1 異世界へ行く
この物語の主人公である風早雅は、驚きの余り固まっている。
(待て待て待て、待ってくれ、これは一体どういう状態なんだ?)
状況も飲み込めないまま、日本では見たことのない高い天井、石造りの床、奥にがっちりとした扉が見える。
近くには見知らぬ男が一人、いや、少年と言ってもいいだろう。どこかの制服を着て周りをきょろきょろと見渡している。
この少年も同じく自分の置かれている状況をわかっていないのだろうことは窺い知れた。
「ど、どうなってるんだ?」
先に声を出したのは、雅ではなくその少年だった。だが不思議とその少年には焦りや戸惑いよりも先に興奮しているようにも見える。
一方雅は未だに状況を飲み込めないまま茫然と視界奥にある一つしかない扉をただ見つめ、思考もままならないまま押し黙っている。
雅は来月で40歳を迎える建築会社の社長を務めていた。
土方から、現場でのリーダーを務め、気が付けば社長になっていた。
本人は社長になる気などなかったが、社員、元社長からの推薦もあり、その座に就いた。
結婚だってした。子供だってできた。人生順調だとは言わずとも、少なからず荒波を超えてこれたと思っている。
誰よりも仕事に対する情熱と仕事量をこなし、その時が来るときでさえ、仕事の合間に仮眠を取っている矢先の出来事だった。
がちゃり、
その扉が音を立てて開くと、漫画で見たことくらいはある外国風の鎧を纏った金髪の男を先頭に、次々と目鼻立ちの整った男が入ってくる。
(な、何事だ??どうなってるんだ俺は!これは夢か?夢なのか?)
急な展開に重い脚が後ろへと下がる。
鎧を纏った男たちが道を開ける。
その奥からいかにも王様ですと言わんばかりの、頭に王冠、白い髪に白いひげ、豪華なマントと衣装を身に着けた50歳前後の男とその後ろには薄黄色のドレスを着た金髪の少女が優雅に歩いてくる。
「ようこそおいでくださいました勇者様。此度の召喚に混乱されておいででしょう。こちらのほうで簡単な説明等をさせてもらいます。・・・説明してい差し上げなさい。」
1人の男が雅たちの前に立つ。
「僭越ながら、私めが説明させていただきます。まずはご自身のお力、職業を知る必要がございますな。ステータス、と仰っていただけますかな?」
優しい声色と、張り付けた笑顔。ステータスなんて言葉を使うには、些か恥ずかしさが込み上げるのか、そう言われても何も言わずに黙りこくる。
「ステータス。」
堂々と少年は、少し高いその声でその恥ずかしい言葉を簡単に言ってのけた。
「うわ、凄い・・・・。」
少年の顔に驚きと喜びの表情が浮かぶ。
「す、ステータス。」
聞こえるか聞こえないか程の小さな声でつぶやく。
すると、目の前に自身のステータスが表示された。
カゼハヤ・ミヤビ 18 男
レベル 測定不能
職業 暗殺者
攻撃力 9999
魔力 9999
俊敏 9999
器用さ999
幸運 50
使用可能スキル
探索 MAX
解析 MAX
短刀術 MAX
威圧 MAX
隠蔽 MAX
調合 MAX
保母さん MAX
見るからに魔法ではなく物理攻撃特化であることがわかる。だが、雅にはそんなことよりも一番信じられないことがあった。
(保母さんってなんだああああああああああ!!!!)
