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第十話 僕の作戦はこれだ!

 翌日、昼休み。

 見事に三日連続で雨が降っている。じめじめっと湿気が高くて最悪だ。

 今日実行するのは僕の作戦だ。

 何をやるかというと──柏木さんと玖珂君を誘って、カラオケに行く!

 行くメンバーは僕と柏木さんと玖珂君。そこに瑛二も誘おうと思ってる。

 一応、調理実習の打ち上げってことにしてるからね。それに、あの二人と混じるのなんて、絶対に場が持たない。それはもう絶対に。

 そして、仲人部の二人には留守番をしてもらうことにした。二人は来たいってだだをこねたけど、こればっかりは譲れない。

 調理自習に参加してない人を打ち上げに誘うのはおかしすぎるからね。

 その代わり、工作をお願いした。人数はなるべく少ない方が良いから、前みたいに取り巻き達をまいてくれ、と。

 罪悪感がすごいけど……依頼のためだ、と割り切った。

 ということで、お弁当を食べながら瑛二誘ってみたところ、


「はあ? カラオケ? 嫌だよ、面倒くさい」

「そこをなんとか! チョコとかおごってあげるから!」

「いらんわ! というか、なんで今日なんだよ」

「それは、その……」

「キモいからもじもじすんな」


 隣の席に座ったまま、瑛二は心底気持ち悪そうに言う。

 相変わらず、口が悪いようで……。


「お前アレだろ? どうせ仲人部の作戦なんだろ?」

「うっ……」

「俺は行かないからな。なんなら仲人部の人でも連れて行けば良いだろ?」


 

 くっ、なんて強情な……。なら仕方ない。少し良心が痛むけど、あの手で行こう。


「そっか、分かったよ。瑛二がそこまで言うなら諦めるよ……」


 しゅんと肩を落とし、露骨なまでに落ち込む。そのまま、ぼそぼそと食事を再開する。 ちらりと視線を向けると、瑛二はものすごく気まずそうな表情をしていた。

 よし、もう一押しだ!


「はあ、瑛二とカラオケ行くの久しぶりだったし、結構楽しみだったんだけどな……」

「ぐ……」


 僕は言いながら、お弁当のたこさんウインナーを口に入れる。

 すると、ついに瑛二は耐えられなくなったのか、頭をがしがしと掻きむしり、


「だああ! 分かったよ、行くよ! 一緒にカラオケ行けば良いんだろ!」

「ほんと!? 来てくれるの!?」


 瑛二はヤケクソ気味に言い放った。

 よし、言質取った! ちょっとセコいけど、たまにはこの長い付き合いを生かさせてもうよ。

 表には出さないよう、心の中でガッツポーズをする。

 というのも、瑛二は昔からこういうのに弱いのだ。だから、ちょいちょいっとそんな雰囲気を醸し出せば、瑛二はころっと落ちちゃうって訳さ!


「……チョコおごれよ」

「へいへい」


 瑛二もわかってて断れきれなかったのか、ぶすっとしたまま食事を再開する。

 ホント、口は悪いのに根は良い奴なんだから。

 さてと、こっちは大丈夫そうだし、柏木さんの方も聞いとくか。

 僕は懐から携帯を取り出し、ラインを開く。宛先は柏木さんだ。


「おいおい、食事中くらいスマホいじるのやめろよ」

「ごめん、すぐ終わるから」


 瑛二に謝りつつ、メッセージを送信する。


『柏木さん。こっちはできたけど、そっちは大丈夫?』


 送れたのを確認し、柏木さんの方へ視線を向ける。すると、彼女はスマホをいじり出すところだった。


『……柏木、行儀悪い』

『そッスよ、食事中はスマホいじるのはマナー違反ッス!』

『悪い悪い、すぐ終わっからさ』


 同じやりとりをしていた。

 確かにマナー違反だったね。ちょっと反省。

 そして、返信が来たので開いてみると、


『悪い、寺沢。まだ聞いてなかった! 今聞くわ!』


 なにしてんねん。

 いや、思わずエセ関西弁になっちゃったけど、ホントに何してんの!?

 昨日、仲人部の活動が終わる前に、『玖珂君に明日カラオケいけるように誘っておいて』っていったはずなんだけど!?

 ……って、今!?

