第五話 星沼さんの告白事情
放課後の部室。
僕が部室についたときには、すでに星沼さんは私服に着替えていた。
白いニットトップスに、ピンクのタイトスカートをはいた彼女は、胸を押さえて深呼吸をしている。その清楚な私服姿は、制服の時と違った印象を与えてくる。
これなら、清楚が好きという坂本君には間違いなく刺さるんじゃないかな。
僕、朝日向さん、星沼さんを後ろに引き連れた橋本さんは、扉に手をかけたまま振り返った。橋本さんは順番に僕らと目を合わせ、真剣な顔で問うてくる。
「それじゃあ、予定通り体育館裏に行くよ?」
「はい、問題ありません!」
「あたしも大丈夫だよ!」
「わ、私も大丈夫です……!」
橋本さんはみんなの返事を聞いて、扉を開いた。そのままみんなが出るのを確認し、鍵を閉める。
告白寸前だからか、あの朝日向さんですらも声を発することなく真剣な表情をしていた。
僕も気を引き締めないと!
僕らは見守るだけだけど、この状況でヘラヘラできるほど精神は図太くない。
そんな、誰も口を開かない引き締まった雰囲気の中、部室棟を出た。
「じゃあ、星沼さん頑張ってきてください!」
「ほっしーなら大丈夫だよ、ファイト!」
「星沼さん。仲人部に相談に来たあなたなら大丈夫。安心して告白しておいで」
僕らの声援が身にしみたのか、星沼さんは俯く。そして、ゆっくりと顔を上げた。
彼女のその表情は、自信に満ちあふれていた。
「寺沢君、朝日向さん、橋本さん。ありがとうございます。わたし頑張ってきます……!」
星沼さんは、僕らにそう言い残して体育館の方へ歩いて行った。
あれなら絶対に大丈夫そうだ。彼女からはそんな雰囲気を感じた。
これで、あとは結果を待つだけだね! さあ部室に戻ろう、と踵を返したところで──
「何帰ろうとしてるの? 寺沢君。ほら、行くよ!」
「ゆうやっち速くしないと間に合わなくなっちゃう!」
「え? 間に合わなくって、部室に戻るんじゃ──ちょ!」
朝日向さんに、無理矢理手を引っ張られた。
い、一体どこに行くんだ!? 部室で待ってないと星沼さんが混乱するんじゃ……!
手を引かれながらも、行く先に顔を向けて──思わず顔が引きつった。
一体なぜかって? それは……二人が向かっていたのが体育館だったからだ。
「はやく行かないと体育館裏に隠れる前に告白が終わっちゃうかもしれないでしょ!」
橋本さんの言葉を聞いて、僕が仲人部に勧誘されたときのことを思い出した。そういえば、あのときもこっそり見守ってたね……。
ま、まじですか……。めちゃくちゃ後ろめたいんですけど……。
しかし、抵抗しようにもすでに体育館の裏に着いており、後は隠れるだけといった具合だ。
……仕方ない、バレないようにこっそり見守ろう。
僕は罪悪感を覚えながらも、観念して星沼さんと坂本君にバレないよう隠れるのだった。
こうして、体育館に隠れて星沼さんを見守ること数分。
僕らは重なるように体育館に隠れていた。下から僕、朝日向さん、橋本さんの順だ。
端から見たら団子三兄弟なんだろうな……。こんなところ誰かに見られでもしたら変人確定だ……。
諦めたように苦笑していると、教室棟の方から坂本君が歩いてくるのが見えた。
「あ、あおいちゃん! 来た! 来たよ!」
「しっ……あくまで私たちは見守り。バレるのはまずいの」
「そ、そうだったね」
僕の上で、二人が小声で話す。
星沼さんならまだしも、坂本君にバレたらまずい……。でも、緊張しているようで聞こえてはなさそうだ。
そろそろだ、と僕らは耳を澄ませる。
「星沼……手紙入れたの、お前なのか?」
「そ、そうだよ……」
星沼さんと坂本君が一言だけ会話交わし、しばしの沈黙の時間が流れた。
ほ、星沼さんが頑張って……! あと一言だ……!
