第一話 部活動、始めませんか?
「好きです、付き合ってください!」
「ごめんなさい」
六月初めの、とある高校の放課後のこと。
僕──寺沢裕也は、体育館裏で振られていた。
僕の告白を即座に断った、目の前の女の子──橋本葵さんは、ご丁寧にもぺこりとおじぎをする。そしてすぐに顔を上げたかと思うと、さらさらときれいな黒髪をなびかせて、大急ぎで校舎へ走り去っていった。
その後ろ姿を見送り、僕は流れてくる涙を拭き取った。
わかってた、わかってたよ。
呼び出して『好きです』って言う前から、橋本さんちょっと嫌そうな顔してたし。高校に入って、やっと恋愛ができると思ったんだけどな……。
ゆっくりと空を仰ぐと、雲一つない晴天が目に飛び込んできた。今の僕の気持ちとは大違いだ。
辛い気持ちを押し殺すように苦笑して、深いため息をつく。
「さっさと帰ってゲームでもやろう……」
もうヤケクソだ。明日も学校だけど、今日は夜までとことんゲームをやろう。
今の気持ちを表したように重い足を引きずり、僕は教室へ向かった。
「すぐ帰れるようにカバン持っとけばよかったかな……。なんでこんなに教室が遠いんだろ」
とぼとぼと、学生棟の階段を上りながらぼやく。
うちの学校は一階に三年生、二階に二年生、三階に一年生の教室がある。なんでも、年長者を敬うべきだ、と校長先生が決めたらしい。
「校舎に馴染んでない一年生が一階でもいいでしょ……」
そんなくだらない願望を口にして、『1の2』札が張ってある教室に向かう。ドアを開けると、眼鏡をかけた長身の男──永島瑛二が、机に腰を掛けて本を読んでいた。
こいつとは小学校からの付き合いで、その見た目通りとても頭が良い。
それにしても、カバンを背負っているところを見ると、帰らずに待っていてくれたのかな? 待っていてくれ、なんて頼んでないのに良いやつだ。
瑛二はこちらには目もくれず、本のページをめくりながら聞いてきた。
「で、どうだったんだ? 告白は」
「もちろんダメだったよ」
自分の机に向かい、掛けてあるカバンに教科書を突っ込みながら返す。
瑛二はこちらを一瞥し、しおりをはさんで本を閉じる。
「だと思った。今回の告白は何回目だっけ?」
「……三回目」
「三回、ねえ。今まで男子校だったから、って気持ちは分からんでもないが、よくそんなに告白しようと思ったな。それも同じ人に」
「まあ、好きになっちゃったからね。でも、告白もこれで最後。今日断られたら諦めるって決めてたんだ」
帰る用意を終え、瑛二と共に教室を出る。
「それにしても、橋本も律儀だよな。ちゃんとお前の呼び出しに応じるんだもんな」
「そうだね……。優しいよね、橋本さん……」
「あ、いや、悪い。別に嫌みで言ったとかじゃなくてだな……」
「わかってるよ」
橋本、と聞いて露骨に肩を落とした僕を見て、瑛二が謝ってくる。
わざと言ったわけではないと分かっていても、心に刺さるものがある……。
「ま、まあ、気を落とすなって! また次の恋を見つければ良いだろ、な!?」
「うん、そうだね……」
瑛二は肩を叩きながら、それはもう必死にに励ましてくる。
そんなふうに、簡単に諦められれば良いんだけどね……。
いまだに落ち込んでいる僕を見たからか、瑛二はため息をついた。
──と、そこで下駄箱についた。
はあ、とため息一つ吐いて、くつを履き替える。
そしてふと、橋本さんのくつ入れが目に止まった。
……出会ったときにあんなバカなことをしていなかったら、少しは結果が変わってたのかな。
「裕也、なに立ち止まってんだ? 早く行くぞ」
「う、うん。いま行くよ」
すでに下駄箱を出た瑛二が急かしてくる。
僕は考えるのをやめて、急いでその後を追う。校庭に出ると、運動部の騒がしいかけ声が聞こえきた。
みんな元気だなあ……なんてどこか年寄りくさい思いを抱きながら、裏門を出る。
すると、唐突に瑛二が口を開いた。
「ところで、裕也」
「ん? どうしたの?」
「なんかへこんでるところ悪いんだけどよ……」
僕が落ちこみ気味に返すと、瑛二は言いにくそうに苦笑して続ける。
「なんで三回も告白しようとしたんだ? 一目惚れだったってのは俺も知ってるが、それで三回も告白するものか?」
「そうなんだけどさ……」
そう、僕が橋本さんを好きになったきっかけは一目惚れだった。
そのさらさらで美しい黒髪に、人形のように小柄な顔。その少し垂れた目からは、自分の中にちゃんと芯があるように見えた。
そんな美しさとかわいさをかね備えたような、その容姿に一目惚れしてしまったんだ。
でも、バカなことに入学式の終わりに、勢いで告白しちゃったんだよね……。それも人がたくさんいる前で。
それは、そのとき隣にいた瑛二も知っている。でも、今聞かれてるのはその後のこと。
「たしかに、最初は一目惚れだったんだけど……」
かみしめるように、間を置いてから思い出す。
ひときわ強い風が吹いて、桜の花びらが舞いおどる。いや、もう六月だから桜の花びらがあるのは、僕の頭の中だけだけど。
「クラスが違くて少ししか関わらなかったけど、こんな僕にも優しく接してくれたんだ。いきなり告白するような、気持ち悪いやつにも。そう思ったら、なんだかホレ直しちゃって」
「ふーん、だから月に一回ずつ告白してたのか」
瑛二は変なものを見るような、冷たい目でこっちを見てくる。
その釣った目のせいで少し怖さが出てるけど、小学校からの付き合いだからもう慣れてる。
自分から聞いておいて、なんかひどくない? 僕、けっこう恥ずかしいこと言ったつもりだよ?
