りになる。それに比べて自分は…ボクは…
自分の手を見て涙に打ちひしがれる、彼を爆破した自分の手はあの御者より汚れていると思えた。
現実味のある…いや現実は自分の胸に何かを刺し込む様な嫌な苦しみを感じさせた。
彼は…キミは自分の命を賭してもボクを守る算段を整えていた。それが正解かは分からないが少なくとも二人居て二人失うより、一人失うという考え方はすごく合理的だろう。
確かにあの時の爆破で心臓を射抜く"はずだった"矢は吹き飛んだ、しかし一歩間違えれば仁を爆破圏内に巻き込んでいた…所詮結果論、そう割り切れればどんなに楽になるだろうか?されど事実は重い。
さっきから思考が堂々巡りになっている事、しかし結論…いやそもそも自分が出したい結論とは何だろうか?それさえにも辿り着けない自分を、さらに加速する嫌悪感が自分を闇に放り置き去りにしていく。
とても怖くて、孤独感がとぐろを巻いて体に巻き付いていく…体のあちこちが寂しさを感じる。
思わず長い自分の髪を鷲掴みにして、頭の上でぐしゃぐしゃとかき混ぜていく…滑らかな髪質のおかげでさほど形はぼさぼさにならなかったが少し髪が跳ねてしまった。髪を気にする普段とは違い、そんな事はどうでもいいしむしろ自分への罰みたいなものだった。
霊力を常人より多く使った寧の髪は、白銀輝き光を反射する、すごく不愉快だった。
(自分が間違っていないこと?違うっ結局どうすれば良かったのか?ううん、そんな事ボクは考えていない。うーじゃあ何?次に活かそう?そういう事なのかな?違う、多分、ボクは彼に、キミに償いたいんだよ。どんな形でも良い何か贈り物でも、何でも良いよ。痛い思いをした彼に安らぎを…命まで賭けてくれた彼にそれ相応の物をあげたい。)
心の中で文字通りの自問自答を繰り返す。
爆破の事実は自然とあの時の心象を思い起こさせる…
再度自分の手を見ながら、体の奥底、深層に意識を持っていき、ゆっくりと霊力を手まで引っ張り出していく。何も介さない霊力放出は危険だ、彼女は無意識に霊力をあの時のように引っ張り出していた。
液体の様に手の窪みから霊力が湧き出てから、端の方から煙の様に変わっていく。それは強い光を発して、やがて揺らめいく炎となっていく。
そこに通りかかった、彼は多分ボクを探しに来た。
「おい!寧!何やってんだよ!?馬鹿っ!」
親しく声を掛けてきたのは松葉杖をついた仁だった。我に返る寧は、思わず霊力から意識を手放してしまう。仁は反射的に上着の裏についた小物入れから双子札の一対を手に持ち体制が崩れるのも知らずに寧の防護札を起動させる。
寧の防護札は勝手に起動するが、効果は精々命を失わない程度、十分だとは思うが火傷や跡の残る傷ならまだ軽い方で、重くなれば後遺症等も。
妖術は万能ではない、防護札の妖術だって厳密に言えば僅かな起動時間と探知の時間によって恰もその場の高速蘇生が完了したように見えるだけ。一瞬で灰と化してしまうと蘇生なんぞ出来る時間もない。
案の定砂利が敷き詰められた地面に顎やらなんやらを打ち付ける…が、術は無事発動した。
遠隔操作が可能な仁の操札が、寧の札を強制発動させる。寧の手からは太陽の光でも見ているかのような白い光から、燃え盛る黒い炎が爆発の様に広がり飛び出した…かと思えば、寧の懐の札が寧を中心に菫色の光の膜を周囲に張って炎を吸い込んでいく、寧は呆然と黒と菫の対抗を見ていた。
しばらくして放出が止まった事で光の膜も同時に消える…いや、壊れたといった感じか。膜はホロホロと崩れ落ちて天に登って消えていく、淡い光が綺麗だと思った。
それを見届けた仁はほっと息をつくが、足に激痛を感じて思わず地面に倒れ込んだまま苦痛に喘ぐ。後から説明されたが骨に少しヒビが入っていたらしい。