「ほっしー、頑張れ……!」
「星沼さん、頑張って……!」
上にいる二人も同じ気持ちだったようで、握りこぶしを作っている。
と、続く沈黙を吹き飛ばすかのように、風が吹いた。生ぬるいけど、どこか心地良い大きな風が。
それが収まると同時、星沼さんが切り出した。
「泰平君……あなたのことが好きです。私と付き合ってください」
再び、沈黙が訪れる。
──しかし、今回はそう長く続かなかった。
坂本君が耳まで真っ赤にゆであがり、返答したのだ。
「お、俺も……俺も星沼が好きだった……!」
「じ、じゃあ……!」
「お、おう……こちらこそ、よろしく……」
よ、良かった……。両想いだと分かっていても、緊張するものだね……。
ここからは星沼さんの顔は見えないけど、おそらく坂本君と同じように真っ赤になっているだろう。
そして、二人は気持ちが高まったのか、ゆっくりと向き合い……そっと、唇を重ねた──。
偶然にも、星沼さんと坂本君のキスを見てしまった僕ら三人は、急いで部室へ戻った。そして、告白が成功したことを報告しに来た星沼さんに祝いの言葉をかけて、机に突っ伏していた。
三人でお疲れ様、なんて言いながら机に顔を上げる。
「とりあえず、成功して良かったね」
「そうだねー。ほっしーとっても嬉しそうだった!」
「ですね。ホント良かったです」
両想いじゃなかったらと胃がキリキリしてたんですよ、と心の中で思いつつお腹をさする。
すると、唐突に橋本さんが真剣な顔になって、僕に視線を向けた。
ど、どうしたんだろう……? ま、まさか、役に立てなかったから仲人部から出て行ってくれとか……!?
そんなとてつもない不安に駆られて、橋本さんが何かを言い出す前に僕は口走ってしまった。
「は、橋本さんごめんなさい! つ、次はちゃんとやりますから、どうか退部だけは──」
しかし橋本さんはそれをさえぎるように、言った。
「寺沢君もお疲れ様。初めての依頼はどうだった? 少しはコツが掴めたかな?」
「──え?」
予想とは裏腹な橋本さんの言葉に、一瞬戸惑いつつもすぐさま気を取り直して、張り切った声で返した。
こ、これ退部はしなくていいってことだよね……?
よ、良かった……本当に退部って言われるかと思ったよ……。
いつもの僕ならこんなネガティブなこと考えないのに。もしかして、初めてのことに疲れてる……のかな。
ははは、と僕はぎこちなく苦笑を浮かべる。
橋本さんは少し悩むような素振りを見せ、口を開いた。
「それ」
「え?」
「もう敬語やめない? 私たちは部員──仲間でしょ? だから、他人みたいな敬語なんてやめよう?」
そうだった……と思い直す。たった今、共に依頼を成功させた仲間なんだ、と。
そう考えると、自然と笑いがこぼれた。
なんだよ、あんなこと考えてたなんて。僕は大バカじゃないか。
「そうですね……いや、そうだね。橋本さん、朝日向さん。これからもよろしく」
「うん、よろしくね」
改めて挨拶して、僕は橋本さんと笑い合った。
と、唐突に朝日向さんが僕らの肩を組んできた。
な、何ごと!? って、朝日向さん近いって!
「ゆうやっち、やっと敬語がなおったな-? おそいぞ-!」
朝日向さんは、わしゃわしゃと僕の頭を乱雑になでてくる。
こ、この人は本当に……!
