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四原色の呪法  作者: 二泊十日
第一章 裁きの仮面
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六話 朽柿火獅火

   

 綺京の警察署は、駅前の通りから一筋はなれた場所にある白壁と紺色の屋根のコントラストが眩しい近代建築の建物だ。

 その洒落た建物の地下にある無骨な作りの留置所の看守部屋の中で、一人の男がむっつりとした顔で椅子に座っていた。


 石崎俊太郎いしざきしゅんたろう、後退した生え際から日頃からの苦労がうかがえる三十歳。

 先ほどから彼が不機嫌なのは、牢屋の方から自己主張してくる檻を叩く音が原因だ。

 まるで折りに閉じ込められた野生の猿のように荒々しい自己主張の音に、彼は一度ちらりと音のした方へ視線を送った後、眉に皺を寄せたまま目を閉じて無視をした。

 しかし、その音は段々とリズムをとり、やがて不愉快な調子をとった歌が加わり、何者かの陽気な合いの手も入るようになり最後には謎の打楽器音まで加わった。

 それらの音は絶妙な不協和音を作り出し、段々と彼の精神を蝕んでいき――、


「うるさいなあ! もう、さっきからなんなの!?」


 我慢が限界に達した石崎は、元凶のもとへと駆け寄り癇癪を起した。

 牢屋の中には二人の男が待ち構えていた。一人は硬質な黒髪と無精ひげを生やした壮年の男。そしてもう一人は、赤みがかった黒髪の青年、蘇芳仁座すおうじんざである。


 警察が蔵持を殺した犯人に逃げられた結果、自分の無罪を証明することができなかった彼は事件の重要参考人としてもう三日も捕まったままになっていた。


「俺達を無視しようたって無駄だぜ、石崎いしざきさん。これは相手の神経を逆なでする陰陽術なんだよ」不敵な笑いを見せながら語る髭面の男がいった。

「適当なこと言いやがって、どう見たってただの陰湿な嫌がらせだろ。で? 今度はなんなの?」


 不快そうに睨んで石崎は尋ねる。


「腹が減った。なんかつまむものをくれよ」

「喉が乾いたので、お茶を一杯いただけませんかね」


 仁座も男に続いてしれっとお願いごとをする。


「お、お前らさあ、もしかして自分たちがどこにいるのかを勘違いしてるんじゃないのかな? ホテルじゃないんだから我慢しなさいよ」


 二人のずうずうしい物言いを聞き顔をひきつらせた石崎は、無理やり怒りを抑え込んだような震える声で語りかけてきた。

 しかし、彼に説教をされたひげ面の男は、全く悪びれた様子もなく反論する。


「お前こそ何か勘違いしてるんじゃないのか? 俺達は取り調べを受けているだけだぞ。犯人じゃない一般人を放り込んどいてもう二日、こっちのお兄さんにいたってはもう三日だ。もてなしの一つもしないのは、おかしいんじゃないのか。――ちなみに俺の好物はビフテキな」

「そうだそうだ。俺達は清廉潔白の身だぞ! ――俺は大好物の子牛の煮込みが食べてみたいですね」

「二人ともそんな洒落たもん食べたことあるような面してないんだよ! ここぞとばかりに高そうなもん食おうとしやがって! 馬鹿にしてんのか!」


 二人の言葉に、ついに堪忍袋の緒が切れた石崎は大声で怒鳴り散らした。

 すると髭面の男は先ほどまでの飄々とした態度をガラリと変える。


「……いいか。俺達は超一流の陰陽師だ。やろうと思ったらな、こんな牢屋一発で抜け出すことができるんだぞ。それをしないのは、ひとえに一市民としてお前ら警察に協力してやろうという善意だ。その俺様の頼みごとを断るとか、お前ら覚悟があるんだろうな……」


 威圧的な低い声で凄みながら檻の向こうにいる彼の広い額をぴしゃりと叩く。


「うっ……お、俺になんかして見ろ。お前ら全員死刑にされちゃうんだからな!」


 石崎は額を撫でながら後ずさりすると怯えた声で捲し立てた。

 檻の近くに立っていたら、今にも掴み殺されそうな気がしたのだ。


「まあまあ、あんまり無理言っても石崎さん上司に怒られるだけでしょうし、ここはお茶の一杯で手打ちとしましょうよ」


 場の緊張を解すように、明るい声で仁座が間に入った。


「……わかった。コイツの顔を立ててやるよ」


 仁座の仲裁を受けて、男は威圧をやめる。

 石崎はほっと胸をなでおろすと、ため息とともにがっくりと肩をおとした。


「お茶だけだぞ。……はあ、何でこんなことしないといけないのか。早く転属したい……」

「おう、話が分かるじゃないか。お前きっと出世するぞ」

「優しいお兄さん……!」

「まったく、調子いい奴らだよ」


 石崎はぶつぶつと文句を言いながら、牢屋を後にした。

 その後ろ姿を二人組は腕を組んで見送りながら満足げに大きく頷いた。


「よし……今のは良かったぞ。お前も慣れて来たな」

「カジカさんの教えのおかげですよ。脅し役はカジカさんですし」


 男の名前は、朽柿火獅火くがきかじか

 仁座と同様に今回の事件の重要参考人としてしょっ引かれて来た男だ。

 事件のあった次の日の夜、たまたま事件の現場の近くで酔っぱらっていた前科ありの陰陽師だ。その日急に羽振りが良くなっていたので、怪しいと判断されて逮捕されてしまったそうだ。本人は博奕で勝ったと言っている。


