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コウくんと、わたしの物語。  作者: 日暮 絵留
7/7

『黒猫のような君と、僕の物語』外伝7

       エピローグ

「ただいまー」

 今日は月に一度の憂鬱な休日出勤の日だった。まぁ、半日だけだから、まだマシな方だけど…。

 玄関で靴を脱ぎ、洗面所へと向かう。

 手洗い・うがいをしっかりした後、スーツ姿のままでリビングに行くと、正面にあるソファーの上で、丸くなっている麻友さんの姿があった。

 どうやら昼寝中のようだ。

 黒を基調としたそのソファーは、僕と麻友さんの二人で選んだお気に入りだ。

 背もたれが猫耳の形になっていて、足も猫の足がかたどられている。

 日当たりのいい場所にあるので、今日のような晴れた日には、僕も、いつの間にか、うたた寝をしてしまうことがある。

 うたた寝から覚醒した時には、いつも隣に麻友さんのぬくもりがあって、僕はその度に安心感と幸福感に包まれる。

 そして、僕はつい、寝たフリを続けてしまうのだ。

 いつものお礼にと、僕は麻友さんの隣に腰を下ろした。

 僕の書いた、あの『小説』を抱きしめながら、むにゃむにゃと可愛らしい寝息を立てている。

 変なイラストが描かれた黒っぽいTシャツに、ホットパンツという、いささか無防備な姿に思わず笑みが零れた。

「ただいま、麻友さん」

 幸せそうなその寝顔に、僕は改めて(小声で)告げた。


 この作品はね、“コウくんと、わたしの物語”なんだもの―――


 麻友さんがそう表現してくれた『小説』は、僕が大学のサークルで、誰にも内緒で書いていたものだった。

 本当は麻友さんにも読んでもらうつもりはなかったんだけど、本棚の奥の方に隠していたのを偶然発見されてしまったのだ…。

「コウくんも、えっちな本とか持ってるんだねー☆」と、的外れな笑顔を向ける麻友さんに、僕は違った意味で汗が止まらなかった。

 ちなみに、えっちな本は、そんなベタなところには隠さない。いや、今はもう持ってないけど。当時は―――まぁ、仕方ないじゃないか…。

 最初は変な意味で興味津々だった麻友さんも、読み進めるうちに、純粋に物語を楽しんでくれているようだった。

 普段からあまり本を読む習慣がない麻友さんは、ゆっくりと時間をかけて、でも、その日のうちに読破した。

 読み終わった麻友さんは、その中に宇宙を湛えているんじゃないかと思うほどキラキラとした瞳で、僕に抱きついてきた。

「コウくん、大好きっ☆」

 以来、麻友さんは、ことあるごとにその『小説』を読み返している。

 同棲するようになった今では、今日のように、抱きしめたまま夢を見ていることもあった。

 彼女が言うように、この『小説』は、僕と麻友さんのことを題材にしている。

 当然、多少は脚色を加えているし、すべてがありのままという訳ではない。

 でも逆に、明らかな嘘や、まるっきり作り話というところも一切ない。


「確かにそうだけどさ…」

「だけどさ?」

「展示してあるのを、もし誰かがちゃんと読んだりしたら恥ずかしいじゃないか…」

「ふふっ」

「どうしてそこで笑うのさ?」

「コウくんらしくて“いい”なーって思ってさ☆ でも、断固、展示はしますっ☆ えへん☆」


 そう言いながら、僕の書いた『黒猫のような君と、僕の物語』を更に強く抱きしめて、にっこりと微笑んだ麻友さんの顔を、僕は、たぶん、一生忘れない。

「あれれ…。コウくん帰ってたの? 起こしてくれればよかったのに」

「麻友さんだって、いつも僕を寝かせておいてくれるじゃないか」

「そっか。うん。そうだね。ありがとう。お帰りなさい」

 僕は三度目の「ただいま」を言いながら、寝ぼけ眼で「ふあっ」と欠伸あくびをした麻友さんの頭を撫でる。

 近々僕の奥さんになる女性ひとは、思っていた以上に甘えん坊で、こうして頭を撫でられるのが好きなのだ。

「ふふふ。気持ちいいな」

「それはよかった」

「ねぇ、コウくん?」

「ん?」

「大好きだよ?」

「うん。僕も大好きだよ」

「えへへ」

 まだ麻友さんと出会ったばかりの頃に、僕が一方的に抱いていた、彼女への“勝手な印象”を覚えているだろうか。

 あの時感じていた印象を重ね合わせて、今の麻友さんと比べてみる。

 まず、絶世の美女であるということは今でも揺るぎない事実だ。

 むしろ、あの頃よりも大人になって、ますます「色気」が出てきているかもしれない。…再度断っておくけど、決していやらしい意味ではない。

 麻友さんの一挙手一投足に「しなやかさ」と「気品」を感じるのは、きっと、生来のものなので、これからも変わることはないだろう。

 それは、「きまぐれ」で「自由奔放」な性格にも同じことが言える。

 以前のように「そうだ、〇〇に行こう!」なんてことは、さすがに少なくなった(それでもなくなった訳ではない)けど、相変わらずの振り回されっぷりに、僕が幸せを感じていことは間違いない。

 …ただ、あの頃の麻友さんが時々纏っていた「ミステリアス」な雰囲気は、今は、感じることがなくなった。

 結婚秒読みの段階でその雰囲気を出されても困るというものだけど、彼女の中にあった“色々なもの”がなくなったことが一番の要因だろう。

 まじまじと彼女の横顔を見つめていると、それに気付いた麻友さんが僕を見て、「んー?」と不思議そうに首を傾げた。

 今日の麻友さんは黒いTシャツを着ている。…変なイラスト入りだけど。


 そんな麻友さんを見て、

 僕は今日も、こう、思う。



 ああ、君はやっぱり、黒猫のようだなぁ―――って。


                  完


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

前書きでも申し上げましたように、今回のお話は、もともとは読者の方から頂いたリクエストがきっかけで執筆することになったものです。『続編』というよりは、『外伝』という位置づけなのですが、いかがでしたでしょうか?

私としましては、最低でも「あっても、なくても、問題ない」というものを目指して書いたつもりです。もし「完全な蛇足で、ないほうが良かった」と思われる方がおりましても、削除したりするようなことはないと思いますのでご了承ください。ですが、意見としては真摯に受け止めさせていただきます…。

ちなみに、作品の中に出てきた『黒猫のような君と、僕の物語』は、私が書いた『黒猫~』とは別のものです。浩一の書いたものには由香子や瑞希は登場しようがありませんから、当然と言えば当然ですが…。

今回の外伝で浩一と麻友のお話はひとまず終わりですが、二人の未来が明るいものになるよう、願っていただければと思います。

それでは、また、別の作品でお会いできる日を楽しみにしております!

本当に、本当に、ありがとうございました!!

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