第三話 さてはお前、バカだろ?
初の部活動から帰宅し、リビングでデレデレしていたら姉に足蹴りを入れられた。そんなハプニングはあったものの、順調に時間が経過した。
翌日の朝。
僕はいつも通りに登校し、机に座ってカバンから教科書を取り出していた。
今日は教科が多いから、重かったんだよね……。
ひとりため息をつきながら、昨日部室で見た二人を探す。
確か、星沼さんと坂本君……。きょろきょろと、そこそこ生徒が集まってきた教室を見回して──見つけた。
どちらかというと地味なイメージを受ける、黒髪ショートの星沼さん。それに対し、黒髪だけどちょっと明るめな印象の坂本君。そんな対照的な二人は、他の生徒を交えた同じグループで仲良さそうに喋っていた。
「うーん、あの感じだと坂本君は脈がなさそうには見えないなあ……」
「誰が脈なしだって?」
「うわぁ!?」
いきなり耳元でささやかれ、振り向くと瑛二がいた。僕の驚きをよそに、よっと手をあげて挨拶してくる。
「なんだ、瑛二か……。びっくりしたじゃん!」
「おう、悪い悪い。で、誰が脈なしだって?」
「な、なんでもない、よ……?」
「そんなことないだろ。お前が橋本以外に脈なんて考えるはずもない。きっと、昨日の部活のことなんだろ?」
「う……」
さすが瑛二だ、とても鋭い。
瑛二には昨日相談に乗ってもらったし、話しても大丈夫かな。
僕は昨日の部活でわかったことを一通り話してみた。
「──へえ。他人の恋を実らせる部活、ねえ」
「うん、手段は問わないんだって。なんかエージェントみたいでカッコいいでしょ?」
「いや、別に」
即答!? エージェントってカッコよくない!?
あいかわらず瑛二は冷たいなあ、なんて考えていると瑛二が口を開いた。
「てか裕也。お前エージェントもなにも、橋本と同じ部活だから入っただけだろ?」
「ソ、ソンナコトナイヨー?」
「急に片言になっても怪しいだけだから」
く、くそう。ごまかせると思ったのに!
「で、そのくっつける二人ってのはどの二人なんだ?」
「あ、うん。あそこにいる星沼さんと坂本君で……」
「あの二人か。くっつける二人が同じクラスだなんて、運が良いな
お前」
「そのせいで、今回の依頼は僕一人で観察するハメになったんだけどね……」
「そ、そうか……」
同情した目で僕を見てくる瑛二。
なんだか悲しくなってくるからやめて!?
言い返そうと、瑛二の方へ顔を向けると──瑛二はすごく真剣な顔で星沼さんと坂本君を見ていた。
なんでそんなに真剣な顔であの二人を見てるんだろ? も、もしかして……!
「え、瑛二。そんな真剣にあの二人のこと見て……もしかして手伝ってくれるの!?」
「あ、いや……」
すると瑛二は二人を見るのをやめ、考えるような素振りを見せる。
「もしかしてあいつら──」
「ん? どうかした?」
「ああ、いや、何でもない。ま、俺は手伝ってやらねーから、一人で頑張れよ!」
「え、ちょっと瑛二!?」
言うや否や、瑛二は勝手に自分の席まで戻ってしまった。
な、なんだったんだ……? って、なにか気づいてたっぽいのに教えてくれないの!?
少し聞いてみるか、とちょうど立ち上がったところで──
キーンコーンカーンコーン
「はい、朝のホームルームを始めますよー」
鐘の音がなり、担任の西条先生が教室へ入ってきた。独特のふわっとした雰囲気を漂わせながら、座って座ってと促す先生。
くっ、なんてタイミングが悪い……!!
仕方なく観念した僕は、素直に座ってホームルームを受けるのだった。
そして、四時間目の国語の時間。僕は昼休み直前のこの授業で、やっと二人を観察することができた。
というのも、一、二、三時間目と移動教室や男女別授業が続き、二人一緒に観察する機会がなかったのだ。
よし、メモも用意したし、張り切って観察するぞ……!!
