3 奴隷、解放
案内してもらった騎士の姿が見えなくなると、溜まりに溜まった鬱憤を吐きだす。
「っああああ!!!クソ!!」
急な声でびくりと後ろで少女が縮こまる。
「んあ?・・・あー、悪いな。あんま奴隷だとか好きじゃなくてよ。その首輪を外す場所とか知ってたら教えてくれ。お前の首輪、外しに行くぞ。」
少女に視線を合わせる様にかがみ、少女の反応を伺う。
「そ、れは、私が、役に、立たないからでしょうか。」
諦め、なのだろうか、それでもその目には、何かすがりつきたい。そんな目をしていた。
雅からすれば、こんな小さな子供、役に立つも何も、そう言う目で見ていないのだ。
子供は大人が守るものであり、役に立つのは大人になってから、20を過ぎ、法律的に大人だと思っている。
つまり、少女のその問自体、雅からすれば、何を言っているんだということであり、だからこそ返答に困ってしまう。
「あー・・・。そうじゃなくてだな、まだガキじゃねぇか。人生を縛られんには早いってだけだ。
あーっと、だからだな、役に立たないとかじゃなくて、奴隷としてお前は要らないんだよ。」
雅の言葉で少女の目が徐々に潤んでいく。ぽろぽろと大きな瞳から零れ出る涙を見て、雅は慌てふためく。
「な、なんだ!?おいおい、泣くなって・・・。お前が要らないんじゃなくて、奴隷が要らないって意味だぞ?その首輪外して、どっか行ってもいいし、お前だって親要るだろ?親の元に帰ったっていい。
俺のとこにいるっていうなら、まあ。俺はぶっちゃけガキは嫌いだからな。もしかしたらお前を傷つける事があるかもしれん。
そん時に俺は何もしてやれん。だから、これから先の選択はお前がしろ。その上でその首輪、外すぞ、いいな。」
ひっくひっくと必死に涙を堪えんと何度も涙を拭うその小さな頭を荒々しい、けれども優しい手つきで撫でる。
少女は何度もうなずき、涙が止まった後、隷属の首輪を外す場所、奴隷売り場へと案内された。
先に進むにあたって、腰付近の服をちょんとつまんで何度も何度も振り返るその姿は何とも愛らしく、微笑ましかった。
「ここ、です。」
どんよりとした空気が入り口から漂っている。
レンガで作り上げられたその建物は、大きさはあまり大きいとは言えない。
小屋に近い大きさで、赤オレンジのレンガが特徴の建物だった。
そして何よりその匂い。ただただ臭いのだ。
一度、何日も風呂に入っていない、そんな男を見たことがあった。その時に漂ってきた匂いが今この建物の中から漂ってきていた。
「本当にここなのか?」
入りたくない。とは言えない。現実から目を背けたいその一心でその少女に問いかけた。
「ここ、です。ここ、で、あの、奴隷、買ったり、売ったり、奴隷、開放したり、します。」
「なるほどなぁー。んで、お前名前は?」
「あ、キリカと言います。」
「キリカか。呼びやすくていいな。」
「え、あ、ありがとうございます。。
などと他愛ない会話をしながら、その建物の中へと進んでいった。
建物の中は明かりが少なく、薄暗い。先に進みたくない気持ちを抑え込んで一歩一歩進むと、怪しげなローブに身を包み、丸いサングラスを掛けた小さな老人が現れた。
「おや、返品ですか?」
キリカの方をちらりと見る。
「いや。この首輪を外してもらいに来た。」
雅は耐えれず鼻をつまんでしまう。
「いやはや、すみませんねぇ。奴隷は多少なりとも身なりが、・・・ですのでねぇ。そこまで匂いに敏感な方、獣人並みの嗅覚であれば、ここはきついでしょうなぁ。」
獣人、そのワードが出てきたが、雅には獣人がどのような姿、どのような特徴があるかなど知らない。
何を言いたいのかわからないまま怪しいその男を見つめていた。
「まあ良いでしょう。外すのに5000ギーロかかりますが、よろしいですか?」
「あぁ、金貨しか持ち合わせがない、それでいいか。」
男はこくりと頷き、奥から人を呼び丸められた羊皮紙を持ってきた。
「奴隷解放ですね。この子供は親の借金の代わりにと売られた子ですので、貴方が購入した時点でその借金はないものとして扱われます。
キリカが我々に対して払うお金はありません。・・・・解放した暁にはその子をどうするので?」
カリカリとその羊皮紙にペンで何かを書きながら、ちらりと雅の方へ視線を向ける。
「どうするも何も、ガキの好きにすればいいじゃねぇか。親元に帰るもよし、この町に残って稼ぐも良し。」