 柏木さんの方へ視線を向けると、本当に聞くつもりのようだった。


『なーなー、みんな今日カラオケ行かね? 寺沢が調理実習の打ち上げにって誘ってくれんだけど』

『寺沢君が、かあ。放課後まで雨だろうし、部活休みだろうから、ボクは大丈夫だよ』

『ごめんなさい、今日は用事があって』

『……私も用事ある』

『オレっちもちょっときびしーッスね』

『り、りょーかい。じゃあ、玖珂は放課後寺沢達と合流なー』


 よかった。今日、玖珂君に用事がないかハラハラしてたけど、聞いた感じでは大丈夫そうだ。それに、朝のうちに橋本さん達はやってくれたみたいだし、今のところ状況は最高だ。

 そこで、柏木さんがラインを入れてくる。


『来れるのは玖珂だけだってよ。他のみんなは用事があるらしいぜ』


 それにしても、柏木さん……。工作がおわってなかったらドタキャン祭りになるとことだったよ……。

 調理実習の打ち上げっていうのもあったし、いつも一緒にいるメンバーだからっていうのは分かるけど……一番の目的を忘れてるんじゃなかろうか。

 一番は君の恋が実ることなんだよ?

 そんなことを考えながら、柏木さんに返事を送る。

 何はともあれ、下準備は完了だ! これで後はカラオケに行くだけだ!







 放課後。

 教室で待っていてくれた柏木さん、玖珂君、瑛二を連れてカラオケに向かっていた。

 梅雨だからか、学校が終わってからも絶え間なく雨が降っている。

 ……さすがに柏木さんと玖珂君に、相合い傘はさせてないけどね?

 そうして、学校を出て歩くこと数一〇分。カラオケ店についた。妙にポップな外装がピカピカと、うるさいくらいに自己主張している。

 そのまま店入り、受付をする。


「学生四人、二時間で」

「おい、待て。二時間もいるのか?」

「うん。一時間じゃすぐに終わっちゃうでしょ?」

「では、学生四人、二時間でよろしいですか?」

「はい、それでお願いします」


 突っかかってくる瑛二を沈めてたところで、受付の人がまとめてくれる。


「では、103をお使いください」


 受付の人からマイクを二本受け取って、103に向かう。

 扉を開けて103に入ると、室内は結構狭かった。

 メニューの置いてあるテーブルに、それを囲うように配置されているイス。それに大きなテレビが一つ。扉の横には注文用の電話がついている。


「何立ち止まってんだ? もしかしてカラオケ初めてだったか?」

「そ、そんなわけないだろ! もう常連レベルだし!」


 実際は二桁も来たことないけど。

 茶化してくる瑛二の声を背後に、ボクはイスに腰掛ける。

 後ろに、瑛二、柏木さん、玖珂君も続く。


「じゃあ、ボクから歌って良いかな?」

「お、玖珂からかー! あーし、玖珂が歌うの初めて聞くから楽しみだぜ!」


 柏木さんにおだてられた玖珂君が、照れながら曲を入れる。

 テレビの方を見てみると、最初に歌うのは──国歌!?

 玖珂君、見た目によらず結構しぶいね……。

 他の二人も、テレビを見て苦笑いしていた。

 そりゃするよね……。国歌を選ぶとは思わなかっただろうし。

 そんな僕らの感想をよそに、玖珂君は歌い始める。


『────』


 い、意外とうまいぞ……!?

 採点入れてたら、95点は確実に行きそうなくらい上手だ……!!

 そんな風に聞き入っている間に、あっという間に玖珂君は歌い終えた。

 まあ、国家って意外と短いもんね。玖珂君が上手だったってのもあるけど。

 僕らは、歌い終えてジュースを飲んでいる玖珂君に盛大な拍手を送る。


「すごいよ玖珂君! こんなに歌うまかったんだね!」

「ああ、すげーな! もう一回聞きたいぐらいだぜ!」

「二人ともありがとう。いやあ、照れるなあ」


 僕らに褒められ、頭をかいて照れる玖珂君。

 と、そのとき。唐突に瑛二が立ち上がり、


「はん、このレベルか。まだまだだな」

「永島君、なんだって?」

「俺の方がうまいって言ってのだよ、玖珂さんよお」


 瑛二と玖珂君がにらみ合う。その様子は、まさに一触即発。

 え、瑛二はいきなりうどうしたんだ!?