なんて思いながら、後ろにいる隣同士の二人を観察していると──唐突に、頭に衝撃が走った。
な、なんだ!?
向き直ると、まるで修羅の顔をした国語の教師──南原先生が教科書を丸めていて……。
「オイ、後ろを向いて授業を受けるとは、良い度胸だな。寺沢?」
ドスの聞いた声で、睨んできた。
その強面な顔のせいもあって、めちゃくちゃ怖い。
周りの生徒からの『ああ、あいつ怒られてるぜ』みたいな視線がとても痛い!
も、もしかしてこれアウト……?
いや、僕は諦めないぞ! なんとか逃れようと必死に言い訳を考える。
「え、えっと、後ろに消しゴムが飛んでいって……」
「ほう? 授業の半分も、後ろに飛んでいった消しゴムが取れないなんてことがあるんだな?」
「い、いえ、ありません……」
これは何を言ってもダメそうだ! むしろ言い訳したら余計に怒られるかもしれない……!
「ちゃんと前を向いて授業を受けろ!」
「は、はい! ごめんなさい!」
その怖さに、思わず背筋を伸ばして返事をする僕。
しかも、周りの生徒達が茶々を飛ばし始めた。南原先生はノリがいいからって、袋だたきにしやがって……!
『おいおい、寺沢なにやってんだよ!』
『ちゃんと授業受けろよ!』
『裕也はバカだな!』
ちょっと待て。一番最後のは瑛二だな? 怒られてても分かったぞ!
昼休みに入ったらやり返してやる!
僕が内心炎を燃やしていると、先生はいつの間にか黒板の前まで戻っていた。
「寺沢、今度はちゃんと授業受けろよ! 次はないからな!」
「はい、すみませんでした!」
僕と先生のやりとりで、クラス中に笑いが満たされた。
そこでふと、二人が気になって後ろを向いてみると──
「仲良く笑い合ってる……?」
声は隠していたけれど、仲良く笑い合っていたのだ。これってもしかして──いや。まだ確証はないし、もう少し観察を続けてみよう。
そして前を向こうとして……。
「寺沢ァ! なめてんのかゴルァ!」
「は、はいぃ! すみません!」
再び、僕が怒られるハメになったのだ……。
少し後ろを向いただけじゃないか。解せぬ……。
「さてはお前、バカだろ?」
僕が怒られまくった国語の時間が終わり、昼休みに入ってすぐ。瑛二が笑いながら言った。
く……実際、僕もそう思ったから何も言い返せない……!
「理由は分かるけどよ、もう少しやり方があるだろ。ずっと後ろ向いてないで、時々後ろを向くとかよ」
「だ、だって、観察しなきゃって思って……」
「だからって授業の半分を後ろ向いて受けるのはどうなんだよ。むしろ、よく半分行くまで注意されなかったな?」
た、確かに……。そう考えると、あの先生は優しいのかも……。めっちゃ怒られたけど。
そんな会話をしつつ、二人でお弁当を開ける。
おお、今日は僕の好きなたこさんウインナーが入ってる! ラッキー!
瑛二は僕のお弁当を見て、ふっと笑った。
「な、なんだよ。言いたいことでもあるのか!」
「いや、なに。相変わらず、裕也は子供だなって」
「う、うるさいなあ! 好きなものは仕方ないだろ!」
好き勝手に言いやがって……! そんなことを言う瑛二のお弁当はどうなんだ!
キッと、睨むように視線を向けると──普通のお弁当だった。
唐揚げやひじきといったおかずと、ご飯の上に海苔が乗った弁当。
「普通だね」
「普通で悪いか」
いや、だって本当に普通のお弁当だったから……。
しらけたような空気が流れ、僕がなんとも言えない表情をしていると、瑛二はごまかすように話題を変えた。
「で、授業中に二人を観察して、なにか発見でもあったのか?」
「いや、発見ってほどじゃないんだけど……二人で笑い合ってたから脈がないってわけじゃないかなって」
「はあ……これだからお前は……」
え、なんで観察して思ったこと言っただけで、僕が悪いみたいなこと言われたの!?
