第二話 二人きりじゃなかったの!?
現在進行形で、心がドキドキしているけれど、その言葉は聞き逃さなかった。
な、仲人部? 仲人って男女の仲を取り持つアレ──って、だめだ。今の状況だとうまく思考がまとまらない! まずはこれをやめてもらわないと……。
「は、橋本さん。その、嬉しいんだけど、一旦どいてもらえると助かる……かな?」
「え? どくって──」
橋本さんは今の状況を確認して、僕の顔を見つめたまま固まった。
たっぷり数秒見つめあう。ち、近いし恥ずかしい……。
やがて冷静になったのか、ボッと顔全体を真っ赤にして、大急ぎで手を引っ込めた。
「あ、あはは。ごめんね、寺沢君」
苦笑いをする彼女は耳まで真っ赤になってる。
もしかしてこれがつり橋効果──って違うか。それよりも、さっきの仲人部のことを聞かなきゃ。
「ええっと、橋本さん。その、仲人部ってのは一体……」
「そ、そうだったね」
橋本さんはううん、と口元に握りこぶしを当てて、咳払いする。そして顔を赤くしたまま、何事もなかったように続けた。
「仲人部っていうのは、私が新しく創立しようと考えてる部活なの!」
「へ、へー……。って、そうじゃなくて!」
胸を張ってドヤ顔で主張してくるのはかわいいけど!
もしかして、橋本さんはちょっぴり天然なのか……?
「勢いで喜んで、とは言ったけど、まず仲人部ってどんな活動するのかをいうのを知らないと……」
「うーん、そうだね……簡単に言うと恋のキューピットかな」
「恋のキューピット?」
「そう、依頼してくれた子の恋を実らせる恋のキューピット。さっきカップルが成立していたところを寺沢君も見てたでしょ? あんな風に恋の手助けをしてあげるの」
そっか、あれは手助けをしてたからこっそりと見守ってたのか。正直にいうと不審者に見えたけど……納得だ。
でも、なんで僕なんだろう……? 直接誘われたのは嬉しい。けど、他人の恋を実らせるなら、もっと恋にくわしい人の方がいいんじゃないのかな?
僕にしては珍しく弱気だけど、三回も告白を断られてるんだ。警戒だってする。
そして、それを聞こうと口を開いた──そのとき。
バイブ音と共にプチョヘンザイ、と音楽が鳴った。
なんだよプチョヘンザイって! 思わずツッコミそうになったけど、ギリギリで耐える。
僕のスマホは右ポケットに入れてあるけど、振動なんてしなかった。そもそも、あんな曲ダウンロードした覚えないし。
そのうえ、ここは体育館裏だし、なにか物を置く場所はない。
つまりさっきの音の原因は──橋本さん?
「あ、ごめんね。お母さんから電話かかってきちゃった」
「だ、大丈夫……です」
橋本さんは申し訳なさそうに手刀を切りながら、スマホをいじりだした。
お母さんからの電話の着信音がプチョヘンザイって……。
「あ、速く帰ってきなさい、ってラインまで来てる……」
今度はスマホを見ながら、青ざめた。
おっと、これは天然確定っぽい。
「えっと、そういうことだから、明日の放課後に部室棟の仲人部の部室に来てくれない? じゃあお願いね? バイバイ、寺沢君!」
「え? ちょっと、橋本さん!?」
そう言って、橋本さんは何か言わせる隙も作らずに、正門へ走って行ってしまった。
まだ聞きたいこと聞いてなかったのに……。
こうして、僕はひとり体育館裏に残されたのだった。
「──で、橋本に部活に誘われたと?」
「そうそう。いやー、あのときの橋本さんは可愛かったよ? いきなり壁ドンまでされてドキドキしちゃってさあ」
翌日の昼休み。
キーンコーンカーンコーン、と昼休みを告げる鐘の音が鳴ってすぐ。いつも通り、瑛二がお弁当を持って僕の席までやってきてから、昨日の経緯を話していた。
昨日、あの後家に帰って瑛二にライン送ったら『俺が悪かった。早まるんじゃないぞ?』って返ってきたから、仕方なーく説明することにしたんだよね。
な、現実だっただろ? なんてドヤ顔で言ってやると、瑛二は真剣な顔で悩みだした。
いや、なにもそこまで真剣に悩まなくても……。
「確かにスジは通ってる……」
確かには余計だ。
「でも、橋本はなんでお前を誘ったんだ? 他人の恋を取り持つ、ってんなら別にお前じゃなくてもよかっただろ?」
「それはやっぱり、僕のことが好きで――」
「それはない」
即答だった。もう少し悩んでくれてもいいのに……。
瑛二はため息をついて、呆れたように続ける。
「というか、それはお前の願望だろ?」
「べ、べべべつに、そんなこと考えてないし? 部室に二人っきりだからってイチャイチャしようとなんかしてないし?」
「いや、そこまで言ってねーよ……。ていうか、そんなことしようとしてたのかよ、気持ち悪いなお前」
そ、そんなに気持ち悪いかな、僕!?
