第六話 新しい依頼が来た!
恋をサポート……って、新しい依頼か!!
こんな人も来るものなのかあ……いや、差別してるとかじゃないけどね? なんかこう、こんな感じの人って恋に慣れてそうだったからつい……。
って、あれ? この子もしかして……。
「って、あれ? もしかして寺沢か?」
「う、うん。こんにちは、柏木さん」
「お、おう」
恥ずかしそうに頷く彼女。
ああ、やっぱりそうだ。柏木さんだ。
そりゃあ、恋のサポートしてもらうのに知り合いがいたら恥ずかしいよね。
と、僕らのやりとりを見ていたのか、橋本さんと朝日向さんが身を乗り出して聞いてくる。
「寺沢君、知り合い?」
「ゆうやっち、あの子のこと知ってるの!?」
「お、落ち着いて!? えっと、彼女は柏木凜さん。僕と同じクラスの人なんだ」
「よ、よろしく」
柏木さんは、あはは、と苦笑いをしてひらひらと手を振った。
橋本さんと朝日向さんはイスから立ち上がり、柏木さんのところまで歩み寄った。そして、二人で彼女の周りを回りながら、物珍しそうに観察し始めた。
って、かわいそうだからそれはやめてあげようよ……。
柏木さんはクラスの中心グループの一人だ。不本意ながらもクラスでいじられキャラな僕は、彼女のグループにいじられることが多い。
本当に不本意だけどね!
「とりあえず、座って話聞こうか」
ここにどうぞ、と橋本さんが柏木さんを席へ案内する。といっても、僕の隣の席しか空いてないから、自動的にそこに座ることになってたけどね。
これで、僕の右隣が柏木さん、対面が朝日向さん、その隣が橋本さん、といった席順になった。
みんなが席に着いたのを確認してから、橋本さんは切り出した。
「まずは自己紹介をお願いしてもいいかな? 寺沢君から聞いたけど、念のため、ね?」
「お、おう」
柏木さんは、こほん、と握りこぶしを口元に当て、やっぱり恥ずかしそうに口を開いた。
「寺沢が言ったとおり、あーしは柏木凜。クラスは1の2だ。バスケ部に所属してる。よろしくな」
「「「おおー」」」
パチパチと柏木さんに拍手を送り、僕らも軽く自己紹介してから本題に入った。
「それじゃあ、早速聞いていっても良いかな?」
「お、おう! どーんと来い!」
柏木さんは緊張した様子で橋本さんに返した。
それを見た朝日向さんは気を利かせたのか、紙コップにカルピスを入れて柏木さんに手渡した。
「め、珍しい……。朝日向さんがくつろがずに気を遣うなんて……」
すると、唐突に朝日向さんがこのやろー、言ったなー! と肩を組んできた。
しまった! 口に出てたか!
背中にふにっとした柔らかい感触に、女の子っぽい良い香りが鼻腔をくすぐって──って、そうじゃない。
どうにか朝日向さんを引きはがそうと抵抗する。が、朝日向さんの力が強くて、うまく逃げ出せない。
くっ、朝日向さんほんと力強いな! さすが、元気っ子なだけある……!
そんなことをしているうちに、橋本達は話を進めていた。
「まずは柏木さんが恋している相手って誰かな?」
「ああ、玖珂輝義って奴だ」
「ふんふん……それでそれで?」
「あーしと同じ1の2で、クラスの中心みたいな存在なんだ。それで、サッカー部に入ってて、それはもうカッコいい奴でさ──」
いや、そこまでは聞いてないけどね?
朝日向さんと格闘しながらも、こっそり聞いていた僕。でも、抵抗で手一杯でそんなこと口にできる暇などない。
「──それで、とっても面白くてさ」
「か、柏木さん。そ、そろそろいいかな?」
「わ、悪い悪い……つい熱が入っちまって」
ああ、よかった。橋本さんが止めてくれたみたいだ。ちょうど、朝日向さんも飽きてくれたみたいだし、改めて話を聞こう。
そんなことを考えていると、自分の席に戻った朝日向さんが、
「それにしても、りんりん。てるてるのこと、すごい詳しいんだね!」
「ああ、噂で仲人部なんて部活があるって聞いてな。もしデマだったとしても、調べておいて損はないと思ったんだ!」
へえ、あらかじめ調べておいたんだ。仲人部も噂になってるみたいだし、良い流れなんじゃないかな?
……それにしても、りんりんにてるてるって。ほんとうにどんな人にもあだ名をつけるんだね、朝日向さん。
相変わらずだなあ、と苦笑いしていると、橋本さんが頷きながら口を開いた。
「それなら話が速いね! ちなみに、今までアピールとかってしてたのかな?」
「ああ、それなんだけどよ……」
柏木さんは、少し言いにくそうに続ける。
「やろうとしたんだが……恥ずかしくて何もできなくてさ」
「だから、藁にもすがる思いで仲人部に頼ろうとした、と?」
「おう……」
なるほど、と言いそうな感じで橋本さんが頷く。
ふんふん……柏木さんって見た目によらず結構ヘタレなのか。いや、言ったら怒られそうだから絶対に言わないけどね?