だからこその松葉杖だったが、霊力に集中したためそちらまで意識が及ばなかった。
「うっぐっっっあがいっだぁぁぁ!はっはっうぅ…」壮絶な叫び、骨に亀裂が入るのはかなり痛い、もしかしたら亀裂はもっと酷いのかもしれない。びしっと一気に痛みが来たもので。
「仁?何でここに?!ごめんなさい今っあ…あぁ…」
寧は仁の叫びで間抜けにもたった今行動ができるようになった。仁の元へ急いで寄り添い、霊力を練って治癒の妖術を行使しようとして…できなかった。
寧は獄門という珍しい種類の妖術を得意と行使出来るが、それ以外がまるっきり駄目だ…己の恥を憎み地面の砂利に握った拳を打ち付ける。
髪がばさっと広がり、背筋から枝分かれした様な形を作る。小さな拳は地面を小さく抉るだけで何かを発散させてはくれなかった。尖った小石が拳に刺さるが気にしない、いや気にしたら負けだと思った。間抜け晒してこれ以上心配させてどうするのだと、そう思った。馬鹿みたいじゃないか、とも。
寧は立ち上がり、地面に倒れ込んで痛そうにしている仁をおぶって縁側まで運ぶ、仁の頭を膝に置いて楽な姿勢をとらせる、終始ごめんなさいと呟き続けていた。寧は己の無力と妖術の適正を呪った、そして炎を出して自分を燃やして逃げようとした思考を…呪えなかった。
仁が苦しげに絞り出した悲鳴が痛々しく寧の耳に届く。歯を食いしばり眉間に皺を寄せ、こめかみに筋が集まる程力を込める。
「ふぅーっ…ふっ!うぅー…」
時々勢い強く息を吐くのは、それだけの痛みを堪えるためだろうか?考えたくなかった。
逃げる選択肢を残した自分に対する嫌悪は更に加速する、逃げたい逃げたい…しかし半端な良心が寧を苦しめる。これは罰なのかもしれない、受けるべきことなのかもしれない。でも甘えた自分は逃げ続ける、嫌悪は顔に出始めていた。
そんな寧に、仁は寧の頬に手を添える、ふとした出来事に顔が間抜けに広がる…目は開き口は開き。
驚きか何か、それは自分でも分からなかった。
「はっはは…そんな顔しないでよ、僕が守った甲斐が無いじゃないか。」…こんな時でもまだ言ってられるのか、馬鹿なのか?呆れは寧の仁に対する評価を染めていった。
仁は寧に驚愕か…或いは呆れ顔か、どちらともしれぬが気分は良くない顔を向けられながら。
「僕はあの時の判断を気にしてないし…ううん、少し長話をしよう。良いかい?」
痛みはまだ続くであろう仁は心配させないようになのか、そんな素振りを見せない。それよりも話があると言う始末、寧は馬鹿だと罵りたかった…こんな愚かな自分に何故そこまでと。
でも、自分の甘い部分は口を塞いで言えないように、
安心して甘えられる様に…罵らないようにした。
ただ一つ頷いて、仁の言う事に従った。
口を一文字に結んで、涙を堪えてその場を離れずただ仁を見詰めて、何時でも話せるようにした。
仁はそんな寧をおかしく笑った。
突然笑い始めた仁に、寧はどうしようもなかった…
ただおろおろと震えるだけで、何にも出来なかった。それが益々笑いを加速させるようで…遂に腰を捻りにくいくせして無理に捻り笑う。
「あはっぷふっふははは!あー可笑しい!」
「な、何で笑うの!ちょっと!背中まだ治ってないのに、危ないよ、治らなくなるよ。」
寧の心配は現実の物となる、仁はあっ!と一つ声を出し次には腰を抑えて痛がっていた。
「ほ、ほら…駄目だよ。大人しく安静にしててよ。」
「いつつ、あーいったいっ痛過ぎんだよ…」
仁の痛がり様に寧は顔を暗くする…先程練った白の霊力が瞳に宿り、中で揺らぐ。
…霊力を扱う者は、霊力の荒ぶりや動きで大抵本心が見えてくる。心や感情、内面的なものが瞳に出てくるからだ。仁は少しだが知識はある。だからこそ今の寧の気持ちは悲しみ、嫌悪?何故そんなものを抱いてるのか知らないが…そんな所だろうか。
