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第七話 橋本さんの作戦、準備!

 土曜、日曜と順調に休みが終わり、月曜日。

 僕はいつも通りに朝の用意を終え、自分の席に座って考えごとをしていた。

 今日はいつもより速めに登校したから、僕以外の生徒はほとんどいない。

 雨の日特有のじめっとした空気が、梅雨入りしたことを知らせてくる。気分的には最悪だけど、作戦的には問題ない。むしろ好都合だ。


 僕たち仲人部は、休みの間にグループチャットを作り、あらかじめ作戦会議をしておいた。

 そして、各自の内容が被ってないか確認し、担当する曜日が確定した。

 今日は橋本さんで、明日が朝日向さん。そして水曜日が僕だ。二人の順番は決まってたから、一番遅かった僕の作戦は最後に実行する、ってだけだけどね。

 速く成立してほしいけど、僕の作戦で橋本さんを振り向かせたい気持ちもある。


「なんか複雑だなあ……」


 でも今は依頼の方が重要だよな、と意識を切り替える。

 今日実行する作戦。それは、柏木さんと玖珂君が二人きりで下校するというもの。それも、雨の日にのみすることができる相合い傘で。

 一見、普通の作戦に聞こえる。いや、実際に普通の作戦なんだけどね?

 でも、柏木さんは二人きりで帰ったことがないくらいのヘタレなんだとか。ならば、仲人部のサポートがある今、それを実行に移してみるべきなんじゃないか。橋本さんはそんなことを力説していた。

 そして、柏木さんはそれに納得していた。いや、言いくるめられた、の間違いかな?

 ともあれ、あとは柏木さんが玖珂君を誘えばお膳立ては整うってわけだ。

 そこで、珍しく速く登校している柏木さんの方へ視線を向ける。

 同じグループの友達はまだ誰も来ていないみたいで、柏木さんは一人でぽつんと自分の席に座っていた。

 わかる、わかるよ……。速い時間に登校しちゃったとき、喋る人がいないと何をして時間をつぶしたらいいか分からなくてつらいよね……。まあ、僕が月曜日は速めに登校しておいて、って伝えたからなんだけどね。

 と、柏木さんは僕の視線に気付いたのか、こっちに歩いてくる。


「な、なあ寺沢。ホントに誘うのか? く、玖珂のこと……」


 柏木さんはもじもじと恥ずかしそうに話しかけてきた。

 もう、ほんとにヘタレだなあ……そこら辺にいるこじらせた童貞みたいだよ。いや、本人には言わないけどね?


「往生際が悪いなあ、柏木さんは。勇気を出して仲人部に来た柏木さんなら大丈夫だって」

「い、いやでもよう、断れたりでもしたら……」


 金曜日、あれだけ玖珂君の魅力を語ってたのに、どの口が言っているんだろう。


「いやいや、大丈夫だって」

「で、でも……」


 ──と、そのとき。がらり、と扉が開く。

 顔を向けると、爽やか空気をまき散らす茶髪のイケメン──玖珂君が入ってきた。雨が強かったのか、ところどころ制服が濡れている。

 他の人が来る前に、玖珂君を誘わせないとせっかくの作戦おじゃんになる……!

 って、おじゃんってなんだよ。おっさんか。

 ……よし、柏木さんはまだ不安がってるみたいだし、少し応援してあげようか。

 僕は、周りに聞こえないよう声を落として柏木さんに話しかけた。


「ほら、柏木さん。誘ってきなよ」

「だ、だから、断られたら……」

「大丈夫だって。金曜日言ってたじゃん。玖珂君優しいんでしょ?」


 僕の言葉に、柏木さんは何かを思い出したのか、ハッと表情を変えた。


「そうだった。ああ、そうだったな。あーしが信じられなくてどうすんだ! よし、行ってくる!」


 柏木さんは不敵な笑みを浮かべ、自分の席で朝の用意を始めた玖珂君の方へ歩いて行く。

 なんか最終決戦に望む、みたいな感じで言ってたけど、まだ作戦の一歩目だよ?

 まあ、でもヘタレな柏木さんからしたら、この一歩目が一番の壁だったんだろうね。さあ、柏木さん。同じグループの人が来る前に、勇気を出して玖珂君を誘うんだ……!

 握りこぶしを作り、話しかける様子を見守っていると──


「おうおう。朝っぱらから依頼の観察ってか? 忙しいねえ、仲人部様は」


 誰かに壮大にバカにされた。

 しまった、早く来たから完全に油断してた。いや、バレても問題ないけどね?