雅のさも当然と言うその態度に男の手が止まる。
「もしや、それを本気で仰っておいでで?」
男の問いの意味も解らず、首をかしげる。キリカは静かに身を固め、フルフルと震えだしている。
「当たり前だろ。キリカはそれなりの教育されてるって話だ。どこでも使えるだろう?」
首輪が無くなれば、どこへなりとも行ける。子供は大人が守るべきものである、きっと大人は放っておかないだろうと思っていた。
それに雅自身、子供が苦手というのもあるが、純粋に子供から好かれない。怯えられる、泣かれる、避けられる。
自分が預かるよりかはまだマシだろうと考えていたのもあった。
だが、キリカからすれば、ようやく解放されるということは、ちゃんとした人権がある事を指す。
奴隷には自分の意志で何かを成す事を許されていない。
それは、奴隷が借金か犯罪を犯したかの2点でしかなり得ない立場だからとも言える。
そして、親からすれば、子供は自分の所有物に等しい。
この世界において子供の立場というのは食い縁を減らすモノであり、畑を耕すための鍬とも同じ。
親が借金をして払えないとなれば、成人しておらず金を稼げない子供を奴隷商に売る事でその借金を減らし奴隷落ちを免れるなんてことは多い。
キリカもまた、受け身な性格が幸いし、奴隷向きだと高い値で売られた1人だった。
自分のためを思って解放を提案してくれた雅よりも、ずっとそのまま放置され、親元に帰る事の方が、
奴隷として雅と居続けることよりも辛いのだ。
自分と話すときに嫌そうに眉間に皺が寄る事も、話すのが面倒だと言わんばかりに言葉に詰まる事もキリカはわかっていた。
奴隷を買うのは金を持っている男が多いとされている。変われたら最後、いい扱いをされるわけなどない。
けれど、そんな中で雅は違った。自分が気に入らないでもなく要らないという訳でもない。
きっとこの人なら奴隷で居続けても大丈夫だろうと、そう思えた。
もうここに案内してしまえば、離れたくない、なんて言えない。
キリカが先を考えて震えているなんて事は、今の雅には知る由もない。
奴隷を解消するための手続きをしている男、奴隷商人にも多少の情はある。
商品を何の考えもなしに放る、それは許したくないことでもあった。
「確かに、このキリカは施した教育を見事自分のものとしました。だが、まだ子供。子供は親の所有物です。もし拾われた先で有能だからと他の者に売られない保証もない。
親元に帰り、また親が同じように借金を作りまた売られないとも限らない。まあその時はもう女になっているでしょう。そうなれば高く売れる。
・・・奴隷であるということは、その所有権が購入者へ移るということです。ある意味このままの方が彼女は幸せなのではないですか?」
解放しないでほしい、商人は雅に対し状に訴えかける、
「それがいいか悪いかなんて自分の意志で決める事だろうが。そんなん誰といるか誰といないかなんて決めるのは何度も言うようだがキリカ本人だ。俺じゃねえ。解放してから聞いてもいいだろうが。俺はその首輪が気に食わねぇから外す、ただそれだけだ。」
「・・・つまり、解放した後貴方の元に居続ける、という選択を彼女がしても問題ないわけですね?」
にやり、商人が笑う。
「あ?まあ、そうだな。」
どうせ自分を選ぶことなどない、それがわかっているからこそその言葉に同意した。
「なるほど。では、解放の準備と参りましょう。」
ふふふ。と気味悪い笑いを零しながら止まっていた手が素早く動き出す。
そしてその手が止まる。羊皮紙勢いよく広げ、地面に置いた。
「この上に乗りなさいキリカ。首輪が外れるまでこの陣から出てはいけませんよ。そして首輪が外れたとき、貴方の意志で、その選択をしなさい。」
「はい。」
キリカは羊皮紙に書かれた陣の上にキリカは祈る様に目を閉じ両手を握りながら乗った。
数秒程経った後にその陣は光りだす。
淡い光は徐々に強いものへと変わり、がちゃん、と音が聞こえたと思ったら一瞬にして光が消える。
未だ目がチカチカとして目を開けられない状態の雅。
目を閉じていたためその光の衝撃を受けなかったキリカは、未だ目を開けれず硬く目を閉じている雅を見てクスリと笑う。
そして、嬉しそうに笑みを浮かべ、
「私を貴方のところへ置いてください!」
おどおどしていた、首輪をつけていたキリカとは違う生き生きとした表情。
雅はそれを見ないまま明るいキリカの声にこう呟くのだ。
「え?嘘だろ?」