第十六話 最後の試合だ!
『もう試合始めるぞー。準備しろー』
南原先生がステージの上でマイクを使って、試合の準備を急かす。
他の生徒達は楽しそうな、あるいは真剣な表情でコートに集まっていく。
そんな中、すでに準備を終えていた僕ら、『1の2』の心中は穏やかじゃなかった。
「ど、どうするッスか……あんな連中どうやっても勝てないッスよ……」
「……この試合、諦めるべき」
「あ、あんな連中、勝てるビジョンが全然見えません……」
そんな呟きを表すように、空気もどんよりしている。
それは僕も例外じゃない。
そりゃそうだよ。どうやったらあんなに体育会系が集まったクラスに勝てるのさ。
たしかにね、こっちには柏木さんとか、玖珂君とかいるよ? 僕もそれなりに運動は自信あるけど、あっちはそんなレベルじゃない、
なんだよ、あのムキムキ過ぎる人……。代表も他の生徒達も強そうだし、あんなのどうやって勝てっていうんだよ……。
しかし、それでもまだ諦めていない人もいたようで、三人もの生徒が声を上げた。
「ほら、みんながんばろうぜ! あーしもがんばるからさ! 最初から諦めるのは良くないぜ!」
「そうだ。柏木の言うとおりだ。どこぞのコーチも、諦めたらそこで試合終了って言ってただろ?」
「そうだよ、ボクらならいけるよ! 『1の2』なら勝てるさ!」
柏木さんに瑛二、それに玖珂君だ。
珍しいことに瑛二までもが諦めていなかったのだ。
三人とも自信満々に言ってるし、なにか考えでもあるんだろうか?
「何か具体的な策があるわけじゃない……でもボクらが、自分自身の力を信じないでどうするんだ!」
「あ、ああ! そうだな! 玖珂の言うとおりだ!」
「そうよ、私たちならできるわ!」
「『1の2』、勝つぞー!」
「「「おー!!」」」
玖珂君の一声で、クラスの士気が高まる。
いやいや。たしかにすごくいいこと言ったけどさ、相手のチーム見たら勝てるとは思えないでしょ……。
それでも全力でやってみるけどさ。
『それじゃあ行くぞー。クラス対抗ドッジボール、最後の試合、開始する!』
と、そこで南原先生が試合の開始を知らせた。
幸いにも、一投目はこちらだ。
これなら、士気の上がった効果をめいいっぱい発揮できる。
「ふっ……!」
玖珂君が、息を吐きながら力一杯に投げる!
──が。
「ふうむ。この程度か? 存外、弱いものだな?」
相手の相撲部に入っていそうな人に、軽々しくキャッチされてしまう。っていうか、あの体格は、相撲部で確定でしょ。
もしかしてあの人がエースなの? 倒せる気がしないんですけど。
「これならば、このクラスで一番強い代表が出る幕もないでゴワス」
え? あっちの代表、あの人より強いの?
いやいや、まさかー。あの人がエースであってください!
「ははは、そう言ってやるなって! かわいそうだろ?」
そこは否定してよ!
あの人、悪気なんてこれっぽちもない笑顔を言ってるし、あれ絶対本音だって! ただでさえ絶望的なのに!
「そうでゴワスな! では、行くでゴワス!」
相撲部の人がゆっくりと投げ──
「ごふっ!?」
『1の2,永島君アウト』
気が付いたら、瑛二がボールに当たっていた。
え!? 速すぎてボールが見えなかったんだけど!?
と、とにかく、今は瑛二のほうだ!
「え、瑛二! 大丈夫!?」
「気を……つけろ……。超、痛い……ごふっ」
「瑛二ー!!」
瑛二は当たったお腹を押さえて、足を引きずりながら観客席へと歩いて行った。
ま、まじで? あんな瑛二見たことないんだけど。そんなに痛かったの?
「な、永島、超痛そうだったな……」
「あんなボールを投げるヤツよりも強いヤツがいるんだろ……?」
「む、無理だろ……諦めようぜ……」
クラスでも諦めムードが漂い始めてるし……。
正直、僕もあんな集団に勝つのは無理なんじゃないかって思い始めてるし……。あんなの見た後じゃ、そう思わない方がおかしい。
「まだだよ! まだ諦めないで!」
そんな中、玖珂君がひとり声を上げた。
「可能性があるかぎり、諦めちゃダメだ! ボクらの力を見せてやろう!」
「そ、そうだな! まだ諦めるには速いよな!」
「まだ頑張れるぞ!!」
「やるぞ-!!」
す、すごい。玖珂君が声を上げただけで、みんなの士気が高まった……!
これなら勝てるとは言えなくとも、いい勝負はできるかもしれない!
「いくぞー!」
「「「おおおお!!」」」
玖珂君がもう一度、士気を高めつつ、ボールを投げる──!
──そして、時が過ぎること十五分後。
『勝者、1の7!』
ボクらのクラスは、見事に全滅していた。
みんなボールを当てられたところを押さえて、のたうち回っていた。足や腕、お腹を押さえている人もいる。
僕の場合は、右腕だ。
もう超痛い。力入らないし、もげるんじゃないかってくらい痛い。
でも……。
「「「あはははは!!」」」
楽しかった。
「なんだよ寺沢、その痛がり方!」
「柏木さんこそ、いいこと言ったのにすぐやられてたじゃん!」
「お前らみっともないぞ、裕也、柏木! なにやられてんだよ!」
「瑛二なんて一番最初にやられてたじゃん!」
「そうだそうだ! あーしらに言うばっかりじゃねーぞ!」
「う、うるせー!」
すごく、楽しかった。クラスで協力して、勝てない相手に立ち向かって。
こんなに楽しかったのは、この高校に入って初めてだ。
「ほら、三人とも。そんなことで笑ってないで、表彰始まるから行くよ?」
「おう!」
先に痛みから立ち直った玖珂君に促され、僕らは立ち上がる。
「それにしても、玖珂も面白かったな? カッコいいこと言ってた割には痛そうに脱落してたじゃねえか」
「い、いいだろ別に! 本当に痛かったんだから……」
「ははは! 珍しい玖珂を見ちまったな!」
「う、うるさいな! ほら、速くいくよ!」
「へいへい。そう照れるなって」
柏木さんと玖珂君、本当に楽しそうに話すんだね。
試合が終わったばかりだけど、まだやることがあるし気を緩める訳にはいかない。むしろ、ここから先の方が大事だ。
なんてったって、作戦の本番だからね! 失敗するわけにはいかない。
試合でのことを無駄にしないように、がんばるぞ!