昨日、姉にも言われたから、すっごく不安なんだけど!?
「あの橋本のことだからなにか理由があったんだろうが……もしかしたら罰ゲームの可能性もある? 念のため警戒しておけよ?」
昨日の橋本さんは罰ゲームをやってるようには見えなかったけどなあ……。
でも、だからって誘われた理由がわかるわけでもない。瑛二もこう言ってることだし、一応警戒しておこう。
そして、放課後。授業が終わったばかりの教室には、まだたくさんの生徒が残っており、思い思いに話に花を咲かせていた。
僕はそんなけたたましい話し声をBGMに、手早く帰りの用意を終えた。
「じゃあ行ってくるね、瑛二」
「おう。念のため、気をつけろよ?」
「わかったよ」
机にノートを広げたままの瑛二とそんなやりとりをしつつ、教室を出る。そのまま一階まで下りて、部室棟へ向かう。
うちの学校の敷地はきれいな正方形で、正門から見て左手に体育館、運動場。右手に教室棟、教員棟、部室棟。といった順に配置されている。
ちなみに、僕と瑛二が登下校時に使う裏門は正門と正反対で、ひどいことに教室棟から一番遠い。
そして、昨日橋本さんに言われたのが、部室棟の仲人部の部室。
学校の公式サイトを確認してみると、部室があるのは三階の階段から一番遠いところだった。まじか。
「とりあえず行きますか」
部室棟に入って階段を上り、まだ人が集まっていない静かな廊下を進む。
歩くこと一分足らず、部室の入り口についた。
よ、よし、行くぞ!
ふぅ、と深呼吸をして扉を開ける。
「失礼します。橋本さんは──」
すると、そこにはイスに座ったまま、きょとんとした顔でこちらを見ている女子がいた。でも橋本さんじゃない。
私立校だからこそ許される栗色のショートヘア。そこから覗く引き込まれそうな真っ黒な目。その見た目からは、どことなく元気っ子のような印象を受ける。
そして、その小柄な見た目とは裏腹に、制服の上からでもわかるほど大きな女性特有の膨らみ。
この子も橋本さんに負けず劣らずのかわいさで──ってそうじゃない。
この子以外誰もいない……?
部室を一通り見回すと、この子が座っているイスとテーブルが部屋のど真ん中に置いてあり、壁際には可動式ホワイトボードがおいてある。それら以外にはなにもおいてない。
つまり、この中で人が隠れるところなんてどこにもない。
ということは、橋本さんと二人っきりの部活じゃなかったのか!?
僕が扉の前で頭を抱えていると、そこで固まっていた女の子が再起し始めた。
「ドロボウ?」
「違うわ!」
って、ついツッコんでしまった。そうじゃなくて……。
「えっと、橋本さんに仲人部に勧誘されて……」
「あおいちゃんに? なんだ、それなら速く言ってよ」
僕がそう言うと、彼女は笑いながら、お菓子を食べ始めた。
いや、言う前に反応が来たんだけど……。
扉の前にいても仕方ないし、とりあえず部室に入る。そのままその子と対面になるようにイスに座る。
テーブルの上にはカルピスのペットボトルやお菓子が散らばっていた。目の前のこの子は、そんなに前からこの部屋にいたのかな?
そういえば普通に接してたけど、誰なんだろう? 間違いなく部員だろうけど……橋本さん、この子のこと言ってなかったよね。
そんなことを考えながら、目の前でお菓子を食べている子を見ていると、突然その子がこっちを向いた。そしてすぐさまジト目になる。
な、なんだ!? もしかして見てるのがバレたとか……?
「キミ、さっきからずっとこっち見てるけど……」
やっぱりバレてたー!?
