2 勇者から離脱
王女へ連れられ、抵抗もできないままとある一室へと強引に連れ込まれる。
ばたん、
開かれた扉が閉じて、無理やり引っ張って来た王女は雅の方を見て先ほどの表情とは違い真顔で見つめる。
「貴方、自分のステータスを隠してますわね。」
一緒に入ってきた騎士たちは手持ちの剣に手を掛け、こちらの出方を伺っているように見える。
「・・・・・あぁ。好き好んで隠したわけじゃねぇけどな。」
「ならばなぜ、いかにも子供に悪影響しか与えないような見た目で子供を預かり育てる職業などにしたのです?それが嘘である事なんて、貴方のその顔を見れば一目瞭然ですわ。」
「うるせぇ。余計なお世話だ嬢ちゃん。」
ガシガシ頭を掻き、ため息を零した。
それは、手を引かれ無理やり連れてこられた時点で夢でないことがわかってしまったからだ。
未だ頭を整理できていない雅には、ステータスを隠していようがなんだろうがそれどころではない。
「・・・わたくしは訳を聞いています。いくら召喚されし勇者様とはいえ、本来召喚されるのはたった一人。貴方は何者ですの?何故ここにいるんですの?」
今にも斬りかからんと、殺そうとしている騎士や王女に、心にゆとりのない苛立ちが爆発した。
「ぁあ?そんなん俺が一番聞きてぇよ。召喚されしとかなんとか言ってるが、その召喚に俺は同意してねえ。てめぇらが勝手に俺をこっちに呼んだんだろうが。
それなのにいきなりこの部屋に連れ込まれ、知らん野郎どもに囲まれ、偉ぶってるクソガキに問い詰められ・・・・。
俺が何者かだとォ?そんなんただのしがない建築会社の社長様じゃボケ。いくら立場あるガキだろうがなぁ、年上には多少なりとも敬意を払うもんだろうが。躾がなってねぇなぁ。」
苛立ちをぶつける様に、目の前の王女を睨みつける。驚いた顔をした後に怯えた顔をした。それに騎士たちも手にかけた剣を取り、雅に向けた。
「あ?やんのか?俺ァ気が長い方じゃないんでなぁ。来るならこいや。体が衰えてきてはいたが、この体だ、暴れてやるぜぇ?」
左右に首を傾げ、その都度ぼきり、と大きな音がする。腕を回し、体の感じを確かめ騎士たちに狙いを定める。
「おやめなさい!!!・・・社長、がどれ程の立場かわかりかねますが、様を付ける程のお立場であることはわかりました。
先程の無礼、謝罪します。・・・本来勇者様はおひとり、貴方がどのような立場でどのような目的でこちらに来られたのか、また貴方のお力がどれ程強いのか、わたくしたちは警戒せねばなりません。
わたくしたちを信頼していただけるよう、再度ステータスをお教えいただけませんか?」
高飛車な態度は変わらないものの、少し震えたその声で騎士たちを庇う様に前に出た。
「・・・はぁ。わぁーったよ。俺の本当の職業は暗殺者らしい。そして使えるスキルの中に保母、さんというのが含まれている。他にも隠蔽とか探索?・・・後なんだっけか、まぁ暗殺者らしいスキルがあるぞ。どうせ暗殺者って職業の連中から詳細は聞け。俺はす、ステータスと声出してみる気は更々ないんでな。
もう二度と見るか。二度と言うか。」
照れたように顔を赤らめ、そっぽを向いた。
「・・・素直ですのね。隠そうとは思いませんの?暗殺者は、自身の情報すら欺くとされていますのに。」
くすりと笑った王女は金髪に緑色の瞳が美しく映える。14~5歳程度の子供されど、笑顔から漂う色気は大人顔負け出会った。
「あん?俺はあまり隠したりって言うのが好きじゃねぇんだよ。聞かれて言えるなら言うし、言えねぇなら言えねぇっていう。隠さなきゃなんねえことがあったとしても、嘘は言わねぇ。」
「それは、綺麗ごとではなくって?」
先程よりも優しい声色になった。それに気が付いていながらも、雅は普通に会話を続ける。
「綺麗じゃねぇよ、そんないいもんじゃねぇ。」
王女は何も言わなかった。
「・・・そうだわ、わたくし、名前を告げておりませんでしたわ。わたくしはエビド国第一王女、ティーネリア・グウィネス。
身近な者からはティーネと呼ばれています。」
ドレスの裾を掴み、小さくお辞儀をする。
「俺は風早雅だ。すきに呼べばいい。」
ちらりとティーネの方を見る。ティーネは小さくミヤビ様、と小声でつぶやいていた。
「み、ミヤビ様、ミヤビ様は勇者ではないのであれば、今後どうするおつもりなのですか?」
白い肌をほんのり赤く色付きながら、雅に問いかけた。
「ん?その話を上の王サマがいない場でしていいのか?」
彼女はあくまでも王女。国の決定権、しかも勇者の今後を任せてもいいわけがない。勝手に決めることで面倒にならないか、そう考えたからだ。
「もし、貴方が得体の知れない上、我が国に害成す男であると分かれば、この部屋に拘束して報告しておりました。
わたくしの役目は、もう一人の勇者様が勇者出なかった場合、その者がどういう人間なのかを判断することです。
ですが、どうにかする、という決定権はお父様にありますので、お父様に伺いをたてるのですわ。」
「ふぅん。なんか面倒だな、俺もう一般人として暮らしていければいいよ。王サマが関わるなって言えば大人しくしてるし。」
「では、偽りの職業の保母さんをやってみてはいかがですの?確か、子供を育てるのですよね?」
「絶対ヤダ!!!子供なんて論外だ!!俺は子供なんか嫌いだ!!」