正直に言うと悲しみは分かっていたので裏付けという意味に近い。彼女なら多分好きと告白した僕の背中を焦がした、その事実はかなりの重みだろう、
そうじゃなくとも長い付き合いがそう察した。
ふとそんな事を思い出してから現実へ戻ると、寧は…
「ぐずっ…ねぇ、わだびは…わだじのこど憎い…?」
突然涙声になり始めた寧の涙を、仁は伸ばした手で一粒一粒を払い退ける。とめどなく溢れる涙は仁の手を濡らし続ける、寧はそんな中でも優しい手を思わず抱き締め自分の犯した罪に号哭した。
仁は先程感じた寧の嫌悪は、自分に対する事なのだと、そう理解した。
「ごべなざい…わたじがっうっぅあ…ぐずっ」
一粒ずつ拭いていた手からは大きな雫が零れてゆく。
仁は一瞬躊躇したが、彼女が可哀想で守ってあげたくなる。自分でも分からない母性の様な何かが、仁の腰を曲げ、泣く彼女の首に手を回していた。寧は嫌がらずにそのまま受け入れる、寧はまたも自分の中で甘い自分に嫌悪が進み始めていた。
涙が今度は肩を濡らす…滑らかな生地は水分を吸収して仄暗い染みを作り出す。嗚咽は止まらずたまに、吐きそうなのでは?と思うぐらいに漏らしに漏らす。
話しかけようとも思ったがこれではそもそも話にならない…少し賭けに出た。
「もう泣かないでったら…いい加減くどい、僕の為に矢よけしてくれたんだからそれで良いじゃないか。」
わざと高圧的態度を取る仁は中々迫力があった。
寧は少し苛立ちを含んだ言い方に気圧され、嗚咽をうっすらと漏らすだけになった。
先程までとは大違いの変わりように流石に不味かったかと仁は寧の対応に冷や汗をかく。
嗚咽を堪えるのは苦しいが仁にこの手でずっとずっと触れてもらいたい、そんな気持ちから嫌われない様に言うことを聞いた。寧は依存が過ぎていたが、本人が幸せならそれで良いのかもしれない。
そんな事を考えていると周りの灯篭に病院の職員が火をともしているのに気づいた。いつの間にか周りは暗闇を纏い、夜の帳が下りていた。虫の声がさっきより騒がしくなった気がする、闇の中だと敵に気づかれる心配もないからか…?どうでも良いが。そろそろ病院の夕飯が来る頃だとも気づく、少し急ごう。
「暗いね、明かりを付けよう。これ、灯して。」
燈籠だけでは二人の顔は影になって見えない。
仁は寧の太ももに頭を乗せながら一つの札をあげた、何の変哲もない霊力の暴走が起きないようにする為の基本とも言える札。寝転びながらあげるというのも何だか自堕落を感じさせ、仁は少し笑顔から無表情に近づいてしまった。
寧は少し札という物を見てあの時を思い出し顔を憂鬱その物に変えるも、しっかりと札を受け取る。
寧はいつもの様に札を親指と人差し指で挟んで、力を流し込む。いつも思うが、この霊力を引き出すときに感じる心臓かそれより一つ下か…そこに感じる痒いような、締められる様な、そんな感覚がくすぐったい。
札は真っ白の色を闇の中でちらつかせる、蝋燭のように光は揺れる訳では無いが変に点滅を繰り返していた
「…ねえ、話って何?何を話すの?」
寧はおずおずと聞いてきた、この様子では高圧的態度は成功とは言い難いだろう。
逆に彼女が僕に対し怯えを抱いている事に何だか悲しくなったが…まぁ自分の所業から一旦目を背けることが出来たなら及第点と言う所か。
「まぁ、自分語りさ。酒の肴にもならないね。」
寧はつまらない話と聞いたが怪訝な顔付きさえ出来なかった、それだけ怯えているという事に仁は口元を引き攣らせた。そんなに怖かったのか…と。
「うん、僕はね、ある理想を生き方として決めているんだ。」…今の状況と関係はあるのだろうか?無くとも声に出して言えないが、寧はそのままその理想について聞くことにした。
仁は一呼吸置いて次の言葉を紡ぐ。
「その理想は…正しさ、真に正しい事を常日頃から努める。そんな事を理想に生きているのさ。」