その隙に瑛二は、僕のお弁当からたこさんウインナーを取って、ひょいと口に入れる。
「ああ、僕のたこさんウインナー!」
僕が恨みがましい視線を送ると、瑛二は悪い悪いと僕のお弁当に唐揚げを一つ乗せた。
「あれを観察しといてそんなもんとはね。お前、観察任されて本当に大丈夫だったのか? あれは完全に──いや、これは言うべきじゃねーな」
「え? なに? なにか分かったの、瑛二?」
「そこは自分で観察して考えろ。じゃなきゃ橋本の助けになれないだろ?」
「う、確かに……」
「まあ、頑張れよ」
瑛二は心がこもってなさそうに呟いて、食事を再開した。
それから昼休みが終わるまで、僕たちの会話に仲人部のことが出てくることはなかった。
放課後。昨日に引き続き、部室へ向かおうとしたところで瑛二が声をかけてきた。
「裕也。あの後、観察しててなにか気づいたこととかあったか?」
いきなりどうしたんだろう? もしかして瑛二も仲人部のこと気になってるとか?
「ううん、昼休みに言ったこと以外はなにも。もしかして瑛二、仲人部が気になるの?」
「んなわけあるか。ただ気になっただけだ」
ボソッと逃げるように言って、瑛二は一人で教室を出て行った。
って、気になってるんじゃん。それにしても、今日の瑛二は様子がおかしかったなあ。なにか変なものでも食べたのかな?
そんなことを考えながら部室の前まで行き、扉を開ける。
部室にはすでに橋本さんも朝日向さんもそろっていた。
「言われたとおり観察してきましたよー」
「ああ、寺沢君。今日もちゃんと来てくれて安心したよ。それじゃあ、早速結果を聞いていこうか!」
は、橋本さん、もうちょっと労ってくれても……まあ、いっか。そのためにやってるわけじゃないし。
自分で自分を慰めながら席につき、二人に今日のことを報告した。 二人は普通に会話をする間柄だということや、坂本君は脈なしには見えなかったこと、などなど。
「なるほどね……」
朝日向さんが分かったような口ぶりで呟いた。
いや、朝日向さん話の途中からそわそわしてたし、本当は分かってないんじゃなかろうか……?
そんなことを考えていると、唐突に橋本さんが立ち上がった。そして、そのままホワイトボードの前まで歩き、
「じゃあ、寺沢君の報告を踏まえて、これからの作戦を立てていこう!」
え? 作戦? なんのことか聞いてないけど、なんなんだろう……?
僕が首をかしげていると、朝日向さんが説明してくれた。
「この作戦っていうのは、依頼主の恋を実らせるための作戦なんだ! この前の依頼主のときも作戦会議したんだよ?」
「そ、そうなんだ」
って、近い! ちょっといい匂いするし……。
そういえば、昨日も朝日向さん近かったし、パーソナルスペースが狭いのかな……。
「この短期間の間に、二人が仲良くなってるみたいでよかったよ」
そんな僕たちを見た橋本さんが、うんうんと頷きながら言った。
いや、仲良くなってるわけじゃ……。
「そうなんだよー! 紅緒とゆうやっちはもう仲良しなんだー!」
朝日向さんがにかっと良い笑顔で、肩を組みながら自信満々に言い放った。
って、当たってる! どこがとは言わないけど、柔らかいのが当たってるから!
しかし、当の二人は僕のそんな苦労を無視するかのように続けた。
「じゃあ、二人が仲良くなったところで……作戦会議、始めちゃおう!」
「おおー!」
橋本さんの言葉に、朝日向さんは拳を上げて答える。肩を組んでいない方の拳を上げたから、僕はまだ肩を組まれたままだ。
も、もう好きにして……。
こうして、僕が仲人部に入って二日目。なんだかぐだぐだな作戦会議が始まったのだった。