 僕は、苦笑いを浮かべて声のした方へ顔を向ける。


「朝一でバカにしてくるなんて、人が悪いんじゃない? 瑛二」

「ほっとけっての」


 瑛二は学校に着いたばかりなのか、カバンを背負っている。そのままこっちへ歩いてきて、軽くチョップをして話を続けた。

 いて……って、なんで今チョップしたの!?


「依頼成立させてから、何日も経ってないだろうにもう依頼が来たのか?」

「まあ、仲人部に僕が入ったから当然だよね」

「調子のんな」


 ドヤ顔で言い放った僕に、瑛二がさっきよりも強くチョップを入れてくる。めっちゃいたい。

 って、二連続はないでしょ!?


「というか、また依頼来たってラインで伝えたはずだよね? 既読無視されたけど」

「あー、悪い。土日は忙しかったから覚えてねーわ」


 そういえば先週の金曜日、なんか様子おかしかったね。治ったようでよかったけど、それが関係してたりするのかな……?

 って、今はそれどころじゃないや! 柏木さんの見守ってたところだったんだ!

 大急ぎで頭を切り換えて、柏木さん達の方へ視線を向ける。


『――で、あいつすごく大げさでさ!』

『はは、ほんと? すっごく面白いじゃん』


 そこでは、柏木さんと玖珂君が仲睦まじく喋っていた。

 まずい、瑛二と話してる間に見逃しちゃったか……? ……いや、柏木さんもじもじしてるし、まだ言ってなさそうだ。

 柏木さんがわかりやすくてよかった……。

 ホッと、安堵して観察を始める。


「ふーん。あいつらが今回の依頼か。で、依頼主はどっちだ?」

「今回も女の子の方で──って。瑛二、今回は協力してくれるの?」


 瑛二が手伝ってくれたら百人力なんだけどな-? なんて、心にもないことを言って、ニヤニヤと瑛二に視線を向ける。

 しかし、瑛二は僕が思ってもいないことを言ってると見抜いたようで、


「ああん? 俺のデコピンを食らいたいってか? 頭、差し出せ。両手でやってやる」

「ごめんなさい」


 秒で謝った。

 いや、だって瑛二のデコピンは頭が割れるかと思うくらい痛いんだもん!

 すると、柏木さんは気持ちの整理ができたようで、ついに話を切り出した。


『く、玖珂、あのよ……』

『ん? 凜、どうかした?』


 柏木さんは、もじもじと赤面しながら、上目遣いで言った。


『今日、あーしと一緒に帰らね?』

『今日……かい? 部活休みだろうからボクは良いけど……雨降ってるよ? それでもいいの?』

『お、おう! 問題ないぜ!』

『うん、わかった。じゃあ、一緒に帰ろうか』


 玖珂君の返事を確認した柏木さんは、こっそりとこっちに向けて親指を立ててくる。

 話は聞こえてたから分かってたけど、成功したみたいだ。よかった。


「おー、成功したのか。でも、一緒に帰るだけとかしょぼくないか?」

「依頼主にペースを合わせるからいいんですー!」


 僕が嫌みったらしく言うと、瑛二は「そうか」と、素直に引き下がった。

 なんだなんだ? 瑛二らしくないぞ?

 なんかこう、張り合いがない。


「依頼の成功させるために二人きりで、とかって考えてるだろうが……あのままだと皆で一緒に帰るとかになりそうだぞ? そこら辺は大丈夫なのか?」

「ふっふっふ、それは問題なしだね。なんのために仲人部がいると思ってるのさ?」

「何の意味もないんじゃないのか?」

「なわけないでしょ! 依頼の成立を! サポートするために! いるの!」

「はいはい、わかったわかった」


 僕が耳元で言うと、瑛二はうるさいとでも言わんばかりの冷たさで引き離してくる。

 ちっ、やり返してやろうと思ったのに……!


「それで、具体的にはどんな裏工作をやるつもりなんだ?」

「ふっふっふ、それはね──ひ、み、つ」


 うふ、なんて露骨な嫌がらせを入れてやると、瑛二のこめかみに青筋が走った。

 あ、これ、アウトだ……。


「おい、そこに座れ。デコピンなんて甘いものじゃなくグーでビンタしてやる」

「え? ははは、冗談だよ。瑛二も真に受けるんじゃ──って、あぶな!?」


 ちょ、まじで振り抜いてきやがった! かすりそうだったよ!?