雅の拒絶にびくりと身を震わせた。
「そ、そんな・・・。スキルは適性があるものでないと習得できませんのに・・・。」
あからさまにうなだれてしまう。ティーネの好意の提案であるため、うなだれる様子に罪悪感が込み上げる。
「誰がなんと言おうと無理だからな。上の命令だろうが何だろうが、俺は、絶対、嫌だ。」
罪悪感を振り切るようにティーネに念を押す。
「勇者として活動しないものに屋敷を与えるのは少々無理やりですもの・・・。」
何やら押し付けられそうな恩に思わず雅の背筋が凍る。
「お、おい、余計なことはしなくていいんだからな??別に俺はその辺で、」
「保母さんの職業を遺憾なく発揮する場として屋敷を与えましょう!!そうですわ!!身の回りの世話を奴隷にさせ、貴族の子供たちの世話をさせましょう。それがいいですわね!」
陽気に語りだすティーネに雅は不快感を示した。
「奴隷だぁ?そんなんいるか。貴族なんて知らん。どうせなら貴族じゃないガキ育てた方がまだマシだ。
屋敷なんぞ、必要ねぇ。誰も寄り付かねぇ様な場所さえあれば一人で生きていける。」
ティーネは、雅がなぜ怒ったのか分からなかった。
奴隷の様な者を当てられたからそれに怒ったのだろうか。
それとも、子供が嫌いなのに子育てを強要してしまったことにだろうか。
2人の間に苦しい沈黙が立ち込める。
コンコン、その沈黙を小さなノック音が打ち破る。
「王女様、失礼ながら、陛下がおよびです。そちらの勇者様もご一緒にとのことです。」
「わかりました。」
呼び出しで来た騎士に一言告げると、申し訳なさそうに雅を見た。
雅もため息を一つ零してティーネの後ろに付いて行くのだった。
「急に我が娘が失礼しました。保母さんという職業は見たことも聞いたこともなかった故、娘が興奮してしまったのでしょう。申し訳ありませぬ。」
広い部屋、高い天井。赤い絨毯の先には少し段差があり、その上に金色の椅子、その上に先程の王が座って雅に頭を下げた。
「・・・あー、はい。こちらも有意義に話をさせていただきました。」
王女であるティーネとは違う畏まった話し方。雅は、年上である、その一点で目の前の椅子に一人だけ座っているその王に敬語を使う。
王様は苦笑を浮かべ、話を切り替えた。
「・・・では、貴方様の今後なのですが、保母さんについて、もう一人のお方にどの様な職業なのか、確認をさせていただきました。
子供の育成という素晴らしい職業だとお聞きしております。
設備はこちらで整えさせていただきますので、我が国を支える子供たちの先導者として屋敷で過ごしていただけませぬかな。」
王様は綺麗に整えられた白いひげを2,3回撫でながら雅に提案する。
「屋敷には専用の奴隷を付けます。奴隷は主と決めた者に逆らう事などありませぬ、その点においては一番に信頼置ける者となりうるでしょうな。」
「・・・・。」
またしても出てきた奴隷という言葉。雅は不快そうに顔をしかめた。
「連れて参れ。・・・・こちらは教育の行き届いた自慢の奴隷でしてな。見た目も麗しい上まだ8歳とこれから成長が期待できましょう。」
連れてこられた少女の表情は硬く、子供らしさを感じさせない。
茶色の長い髪、焦げ茶色の瞳。固く閉じられた唇。ほっそりとした体。
王様が笑えば笑うほど、雅の不快感は募ってゆくばかりだった。
「・・・いえ、屋敷は必要ありません。私は自分の力で生きていきたいのです。陛下(ってさっき言ってたから呼び方はこれでいいんだよな?)の気持ちをいただければ、ご迷惑にならないようにひっそり過ごしていきたいと思っております。」
不快ながらも笑顔を作った。日本では一人一人人権が与えられた。ここはそれが通用しない。
召喚された時点でここは別の国にも等しい。それは頭ではわかっているが、小さな子供に対して首輪で繋ぎ、奴隷という扱い。
虫唾が走る、反吐が出る。
込み上げる苛立ちを何とか抑え、最初の活動資金だけはせびろうと貰うまでは、耐えるのだった。
「なんと、なんとも謙虚なお方なのでしょう。・・・ではそのお気持ちにお応えして金貨100枚、100万ギーロを差し上げましょう。
おっと、異界の土地より召喚されたのであれば、通貨の認識も違っていましょう。
金貨1枚と銀貨10枚が同じ金額となります。そして銀貨1枚と銅貨10枚が同じ金額です。
100ギ―ロが銅貨1枚、1000ギーロが銀貨1枚、1万ギーロが金貨1枚となりますな。
金貨1枚が平民における一月の生活資金でございますゆえ、暫くは生活できるでしょうぞ。」
「ありがとうございます。それで、そこのガ、子供も一緒に連れてもよろしいでしょうか?」
雅は、その奴隷の子供を連れて行くつもりはなかった。ただ、首輪を外してやれば、奴隷でなくなる。そうなれば、どこへなりと放置するつもりだった。
「この子供を気に入りましたかな?もう一人の勇者様は魔王を倒すべく戦闘能力の優れている者を与え、喜んでもらえましたからな。
この子供も勇者様が主ならば鼻も高いでしょうぞ。」
奴隷の子供は背中を押されて雅の元へと向かう。
「そしてこちらが金貨100枚になります。どうぞお元気で。」
椅子の上から再度頭を下げ、雅も会釈だけしてそのまま王のいる部屋から出る。
そのまま王宮を後にし、近くの騎士に案内を頼んで王都の下町まで連れてきてもらった。