 二人のにらみ合いに、僕だけではなく柏木さんもあたふたし始める。


「な、なあ寺沢。永島は急にどうしたんだ!?」

「ぼ、僕もわからなくて!」


 しかし、瑛二は僕らの困惑を気にする様子もなく、リモコンを操作する。やがて、リモコンをテーブルに戻すと、マイクを手に取った。

 も、もしかして……。


「玖珂、どっちがうまく歌えるか、俺と勝負しようぜ?」


 瑛二がニヤリと笑みを浮かべて、言い放った。

 い、嫌な予感が的中した……!

 まったく、瑛二は……。玖珂君がこんな挑発に乗るわけが──


「いいよ、その挑発乗ってあげるよ。永島君、勝負だ」


 乗っちゃったよ!? 玖珂君、挑発乗っちゃったよ!

 思わず口を開けて驚いてしまった……。

 ちらりと、柏木さんの方へ視線を向けると──彼女も口を開けて、ポカンとしていた。

 そりゃ、そうなるよね……。いきなり勝負とか始まっても、置いてけぼりだよね……。

 すると、柏木さんはこっちの視線に気付いた。そして、ふっ、と笑い合う。

 仕方ない。これじゃあ作戦どころじゃないし、二人の気が済むまで歌わせておいてあげるか。


 ──そして二時間後。

 僕らはカラオケから追い出されていた。

 空気はじめじめしているものの、雨がやんでいるのが唯一の救いだ。


「永島君──いや、瑛二君。良い勝負だったよ。また今度勝負しよう」

「ああ、お前もいい歌いっぷりだったぜ。次はコラボでもしようぜ、玖珂」


 カラオケ店の前で、瑛二と玖珂君がガッチリと握手する。

 それを見て、僕と柏木さんは呆れのため息を吐いた。

 というのも、あれから二時間もの間、瑛二達は勝負を続けていたのだ。なんで飽きなかったのか不思議なレベルだよ……。

 仕方ないから、僕と柏木さんでメニュー制覇……なんてやってたら、いつのまにか時間足りなくなってるし……。仕方ないから、延期しようとしたところ──


『お客様、申し訳ございません。予約が入っておりまして、これ以上の延期はできません』


 とのことだ。

 それで、仕方なくカラオケを終わりにした、と。


「じゃあ、ボクはこっちだから。またカラオケしようね、瑛二」

「おう、またやろうぜ、玖珂」


 そう言い残して、玖珂君がどこかへ歩いて行った。

 いい勝負だったぜ、みたいな空気出してるけど、元々は仲人部の作戦だったんだからね?

 はあ、と柏木さんと同じタイミングでため息をついた。お互いに顔を見ると、呆れたような笑みを漏らす。


「じゃ、あーしも帰るわ。じゃあね、二人とも」

「じゃあね、柏木さん」

「おう、じゃあな」


 そう言って、柏木さんも帰って行った。

 さて。


「ねえ、瑛二」

「お、おう。カラオケ楽しかったな。またみんなで来ようぜ」

「ねえ、瑛二」

「そういえば、仲人部の奴らを連れてきても楽しかったんじゃないか? 今度は連れてこようぜ」

「こっち向けや、おらああああ!!」


 明後日の方向を向いて、うやむやにしようとする瑛二を、無理矢理こっち向かせる。


「瑛二、作戦だって気付いてたよね? なんであんなことに二時間も使っちゃうかなあ……」

「あんなこととはなんだ。あんなこととは。俺らはそれはもう真剣に――」

「……」

「お、おい待て! 悪かった! 俺が悪かったから無言で股間を蹴り上げようとするのはよせ!」


 瑛二は僕の行動を慌てて止めてくる。

 いつもは見れないその慌てっぷりに免じて、蹴り上げるのはやめてやろう。


「はあ、まあいいよ。いつも瑛二にはお世話になってるし」

「いや、でもな、俺も本気で悪いと思ってるんだぜ? 自分でもあんなに熱中するとは思わなかったんだ……」

「ほんにぃ?」

「ホントホント、マジホント」

「なんか妙に棒読みだったけど……まあいいや。疲れたし、今日はもう帰ろう」

「そうだな。まあ気を落とすなって。またチャンスはあるだろ!」


 ……どの口が言ってるんだか。でもそうだよね。今回がラストチャンスってわけじゃないし。

 ……さて。自信あるとか言っておけながら、こんな形で失敗になっちゃったけど、仲人部の方にはどう報告しようか……。

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