 二人は床に広げていた指しかけの将棋盤の前に座る。この将棋盤も看守に無理を言って入手したものだ。


「なに、ジンザは結構鍛えているみたいだし、すぐに俺みたいに振る舞えるさ。お前才能あるよ」


 将棋盤を眺めながら火獅火は仁座を褒める。

 彼の話によると牢屋生活は、自分達が強者であることを相手に忘れさせないのがコツらしい。少しでも相手に殊勝な態度を見せると、あっという間に調子に乗って相手に都合のいいことを、これでもかと押し付けられるそうだ。


「気をつけろよ。警察制度ができてまだ十数年、こいつらまだまだずぶの素人もいいところだからな。警察だけじゃない、政府の奴らは糞野郎ばっかりだ。あいつらの頭には、きっと味噌じゃなく馬糞でも詰まってるんだ」


 ぱちり、と駒を打ちながら、忌々しそうに火獅火は吐き捨てた。


「おや、なにか一家言在りそうですね」

「ああ。実は俺は内戦で傭兵やっててな。天笠では最初は政府側についてたんだ」

「――最初?」


 仁座は耳に引っかかった言葉を繰り返す。


「途中で寝返ったんだよ。雇い主があんまり腹の立つ男だったもんでな」

「負け陣営に移るとは、かぶいてますね」


 内戦は政府側の方が圧倒的に優勢だったはずだ。それなのに気分で所属を変えるとは、なかなか豪胆な男である。


「いいんだよ。俺は強いからな。気に食わん奴の敵に回った方が楽しいだろう? ただ、そうしたら終戦後に政府の連中、危険分子として俺の祭具を没収しやがった。くそっ、あいつら俺のことにビビってんだよ」

「それはまあ怖いでしょう。気を付けないと、いい機会だと思われて殺されますよ」


 火獅火の主張に頷きながら将棋を打つ。

 こんな首輪をつけることのできない猛獣のような人間に、強力な武器を持たしたまま放流するのは、政府も不安で仕方ないだろう。


「あんな臆病者どもに俺は殺せんさ。俺は生まれてこの方殺し合いの戦いで負けたことはないんだ。どんなお偉いさんだって目の前に連れて来たらぶっ殺してやるよ。――おっと、これで俺の勝ちだ」


 火獅火は得意げに笑った後、ひときわ強く盤面に駒を打ち付けた。

 突然の勝利宣言に仁座は、驚き盤面を覗き込んだ。


「うそっ! ……ほんとだ、詰んでる。途中まで俺の方が優勢だと思ったのに……。カジカさんって見かけによらず頭いいですよね」

「こういうのはな。相手をいかに混乱させるかが大事なんだ。いろんな可能性をばら撒いて、その中に本命を隠しうる嘘を混ぜることができるとなおいい。己の戦型を悟られる前に、どこまで準備をできるかが肝だな。相手をぶっ殺すときも一緒だぞ」