僕が冷や汗をかきながら続きを待っていると、その子は急に笑い出して、手に持った食べかけのお菓子を差し出してきた。
「もしかしてこれがほしいの? あげようか?」
「いらないよ!?」
怒られるのかと思って損したじゃないか……。
──と、そのとき唐突に扉が開かれた。顔を向けると、入ってきたのは橋本さんだった。
「あ、寺沢君もう来てたんだ」
「こ、こんにちは」
「うん、こんにちは。じゃあ、早速部活の紹介にいきたいところだけど、まずは自己紹介からいこうか!」
こうして、自己紹介が始まり……一〇分ほどかけて、やっと自己紹介が終わった。地味に長かった……。
無事に終わったことにホッとしつつ、僕は確認するように対面席に座る二人に視線を向けた。
お菓子を食べていた赤毛の女の子が朝日向紅緒さん。橋本さんと同じクラスの1の1で、運動神経が抜群だそうだ。
そしてこの部活、仲人部の部長が橋本さん。本来なら、五人以上部員がいることが部活に昇格するため条件なのだ。しかし、二人はそれがシャクだったようで、同好会にもかかわらず勝手に部活と名乗っているそうだ。
……それって大丈夫なんだろうか。
じーっとジト目を向けていると、ごまかすように橋本さんが立ち上がった。
「じゃあ、改めて部活の説明に行こうか!」
橋本さんはホワイトボードの前へ行くと、ペンを取って『仲人部の活動について』と書いた。
そういえば、詳しい説明は聞いてなかったっけ。
早く部活説明がしたかったんだろうなあ、なんて思いながら、僕は部活の説明に耳を傾けた。
橋本さんの話をまとめると、新しい情報はなかった。
クラスメイトから恋の相談を受けたら、手段は問わずにその恋を実らせる。
そして、橋本さんの恋を聞いてて判明したのが、元々僕を勧誘しようとしていたが、タイミングが合わなかったこと。
昨日橋本さんが僕の告白を断って走り去っていったのは、告白を手伝う直前で忙しかったから。
つまり、昨日嫌そうな顔と僕が思ったのは、本当は時間がなくて焦っていたということだ。
ひとまずそこが判明して一安心……なんだけど、まだ一つ分からないことがある。
「え? 寺沢君を仲人部に勧誘した理由?」
なんのこと? とでも言わんばかりに橋本さんは首を傾げた。
そう。勧誘したかったとは聞いたけど、その理由までは聞いていなかった。瑛二から警戒しておけと言われたし、僕も気になる。
できれば僕と部活動がやりたかったから、とかそんな理由だったらいいなあ、なんて。
「それはもちろん、寺沢君と部活動をやりたかったからよ」
「え!?」
本当にそうだったの!? じゃあ、もしかして本当に僕のことが好きだったり──!?
「だって、何回も同じ人に告白するなんて根性がないとできないでしょ? 恋を実らせるのにも必要なのよ? 根性!」
Oh……。ま、まじですか……。
これはすごくショックだ……。
ま、まさかとは脈なしとかじゃないよね……?
露骨に肩を落としていると、朝日向さんが耳打ちしてきた。
ち、近い……。
「残念だったね、寺沢君。あおいちゃん、小学校のころからあんな感じなんだよ」
「あ、あんな感じ?」
「そ、なんか他の人の恋の手助けするのが好きみたいでさ。自分の恋に全然興味ないみたいなんだ」
「へ、へー……」
それってちょっと絶望的じゃない……?
いいや、ここで落ち込んじゃいけない。そもそも、何回も告白しておいて、まだ好意的なだけでマシなんだ! よし、僕はめげないぞ。橋本さんを振り向かせてみせるんだ!
重要な情報をくれた朝日向さんに感謝しつつ、固く決心した。
「それじゃあ、早速明日から活動を始めていこう! 人数が増えたから、部活動がはかどるね!」
……え? ちょっと待って。僕、まだ入るとは言ってない気がするんだけど……?
「は、橋本さん」
「何かな、寺沢君」
「いや、僕まだ部活に入るとは一言も──」
「部活の説明を聞いたら、入ったも同然だよ!」
橋本さんは握りこぶしを作って、笑みを浮かべながら言ってきた。
そんなにいい笑顔で言われても……。いや、かわいいけど。
「そうじゃなくて、僕まだ入るかどうかも決めてなくて──」
「三人になって初の依頼はこれだよ! 依頼主はこの人!」
そう言って橋本さんは一枚の紙を僕たちに見せてきた。
って、僕の話を聞いてない!? ……別に嫌だってわけじゃないからいいけどさ。
観念して紙に視線を向けると、その紙にはある人の顔と名前が記されていた。
「「星沼可憐?」」
「そう、この子も寺沢君と同じ1の2。そして……」
橋本さんはカバンからもう一枚紙を取り出して僕たちに見せる。
そこには、一枚目とは違う人の顔写真と名前があった。
えーっと、坂本泰平?
そういえば、この二人どっちも見覚えがあるぞ?
「この子の好きな泰平君も1の2」
うん? なんだか嫌な予感が……。
「ということで、寺沢君! 明日からこの二人の観察をお願いね! 結果は、放課後に聞くから!」
嫌な予感が的中した……。
でも、やるしかないか。結局、ちょっと強引だったとはいえ、入部っちゃったわけだし。
そう思うとなんだか笑いがこみ上げてきた。僕は笑みを浮かべたまま、机に手をついて立ち上がった。
「わかりました。僕、明日から観察始めようと思います!」
「その調子だよ、寺沢君! やっぱり勧誘したかいがあったよ!」
「うんうん! よく言ったよ、ゆうやっちー!」
橋本さんと朝日向さんがおだててくる。これはこれで結構……ごほん。
って、いつのまにか朝日向さんが僕のこと「ゆうやっち」って呼んでるし。まあ、いいけど。
「じゃあ、寺沢君。明日からお願いね? 放課後にここで待ってるから!」
「はい、任せてください!」
こうして、僕が入って初日の部活動は解散となったのだった。