「い、いやあああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!?」


 結局、僕はホームルームが始まるまで瑛二から逃げまくり、どうにか命の危機は脱したのだった。

 いや、あんなに怒るとは思わなかったんだよ。ほんとに、一ミリの悪気もなかったんだ!







「さて。少し手を加えるだけだけど、これが結構重要なことになってくるんだったよね」


 昼休み。

 いつも通り食事の時間──なんてことはなく、いち早くお弁当を食べ終えた僕は今、一人で下駄箱にいた。別に瑛二から逃げたかったからとか、そんなくだらない理由のためなんかじゃないよ? いや、ほんとだよ?

 とまあ、冗談はさておき。

 僕ら仲人部は、今回の依頼を成立させるためにいくつか準備をする必要があった。その中の一つで、僕が任されたのがこれだ。玖珂君の傘を見つからないように隠すこと。

 ちなみに、他の工作に関しては橋本さんと朝日向さんが担当している。なんでも、下校の際に柏木さんと玖珂君を二人っきりにさせる状況を作り上げるとかなんとか……。

 詳しいことは分からないけどね。

 罪悪感が半端ないなあ……なんて考えながら、僕は多くの傘でごった返している傘置き場をあさっていた。


「うーん、朝のうちに玖珂君の傘を見ておけばよかったかな……」


 でも、そんなもの今更だ。後悔しても仕方ない。

 よし、と自分にカツを入れて一つ一つ傘に名前がないか確認していった。


 ──のだが。


「だめだ、全然見つからない……!」


 何十分もの時間がすぎている今。もう少しで昼休みが終わるというのに、未だに玖珂君の傘が見つかる気配はなかった。

 仕方ないよね、私立校だもん。生徒の人数が多すぎるよ……。

 ここで傘が見つからなきゃ、作戦は微妙な形で終わってしまう。雨の日に二人で傘を差しながら帰るという、なんとも微妙な形で。

 昼休みの終わりまで、あと五分もない。もう諦めるしかないのかな……。

 僕のせいで、この作戦が失敗に終わるのかな……。

 心が折れ始め、この責任をどう取るべきか……そんなことを考え始めた──そのとき。僕の頭に一つの考えが浮かんだ。

 隠す傘は、柏木さんのものでも良いんじゃないのか?

 元々、玖珂君の傘を隠して、自然な形で柏木さんと相合い傘をさせようと思っていた。けれど、最終的に相合い傘ができるのなら、隠す傘は玖珂君のものに固執しなくても良いんじゃないか?


「こんな簡単なことに気付かなかったのか……」


 僕は自分を嘲笑うように、軽く苦笑する。

 しかし、そう時間があるわけじゃあない。僕はすぐさま行動に移した。

 制服のポケットから携帯を取り出し、手早く文字を打つ。宛先は柏木さんだ。どんな傘を使っているのか、詳しい説明を求めた。

 時間は、もうほとんど残っていない。頼む、早く反応してくれ……!


『あーしの傘? 布のところが花柄で、全体的にピンクの奴だ』


 見た目に反して、かわいらしい傘みたいだ。って、今はそんなことどうでもよくて!

 ピンクで花柄……ピンクで花柄……あった!

 僕は、埋もれるように置かれていた、ピンクで花柄の傘を手に取る。

 念のため、写真を撮って柏木さんに送る。万が一にでも間違えたら作戦がパーだからね。


『そうそう、それそれ!』


 柏木さんから送られてきたその言葉をみて、僕はホッと肩をなで下ろした。

 でも、そう安心していられない。早く隠さないと時間がなくなっちゃう!

 僕は掃除用具入れに駆け寄り、急いで中に隠した。。掃除は金曜日に一斉にやるから、いたずらでもない限り見つかることはないはず……!

 柏木さん、ごめんなさい! あとでちゃんと隠したこと言うから……!

 僕が安堵のため息を漏らすと同時、昼休みの終わりを知らせるチャイムが校内に響き渡る。


『それで、なんでいきなりあーしの傘のことなんか聞いてきたんだ?』

『後で説明する!』


 柏木さんに返信しつつ、僕は大急ぎで階段を駆け上がった。

 遅刻は確定だけど、しかられるのは少しでも軽くしたいからね!

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