「俺はさっと殺してさっと逃げるの一撃離脱戦法が得意なんで、頭脳戦は苦手なんですよ」


 悔しげな声で言い訳を口にしながら駒を並べなおす。

 すると横合いから疲れた様子の男の声がかかった。


「お前ら、あんまり警察署のど真ん前でそういう物騒な話するなよな」

「あれ、石崎さん? お茶は?」


 手ぶらで帰ってきた看守を見て仁座は訊ねる。


「無しだ。喜べ。お前ら二人とも釈放だと……」


 石崎はホッとしたような、それでいてこの男たちを娑婆に出していいのかとためらっているかのような複雑な表情で肩をすくめて見せた。


 石崎は、門も側までわざわざ二人を見送りに来た。

 無事釈放された二人は門に着くまで、「絶対悪いことするな」「せめて来年の春まで我慢しろ」などといった話を耳にタコができるほど聞かされた。


「じゃあな。もう二度と来るんじゃないぞ!」

「世話になったな」

「お世話になりました」


 不安げにこちらを見送る石崎に背を向けると、二人は連れ立って通りを歩きだす。


「……なんだかんだ言って親切な人でしたね」

「次来ることがあったら、またあの人担当にしてもらおうぜ」

「いやあ、もう牢屋は結構ですよ……」


 笑顔で不穏な提案をする火獅火に、苦笑しながら断る。


「さてと、まずは職場に言って謝ってこないと……」


 大きく伸びをした後、仁座はまじめな顔で予定を呟いた。

 三日も無断で仕事を休んでしまった。友人たちもきっと心配しているだろう。

 だが、火獅火は駆け出そうとした仁座を呼びとめた。


「おいおい、もっと先に行くべきところがあるんじゃないのか? ――まずは事件の現場を見に行こうぜ」


   ○


「ここですよ」

「こりゃまた良く燃やしたな。三階部分が骨組みだけじゃないか」

「いや、これでも結構残っている方なんですよ。火の勢いすごかったんですから」


 あんなに赤々と燃え上がっていたのに、事件の現場は意外としっかり残っていた。頭がまっ黒こげになった三階建の建物を二人は見上げる。


「たまたま消火に来た陰陽師が凄腕で――ああっ!」

「ん?」


 ふと、建物の一階の扉から出てきた二人の男と目が合う。

 涼しげな目をした美青年、ちょうど話題に上げた事件の晩に会った凄腕の陰陽師だ。

 その後ろを追従しているのは、同じ軍服に緑色の飾緒を着けた骨太の背の高い男。腰には緑地に金の細工がされた刀を佩いている。おそらく彼も陰陽師だろう。


「ちょっと! 俺は被害者だってちゃんと伝えといてくださいよ。三日も拘留されたんですよ」


 さっそく仁座は男たちに早口で喰ってかかった。勿論自分が捕まっていた理由もわかっている。だが、大事な祭具を奪われたまま三日も牢屋に放り込まれた身としては、一言文句を言ってやらないと気が済まなかった。

 二人は全く身に覚えがないような顔をして、お互いの顔を見合わせた。


「どういうことだ? ソウスケ」

「ええ!? 僕はちゃんと伝えましたよ、逃げたやつのほうが怪しいって……」


 鋭い視線を受けて、ソウスケと呼ばれた骨太の男は慌てて手を振って自分を擁護した。


「え? 俺警察に人殺し呼ばわりされたんだけど……」


 仁座が、憮然とした表情で訴える。


「それは大変だったな。あいつらそう言うところあるから気をつけろよ」

「こ、こいつ……誰のせいで俺がこんな目にあったと思ってるんだ」


 ジンザは相手のあまりに他人事な態度にいら立ちを覚えた。

 そもそも警察が犯人に逃げられるから誤解を受けたのだ。

 一触即発の状況に、あわてて部下の男が間に入った。


「ちょっと天城あまぎ先輩。そういう言い方は相手に誤解を与えますよ」そういって早口で言い訳をする。「僕らは所属が違うからそこらへん難しいんですよ」

「所属が違う? どういうことだ」

「あいつらは刑部けいぶ省の警察。俺達は陰陽おんみょう省の巡察だ」

「僕らはあくまで巡察局から派遣されてきたアドバイザー的な存在なので……」


 そういって言葉を濁すと、彼は早口で説明をした。

 陰陽省とは、陰陽師を軍から警察、建築関係まで円滑に運用するための部署である。

 陰陽術は汎用性の高い術であるため、一つの分野に固定しておくより流動的に配置させた方がいい。そう考えた政府は、陰陽師たちを一つの部署に集めた陰陽省を創設し、そこから各省庁へ出向、巡察をさせ各場で様々な専門的な役割を担うという体制を作った。

 警察に出向している彼らの役割は、主に危険な荒事担当と言ったところらしい。


「へえ、あっちこっちに回されるなんて忙しい仕事だな」

「そうなんですよ。転勤多いし、失敗したら大事な依頼も多いしで。まあその分給料はいいんですけど。……おっと、自己紹介がまだでしたね。僕は陰陽省巡察局二等巡察官、茶賀曹介ちゃがそうすけです。で、こっちの無愛想な人が、先輩の天城凍慈あまぎとうじ一等巡察官」


 曹介は人懐っこい笑顔で自己紹介をすると、表情を一転させてこちらをおもんばかるような声で言葉を継いだ。


「今回は災難でしたね。まさか陰陽師の夜盗に襲われるなんて……僕も戦ったんで分かりますけど、犯人は相当の使い手でしたね」

「相当の使い手でしたね、じゃないだろ。何でお前あっさり負けてるんだ」

「すいません! ……でも本当に強かったんですよ」


 凍慈の叱責に、曹介は恐縮しながらも、ごにょごにょと言い訳をした。


「どの段位の祭具を持っているのか解りませんが、あれは五段以上の実力がありました。祭具ありで四段の俺じゃ勝てませんよ」

「足止めする度胸もないのなら、その腰の祭具は別の誰かに譲るべきだな」

「おいおい……言いすぎだって。あの犯人なかなかの使い手だったぞ」


 目の前で怒られる曹介を見て、気の毒に思った仁座は助け船を出す。


「別に勝てとはいってない。だが、せめて相手の素顔くらいは見れなかったのか?」

「いや、それを知ってしまったら命はないように思えたので――ひい! すいません」


 曹介が、凍慈の顔を見て顔を青くさせると必死に謝った。


「ですが何の仮面かは確認しましたよ。釈問天の仮面です!」

「いやそれは俺も見たから、警察にも報告したから……」仁座がつぶやく。

「そんなもんそこらの神社で腐るほど売っている。何の情報にもならんだろ」


 呆れた様子の凍慈に、曹介は反論した。


「何言っているんですか天城先輩。釈問天と言えば、四年前の八蓋暗殺事件の犯人じゃないですか!」



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