遠くの誰を見ているかは知らないが、仁は寧の膝の上で空を見上げ誰かに目線を送っている気がした。
思わず自分もその方向に首を向けてしまう…仁が見ている方向は雲に隠れた月、そこで何となしに気づいた、多分空の上にいる人なんだろうと。
少し前の記憶だが仁には小さな頃に姉が居た、優しい人だったとよく語っている……ボクに似ているとも。
「それを語ったのは、他でもない死んでしまった姉さんだ。」…まさか本当に当たるとは思わなかった、空気は少し重苦しいものとなっていた。仁は空を見上げながら手を伸ばす、浴衣の袖がするすると音を立てて下に落ちていき腕をはだけさせる。焼けた肌に古傷の細かい跡がついている、ごく普通の少年の腕。
「でも、姉さんはそれを理想とする上で重要な事を言い忘れていた…いや言えないかそもそも分からなかった、こちらの二つの方が当たっているだろう。」
指の二つだけを伸ばし、他の三つは強く握る。
背景が月になっていて月に指の影が落とされた様な綺麗な光景だった。
当たっているだろう…という事は分からないということか。顔を下に向け、仁の顔を見る、何だか悔やむ様な顔と儚い何かを見詰める様な目が印象的だ。
「そもそもの話どう生きれば正しいを貫き通せるか。本当につまらない話さ、僕はそれが分からないそれがどういう事か、どうすれば正しい自分であれるのか?
…僕は一つだけ答えらしい答えを出した。」
子供らしからぬ高尚な思想と馴染みない考え、それが
かなりの早口、舌を噛まず一言一句に感情が乗せられて寧の耳に届く。寧は仁の正直がここから来ているのだと妙に納得した、あの日丘の上で真正面から嘘偽りなく自分に告白したのも、この理想あってこそか。
「…それは至極単純で、誰でも行き着く答え。
先人の知恵、未知の定義、正しいの意味。」
まるで演説者かの様に態度を変えて振る舞う仁の言葉は、呪言の様に意識を吸い寄せられる。
一言一言発する事に口の熱は急速に上がっていき、早口も速度を増して、瞳に揺らぐ炎も勢いを上げる。
「それは。」「それは…?」
今の今まで早口だったのに急に止められた寧は、思わず催促の言葉を山彦の如く繰り返していた。
仁も焦らすつもりは毛頭ないらしく、直ぐに答えを出した…が、それは本当につまらない話だった。
「正しいの意味、形が曲がっていない歪んだりしていない…小さな頃辞典で見た意味さ。」
鹿威しがかこんっ!と軽い音を鳴らす、また水が少しずつ流れる音が聞こえてきた。
何だか自分の気持ちが鹿威しに憑依したかの様な…
なるほどと寧は合点がいく、確かに酒の肴にもならない話だ、終わりが情けないぐらい派手さに欠ける。
おもわず催促した自分が恥ずかしくなる位に。
「それが今の仁の理想?もっと大きな物かと思ってた。」拍子抜けするのも仕方ないと思う、熱く語られて引き込まれる話し方の後に単純な答え、最初につまらない話と言われても耐性が意味を成さない。
「言ったじゃないか、肴にならない話と。君は多分それと今がどう関係あるのか?そう最初に思ったと思うんだ、まぁその話題に上手く繋げる為のお膳立てにはなれる、聞いておくれよ。」
…どうやら、自分のがっかりは無駄ではなかったらしい。ただ何故か緊張してしまう。
最初の話の所で抱いた気持ちを言い当てられたからだろうか?それともこれから言われる事についてだろうか?何にせよ、だ。
聞かない事には何を想像しても意味が無い。
庭園にはまたも静寂を切り替えの引き金に、仁と寧の声と虫達の合唱を入れ替えた。
仁は少し虫の声を聞き、気持ちを落ち着けた。
この声は多分ひぐらしか…そこまで虫に詳しくないので分からない。寧は太ももに乗せられた仁の頭を撫でていた、何だかこうすると落ち着く。
仁はすーっと音を立てて息を吸う、それを何となく