自分の能力について思うことも多少はある。ミヤビの性格は当たって砕けろ、猪突猛進という性格で、暗殺者など、適性があったとしても行動に移すことはない。
だが、それ以上に雅を混乱させたのは保母さんというスキルの存在だった。
「どうですかな。おそらく職業が勇者になっているかと存じますが。我々にも閲覧できるよう、水晶に手をかざしてもらえますかな?」
そう言うと、2つの水晶が近くに現れる。
ミヤビは焦っていた。閲覧するということとは、この保母さんという訳も判らないスキルを見られるということだ。
それだけは、子育てなど無縁で生きてきたミヤビにとっては痛手でしかない。
ミヤビはもうすぐ40歳に差し掛かり、結婚だってしていたが、子供が生まれるとなった途端に子供の面倒を見れないからと、養育費を払う、誕生日プレゼントやお祝い事にのみ参加する事を条件に別居するくらいには子供が苦手であり嫌いなのだ。
もしこのスキルを見られて託児所の様な場所で働かされるようになったら、それを考えるだけでおぞましい。冷や汗さえにじみ出てくる始末だった。
(やばい、これはやばい。保母さんってなんだよ!!俺ゲームはやってたから多少スキルとかなんとかわかるけどよぉ、保母さんって!!保母さんは女がなるもんだろ!!母ってついてんだから!!
俺男だし!!保母さんスキルってなんだ!!そんなスキルがあってたまるか!!
そんなスキルがあるとすれば母性もスキルに当てはまるじゃねぇか!!スキル、男気。みたいな?逆にかっこ悪いだろうが!!)
「では勇者様方、どうぞこちらの水晶に手を。」
どんどんその水晶をもって近づいてこられる。ミヤビは隠蔽スキルに目を向ける。
このスキルがあれば、保母さんというスキルまで隠せるのではないか?
もう一人の少年が水晶に手を当てると、淡く光りだして少年のステータスを表示させた。
少年の職業の欄には確かに勇者と書かれていた。
使用可能スキルやレベル、攻撃力などの表示がぼやけているところがあるのを確認できた。
もしかしたら保母さんスキルもうまく隠すことが出来るのではないか?
そんな期待と緊張から手汗にまみれたその手を水晶に当てると、水晶が淡く光りだす。
そしてその後表示されたものは、雅にとって最悪の展開を迎えた。
カゼハヤ・ミヤビ 18 男
レベル 測定不能
職業 保母さん
攻撃力 未定
魔力 未定
俊敏 未定
器用さ 999
幸運 50
使用可能スキル
保母さん MAX
隠蔽スキルが最悪の結果で表わられてしまった。
(嘘だろおおおおお!?!?!?!?)
称賛に近いざわめきが一瞬で静まり返る。
「ぶふっ・・・・!!」
勇者の称号を持つ少年は思わず吹き出した。
その後も肩を震わせて笑いをこらえる。
雅の額にピキりと青筋が浮かぶ。
「し、失礼ですが、保母さんというのは、一体どのような職業なのでしょうか・・・?」
何故笑っているのかわからないという様子でこちらの様子を伺う様に問いかけられる。
それが止めとなり、少年はついに笑い出した。
その声は高い天井に届く様に扉の近くにいる者たちにも聞こえてしまう。
そのせいで称賛のざわめきは怪しげなものを見るようなものへと変わる。
「えっとそのですね、俺本当は、」
本当の事を告げようにも敵わない。
「あっははは!!!!保母さんってあれですよね!!子供の世話をするっ・・・!っくくく、子供を預かる場所で、親が迎えに来るまで世話をする職業の事です。
ふふふ、保母さんって言うのは、その職業の女性の総称なんですが、んふっ・・・!まさか、男性で、その職業とは、」
腹を抱えて笑い続ける少年。短気である雅は怒りのボルテージが最大まで上がるのが自分でもわかった。
「おい、クソガ、」
「素晴らしいですわ!!」
文句を言おうとしたが、王の後ろにいた恐らく王女の声でかき消える。
「つまり、保母さんというのは子供を救う勇者様ということですのね!!こちらでわたくしとお話ししませんこと??」
「はぁ?おいっ、ちょ、」
つかつかとこちらへ歩いてきたかと思えば、雅の右腕を掴みそのまま部屋を出た。
王含め王女のその強引さに、雅の声が聞こえなくなるまで動けないでいた。