「朝日向さん近いって! 仲間になったからってそんなにスキンシップするのはどうかと思うよ!」
「言ったなー! そんなこというヤツはこうしてやる-!」
「い、いた……って、だから何するのさ!」
絡み合う僕らを見て、かわいく笑う橋本さんが印象的だった。
こうして、僕が入って初めての依頼が成功した──。
翌日。六時間もの授業を終え、放課後。
金曜日ということで、ほとんどの生徒達が教室に残っている。僕はそんな教室の、ある場所に目を向けた。
そこでは、カップルになったばかりの星沼さんと坂本君のグループが仲よさそうに雑談していた。
僕は今日一日、この二人のことを観察していた。
それはもう、見てるこっちがじれったくなるくらいには初々しいこと……。
他の人たちもそうだったようで、星沼さん達はすぐに付き合っていることを見抜かれていた。今も同じグループの生徒達にからかわれ、二人とも顔を真っ赤にしている。
ほんと初々しいなあ。
二人を見てニヤニヤ和んでいると、いつの間にか瑛二が近くまで来ていた。
カバン持ってるから、今から帰るところなのかな?
「おい、キモいぞ裕也」
めちゃくちゃストレートに罵倒された。
そこまでストレートに言うかな!? いや、自分でも気持ち悪いくらいにニヤニヤしてたな、とは思ったけど!
僕は、ひくひくと頬を引きつらせる。しかし、瑛二はそんな僕の様子なんて気にするはずもなく、さらっとスルーして続けた。
「あの様子だと、告白は成功したんだな? まあ、両想いだったし当然か」
「うん、なんだか初々しいカップルで見てるだけで和んじゃうよね」
僕は、うんうんと頷きながら返す。
って、あれ? 僕、瑛二にあの二人が両想いなんて言ったっけ? そもそも、僕は気づかなかったし、発覚したのだって橋本さんのおかげだったし……。
首を傾げて思い出していると、瑛二がボソリと呟いた。
「何はともあれ、良かったな。……この様子だと、こいつらの仕業じゃなさそうだな」
「え? 僕らの仕業って、瑛二何かあったの?」
「いや、何でもない。じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
怪しげな台詞を吐いた瑛二は、ぶつぶつと何かを呟きながら帰って行った。
な、なんだったんだろう? 何か気になることでもあったんだろうか……?
っと、瑛二のことは気になるけど、僕も部活に行かなくちゃ。昨日成立させたばっかりだし、まだ新しい依頼来てないだろうけど。
さっと帰りの用意を終えて、教室を後にする。明日は土日だ、とはしゃぐ生徒達で賑やかな廊下を歩き、教室棟を出る。そのまま歩いて、部室へ。
扉を開けると、すでに橋本さんと朝日向さんがそろってくつろいでいた。
二人とも、いつも僕がくる前にそろってるし、くつろいでるよね……。
「ゆうやっち遅かったね-? 依頼を一つ成功させたからって、たるんでるじゃないのかねー? んん?」
「朝日向さん、そのめんどくさい上司みたいな反応はなにさ……」
苦笑しながら、朝日向さんに突っ込みを入れる。そのまま席へ座り、橋本さんからジュースの入った紙コップを受け取る。
ありがとう、と手刀を切りつつ紙コップに口をつける。
久しぶりに飲んだけど、カルピスおいしいな。
……普通にくつろいでたけど、今日は活動しないのかな?
「橋本さん、朝日向さん。今日って何をやるつもりで──」
「ちーっす。仲人部ってここでいいのね?」
僕を質問をさえぎって入ってきたのは、群青色のポニーテールを下げた女子生徒だった。口調はチャラいけど、見た目はそうでもない。顔のパーツは見事のなまでに綺麗に整っており、美人の部類に入る。
上履きの色から見るに、同じ一年生なのかな?
「そう、ここが仲人部の部室だよ!」
僕らが反応し切れていないうちに、橋本さんが対応してくれた。
どこか嬉しそうな声音なのは気のせいだよね?
「あーしの恋のサポート、お願いできね?」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに苦笑した。