合図のように感じた寧は再度顔を仁に向ける。
仁は寧の目を見て、真剣な眼差しで謝罪した。
「まず謝るよ、君に怖い思いをさせたね、あの下衆御者は男の欲望その物だ。そんな物に触れる機会を作った自分を許して欲しい、あの時恐ろしいぐらいの眠気が襲ってきた時点でもう察するべきだった。」
…意外だった。何だろう、怒られるともまた違うが
もう少し別の言葉がくると思っていた。
「え?あ、うん…うん?」
意外過ぎてというのも変だが、まさにそんな心境だ。思わず疑問形で聞き返してしまった、そしてそんな自分を彼は苦笑で返した。
「…何で疑問形?いやね?こっちにも申し訳なさはあるんだよ?罪悪感とか…ましてや告白した女が目の前で男に覆いかぶさられるとか本人も悪夢だろうし、
僕だって顔面蒼白になるから。」
至極正論だし、分からなくもないのだし、そもそも疑問に思うこともないのだろうけど…
「いや…怒られるとか、何かもっと謝罪とかじゃなくて別の言葉が投げかけられると思ってて。」
そんな寧の言葉に仁は困惑を顔に出す。
「そんな訳ないよ、先ず謝罪一択さ。今回の一件、君だけが罪悪感を感じる必要は無い。僕だって内心こんなことを思ってるんだよ。」
被害者ぶる自分にその言葉は刺さる、思わず顔を少し背けてしまった。
と、忘れていたが寧も慌てて謝罪をする。
「あ、あの、背中焼いてすいませんでした。」
「うん、良いよ。と言うか、最初から別に謝られなくても良かったんだけどねぇ。」
あははと空笑いする仁に寧は悪態をついた、普通ならもっと怒っても良いはずなのに。ボクへの心配とか、何故か謝ってくれたり…何故こんな自分に魅せられたのか、本当に馬鹿だよ。
まだ自分への嫌悪は治まってないけど、先ほどよりかは幾分ましな気がした。心が軽くなっていく、故郷の九重山の澄み切った湖を思い出させる心の浄化に寧は目を細める。
「―――…本当にそうなの?うふふ…―――」
何かが聞こえた、可憐で色艶を感じられる不気味な声…中性的なよくわからない声は理解が及ばないつぶやきを残して消えていった。
その声は次第に思い出せぬ様になっていった。
そんな中膝枕されながら謝罪という珍妙な光景を、通りかかった看護師は生暖かい眼差しで見ながら通り過ぎていった。
途端何だか恥ずかしくなってきた仁は起き上がろうとする…そんな仁を寧は少し背中を支えて縁側に立て掛けておいた松葉杖を、一本取って仁の左手に持たせる。最後も締まらない男に嫌悪と言うかなんと言うか…自分の顔はどうなっているだろうか?鏡が欲しくなる。
「さぁ、もう少し自分は話し足りないけど…それもこれも夕飯と風呂を済ませてからだな。
2日も風呂に入ってない、身体だって寝たきりで負担は少ないとは言え辛い、疲れた。これ以上無理させたくないねぇ、全く、今度から御者選びは実家の三條さんに頼むとするよ…親父に甘えている様で嫌だったがこんな痛い目見るよりかは俄然甘えた方が良い。」
腰をあげて札の光を空へと放ちながら、仁は不服そうに御者選びに対する自分の目を後悔した。
こればっかりは起きてしまったこととはいえ、事前に対策できた物、自分の甘え…違う、我儘がこんな事になるとは思わなかった。
本当に寧には罪は無いのだ、爆風で背中が焼かれたのだって矢よけの為にしてくれた物。命救われるなら背中を一時焼かれるぐらい、どうって事ない。
「ボク達が知識を持っても、経験には劣ってしまう。特にああいう場面とかは、そうだね。」
「あぁ、言う通りだ…ところで、右の松葉杖は?」
仁は腰を曲げて縁に座りつつ、左の松葉杖を手に持ったところで聞いた、寧はもう片方を持っているが。
「肩、貸すから良いじゃない。」
「えぇ?いやいいよ、松葉杖を自分で操作した方が歩きやすいし。頼るのは気が引け…」