でも、瑛二はそんな僕の恥ずかしさなんて考えることもなく、心をえぐるようなことを言い放った。
「前々から思ってたけどさ、お前結構なドMの思考じゃね?」
「は、はあ!?」
こ、こいつはなんてことを言い出すんだ!? 小学校からの親友であるこの僕に、そんなことを言うのか!?
思わずキレそうになったけど、どうにか踏みとどまる。
「だってあれだろ? ちゃんと好きになった理由があるとはいえ、三回も同じ相手に告白してるんだろ? この前だってこれって完璧にドMの思考じゃないか?」
「僕はドMじゃなくてポジティブなだけだし! 瑛二は僕をなんだと思ってるのさ!?」
「じゃあポジティブなドM」
「じゃあってなにさ!? なんでそうなるの!?」
瑛二の中で僕のイメージがドMに染まりつつある……。なんとか考えを改めさせなきゃいけない! 脳にショックを与えればいいのかな!?
そんなことを考えているうちに、T字路に行き当たった。ここで瑛二とは帰り道が別になる。
「冗談は別にしても、橋本のこと少しは考えとけよ? お前、告白は最後って言ってたけど、あの感じだと諦められたわけじゃないんだろ?」
「う……」
図星をつかれて、思わず言葉につまる。
ここでなにも返せなかったら、その通りと言ってるようなものじゃないか。
「なんにせよ、考えとけよ? それで泣きつかれても、もう知らないからな?」
「うん、そうだね。家に帰ったらちゃんと考えるよ。じゃあね、瑛二」
「……だからって早速好きな子ができた、とか言い出すなよ?」
「なっ!? 瑛二は僕をなんだと思ってるわけ!?」
「だからさっきからポジティブなドMだって……」
「オーケー、そのケンカ買った!」
「冗談だ、冗談。じゃあな!」
瑛二が笑いながら、逃げるように走り去っていく。
あいつ、言いやがったな! 明日、朝イチで蹴り飛ばしてやる!
そんな大事な決意をして、自分も帰ろうと歩き出して──足許の水たまりを踏んづけてしまった。
最悪だ……つめたくてぐちゃぐちゃする。しかもくつだけじゃなくて、ズボンまで濡れてる……。
「はあ、そういえば朝は雨降ってたっけ。……あ、傘忘れた!」
仕方ない。面倒だけど、今から学校に取りにいこう。気持ち悪いけど、お母さんに怒られるよりはマシだ。少しくらい我慢しよう。
今日はついてないな、と愚痴りながら来た道を引き返した。
「あれは何をやっているんだろう……」
僕は校庭でひとり立ち尽くし、呟いた。端から見たら変人だろうけど、今はそんなことどうでもいい。
僕の視線の先には、橋本さんがいた。校舎に身を隠して、なにやらごそごそしている。
傘を取りに学校へ戻ったら橋本さんを見かける、なんて。まったく、運が良いのか悪いのか。
今いる場所からは、橋本さんが何をやっているのか見えない。少し近づいてみよう。
「何かを見ている……のかな?」
どうやら、隠れて校舎裏の何かを見ているらしい。
でもあんなところに、隠れて見るようなものなんて……。
結局、何を見ているか分からず、もっと近づこうとした──そのとき。
「よっしゃぁあああああっ!」
唐突に、雄々しい歓声が聞こえてきた。
ビクッとして見ると、橋本さんが小さくガッツポーズをしている。かわいい。
そんな橋本さんを見掛けたからか、ますます興味がわいてしまった。
おそるおそる近寄ってみると、そこには二人の男女がいた。女子は耳まで真っ赤になって俯いており、男子は何度もガッツポーズをしている。
おそらく、いや間違いなくあの男子が先ほどの声の主なんだろう。
「ああ、告白してるところだったのか!」
くっ、見せつけやがって……! リア充爆発すべし……!! 振られたばかりだからか、ものすごく妬ましい!
ひとり悔しがっていると、不意に視線を感じ、顔を上げる。
「あっ……」
そしていつの間にかこっちを向いていた橋本さんと、ばっちり目が合ってしまった。
橋本さんは険しい顔をして、大股でこちらへ向かってくる。
や、やばい──っ!
「ちょっとこっち来て!」
「えっ、ちょ、待っ──」
強引に腕を引かれ、どこかへ連れて行かれる。
橋本さんのいい香りで意識がとびそうになったけど、くつの気持ち悪い感触ですぐに我に返った。
腕を引かれるがままについてきたけど、ここは……体育館裏?
告白を断られた相手に、告白した場所に連れてこられるって、新手のイジメか何かですか……。
しかもそれが告白した日って……。
ひくひくと顔を引きつらせていると、橋本さんはきょろきょろと周りに誰もいないことを確認して──
──ドンッ!!
壁ドンされた。
両手で逃げ場を奪うように。
え? なにこれどういうこと!? も、もしかして、やっぱり好きですとかそういう感じ!?
そんな淡い期待を抱きながら困惑していると、橋本さんは真っ直ぐに僕の目を見て切り出した。
「寺沢くん!」
「え? は、はい!」
「私と仲人部、作らない!?」
「もちろん喜んで──って仲人部?」