「じゃあ、今日から作戦会議を始めていこう! と、言いたいところだけど……」
橋本さんは言葉を濁して、時計に目を向けた。
それに釣られて僕らも視線を移すと──時刻は十七時三〇分となっていた。部活終了時刻の十八時まで、三〇分しかない。
もうそんな時間なの!? なんだか今日は時間が過ぎるのが速かったなあ……。って、柏木さんが来るの遅かったのか。
「作戦会議は三〇分じゃ終わらないだろうし、土日に実行する案を考えるのはどうかな? それで、月曜日の放課後に改めて作戦会議をするの!」
橋本さんは時計から視線を戻し、僕らを見回しながら自信満々に言い放った。
そうか、確かにそれなら良さそうかも。土日だから考える時間もたっぷりあるし! まあ、宿題もたくさんあるけどね。
朝日向さんも僕と同じ考えだったようで、さんせーい! と、腕を上げて元気に主張している。
……朝日向さんはなんでこんなに元気が有り余ってるんだろう。その元気、僕に少しください。
「僕も、それでいいと思う。ただ、連絡を取る方法がないから、被っちゃわないかだけは心配だけどね」
「じゃあ、被らないように、ラインの交換をしておこう! そうしておけば、他に問題点はないでしょ?」
ははは、と軽く苦笑いしながら返すと、橋本さんが何でもなさそうに言った。
え? 今、ラインの交換って聞こえたけど……?
僕が気を取り直す暇を作らず、あれよあれよという間に橋本さんとのライン交換が完了した。 ついでに朝日向さんと柏木さんとも交換した。
マ、マジですか……。棚ぼたみたいな感じだったけど、橋本さんのラインゲットしちゃった……!!
こ、これで毎日ライン電話とかできる……! いや、やらないけどね?
それと、柏木さんと交換する必要はなかったかもしれないけどね?
「それじゃあ、来週の月曜日に改めて作戦会議するということで、解散!」
あれから、真っ直ぐ帰宅した僕は、姉の佳奈美と二人で食卓を囲んでいた。
いつもは僕ら二人にお父さんとお母さんを加えた家族四人で食べるけど、今日は佳奈美と二人っきりだ。なんでも、お父さんは飲み会で、お母さんは残業で遅くなるから先に食べててくれとか。
そんな感じで、僕ら二人はほとんど喋らずに黙々と、作り置きしてあったカレーを食べていた。
カレー独特のピリッとした辛さに、ニンジンやタマネギ、ジャガイモのうまみが染み出す。このおいしさとマッチする福神漬けは欠かせない。
二日目のカレーってほんとおいしいよね。ほっぺた落ちる。
「はあ、本当に橋本さんとラインを交換できたなんてな、信じられないなあ」
「おい、裕也。ご飯の時くらい静かに食えよ」
僕が思い出しながら呟くと、佳奈美は顔をゆがめて、吐き捨てるように言った。
……この姉はなんでこんなにも口が悪いんだろうか。実は腹違いの姉弟なんじゃないかとか疑うレベルだぞ、これ。
そのまま食事を再開する佳奈身にジト目を向けるも、見事にスルーされる。
……なんか、ジト目を向けてるこっちがバカみたいだよ。
諦めて僕も食事を再開する。
──と、壁につり下げられているレトロな時計が目に入った。もうこんな時間か。
「ちょっと天気予報見ていい?」
「ん」
一応、許可を取ってからリモコンを取って、テレビをつける。
べ、別に怒られるのが怖いから許可取ったとかじゃないからね! いや、ほんとに。
そんな誰に向けたか分からないような言い訳をしながら、チャンネルを変える。
『──日曜日あたりには日本全土が梅雨入りするでしょう。来週には傘が必需品になるでしょう』
「へえ、もう梅雨入りかあ。はやいなあ」
ってことは、雨が降ってること前提で作戦を考えた方が良いかもしれないね。天気が関係ない屋内とか。
「ごちそうさま。先に風呂入るから」
食器を片付けた佳奈美は、リビングから出て行った。
僕がテレビを見ながら悩んでいる間に、佳奈美は食べ終わったみたい。僕も早くお風呂入って作戦考えないとね。
僕はテレビの電源を消してから、一気にカレーをかき込んだ。
一時間後。
カレーも食べ終え、お風呂も入り終えた僕は自分の部屋でうんうん頭をひねっていた。
今考えているのは、柏木さんと玖珂君をどうくっつけるか。月曜日から実行に移す作戦だ。
まだ二日も時間があるというのに、なぜ考えているのか。それは、橋本さんと朝日向さんの二人から、もう作戦は思いついたよ、とラインが来たからだ。
めちゃくちゃ早いよね!? まだ一日も経ってないんだよ!?
しかも、月曜日は橋本さんの案。火曜日は朝日向さんの案、とすでに実行する日まで決まっているらしい。
綺麗にかっこよく成立させて、橋本さんを惚れさせてやろう! なんて考えてた僕がバカみたいだ!
まあ、こんな感じで僕も早く考えなくちゃいけない! と、どんな作戦が良いか考えていたところだ。
一応、瑛二にも報告した。
『新しい依頼が来て、橋本さんとライン交換したんだよ!』と。
だけど返って来たのは、『そうか、それはよかったな』と、素っ気ない返事だけ。しかも、それ以降は既読無視だ。
さすがに、何年も付き合ってた僕なら分かる。様子がおかしい。いつもなら、そんなことでラインしてくるな! とか言いそうなのに。
「でも、今はそんな場合じゃないよな」
朝も様子おかしかったし、きっと瑛二も用事か何かあったんだろう、と強引に思考を引き戻す。
「よし、今から完璧なキューピット作戦を考えていくぞ!」
「おい、うるせーよ裕也! もう夜だぞ、近所迷惑だ!」
気合いを入れるために声に出したら、隣の部屋の佳奈美に怒鳴られた。
なんだよ、佳奈美の方が声でかいし、近所迷惑じゃん……。
ちょっぴりヤケクソ気味にペンを取り、作戦を練り始めるのだった。