見れば寧は不満を顔に出していた、だんだん調子が戻ってきている気がする。
「あー…気は引けない、うん、お願いする。」
「素直になればいいのにねぇ、はい肩貸してね。」
仁は縁に座ったまま右手を肩と同じ高さまで上げて、
寧が右手を掴んで自分の首の後ろに回す。
「いやぁ、照れくさいな。いつぞやに僕が足を捻った時以来じゃない?こんな風に肩車なんて」
そう言えば…と、思い返してみれば男女の対立関係がはっきりしてきた今日この頃。
密着するおんぶなんかや、はだける水浴び何かも極力控えてきた、よく言う大人への成長の一歩だろう。
「また懐かしい思い出を…でも、そうだね。キミあの時動揺しまくってたけどね。」
ふっと鼻でひとつ笑う寧に、仁は痛い所を突かれたと
落胆の表情を隠さない。
大人への成長の一歩と聞いて思い出したが自分は身長が伸びない、伸び悩んで居る。
13から14の間で155から165ぐらいに伸びた所で、
そこからは殆ど伸びていないと思う。
男なら背丈が長い方が格好が良いと、そう感じるし
実際高身長に憧れを持っている。
今日の幽鬼族銀さんなんか正に憧れる…ああも立派な背があるものなのかと、感服した。
幽鬼の霊力的成長もあるのだろう、それ以前に体が
半人半鬼なので構造も違うのかもしれない。
あの体に憧れを持つというのも無駄な話だが…
そんな事を考える程自分は合理的思考ではない。
「あ、そうだ今日のご飯なんだと思う?」
寧の問いに仁は突然で少し聞き取れなかったが
「飯なんだと思う?」と聞こえたので多分夜ご飯の事だろう。
「うーん、味噌汁に…煮物、漬物、野菜炒め、肉物か…肉物が塩っけがあるといいなぁ。」
「でも病院って、健康食何でしょ。塩っけの濃いものってあんまり体に良くないからとかで廃止でもされてるんじゃない?分からないけど。」
何だかそれを聞いて不安しか残らないのだが…
いや、不安というか憂鬱というか。
兎も角自分は塩が効いた物が食べたい…要はご飯に合うものが食べたい、白飯が進む食べ物でもある。
「味の濃い食べ物が食べたいよ…」
仁は餓鬼の様にわざとお腹を凹ませてやせ細る。
「ぐっ…な、何それは?あはっうは…」
変に笑いを苦しそうに堪える寧は不思議な唸り声を出してしまった、それを見て仁は。
「餓鬼の真似、似てるでしょ?今は元が細いからね」
満足そうに歯を見せる、対して寧は少し顔を暗くする…今度はなんだ?と仁は顔をのぞき込む。
「…事故で痩せたのかな?2日寝たきりじゃない。」
「まあそう暗くしないで、確かに入院してから痩せたのは事実だけど…あれ?そういやなんで僕痩せた?」
「何言ってるの、しばらくご飯と言えるもの食べてなかったからじゃない。」
「2日食わないとお腹引っ込めただけで痩せて見えるの?さすがに無理があるでしょう?」
なんだか仁の思考がずれてきている、普通に心配になるのでやめて欲しいが本人が真面目なのは本当に救えない馬鹿というものだろう。
「いやいや、なる人はなるでしょ…というか大半がそうなんじゃない?ボクだってそんな稀有な体験してないんだから、分からないのは事実だけど。
人間の体がそこまで頑丈にできてるとは思えないよ」
「んーまぁいいや、取り敢えずお腹減った…」
突然話を打ち切られて寧としては文句を言いたい気分だったが、こちらも確か夕方のおじやを食べただけで
2日分の栄養を摂取出来た訳では無い。
くぅーっと小さくなる腹は、正に肯定と言った具合だろう、何でも食べれる気分だ。
「さ、二日分の栄養を補給しよう。」
次回投稿も未定です。
書き溜めとかすればいいのに…時間が無いんです、自己満足な所もありますしね。
今回は削除したり訂正したり大忙しですが、それも試験が始まる為の土台作り。
次回は大分早めに投稿できると思います。