6、やっと一息。
家に帰りつくと、玄関前で正座してキリカが待っていた。雅を見つけ、「おかえりなさいませ。」ときれいに頭を下げる。
その行動に雅は不快そうに顔をしかめた。それを見てキリカが怯えるように表情を曇らせる。
何かいけない事をしてしまったのではないだろか、曇らせたままの表情で雅の出方をうかがっている。
雅はそれを見て更に苛立ちを強めた。そしてただ一言、「やめろ。」とだけ告げてキリカの腕を掴み立ち上がらせる。
「い、いたっ、」
弱弱しい声、それはキリカの様な細すぎる腕には折れそうなほど強い力だった。その声を聴き、雅はすぐに手を離した。自分の手を閉じたり開いたりして見つめた後、頭を激しく掻いた。
「あー、悪い。」
気まずそうに眼を逸らし、もう一度ため息をつく。
「俺は優しくねえぞ。だが、理不尽な事はしない。尊敬できないなら丁寧に話す必要もない。嫌々で従うくらいなら、苦しむくらいに抵抗なり反抗しろ。」
それだけ言うと、指で家の中に招き入れる。キリカは恐る恐る家の中に入った。
雅も靴を脱ぎ、カウンターへと向かい、その奥のキッチンの方に回ると、もう一度キリカを手招きした。
キリカはよくわからないままにカウンターテーブルの前までやって来た。
次はどうするべきなのだろうかと見つめているキリカに、椅子の方を指さした。
キリカは椅子に座ることなく、椅子と椅子の間に立ってきょとんと雅を見つめていた。
カウンターの椅子に座らせたかった雅は舌打ちして、もう一度その椅子を指さして
「座れ。」
とだけ言った。
キリカはようやく彼が何を言いたかったのかがわかったのか、一瞬嬉しそうな顔をした後に申し訳なさそうにその椅子に座る。
「あ、あの。」
キリカは椅子に座ってから俯いたまま、振り絞ったかのような小さな声で話しかけた。
「んあ?」
あまりの声の小ささにカウンター越しだが詰め寄る。目つきは元から悪い。常に怒っているようにしか見えないその顔が、キリカを見下して威圧的な声で聴き返した。
「へあっ!!・・・あの、すみません。私、察せなくて。」
キリカは急に近くなった距離に驚いて声を上げたものの、すぐに目を逸らして小さな声で謝った。
「・・・あのな、わからねぇならわからねぇって言えよ。・・・まあ俺も言わなかったのが悪いが、俺は何でお前がそこまで俺に気負ってんのかがわからん。」
雅もまた、気まずそうにキッチンにある棚から包丁という名の短刀を見つけ、買って来た野菜と果物を使ってジュースジュースを作った。
雅にとってありがたいことに、冷蔵庫と冷凍庫が両方とも同じ大きさで並べられており、食器棚には桜色や水色などの淡い色のグラスや皿がいくつもそろえられており、家電もまた充実している。
異世界に来たという事は、奴隷制度やら金貨やらで実感しているつもりだったが、この家だけはそれを感じさせずに雅の苛立ちを緩和させていた。
そのおかげだろうか、そういいながらキリカに、子供にジュースをあげる程には優しくなれた。
「こ、これ、いただいてもよろしいでしょうか?」
桜色の半透明のグラスに注がれた緑色のスムージー、色合いは最悪だったけれど、彼はそれをおしゃれな野菜ジュースだと思っており、適当に野菜と果物をぶち込んだだけの飲み物だった。
綺麗なグラスに注がれていることもあり、キリカは緊張した面持ちでそのグラスをそっと触った。
「子供のジュースだ。好きだろ、そういうの。」
雅の言うそう言うの、とはグラスを指している。女は桜とかが描かれているグラスとかを見て目を輝かせているイメージだった。
「わあ、可愛いわね、このグラス。」
そう言って手に取って見つめる。女性が少女の顔をするものは、ああいう細工の施された小物だったりするからだ。
大事そうにグラスを見つめ、一口、そのジュースを飲む。
目を見開き、小さな咳を一つこぼす。そしてまたゆっくりと口をつけて飲んでいく。
それを不思議そうに見た後に、雅も自分の作ったジュースを一口飲んでみた。
野菜の苦みが強く、それを果物の甘みが上乗せされていて、口の中が恐ろしいことになっている。
雅はそこで初めて自分の失態に気が付いた。これは、おいしくない。
「・・・はちみつ、入れるか。」
砂糖が売られていない中で、甘味として売られていたはちみつ。それをたらりとキリカのグラスに入れてかき混ぜる。
キリカは口をパクパクとさせながらどうすることも出来ずにその行動を見ていた。
その後、そのグラスで味見をして飲める味になったのを確認してもう一度キリカの前に置いた。
「い、いた、いただきます!」
キリカは今日一の大きな声を出してグラスの中のジュースをぐびっと飲み干した。
中身のなくなったグラスを見てハッとして項垂れた。
「の、飲んじゃった。・・・・折角作っていただいたのに。」
あまりおいしいとは言えない飲み物を落ち込んでまで喜ぶ可愛らしい様子を見て雅は力が抜けたように笑った。
「美味しくなかったろうに、無理すんな。」
ミキサーを綺麗に洗い、今度は真っ赤なリンゴと少しのはちみつだけで作ったジュースを作り、緑色の残るグラスを洗ってジュースを注いだ。
「あ、ありがとうございます。あ、あの、うれしいです。」
キリカが恥ずかしそうにグラスを受け取った。
「おう。慌てず飲めよ。」
雅はそう言うと、自分の体をまさぐった。一息つくためのたばこを探していたのだ。
異世界に来る前にたばこを吸っていた記憶は確かにある。しかも、一日に一箱以上吸うほどのヘビースモーカーでもある。
異世界に来て、たばこなんてものがあるのかどうかわからない。
たばこが吸いたくて吸いたくてたまらない。
雅の顔つきは再び険しいものになる。
自分を落ち着かせるために深く息を吸ってはいた。
ふと視線をキッチンの方に向けると、見覚えのあるものがあった。
たばこだ。
先ほどまでなかったはずのたばこがちょっと目を離した瞬間にそこにあった。
新品同様のたばこの封を開け、キッチンのコンロで火をつけた。
そして先ほどとは違う安堵感を感じながら深く息を吸ってはいた。
「明日からどうすっかねぇ。」
思わず漏れ出た独り言に、キリカは反応した。
「それでは、料理に必要な包丁などを買いませんか?」
雅はキリカの提案を聞き、キッチンをガサゴソと探す。
確かに刃物は短刀一つだけだった。
コンロにミキサーにまな板に、色々と取り揃えられているのにもかかわらず、なぜ包丁だけが無いのか、
用意がいいのか悪いのか、短気な雅はイラっとした。